#2 [出口のない街]②


 早朝にも関わらず街は賑やかだ。

 ホコリ臭い空の下、レンガ造りの建物が連なる舗装されていない道を、沢山の人が往き来している。

「ここは裏町みたいなもんだ。中央に行くほど建物が機械的になるし、警備も厳しい」

 沢也は通りを見渡しながら、背後の二人に説明した。

「わかったわ。要はここと似たような場所で動けってことね」

 頷いて、有理子が右を指す。

「じゃあわたしはあっち」

「んじゃ、オレこっち」

 義希は自動的に有理子と逆を示した。

「1時になったら中央広場に集合。場所は……見ればすぐに分かるはずだ」

 時計から顔を上げた沢也に了承し、二人は各々駆けて行く。その後ろ姿を見送った彼は、ため息を空に上げた。

 雲一つない青空が、雲がかかったようなこの街を、蔑むように見下ろしていた。




 広い町の片隅を右往左往駆け回る。

 街の異常な光景を目の当たりにしながら。

 この街はおかしかった。

 何処へ行ってもただひたすらに人が溢れていて、住む場所も、仕事もなく、大半の人々に覇気が無い。それでもまだ、遠目に見える大きな門から人が入ってきているのだ。パンクしかけた風船に、無理矢理空気を押し込むように…

 なぜ、そうまでして人を集めたがるのか。

 街の発展とはまた別のところに理由があるのではないだろうか。


 違和感を胸に、義希は裏路地から表通りに出たところで足を止める。巨大な円形の街に沿った緩やかなカーブの一部に、わらわらと人だかりが出来ていた。

 ヒソヒソ話に耳を傾けていると、視線が集まる辺りから、胴の長い車が発進する。目前を通り過ぎる黒い車体、その窓に映る少女の顔が、義希の瞳に焼きついた。




 日がてっぺんに昇った頃、3人は「中央広場」に集合する。


 そこは裏町とは別世界で、大きなビルに取り囲まれた広い空間だ。中央には変テコな銅像が突っ立っていて、「センターサークル中央広場」と表札が彫られている。一番目立ったのは銅像の正面、一際大きなビルの中腹にある、巨大な映像モニターだ。

「ここ、電波あるのか?」

「いや、記録されたものか、あの裏側でやっていることが流れるだけだ。電波は使っていない」

 口を開けて見上げる義希に、沢也がぼんやりと返答する。

 彼が何故そんなことを聞いたのか、それはこの国に電波が存在しないからだ。昔はあったらしいとの噂もあるが、今は限られた場所でしか存在しない。つまりテレビは記録を映し出す為だけに使用されているし、電話などの通信機器はほぼほぼ絶滅したことになる。

「こんな金があるなら、他のとこに回したらいいのに…」

 巨大テレビでは町長らしき人物が悠然と話をしていたが、3人の耳には入ってこなかった。

「なかなか上手くいかないものね…」

 有理子は空いているベンチに座り、足をブラブラさせる。朝から続けた勧誘活動には収穫がなかった。

「そりゃ、処刑は怖いからな」

 沢也が小さく呟く。

 街を出たい人が多いのは確かだった。しかし強行突破に乗ってくる人は居なかったのだ。

 他に方法を考えるしかないのか…それともこのまま粘るべきなのか。考えても答えが出てこない。

 完全な行き止まりだった。

 揃って途方に暮れていると、急に辺りが騒がしくなり、人々は次々に空を仰ぐ。3人もつられてテレビを見上げた。

 そこには先ほどの町長と、一人の少女が映し出されている。ややあって、テレビの中の町長がおもむろに口を開いた。

「今からこの犯罪者の、公開処刑を行う!」

 突然の宣言に広場は騒然となる。ざわめきが波のように駆け巡った。外の騒ぎを知ってか知らずか、町長は悠長に続ける。

「今回が初めての試みになるわけだが……私に歯向かうとどうなるか、皆さんに知っておいてもらいたいからね」

 無意識のうちに立ち上がっていた3人は、ノイズ混じりの高笑いを聞きながら、小さく声を絞り出した。

「っ…!」

「なんで…そんな…」

「有り得ねえ…」

 広場に居合わせた人々も、仲間内で話を始めたようだ。反応は様々だったが、全員が注目していることに間違いはないだろう。

 民衆の動揺が収まらぬ中、不意に高笑いが途切れた。

「さぁ、ショーを始めようではないか!」

 町長による無情な合図が響きわたる。それと同時に、義希が駆け出した。

「ちょっと!何処行くのよ!?」

「あのビルだろ?助けに行くんだ!」

 義希は慌てる有理子を振り向きながら、正面のビルを指して当たり前のように言ってのけた。

「バカ!捕まったらあんたも…」

「あんなの、ただ見てるなんてできるか?」

 言いながら加速していく義希の後ろ姿を前に、二人は一瞬呆然とし、そして顔を見合わせた。


 危険は承知の上。

 しかし、義希の言葉は正しすぎた。

 沢也も有理子も、義希に共鳴するように、前へ前へと足を動かした。


 真っ直ぐにビルへ吸い込まれていく3人を、広場にいた大勢の人々はただ眺めているだけだった。

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