031:逃げる理由はいらない
地上までノンストップで駆け上る。
それらを〈ナーマヴェルジュ〉と魔導弾で速攻迎撃し、その場に縫い留め置き去りにする。それの繰り返しだった。
敵も無限に操れるわけじゃないらしく、同時出現の最大数はおおよそ二十前後。縫い留めれば後続の再出現にしばらく猶予があり、一気に駆け上ることができた。
ちょうど街の中心。無数の建物が結合した城から俺たちは地上の街に出て来れた。
「あっち! 移動したみたいだけど感知範囲にいるよ!」
魂魄回帰街の北西へ向けてひた走る。そして見つけた。
密集し折り重なるような歪な建造物の中心、ギリギリ広場と呼べる場所に、ちょうど建物の影から出てきたそれがいた。
黒いぼろきれのようなローブを纏い、背の曲がった小男の風貌。
だが、その頬は痩せこけ、犬のようなマズルとなっており、眼球のない双眸には不穏な青い炎が灯っていた。
ローブから亡者のように伸びる腕を、石質の薄汚れた白が鱗状に重なり覆っている。
その一枚一枚の鱗には奇妙な模様があり、操られたモンスターに張り付いていた石と似ていた。
そして。
「リム、あの足にあるのって」
「ああ」
足にある金属の輪。【
唯一違うのが、宝石台に血のような大粒の赤い宝石があること。
それが妖しい輝きを放っていることだった。
あれが【
「くそっ、まだ仕留められてねぇのか。しぶてぇやつら……だ……」
まるで自身が主人であるような口ぶりで、一人の男がローブのモンスターの後ろから現れた。
目が合う。カマキリのようなひょろりとした顔立ちの男。
俺の顔を認めると、わなわなと震えながら顔を青ざめさせた。
「あー!」
叫んだのはエッセだった。
「訂正して欲しいこといっぱい言った人!」
その言葉を聞いて、俺もハッとなった。今回は思い出せた。
「お前、レース前にいた」
「……いたいた! レースの観覧会場にもいた! 意味深なこと言ってた!」
ブレアも見覚えあったのか、男に指を差す。
「あんたがモンスターをけしかけさせてたの!? そのモンスター使って! 何のつもり!? マジで何回か死にかけたんだけど!」
「な、んでここに……俺の場所がわかるわけ」
どうやらこいつが今回の襲撃の犯人であることは間違いないらしい。
カマキリ男の左手首に、ローブのモンスターと同じものが装着されてある。恐らく命令をするための対となる疑似アーティファクトなのだろう。
「なんで俺たちを狙った? 恨まれるようなことした覚えないぞ」
「恨まれるような覚えだと!?」
カマキリ男は歯を剥き出しにして吠えた。
「てめぇらがあのレースで勝ったせいで俺は大恥かいたんだよっ! 出来レースだったはずがとんだ大番狂わせだ! 頭目も協力者も大損ぶっこいて全員キレ散らかして散々だ!」
「あの邪魔してきた探索者たちはお前の差し金だったのか……?」
「逆恨みもいいとこじゃん! ひっどーいっ!」
もっと以前から隷属器を利用して、違法紛いなことをしていたらしい。
「うるせぇ! こりゃケジメだ! 俺らのシマを荒らしたなぁ! それにだ。死にたがり。前から気に喰わねぇんだよ、てめぇが! バケモン連れてるくせに我が物顔で道歩きやがって!」
「それなら私たちだけを狙いなよ! ブレアとミスティは関係ないよね!?」
「そりゃご愁傷様。そいつらが本命だ。今日一日だけの貸し切りなんでな、逃すわけねぇよ」
ブレアとミスティが……?
