032:焔燃石形
ゴーレム。
岩と土塊でできた巨人のモンスター。
あるいは魔法使いによって使役される泥人形。
前者についてはアシェラさんから話に聞いていた。核となる根を破壊しない限り倒せないモンスターであると。
後者は師匠に教えてもらった。命令を従順に熟す使い魔に似た疑似生命体だと。
なら、このゴーレムは?
「動く! リムくん狙われてるよ!」
「リム避けて!」
三階建ての建物に匹敵する巨躯。
ゴーレムが腕を引き放つは、全てを払い潰すアッパー。
周囲の構築物の大半がゴーレムにあてがわれ、逃げられる空間は出来ている。
だが俺は突っ込んだ。
見極めろ。奴の腕は歪。弧を描こうとするアッパーが頂点に達する前に、抜けるだけの隙間はある。
奴の腕と俺の顔面が交差する刹那、身体を前傾に左手を上げて、身体一つ分しかないほどの隙間に滑り込む。
ガントレットで奴の腕を受け流す。火花が散り、腕がもって行かれそうなほどの衝撃と甲高い金属音が響く。
だがそのまま奴の股下へ潜り込んだ。
そして熱は得た。手に具現するは〈ナーマヴェルジュ〉。
「【ラスタフラム】!」
直上に放つのは極大の焔波。ゴーレムの巨体を丸呑みにするが、俺はすぐに炎を切り千切るようにして直下を抜けた。
走り抜けていなければ、炎に巻かれ怒り狂ったような足踏みに潰されていたところだ。
ただ足踏みしただけで地面が弾けて石礫の凶器となっている。
「危ないリム!」
「!」
周囲の建物の残骸ごと振り払うゴーレム。けど見えている。
俺は跳躍し、その腕を弾くように〈ナーマヴェルジュ〉を振るう。衝撃を殺すように身を翻して回転。振り切って伸びた腕へと着地し、ゴーレムの巨体へ向けて残り火の線状を一気に駆け上る。
超近距離。高所。落ちればただでは済まない。だけど落ちる気がしない。
腕を交差させ俺を掴もうとしてきたゴーレムの腕を【ラスタフラム】で迎撃。当然押し返せないし、燃やし尽くせない。
だが、弾ける焔は視界を潰し、俺の正確な位置を奴から隠せる。
そうして腕を乗り移ったとき、見つけた。
ローブのモンスターがバラまいた石の破片。
その瞬間、師匠との修行で、彼女が話していた言葉が脳裏に鮮明に蘇った。
『ゴーレムは魔法式に従って動く。お前をボコボコにしようとするこいつの額の魔法式を書き換えて止めてみせろ。そしたら夕食だ。いや、朝食になるか?』
少し削っただけで修業時のゴーレムは停止した。魔法式は繊細だ。
この破片は魔法式じゃない。けれど隠されていた。【ラスタフラム】で岩の装甲を溶け剥がしたから露出したのだ。
ゴーレムが俺を振り払おうとする刹那、焔を纏わせた〈ナーマヴェルジュ〉で石の破片を掻っ切るように掬いあげた。
『!?』
「動きが止まったっ!?」
さらには腕の一部も崩落した。複数の破片で構成されているのだろう。
「エッセ! こいつを動かしてる石の位置を教えてくれ!」
「!」
「そっか! ミスティ、私たちも援護しよう!」
「はい」
エッセの指示が飛ぶ。俺は腕を駆け上りながら、焔波を放ち、装甲を剥がして石の破片を露出させていく。
魔導弾やナイフも飛び、石が剥がされるとその周辺の体表が崩壊していく。
「その身ぐるみ全部引っぺがしてやるよッ!」
『――!!』
こいつはでかい。圧倒的な質量だ。それでも弱点はある。
懐にさえ入れば、小さい俺を狙うのは難しい。それに奴の動き。大きい分、動作の予兆がよくわかる。
ゴーレムは怒りに任せて脚を大きく上げた。地面を踏み抜く衝撃に皆を巻き込もうという腹積もりだろう。
「甘々すぎて見え見えだからッ! ミスティそこ!」
「はい、撃ち抜きます」
ちょうど脚を最大高度に上げたタイミングで、ブレアの指示により放たれた魔導弾が重心のかかる脚の破片を数か所撃ち抜く。
『!?』
細くなった脚に自らの重量を支えられるだけの力はなく、ゴーレムは尻餅をついた。
肩まで辿り着いていた俺は、半ば投げ出される形で、ゴーレムの直上に躍り出る。
「おおおおおおおおおおおおッ【ラスタフラム】ッッ!」
炎を放ちながら、燃え盛る焔剣の切っ先を頭部に突き立てた。
噴き出る焔の輝きは頭部の岩の隙間に沈む刃とともに消えた。
一瞬の静寂。
直後。
『キェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!』
断末魔の如き奇声とともにゴーレムの全身の隙間から炎が溢れ出る。それらの炎はゴーレムのみならず、周囲の建物や地面も撫で這うように広がった。
「ま、だ、だぁぁあああああああああああああああああああッ!」
剣を捻り、岩を粉砕しながら直下へ斬り下がっていく。
荒れ狂う焔を噴かせる様は炎の巨人。あるいは異国の風習にある生け贄を捧げるための
焔は岩の弱所を喰らい再燃する。これであとは。
「リム!」
「っ!」
ぐんっと頭にかかる負荷の直後、柔らかな感触とともに開放的な浮遊感が身体を包む。
しかし、それを楽しむ間もなく、頬を膨らませたエッセが俺の顔を覗きこんできた。
「集中しすぎ! もう少しで掴まれるところだったよ!」
「悪い。でも準備はできた。ミスティ、ブレア、離れろ!」
落下に転じる。同時に俺は〈ナーマヴェルジュ〉を掲げた。
ゴーレムの弱所を喰らい火球と化した大量の金属たち。
それらを天円に集わせ、焔鉄の輪を形成する。
「テンシの、輪っか?」
「これにあいつを倒しきる威力はない。だが」
俺は剣を振り下ろす。その切っ先は、ゴーレムの足元だ。
「降れ穿て! パイル!」
瞬いた火球はゴーレムの足元に続々と降り注ぎ、大地を揺るがした。
最初のゴーレムの攻撃は地下への穴を開けた。つまり、ここと地下の間の岩盤はそれほど厚くないということだ。
しかもゴーレムはすでに何度も足踏みしている。この場所から移動することなく何度もだ。
そこまでお膳立てされれば!
