#4 [クーデター]②



 一瞬の出来事に、援護の手が間に合わなかった有理子は、目を閉じて身を縮ませた。


 大斧が落ちる。金属音が木霊する。


 恐る恐る目を開くと、赤い絨毯に倒れる二人の姿があった。

「義希!」

 慌てて駆け寄る有理子の後ろから、蒼が町人に捕縛の指示を出す。慌ただしい空気の中、有理子は膝を付いてもう一度呼び掛ける。

「血は出てないな」

 二人を上から見下ろす沢也の言葉通り、服も赤く染まっておらず、刺さったはずの剣も側に落ちていた。

「どうなったの?」

「相討ちに見えたんだがな」

 沢也は涙目の有理子に肩を竦め、義希の頬を叩く。軽い音が連続した後、顔を歪ませながらも起き上がる義希を見て、有理子の安堵の声が漏れた。

「義希~!」

 後ろから走ってきた沙梨菜がそのままの勢いで抱きつくと、義希は胸元に手を当てる。

「あ、ごめんー!大丈夫?」

「ああ、違う違う。大丈夫」

 頷きながら首元に手を伸ばした義希が、服の中に仕舞っていたネックレスを引き出すと、裾からチラリと紅い宝石の欠片が落ちた。

「それ…」

 寂しそうに俯く彼の手元を見て、有理子の瞳が揺れる。ネックレスの形状は、例の財布に入っていた写真に写っていた物とよく似ていた。

「母さんの形見なんだ」

 宝石が砕け、枠も変形してしまったそれを、義希ら固く握り締める。

「じゃあ、お母さんが守ってくれたんだね…」

 さみしげな沙梨菜の一言が義希を笑顔に戻した。

「そうか…そうだな」

 笑顔を交わす二人。隣から伸びた指先に、床に散らばった宝石の欠片が吸い込まれていく。小さなポケットルビーをつまんだ沢也が、義希の手に残ったパーツも回収しはじめた。

「一応持っとけ。この先直せる奴がいるかもしれない」

「ありがとな…」

 義希は沢也からポケットルビーを受け取りながら、傍らで瞳を細める有理子を振り向く。

「心配した?」

「っ…するわけないでしょ、馬鹿」

 突然通常運転になる義希に不意をつかれ、平静を装う有理子を沙梨菜が笑う。そんな彼等を後ろから眺めていた蒼が、遠慮がちに声をかけた。

「お疲れさまでした」

「あ!蒼くん、ありがとう。おかげで命拾いしたわ」

「とんでもないです。あなたのような綺麗な人、放っておけるわけないじゃないですか」

 蒼は有理子の笑顔に満足そうに微笑むと、歯の浮くような台詞をさらりと言ってのける。本気なのか冗談なのか、爽やか過ぎる笑顔の前、キョトンとする当人の後ろから、義希が顔を覗かせた。

「有理子はオレが先にツバつけたんだぞ!」

「そうなんですか。でも、選ぶのは有理子さんですよ」

 むくれる義希の煽りを、蒼が冷静に対処する。静かに始まる不毛な争いを尻目に、当事者は素知らぬ顔で疑問を口にした。

「それにしても、街中にあんなに人をためこんで、一体何をするつもりだったのかしら?」

「わかんない。ただのバカだったんじゃない?」

 義希の後ろから沙梨菜が明るく返答すると、痴話喧嘩の合間を縫って蒼も会話に参加する。

「言われてみればそうですね。彼らが占領する以前から、この街は大きかったですし」

「折角捕まえたんだし、直接聞いてみたら?」

「そうねー…でも、あんな奴もう顔も見たくない」

「あー…ね、そうかも」

 互いに苦笑で同意した有理子と沙梨菜は、隣で虚空を見据える沢也に気付く。疑問と心配の視線に気付いた彼は、浅い息と共に手を払う。

「なんでもねぇよ」

「なんか、やな感じぃ」

「うっせぇ」

「まぁまぁ、知らない方が良いことも、世の中にはあるってことで。とりあえず早く降りないとかな。今何時かしら?」

「夜中の1時になりますね」

 丁度義希を丸め込むことに成功した蒼が時計を示す。

「もうそんな時間…?仕方ない、今日はこの街で休みましょうか」

 体を伸ばしながらの有理子の発言に、沢也が口を挟もうとするのを蒼が遮った。

「町人のみなさんから。一階の捕虜も今日はここで過ごしてもらうそうなので、この階はみなさんの好きに使ってください…とのお達しです」

「めっちゃ散らかってるけど…」

「広いから何処かしらきれいなところはあるわよ…多分…」

 蒼の言伝を聞いて沙梨菜と有理子が唸る間にも、いち早く横になったのは義希だ。彼はやったー!と叫ぶやいなや、盛大な寝息を立てはじめる。

「こいつ…ある意味すごいな…」

 沢也が感心したように見下ろすと、彼はごろりと寝返りをうった。

「ま、わたしたちも寝ましょう。沢也も明日、一緒に行くんでしょ?」

 沢也は有理子の問いに黙って頷くと、義希の眠気が移ったのか、一際大きな欠伸をした。

 そうしてそれぞれが支度を済ませると、大広間はひっそりと静まり返る。まどろみの中、疎らにおやすみの挨拶が飛び交った。



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