「それを貸したやつは黒と赤の外套を着た女だったか?」
俺の問いに激情に駆られてたカマキリ男の顔がぴたりと硬直する。
しかし、すぐに鼻を鳴らして見下すように顎を突き出してきた。
「おいおいおいおい! なんでそれを俺から聞け出せると思ってんだてめぇは!」
「ここで口封じされたらどっちにしろ終わりだろ。最後くらい教えてくれよ」
「…………いーや、ダメだ。俺はこれ以上危ない橋を渡りたくねぇんだよ」
すでに事が露呈すれば探索者を続けられないほどの危ない橋を渡っているはずだけど。
とは言え、あの反応からして首輪の疑似アーティファクトを渡したのは、外套の女で間違いなさそうだ。さらにモンスターの提供まで。
「リム!」
エッセの呼びかけにハッとなる。
周囲を見渡すといつの間にかモンスターの群れが俺たちを囲んでいた。
十、二十、もっとだ。
「いままでより多いんだけど!?」
「当たり前だろうが! 自衛のためにこっちに何体か残してたんだからよぉ! 獲物が目の前にいるんなら遠慮はいらねぇ。やっちまえッ!」
男が腕輪を掲げると、赤い宝石が瞬き、それに呼応するようにローブのモンスターの足の輪の宝石も輝く。
そしてモンスターたちが一斉に襲い掛かって来た。
全方位からの一斉襲撃。
まずはあらかじめ熱を溜めていたガントレットから具現した〈ナーマヴェルジュ〉の【ラスタフラム】で一方向を薙ぎ払い、活路を作る。
集団戦は背後からの攻撃が怖い。ウェポンデルバーのような飛翔するモンスターもいればなおさらだ。
「チッ! 魔剣かありゃあ? 構うな囲え! 燃やされた奴はとっと捨てて新しいの操れ!」
囲おうとする敵をアンカーで縫い留める。けど数は地下での比じゃない。抜けてくる個体は相当数いた。
だけど、俺たちはその全てを捌く。
容易、というわけではない。けれどお互いがお互いの隙を埋めるように立ち回れていた。
「……なに? なんでてめぇがこの数を相手できんだ!? 第二階層のモンスターだぞ!? てめぇはレベル5だろうがッ!」
「実際戦って見ないとわかんないよな」
俺も何度かの戦闘を重ねてわかったことだが、操られているモンスターは正規の第二階層のモンスターに比べて数段劣っている。
統率が取れているが故に勘違いしていたが、一個体の強さははっきり言って第一階層のモンスターに毛が生えた程度。
よくよく考えればそれも当然で、力の源であるダンジョンとのパスがないのだ。通常個体に比べ劣るのは納得だ。
それに、統制が取れてるといってもそれは一体のモンスターによるものだ。
癖や傾向、動きの感覚は全て同じ。どの種類のモンスターでも同じ規則性しかない。
だったら倒すのは簡単だ。モンスターとの連戦で一番困るのは、そのモンスターごとに戦法を変える必要があること。戦いのリズムを変えなければならないこと。
ずっと一定の動作で戦い続けられるなら、疲れはほとんどない。
こと俺に至っては、気絶するまでダンジョンで戦い続けてきたのだ。
「ふッ!」
連綿と続くモンスターの群れ。それらのより頑強かつ、隠すのに適切な箇所。そこを〈ナーマヴェルジュ〉で斬り断ち、空へと上げる。
それをエッセが触手ハンマーで砕き、ミスティが魔導弾で弾くことで操るための石を粉砕していく。ブレアは俺の死角を的確にカバーし、この一連の流れを崩させない。
「ふざ、け……ふざけんな! こんな、こんなことがあってたまるか!」
モンスターの波を抜け、俺はローブのモンスターに迫る。こいつさえ倒せば終わりだ。
だが、刈り取るように振り下ろされた鎌に阻まれ、〈ナーマヴェルジュ〉の切っ先は届かない。
「さ、せるかよぉ! けひ、けひひ! そうさ! てめぇの魔剣さえ封じりゃあなぁ! 三匹で止められねぇよなぁ!」
「チッ!」
人の身の丈はある
「けひゃっ! レベル5のてめぇが! レベル17の俺に勝てるわけねぇだろうがよ!」
獰猛な風切り刃。
弧を描きながら迫る異質な太刀筋。モンスターとの戦いで経験したことはないし、師匠との修行でもない。
大刃を間一髪屈んで躱し、浮いた髪が切れる感触を味わう。
「…………」
でもゾッとはしなかった。
地を這い、首を掻っ斬らんとする男の腕の振りが見えていた。
「な、んっで!」
「俺にもわかんねぇよ」
自分でも違和感がある。
カマキリ男は勘違いしているけど、俺のレベルは11。以前より上がってはいる。それでもレベル17のこのカマキリ男には到底届かないはずだ。
あえて理由付けするなら、地下での四方八方からのモンスターに対応したあとだから、だろうか。
俺は大鎌を〈ナーマヴェルジュ〉とブロードソードで逸らし、あるいは叩き落とす。風切り音が金属音に塗りつぶされ、肉を裂く音は訪れない。
感覚が鋭敏になっている。自分という領域が拡張されている感じだ。
ならやれる。
「ふっ」
短い息を吐いて、俺はカマキリ男へと疾駆した。
男の腕を掻い潜り、俺は肩でその胸を突き密着する。男の伸びた腕が持つ鎌に剣を引っ掛け、無理矢理地面に叩きつつ踏み抜く。
だけど俺よりも格上なだけあって、武器を抑えてもそれ以上は攻めさせてはくれない。
「くそったれ! おい、こっちにもモンスターを回しやがれ!」
モンスターは、来ない。いつの間にか周囲は静まり返っていた。
「あ? なんで言うことを」
「えへへ、盗っちゃった」
横でモンスターたちと戦闘を繰り広げていたはずのエッセ。
にこやかに笑うエッセが伸ばした、長い長い一本の触手が、男が着けていたはずの腕輪をふりふりと振っていた。
いつの間にとか、どうやって、とかこの際どうでもいい。
あいつ手癖の悪さ、発揮しやがった!
