#3 [小さな光]②


 冷たい床に座り込む。四角い部屋には窓もなく、時間さえ分からない。光源は扉の向こうの通路から、うっすらと漏れてくる淡い光だけだった。

「明日、死ぬのか…」

「バカ、諦めるのは早いわよ」

 有理子が沢也の乾いた笑みに渇を飛ばす横で、今回難を逃れた少女が義希に抱きついた。

「義希ぃ、怖いよぉ」

「緊張感ねぇな…」

 それを見て、沢也はまた溜め息をつく。

 髪を耳の高さで左側に結った小柄な少女は「沙梨菜(さりな)」と名乗った。彼女の愛らしいオレンジのポニーテールも、今は闇に染まって茶色に見える。

「まいったなぁ。こんなとこで死ぬわけにはいかないんだけど…」

 沙梨菜に寄り添われ、鼻の下を伸ばしながら呟やかれた義希のセリフ。内容のわりに軽い口調が沢也の緊張を更に緩めた。

「あんた、ココを出られたら何するつもりだったの?」

 有理子は義希の間抜け面に尋ねながら、膝を抱えるように座り直す。

「親父探し」

 珍しく真剣な義希の表情は重く、声も落ち着いて別人のようだ。何かを察知した有理子は、義希に軽く頷いて沢也に目線を移した。

「俺も人探し」

 視線に気付くなり、沢也が答える。

「沙梨菜は?」

 有理子は沢也にも頷いて、流れのままに義希の腕に巻き付く沙梨菜に聞いた。沙梨菜は有理子を見つめたまま自分を指差し、キョトンとした顔になる。

「うーん、沙梨菜は…特にないかなぁ」

 有理子は眉の下がった沙梨菜の笑顔に笑みを返し、再び沢也に向き直った。

「沢也、あんたも親族探し?」

 話を振られるのを予測していたのか、沢也は長いため息の後、面倒くさそうに口を開いた。

「……魔導師って知ってるか?」

「魔術師じゃなくて?」

 沙梨菜と義希が不思議そうに首を傾げるので、沢也は説明する。

「魔術師は、自分で修行をして魔法を使えるようになった者の称号。魔導師は、妖精の力を継いだ者の称号」

「妖精?」

「そう。妖精は死ぬときに他の生物に自分の力を宿すといわれている。ごく稀な例だから、ちゃんとしたことは解ってないけどな」

 追加の説明を聞きながら、義希は徐々に難しい顔になる。その隣で沙梨菜も眉を顰めて質問を続けた。

「でも妖精って、絶滅したんじゃないの?」

「そういわれているな」

 沢也は不可解そうに顔を歪めた3人に、一息に補足する。

「今の世の中、情報が錯綜しすぎていて何が本当かなんて一概には解らない。唯一信頼出来るのは王が失踪する前に発行された書物だけ。他は簡単に信用出来ないってことだ。つまり妖精の絶滅も状況証拠からくる噂でしかなく、断定はできないと俺は考えている。それに、妖精が絶滅していたとしても、魔導師は生き残っている可能性がある」

