#4 [クーデター]①
「これから真っ直ぐ最上階に向かいます。他は既に制圧済みです」
地下からの階段を上りながら、先頭をゆく蒼が振り向き気味に話す。
「よく制圧できたな」
「実際に制圧したのは10階から13階の半分だけですけどね」
「どーいうこと?」
「1階から9階まではスカウトされた旅人達が配置されていました。彼らは大勢が攻め込んで来た事を知ると、すぐに白旗を上げてくれたんです」
沙梨菜は蒼の笑顔に口を開けたまま頷く。
「10階以降に居たのは、元から町長の部下だった人達なんでしょうね。必死で抵抗されましたよ」
そう続けた蒼は笑ってはいたが、口調から苦労が読み取れた。
「降伏した人達は1階で拘束させてもらっています。罠の可能性も否定できませんからね」
薄暗い地下の階段を昇りきると、蒼の言葉通り、一階の広いフロアは捕虜で埋め尽くされていた。
「こんなにいるのか…」
「エレベーターで最上階へ。そこに町長が立て籠っています」
呆気に取られる義希を尻目に、それぞれが蒼の指示に従う。彼らの姿を見た人々が、導くように道を開けていった。
ひと足先にたどり着いた蒼が扉を開き、全員が中に入ったのを確認すると、13階のボタンを光らせて扉を閉める。ガクンと一瞬下がったような感覚の後、上へ上へと引き上げられてゆく。
「は…初めて乗った」
「あんた…どこの田舎もんよ…」
不思議な感覚にびびりながら呟く義希に、有理子が引き気味に聞いた。
「う…うるさいなぁ。オレの村には無かったんだよ」
義希は震えながらもしっかりと、柄の長い斧を握りしめる。有理子が短く溜め息をつくと、甲高い音と共に扉が開いた。
他の階とは違った高級な雰囲気の、赤い絨毯が続く通路に5人が降り立つ。そこではこの階を制圧したであろう面々がじっとこちらを見据えていた。
「まだ動きませんか? 」
蒼が誰にともなく問いかけると、20人程いる中の何人かが頷いて、通路の先にある金色の扉に視線を向ける。蒼は一息置いて、にこやかな笑顔で4人を振り向いた。
「強行突破、しますか?」
異論はない。それぞれの真剣な眼差しを受けて、蒼は全員に突破の指示を出す。
待機していた町人が頑丈な扉を破壊し、大きな部屋へと踏み込んだ。広がる光景の先には例の町長と、部下が3人。
「降参しますか?」
相手が身構える中、笑顔の蒼が提案する。町長は歯噛みして喰いかってきた。
「ふざけるな!貴様ら、こんなことをしてタダで済むと思うなよ!」
「それは残念」
悪人らしい台詞を撒き散らし、部下をけしかける。蒼はそんな彼を愉快そうに笑い、左耳のポケットルビーからグリーンの長弓を取り出した。
黒いスーツの男3人を迎え撃つべく、全員が部屋の中央まで走る。数では圧倒的に有利だったが、側近だけあって一筋縄ではいかないようだ。相手の力量を見た蒼がそれぞれに指示を出す。
「みなさんは一人に集中して攻撃を。僕達5人であとを引き付けます。終わったら次へ」
言いながら、敵を分断するように矢を放つ。街人達は誘導に従って左端の一人を撃ちに向かった。蒼は指示が通った事を確認し、次のステップへと進む。
「義希くんは町長を。あとの二人は僕達で足止めします」
名指しされた義希は震える声で頷くと、町長に向かって走り出した。
部下2人が銃口を向ける。
至近距離。
恐怖を振り払い、目を閉じて、構わず走り抜ける。
小気味の良い音が響いた。
背後の様子を窺うと、有理子のナイフが床に落ちる。もう一方では沙梨菜が黒服に飛び掛かっていた。町人達は剣を振り回す相手に手間取っている様子だ。
「僕は有理子さんとこちらを。お二人はそちらをお願いしますね」
義希の無事を見届けた蒼が沢也に笑いかけると、彼は顔を引きつらせながらも沙梨菜の援護に入る。蒼自身もそれを確認するかしないかのうちに、ナイフを投げ続けていた有理子の後ろに回り、素早く矢を放った。それは相手の頬をかすめ、遠くの床へと落ちる。
有理子は蒼の弓の正確さを確認し、大きめのナイフ2本で前衛を努めることにした。逆手にナイフを構えた有理子が接近するに従って、敵は徐々に後退していく。