「地面が崩れて、わわっ!」
「自分の着地のこと忘れてた」
ゴーレムの足場が崩落し、土煙を上げながら肩まで完全にその身を沈めた。
触手を伸ばしたエッセとともに崩落の免れた建物へと着地する。エッセが来てくれてなかったら、危うく巻き込まれていたところだ。
ゴーレムは崩落の衝撃で本体にダメージが入ったのか動かない。
「リムくん、エッセちゃん!」
「援護助かった」
「すごいよあんな大きいの倒しちゃうなんて。ずんずん登っていくし!」
「援護とこの剣のおかげだって」
建物を降りてブレアと合流する。
「さっさと逃げよう。まだ倒せたわけじゃない」
「マジ? こいつはどうする?」
「戦闘の際、頭を打ったらしく気絶していました」
「セフィラナイトに突き出す……っ」
目の前の景色が歪む。立っていられず膝を付きそうになったところをエッセが支えてくれた。
「魔力消費が甚大。アーティファクトの過剰使用のためかと」
「魔力の消耗でも侵食スピード早まるからさっさと脱出しよ」
「賛成……!?」
前方の瓦礫が盛り上がった。
起き上がるように。眠りから覚めるように。
瓦礫に引きずられるようにして建物が隆起し、巨人を形成する。
「うっそ、もう動けるの?」
「まだ遠いです。早急な退避を推奨」
「ぇえ、どうして……?」
エッセの絶望の声に引きずられ、背後を見やる。そこでもう一体のゴーレムが立ち上がるところだった。
前後の挟撃。同時二体のゴーレムサンド。
さっきよりは明らかに小型だ。だけど確実にさっきよりも手ごわいことはわかる。
一体だけでも【ラスタフラム】で燃やしてその隙に抜けるのが最善か?
魔力は、あとどれくらい、撃て……る……?
「まずいよリム……リム?」
「っぁ、なん、だ、頭、痛い……」
「魔力が枯渇寸前なのです。〈ナーマヴェルジュ〉を使おうとしないでください」
ガンガンと頭を打ち付けるような鈍痛。これが魔力切れ。初めての経験だった。【無明の刀身】でこうなった覚えはない。
足元がおぼつかない。立っていられない。こんなのまずいどころの話じゃない。
「うっそ、うそうそ、酷すぎ待って!」
ブレアの悲痛な叫びに周囲を見渡す。
いた。
スケルトンを始めとする、ここ第二階層に出現する無数のモンスターたちが。
建物の影から、通路の端から、崩落した穴から続々とこちらに集ってきている。
あのローブのモンスターの操り人形か。いや、ゴーレムとの戦闘中に操り人形は一体もいなかった。二体のゴーレムは小さいからこそ動かせているのだろう。
つまり、あれらはこの階層の正規のモンスター。
二体のゴーレムを相手取って捌き切れるわけがない。
「ミ、ミスティ。【恩寵】とやらでせめてゴーレムを操ってる奴を止めたりできないのか?」
「不可能。現在の私のスペックでは、遠隔での動作干渉はできません。直接触れれば、支配権を奪取できますが」
奴はゴーレムの腹の中というわけか。
完全に万事休すだ。
「エッセ、お前が一番速い。だから、この場を抜けて」
「やだ」
「おい」
「私が戻ってくるまでに皆がもたないのくらいわかるよ。だからやだ。いい加減その私が無事だったらいい、ていうの止めて……!」
その玉虫色の瞳は強かった。覚悟に満ちていたし、怒ってもいた。
「リムがいないと意味ないの! 皆で生きて帰らないと意味ないの……!」
濡れた瞳でそう訴えられては、俺もそれ以上の言葉を紡ぐことはできない。
そして何故かそのことに安堵している自分がいる。
絶望的な状況のはずなのに、エッセが残ってくれたことに安心した自分がいる。
「来ます」
ゴーレムが、モンスターたちが動き出す。
こうなったらとことんまで足掻こう。魔力は尽きて足元もおぼつかない。だけど、かじりついてでも一匹でも多くのモンスターを倒して地上に帰る。
暴虐に血肉を貪られるその刹那まで、抗って見せる。
そして、ゴーレムとモンスターとが同時に俺たちの元へ殺到した。
そのときだった。
この世界樹の根の地下深くで、黄色い閃光を伴う雷鳴が轟いた。