 沢也の淡々とした説明に唸る沙梨菜は、頷きつつも脳内で言葉の整理を始めていた。そうして質問が止んだところに有理子が口を開く。

「で、その魔導師を探してるわけね?」

 話が本筋に戻った事で、沢也は安心したように頷いた。義希も沙梨菜も魔導と魔術の違いについて結論が出たようで、仰いでいた天井から視線を戻す。


「わたし、知ってるわ」


 突然の呟きを受けて有理子に視線が集まる。沢也の真剣な眼差しが続きを訴えていた。

「わたしの探してる子がそうよ。今結構噂になってるから、知ってるんじゃない?」

 義希以外が有理子の言葉から噂の魔術師を思い浮かべる。

「旅しながら治癒活動してる魔術師の事?」

 視線だけを天井に注ぎ、頬に人差し指を当てた沙梨菜に、義希の間抜け顔が向いた。

「知り合いか?」

 沙梨菜に頷いた有理子は、真顔で問う沢也を見て柔らかな笑みを浮かべる。

「同じ街で育ったの。だから間違いないわ。あの子は昔、妖精の力を受け継いだ」

 有理子の静かな呟きを聞いた沢也の瞳が揺れた。

「この先の村に滞在中だっていうから、急ぐあまり他の情報一切調べず動いた結果が、この有り様」

 突然茶化すようにおどけた有理子の発言が、沢也の表情を変える。

「この先?!そんなに近くにいるのか?」

「そうよ。だからなんとしても生き延びて、会いに行きましょう?」

 大口を開ける沢也に有理子が微笑むと、彼は曖昧に笑顔を作り、軽く頷いて見せた。

「有理子はなんでその子を探してたの?」

 二人の様子に顔を綻ばせた沙梨菜が前のめりになる。明るい声に振り向いた有理子は、少し寂しげな表情を見せた。

「あの子には恩があるから。それを返したいの」

「ほほー、なんかいいね。そーいうのって♪」

 どこか深刻そうな有理子に対し、無邪気な笑顔を返した沙梨菜に、沢也の冷たい視線が刺さる。それを感じ取った沙梨菜が、訝しげな顔で睨み返した。

「なに?」

「別に」

 しれっと目を逸らす沢也を、沙梨菜は軽く鼻で笑う。

「ふふーん、自分には抱きついてくれないからって、いじけてるんでしょ?」

「んなわけあるか」

「はぁ?なにそれ!酷くない?」

「酷いのはお前の頭だ」

「あんたの目付きの方がよーっぽど酷いもん!」

 くだらないだの、先に絡んできたのはそっちだの、罵り合いは平行線を辿った。

 台詞が移るたびに二人の顔を交互に見守っていた有理子が、短く唸ってこめかみを抑える。

「どうにもそりが合わないようね…」

「とりあえず、どう脱出するか話し合わん?」

 現状へのフォローのつもりかは分からないが、なんとも朗らかに提案した義希を全員が振り向いた。


 その時突然、扉の向こうでドアが開く音がする。


 全員が息を呑んだ。緊張の糸が張りつめる。

 ドアが閉まる音に続いて、カツンカツンと靴音が響き始めた。それぞれが目配せをし、扉に意識を集中させる。

 音は段々と近づき、部屋の前で止まった。金属がぶつかる小さな音。扉が開かれる前兆を感じて全員が身構える。

 鈍い光が差し込み、重たい扉が開くと、そこには一人の青年が立っていた。

 4人の様子を見た彼は、僅かながら慌てた様子で弁解する。

「僕は警備兵じゃないですよ」

 キョトンとする4人に、青年は笑顔で続けた。

「僕はあなた達を助けに来たんです」

 驚きの言葉すら出ず、口を開けたまま固まる4つの顔を見渡した彼は、浮かべっぱなしの笑みを強める。

 彼の言葉から悪意は感じられなかったが、一体全体どう転べばそんな上手い話になるのか。訳がわからない。

 そんな4人の思考を読んでか、青年は声をたてて笑うと、人差し指をくるりと回して義希に向けた。

「あなたの演説が、効いたみたいですよ」

「へ?」

 みんなの真顔が義希に向く。当の本人は自分を指差して間抜けな声を出した。

「長く説明している暇はありません。今、あなたに共感した街人達が町長を追い詰めているところです。みなさんも参戦してください」

 簡潔な説明で状況を把握した沢也が、ため息と共に立ち上がり、頷き返す。

 青年はホッとしたように柔らかく微笑むと、複数のポケットルビーを差し出した。

「僕は蒼(あおい)です。みなさんの武器はこちらに」

 沙梨菜は彼の笑顔を見て気が抜けたのか、その場にペタりと座り込んでしまう。

 そうして一安心した一行は、各自装備を整えながら蒼の話の続きを聞いた。


 テレビ放送が終わった後。混乱する街で集めた人々を纏め上げた彼は、数時間前にビルに乗り込んで来たという。

 街の人々は元々の不満にプラスして、公開処刑への反対、義希の行動も若干手伝って、蒼の提案に賛同してくれたそうだ。

 3人の行動も少なからず役に立ったとはいえ、蒼の統率力は相当なもののようだった。


「さて、そろそろ向かいましょうか。着いたら、みなさんが町長に制裁を下してください」

 笑顔で軽く言い放つ蒼に、表情の固い4人が頷く。

 予定とは大分違ってしまったが、クーデターは起きた。

 奇跡的な光を見つけた彼らは、それぞれの希望を思い描きながら、最初の戦いへと続く扉をくぐった。

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