黒服は銃では不利とみたのか、舌打ちしながら武器を剣に持ち代えた。リーチの違いもあって、今度は有理子が後退する番になる。
それでも彼女は相手の剣を受けながら、少しでも隙を作ろうと努力した。蒼はその様子を冷静に見極めて、有理子が剣を弾く瞬間を狙って矢を放つ。それは正確に敵の腕を捕らえた。
黒服は左腕を押さえながら有理子のナイフを巧みにかわし、ターゲットを蒼に移す。飛び交う矢を弾き、突進してくる相手を前にしても、蒼は笑顔を崩さない。表情を挑発と受け取ったのか、黒服の眉が歪んだ。
蒼が弓を引き、黒服が剣を振りかざす。次の瞬間、黒服の足が止まった。
「わたしも遠距離型なの、忘れた?」
蒼が顔を上げると、遠目に有理子の呆れたような笑みが揺れる。片足を床につけた黒服の足には、2本のナイフが刺さっていた。
「助かりました」
柔らかな笑みに有理子が答える。
さて、残りの黒服はどうなったか。揃って見回すと、町人の方はそろそろ片が付きそうだった。
「突っ立ってないで援護してよ!」
逆サイドからの沙梨菜の叫び。自分に対する発言かと思い、振り向いた二人の耳に、今度は沢也の罵声が飛び込んだ。
「撃てるか!もう少し自重しろ、アホ女!」
確かに、沙梨菜の動きは不規則なうえに素早く、そして無防備だ。後ろから攻撃すると巻き込みそう…遠目に確認する後衛二人の目にもそう映った。
幸いなことに、敵は沙梨菜の攻撃に手間取っているようで、反撃はされていない。手先に付いたナイフを操る彼女の姿は、まるで踊っているようにも見えた。
「ふざけんじゃないわよ!あんたの腕が悪いんでしょ?!」
彼らの所見も露知らず、沙梨菜は踊りながら毒を返す。走り寄った蒼は沢也が怒りに任せて言い返そうとするのを制して、困ったように提案した。
「ここは僕が代わりますから、義希くんをお願いします」
有理子はそれでも何か言いたそうに口を開ける沢也を引きずって移動を開始する。
「すみません、選択ミスでしたね」
二人の後ろ姿に、蒼の笑顔が呟いた。
「くっそ……あの女!」
「あっちは蒼くんに任せとけば大丈夫だから。アレ、なんとかしましょう」
舌を打ちつつ怒りを吐き捨てる沢也を小突き、有理子は義希を指し示す。額を押さえながら首を回した沢也は、町長と硬直状態にある義希の姿をとらえた。
「何やってんだ、あいつは…」
そうして二人が話す間も、2人は一歩も動かない。町人達が黒服の一人を倒した。歓声に乗じて近づくと、話し声が聞こえてくる。
「いい加減、かかってきたらどうだ?それとも怖くなったか?」
表情までは見えないが、笑っているであろう町長の声。
「そんなわけないだろ…!」
対して義希が必死に反論する。
「それにしては足がこちらに向かないようだが…なあ?おい。強がっても良いことなんてないぞ。そうだろう?今なら見逃してやらんでもないんだがな」
沙梨菜が相手をしていた黒服が倒れた。それを見てもなお、町長には余裕がある。
「うるさい、オレは…」
「俺は………?なんだ、やっぱり怖いのだろう」
高笑いが、言葉を詰まらせた義希に追い討ちをかけた。嫌な空気がフロア中に広がっていく。
注目が集まった。
俯き、震えていた義希が顔を上げる。
「オレはもう、逃げないって決めたんだ!」
町長の高笑いが止まった。
義希の琥珀色の瞳には、確かな決意がある。しかし手は震えたままだ。町長の顔がニヤリと歪む。
「どうせ口先だけだろう?意気地無し」
言い捨てて、町長は歯噛みする義希に剣先を向ける。
挑発に乗ったのか、はたまたやけになったのか、覚悟を決めたのか。義希は駆け出し、大きく振りかぶった。勢い良く降り下ろした斧は、空を切って床を打つ。
重量武器に慣れていないのか、義希のゆったりとした攻撃は、町長の巨体でも容易に避けられるようだ。繰り返し響く虚しい音に、町長は次第に高笑いを強めていく。
「っ……!!」
「そんな攻撃では、赤子すら倒せんな!」
皮肉に合わせて、町長の剣が義希の胸目掛けて突き出された。
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