#118 [ふたり-青-]②


 向かい合う二人と、一人+一匹を見守るのは、全神経を集中させた海羽と、適当に座り観戦を決め込む沢也。先程までいた有理子を含む他のメンツは、それぞれリーダーと咲夜の手伝いに向かっている。蒼は瞳を閉じて精神統一すると、珍しいことに妖しく微笑んだ。

「いつでもどうぞ」

 それだけで怯む義希と小太郎。別のところに意識がある海羽はともかく、沢也の背筋にも寒気が走っている。

「…海羽、任せたぞ?」

 蒼の本気を確認して気を引き締めた義希は、震える声で海羽に釘を刺し、蒼と一歩距離を詰めた。

 その瞬間、いつの間にかつがえられた矢が二人の間を貫く。小太郎は咄嗟に右へ飛び、逆側に避けた義希に目配せをした。同時に迫る二人に蒼が向けた2本の矢は、時間差で左右二人に発射される。

 義希がアネモネで矢を弾いたと同時、空から降り注ぐ青い筋。目を眩ませた義希を海羽のバリアが守ったのと同時、矢をかわした小太郎が蒼と接触する。

 蒼は小太郎の一撃目を避けると、手の中に小さめのナイフを呼び出した。レイピアの突きは回避し、義手の斬り込みをナイフで弾く、流れるような蒼の動きに小太郎の眉が歪む。と、勢いの中でも一切笑顔を崩さない蒼の右手が、微かに波打った。

 小太郎は咄嗟に振りかざした右腕を引き、大きく後ろに跳ぶ。それを追って電力を帯びたナイフが舞った。

 紙一重で身を翻し、体勢を崩した小太郎に矢が向けられる手前。義希の斧が蒼を狙う。上から降り下ろされた一撃をさらりと避け、その隙に矢をセット、小太郎へと狙いを定めた蒼にレイピアが襲いかかる。

 蒼は矢を放つと同時に再びナイフを呼び出すと、右手でレイピアを受け流した。その間、小太郎は矢を避けながら義希に顎で指示を出し、回転を利用して義手を降り下ろす。

「成る程」

 蒼は小太郎に微笑むと、義手を弾いたナイフを後ろに投げ飛ばした。その一撃をかろうじて避けた義希がよろめく隙に、蒼は二人と距離を置く。

 前後で挟まれる不利な状況を回避した彼は、相変わらず息一つ乱れていない。それどころか、低く構えた小太郎が前に飛び出すと、右肩に向けて正確に矢を撃ち込んだ。

 弾くにも避けるにも難しいギリギリの位置、小太郎は後ろに反れることで回避、バック転で後退する。しかし連続で流れてくる複数の矢を見切れず、海羽の魔法陣が発動した。

 義希はというと、小太郎に意識が向いている隙を見て駆け出したものの、小太郎が動けなくなると同時に蒼の矢に足止めされてしまう。

 晴天の昼間に断続的に轟く雷鳴は、空の青と調和して輝きを放つ。それを見据える蒼の笑顔が、小さく息を漏らした。

「沢也くん、少し運動しませんか?」

「…3対1か?」

「いえ、義希くんと交代で」

「ま、前衛二人とはまた変わるか」

 沢也は言いながら立ち上がり、腕を回して義希と入れ替わる。小太郎は銃弾を詰める沢也の手の動きを見て、ため息で思考を切り替えた。

 ピストルのセット音を合図にすかさず前に跳んだ小太郎は、蒼の隙を作るために連続で攻撃を仕掛ける。

 一つくらいは当たっても良さそうなスピードなのに、靡くマフラーにすら掠りもしない。同時に、沢也に背後を奪われないように上手く立ち回る辺り、いくら蒼が本気といえど遊ばれている感が否めなかった。

「右手には気をつけろよ?」

 沢也が陽動を兼ねて撃ち込むと同時に放った忠告。小太郎がそれを耳に入れ、解析をはじめる少し手前。蒼のナイフが沢也へ向けて飛ばされた。突き出されたレイピアを避ける事で後ろに流し、蒼は右手で小太郎の左腕を掴む。

