#2 [出口のない街]①


 この国に王はいない


 十数年前のある日、忽然と姿を消してしまったのだそうだ。

 混乱の最中、王位を継ぐ者も現れず、それぞれの街は数年かけて「独立」。独自の法令や文化を築き、一つの国のように進化したという。


 全ては今も謎のまま。真意を求める者も、既にいなくなってしまっていた。


 さて、現在3人が滞在するこの街、センターサークルはというと…



 割れた窓ガラスから朝日が差し込む。前日のどたばた劇から一夜が明けた。

 まだ朝も早いというのに、大家の声に起こされた義希は不機嫌そうに外を眺める。微かに闇を残す室内に反して、窓の外は憎たらしいほどのいい天気だ。

「もう少しゆっくりさしてほしいよな」

「昨日みたいにお願いすれば良かったのに」

 欠伸と共に呟いた義希に、有理子のトゲ付きの言葉が刺さる。

「お前…オレを何だと思ってるんだ?」

「ナンパマシン?」

「ひ、酷いやい!オレだって立派な人間だぞ?!」

 ぷっと膨れた義希を見て、有理子は思わず声を立てて笑った。

 身仕度を済ませ、自ら用意した朝食を前に、自前のコーヒーを味わいながら、有理子は寝ぼけ眼の義希をからかうのだった。そんな中、一人慌ただしく部屋を片付けていた沢也が一息付く。

「あとは家具だけだな」

「この家具…ってか機械、どうするんだ?」

 義希の問いかけに、沢也はポケットから紅く輝く石を出して見せる。

「コレに入れる」

「あら、イイモノ持ってるじゃない」

 有理子がその大きさを見て目を光らせた。

 沢也が手にした赤い石は「ポケットルビー」と呼ばれる代物で、簡単にいうと物を収納できる便利なアイテムだ。容量と価値は石の大きさや輝きに比例する。出し入れは石に触れ、物の名前を念じるだけ。このルビーがあることによって、ほとんどの旅人は手ぶらで歩くことができた。

「オレ…ちっこいの一つしか持ってない…」

「よく旅してられたな…」

「旅、始めたばっかだからな~」

 義希のぼんやり顔に沢也の呆れ顔が答える。周りにあったヘンテコな機械が石に吸い込まれるのを眺めながら、義希は最後のトーストをほおばった。

 沢也はすべてをしまいこんだルビーを胸ポケットに刺さっていたペンに取り付けると、イスに座ってコーヒーを入れる。

「で、これからどうするの?」

「さぁな…俺も昨日の窓代で一文無しだ」

 頬杖をつく有理子の問いかけに、昨日からため息を吐きっぱなしの沢也が、また口癖のようにため息をついた。

「わたしはこの街、出たいのよね…」

 ぼやく有理子の言葉に何度も頷いた義希が、沢也に視線を移す。

「金以外にこの街から出る方法ってないの?」

「あったらとっくに出てる…」

 沢也の口元から再び深いため息が吐き出された。

 会話の通り、街独自の法令のせいで旅人の殆がセンターサークルに閉じ込められた状態にある。一人が外に出るために十数万円かかる上に、そのシステムを入場の際に知らされる訳でもない。慌てて働こうにも既に飽和状態とあらば、途方に暮れる他選択肢がないというわけだ。 

ここ数日の間にたどり着いた義希、有理子と違い、沢也はもう半年この街で足止めをくらっている。絶望的な顔を見せる彼を前に、他の二人も唸りをあげた。

「街から出たいやつ、他にもいっぱいいるんじゃね?」

 義希の意見に有理子も頷く。

「そうかもな」

 無表情で肯定する沢也をよそに、目を輝かせた義希が挙手をした。

「ならみんなで強行突破とかどうだ?」

「その様子だと、なにも知らなそうだな」

「知らないって…なんを?」

「無知でお気楽なのもいいが、行き過ぎると命取りになるっつってんだよ」

「ご高説は結構よ。早く話して」

 有理子の圧を受けた沢也は、深く息を吐いた後、人差し指を立てる。

「一つ。旅人の中でも実力者は力を買われ警備隊として働いている。一つ。そいつらが警備するのは主にこの街の一番偉いやつ…つまり町長だ。一つ。町長はセンターサークルの全てを牛耳っていて、反逆者は容赦なく処刑される」

 固まる二人。3つの指が伸びた手を顔の前から離しつつ、彼は結論に結びつけた。

「コレを踏まえた上で、安易に強行突破を選ぶのか?」

 問い掛けに言葉を詰まらせる義希の隣、有理子が苛立ちに任せて舌をうつ。

「全く、いつからこんなんなっちゃったの?昔来たときは普通だった気がするけど」

「昔?」

「子供の頃」

「へー」

 話に食い付いたかと思えば一瞬でコーヒーに意識を戻す沢也を、彼女はもう一度引っ張り上げた。

「それで、どうするのよ」

「人を集めるにしろ、きちんと計画立てて統制しねえと。烏合の衆で勝ちに行くには厳しいだろって話だ。どのみち街自体もそろそろ限界だろうし、提案そのものに反論はねえよ」

「よーーし!」

 沢也の一言で義希が椅子から跳ね上がった。彼は輝く笑顔で叫び、人差し指を沢也に押しつけると、意気揚々とドアへ向かって行く。

「なら、早速人集めだな!」

 扉に手をかけた義希の襟首を、沢也が冷静かつ素早く掴み上げる。

「やるのはいいが、悟られないよう上手くやれ」

 ほえ?と傾く義希を前に、呆れた有理子が補足した。

「バレたら捕まるでしょ」

「あ、そっか」

 ポンと手を叩き、思い直して踏みとどまる。にこにこと佇み指示を待つ彼に、二人のため息が浴びせられた。

「まぁ、ダメだと思うが、やるだけやってみるか…」

「とりあえず、片っ端から声かけていくしかないわね」

「それも大分危ないけどな」

 沢也は言いながらドアを開ける。

 前にも後ろにも進めない状態が、彼らの背中を無理矢理押した。ここを出たらもう後戻りは出来ない。しかし他に方法がないのも事実だ。


 静かな音を立て、扉は3人を送り出す。

 何も無い部屋には、微かにコーヒーの薫りだけが残された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る