その音とともに、ゴーレムの頭上に躍り出たのは稲妻の化身。
雷光の青と黄の稲妻が彫り込まれたフルプレートアーマーを身に纏い、身の丈の倍はあるハルバードを持っていた。
あれが誰か、俺は知っている。
「リンダ・トゥリセ」
「ぶッッッッつぶれろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ハルバードが目が眩むほどの稲光を放ち、それがゴーレムの頭部に振り下ろされる。
雷電直下。
一瞬の閃光が駆け落ちるのを網膜に残し、ゴーレムは弾け飛んだ。文字通り粉々に。拳一つの欠片すら残さないほどに。
「久っ々の暴れ時だぁあああ! 遠慮しねぇかんなぁあああああああ!」
ハルバードを振りかぶったと思ったら、残光を残してリンダの姿が消えた。音が遅れて耳元を過ぎ去り、俺の真横を通りすぎたのだとわかる。
そして。
『ギャッ』
『ゲヒッ』
『グギュ』
『ゴバッ』
短い悲鳴と稲光の残光とともに、鮮血が舞い散る。もう目で追えない。モンスターの姿を認めた瞬間、弾け飛び、息絶えている。
「うわうわうわうわっなにこれっ!?」
「異常速度。全てのセンサーを最大にしても捕捉できません」
「ラストぉぉおおおおおおお、逃げてんじゃねえよゴミクズぅぁぁあああああ!」
その最後だけは目で追えた。雷光を鎧に纏うリンダ・トゥリセが、横薙ぎの蹴りをゴーレムに放って宙に浮かせ、街の外まで一気に弾き飛ばす。
その蹴りの反動で浮いた中空で、ハルバードを構えた。
閃光が瞬き、強くなる。チャージしている。
「ハルちゃん二式改、全力! 全・開!」
カッとハルバードが眩い閃光を放つ。その切っ先より伸びる白線が、中空をジグザグに曲がりながら、その屈折点に光の球体を形成した。
直感する。これは導(しるべ)だ。
「【
ハルバードの突きと同時にチャージされた雷の魔力全てが、白線の導に沿ってゴーレムへ向け放たれた。
爆雷轟音。
膨大な雷の魔力の塊は階層の空を歪め、空を裂く衝撃波が破裂する轟音とともに街を襲う。
立っていられず転びかけた刹那、重く圧し掛かる音ともに階層が黄色の閃光に染め上げられた。
巨大な雷電の球体。それが街を隔てた向こう側の大地に咲いた。
球体それ自体が稲妻を周囲に発生させ、巻き上げた大地を砕き塵へと変える。
その破壊規模は、街中に撃たれていれば十中八九俺たちも巻き添えを喰らい、無事では済まなかったことだろう。戦闘の規模が俺たちのものとは異次元すぎる。
「――――」
キィィンと耳が高音に苛まれる。
これが最上位ギルド【ヘカトンケイル】。これがリンダ・トゥリセ。
もはや人間業じゃなかった。ここからだと確認する術はないが、間違いなくゴーレムはその原型を留めていないだろう。
そして、リンダ・トゥリセが少し先で着地する。兜を外して頭を振るい、金髪のサイドテールを整えた。
耳が徐々に正常に戻る。声が聞こえる。
「あー、すっきりし、たぁ、ぁぁぁぁぁあ……?」
そしてこっちを見た。晴れやかな表情が、一瞬で曇る。
頬が紅潮し、唇はわなわなと震え、金色の目を涙に滲ませながら俺を指さした。
「なんであんたがここにいるの!?」
「いや、それはこっちの台詞」
言いかけたとき、ふわりと白い粒子が辺りに漂った。
気温が下がる。吐息が白くなる。パキパキと薄氷を砕くような音ともに、真珠色のローブを着た長身の女性がこちらを歩いてくる。
厳粛と美麗が混在した、冷血の乙女。
新雪を思わせる長い銀髪が漂う粒子を払いながら、鋭い蒼白の双眸で俺を見据えてくる。
「“顔のない女”が動くと想定していたが、やはり警戒心が強いな」
クーデリア・スウィフト。【ヘカトンケイル】の二番隊隊長にして、称号【
その右手には蒼白の氷杖を。左手では上半身が凍り付いたローブのモンスターの足を掴み引きずっていた。
「【
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