「…っ!」

「ちょっと遅かったですね」

 怯む小太郎に笑顔を向けて、蒼はなにもしないまま彼を解放した。

「びびった。考えてみりゃ、直接電流を流すことも可能なのか」

「そういう事です」

 安堵の息を吐き出す小太郎に頷いて、蒼は沢也に問いかける。

「小太郎くんと一緒だと、やりにくいですか?」

「いや。そうも言ってられないだろ?」

「それもそうですね」

 蒼の肩竦めで仕切り直し、再び始まる攻防を。生唾を呑む義希の視線が追い掛けた。

 小太郎は沢也の皮肉を真に受けたのか、背後からの援助を考慮して蒼を徐々に後退させる。

 判りやすい動きは沢也への配慮、攻撃が当てられなくとも蒼の注意を引くくらいはできている筈だ。小太郎がそう思案して浅く踏み込み、姿勢を低くしたところに銃声が響く。

 その隙に後ろに跳んだ小太郎の目が、蒼の肩が淡く光るのを捉えた。

「姉さんを狙うとは、流石沢也くん」

「ですが、烈さんもやりそうな事は対策済みなんですよね」

 椿は銃弾を弾いたバリアを解きながら、首を振ってネックレスを示す。

「それくらいはしてくれないと、先が思いやられる」

「手厳しいですね」

 追撃に皮肉を乗せる沢也と、苦笑いで応対する蒼、そんな二人を見て小太郎は微かに笑みを漏らした。



 勝てるかもしれない、大丈夫かもしれない、小太郎が頭の片隅で思い浮かべた言葉はどちらも腑に落ちず。しかし掴めない安心感は、彼の気持ちを落ち着かせた。

 きっと小太郎が今の気持ちをくれあに語ったら、彼女はこう返すだろう。「二人を信用して戦って、例え負けたとしても。後悔しないで済むからじゃない?」

 信頼の意味を理解しきれていない小太郎が、それをきちんと認識するまで…もうそれほど、時間を要さないだろう。





 そうして体がくたくたになるまで演習を続けると、あっという間に晴天が夜空に塗り替えられた。




 夕食、風呂、トランプ、そんな過程を経てみんなが眠りに付いた頃。

 蒼は一人、ベランダで月を眺めていた。

 他に誰がいるわけでもないのに、微かに浮かんだ優しい笑みが哀愁を感じさせる。

「蒼くん…」

 不意に隣のベランダから椿の声が響いた。蒼が微笑を振り向かせると、彼女は鳥に姿を変えて彼の元へと舞い降りる。人間の姿に戻り、隣に並んだ姉の横顔に。必然的に脆さを見つけた蒼は、自分の中にある感情とそれを重ねて、ゆっくりと空を仰いだ。椿も悟られた事を承知して、蒼の瞳を追いかける。

「ごめんなさいね」

「なにが、ですか?」

「…こんな風になってしまって」

 こんな風に、それは彼等と出会うことが出来た現在の結果を示している訳ではない。蒼は小さく肩を竦め、椿の頭に掌を乗せる。

「今更、なにをいってるんですか」

「…そう、よね。でも…」

「姉さんのせいではないですよ」

「…嘘。多少なりと、私にも責任はあります」

 父が死んでしまったこと、その上で蒼自身が父の罪を背負う事を選択したこと、その重さを共有しきれていないこと。椿が伝えたい謝罪の意味は、それが全て。

「そうだとしても、僕は…」

 蒼は俯く彼女に笑みを下ろし、諭すように囁いた。

「この道を選んだことを…後悔なんて、しませんよ」

 その優しい響きに瞳を揺らし、詰まった息を吸い上げた椿は、自分より小さかった筈の弟を見上げて声を漏らす。

「…蒼くん…」

「なんですか?」

 大人びた笑顔…違う、彼はもう、大人なのだ。そして自分自身も。椿は短い間にそれを強く認識し、一人大きく首を振った。

「…いいえ。ありがとう…ございます」

 今自分に出来るのは、彼の答えを受け入れることだけ。そして、この現実を、受け止めることだけ。

「強く、なりましたね」

 椿はいつも変わらぬ蒼の笑顔に、寂しげな笑みを向ける。

「…昔は…蒼くんの方が、泣き虫だったのに…」

 小さな小さな声が夜空に昇って、二人きりで過ごした幼少時代の記憶を呼び起こした。微かに笑い声を漏らした蒼は、見上げる姉の瞳から再び月に視線を移す。

「もう、泣かないんですか?」

 震える声で問いかける、僅かに高い椿の体温が、肘の内側から蒼へと伝わった。

「…泣いたって、いいんですよ?」

 すがり付くように涙を流す椿の思いが、体温と一緒に蒼に流れ込む。

 蒼はしっかりと姉を受け止め、その気持ちを共有した。母の時は逆だったその構図を、昔から変わらぬ月の光が見届ける。

 どんなに嫌っていても、家族は家族。失う事に悲しみを覚えないわけがない。

「大丈夫です」

 きっとずっと、我慢していたのだろう。溢れる涙に、蒼は呟く。

「僕はちゃんと…泣きましたから」

 静かな囁きと震える嗚咽と。夜空に昇る二人の声は、他の誰に届くこともなく。


 それでも寂しくなんかない。届かなくても、分かるから。

 彼等なら、聞かずとも理解してくれるということが。

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