「て、てめぇ――!?」
「はあああああああっ!」
完全に意識をエッセにとられた隙をつき、身体を捩じる。
回避行動を取ろうと膝を曲げるがもう遅い。
〈ナーマヴェルジュ〉を握りつぶすように象った拳を、男の顎に下から垂直に叩き込んだ。
腰の捻りが上手く嵌った最高の状態で決まり、骨が骨を砕く感触が拳に伝わる。
男の身体が宙を舞い、一、二、三と回転して受け身も取れず転がった。
「あ、ぐ、く、くそっ、ったれ」
常人なら気絶していただろうけど、そこは探索者。さすがに意識を刈り取るまではいかなかった。
「お前が起きるまでには倒す」
もうエッセが命令したからか、操られていたモンスターたちの動きも止まっている。
あとはローブのモンスターを倒すだけでいい。だからブロードソードを振り上げた。
その瞬間だった。
『キェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!』
モンスターが突如叫び声をあげたかと思うと、両腕から無数の鱗石を飛ばし、周囲の建物に貼り付けた。
何を……いや、様子見は悪手だ。
そう思い止めを刺そうと振り下ろした剣を、横から現れた手が防いだ。
手。
人間の全身の倍以上はありそうな手。
それは黒かった。そう黒い。まるで周囲の建物のように。
「うっそー……マジでありえないんだけど」
ブレアの放心するような言葉が、俺たち全員を代弁してくれる。
建物が動いていた。文字通り。起き上がるようにして、とても歪な人型となって。
「ラスター?」
ラスターに似てはいるけど違う。どっちかっていうと本当の意味でのゴーレム。
泥と土、石と岩でその身を形成する岩石の巨人。
奴の操るモンスターは第一階層相当と言ったが、この質量となるとその理屈は通じない。
『キェキェキェキェキェキェキェキェキェキェキェキェ!』
甲高いモンスターの笑い声に従ってか、ゴーレムが腕を振り上げる。その腕が建物の一部だったせいか、地面は隆起し、激しい揺れを伴わせた。
これはさすがにキツイ。こいつを相手にするくらいなら無理してでもローブのモンスターにトドメを刺しに向かったほうが容易い。
そう思った。だけど、そう思われていると思ったのは向こうも同様だった。
奴はゴーレムの中に入った。
元は建物。入口がある。そして戸締りでもするように岩で防げば、完璧な防犯態勢だ。
「うわっ、わわわっ、やめろぉ、足場を失くすんじゃねぇえ!」
隆起し、崩壊する地面と建物に巻き込まれそうになるカマキリ男。さすがに見捨ててはおけない。ブロードソードを鞘に納め、男の肩に抱えてすぐに移動する。
「お、お前ッ!?」
「エッセ、その腕輪で操れてないのか!?」
「わかんない! 持ったまま動くなーって命令してるけど何にも効かないよ!」
「おい、あれの使い方は!?」
「し、知らねぇ! 俺もその方法しか知らねぇよ!」
嘘だろ。じゃあなんだ? 暴走でもしたっていうのか?
でも見た感じ、疑似アーティファクトが壊れた様子はない。もし暴走していないとして、何かきっかけがあるのだとしたら。
命の危機に晒されたこと。あるいは男から腕輪を奪ったこと。
そうなった場合こうなるよう、あらかじめ命令されていた?
「うおぉい! 上!」
「くっ!」
駄々をこねる子供のように、ゴーレムが拳を振り下ろしてくる。
〈ナーマヴェルジュ〉は消してしまったしそもそも迎撃できるような質量じゃない。己の敏捷ステータスを信じ、ひたすら駆け跳んだ。
背後より破裂する爆音。
間一髪直撃こそ避けたが、その衝撃は地形を変えるほどで、陥没した穴からは魂魄回帰街の地下が見えた。
こんな攻撃、そう何度も躱せるもんじゃないぞ。ラスター並に洒落になっていない。
「一旦逃げようリムくん! こっちに」
「わかって、っ!」
ゴーレムは建物を跨ぐようにして移動し、第一階層方面へ道を塞ぐ。しかもご丁寧にエッセやブレアたちのいる場所から分断されてしまった。
帰す気がないってことかよ。
空虚な双眸のゴーレムが、俺を見据えている気がする。嘲笑か怒りか。
俺が単に浮いていたからか、それとも本体を窮地に追いやったからか。
俺を狙っている。俺を殺せるだけの力を持っている。
「……」
心臓が苦しいほどに鐘を打った。
恐怖。
違う。
そうじゃない。
ただ思ったのだ。
「リム、いますぐそっちに!」
「いい!」
俺は叫び、カマキリ男を遠くに放る。
息を整え、空虚な双眸のゴーレムへ無刀のまま構えた。
「おい、おいおいおいおい、正気かてめぇ」
「戦う気なの!?」
圧倒的質量差。殴り合いでの結果は誰もがあちらにベットするだろう。
だけど避けられない。俺はこいつを避けてはいけない。
「もし外套の女とレストラが本当に共謀してるんなら――」
きっと相対することになるだろう。
なら、こいつを倒せなきゃ、レストラにも勝てない。
これから先、エッセもミスティもブレアも、誰一人だって守れない。
俺はもう、あんな無様な負け方をするわけにはいかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます