#119 [ふたり-2-]①
出発が一週間後に迫り、戦闘準備も佳境を迎えていた。冬の寒さも終わり、暖かな陽射しが注がれるセンターサークルの街は、今日も活気に満ちている。
沢也と海羽はその一角にある小さなアパートの2階にいた。それはそう、過去に沢也が住んでいた場所と同じ造りの古びた部屋。咲夜がそこに拠点を構え、魔法石作りに精を出しているのだ。
彼等二人が部屋の真下まで辿り着いた時、大きな爆発音と共に黒い煙が上がる。慌てて駆け付けた海羽と沢也は、顔面を真っ黒にした咲夜を見て口を開けた。
「…大丈夫か?」
「あら海羽ちゃん。いらっしゃい」
「爆発するような工程はなかった筈だが…」
「…五月蝿いわね。今別の研究をやってたとこなの!」
「別の研究?」
沢也の訝しげな声を聞いて、咲夜は顔の炭を拭きながらテーブルを指す。
「この私が言われたことをサボるわけないでしょう?例のモノなら出来てるわよ。とりあえず追加で50個」
「なら、別にいいんだけどな…」
示されたそれを確認し、沢也は姉にタオルを投げた。海羽が窓を開けると、くすんだ空気が外に流れ、徐々に視界が開けていく。
「なんの研究してるんですか?」
咳の後に尋ねる海羽に、咲夜は誇らしげな頷きを見せた。
「どんな魔力でも貯めておける石の開発。あったら便利でしょう?」
「…確かに。で、間に合うのか?」
「あんた、私の事馬鹿にしてるでしょう?」
「出来たのか?」
「…まだよ」
当たり前のように胸を張る咲夜に、沢也のため息が漏れる。それを聞いた彼女は沢也に詰め寄り…
「馬鹿にしないでって言ったでしょう?必ず間に合わせるから、大船に乗ったつもりでいなさい?」
…最後には大きくふんぞり返った。沢也は呆れたように頷いて、海羽を手招き扉に手をかける。
「…期待しないで待ってる」
「…ちょっと!それが姉に対する…」
「助かった。ありがとな」
海羽を先に外へ出して、振り向きざまに告げた沢也を、咲夜の小さな声が呼び止めた。
「…沢也」
「なんだよ」
いつもなら礼など言う筈がない弟。彼の瞳の奥底を観察し、咲夜は曖昧に微笑んだ。
「…ううん。なんでもない」
そうして沢也を解放した彼女は大きく伸びをして、頬を叩き気を引き締める。真剣に戻った顔を確認した咲夜は、気合いの一声と共に作業へと戻った。
そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、外に出た沢也は再度大きくため息を漏らす。それを見上げる海羽の眼差しが、心なしか心配そうに見えるのも無理はないだろう。沢也は毎日毎日夜遅くまで、様々なデータとにらめっこしているのだから。
「そういやまだ、黒龍の報告聞いてなかったな?」
海羽から目を逸らし、前方を見据えた沢也は喧騒に馴染む声で問いかける。
「あ、うん。大丈夫だって」
「…大丈夫?」
「全部任せるって、いってくれた」
「…そうか。意外だな」
「…僕たちが負けたら、その時は腹をくくるって」
海羽が俯き気味に告げると、沢也は空を仰いで小さく「そうか」と呟いた。
「リーダーにも伝えておく」
締めくくり、沢也は次の目的地へと足を進める。微かに頷いた海羽は、早足の彼と離れないよう駆け足で続いた。
丁度その頃、噂のリーダーはというと…沢也達が拠点にしているビルの一室で有理子と倫祐を迎えていた。彼は作業終了間近のバリアタワーを門松に任せ、沢也と蒼と共にこの街に降り立ったのだ。
その後数日間、有理子からの頼みであるモノを大量に制作していたわけで…ボサボサ頭で扉を開けたリーダーの表情は、若干ながら疲れが見える。
有理子は一礼の後、先に扉を潜った倫祐に続き、勧められたソファに座った。リーダーは大きく伸びをして、緑茶を片手に向かい側に腰を下ろす。
「さぁて、お待たせ。有理子ちゃん」
早々に煙草を吸いはじめる倫祐をよそに、リーダーは有理子にポケットルビーを差し出してやんわりと微笑んだ。有理子はその中から一本だけナイフを取りだし、嵌め込まれた石をそっと撫でる。
バリアストーン、そしてムーンストーン、呪文を唱える事で発動させることが出来るそれらを、それぞれナイフに埋め込む細工をリーダーに頼んだのだ。
「すみません、忙しいのに無理言って…」
「なぁに。俺達にかかれば、こんなの朝飯前だよ」
「頼りにしてます」
リーダーの優しさに笑みを返し、有理子はブレスレットにルビーを丁寧に嵌め直す。
「今日は完成祝いだな。ぱーっと飲んで、ついでにお試し試合なんてどうだい?」
「流石リーダー!是非、盛り上がりましょう♪」
「倫祐、お前も来いよな?そんで久々にツマミ作ってくれよ」
いつもの調子の二人にぼんやりと頷いて、倫祐は出された緑茶に口を付けた。
そうして数十分、有理子とリーダーが酒話に花を咲かせ、湯飲み茶碗も空になった頃。リーダーの通信機に門松から連絡が入り、バリアタワーの修繕完了が知らされた。
その報告を持って部屋を後にした二人は、飲み会の買い出しの為街に出る。
賑わう大通りでも、二人の間に流れる空気だけはとても静かだ。有理子はそれでも嫌な感じ一つせず、逆に妙な安心感を覚えて小さく笑みを漏らす。そして上の空に見える彼に呼びかけた。
「…倫祐」
振り向く事で返答した彼に、有理子は困ったような笑顔で続ける。
「海羽のこと、守ってあげてね?」
首を傾げた倫祐は、数歩前に出た有理子の背中を見据えた。
「あの子はなんだかんだで、わたしなんかよりずっと強いから…」
有理子はそこで言葉を区切り、流れてくる煙に逆らって振り向いてみる。
「わたしが守ってあげられなくなったら、わたしじゃどうにもならなくなったら…お願いね?」
その笑顔に頷けず、微かに固まる倫祐を見て。有理子は小さく肩を竦めた。
「…微妙な反応しないでよ」
再開された進行で並んだ二人は、お互いの表情を確認する。
「相変わらず、あんたの考えてることなんて分からないけど…」
見上げる彼女ははにかんで。
「信用、してるからね?」
見下ろす彼は、やはり微妙な動きをするのだった。
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