030:繋ぐ糸と置いてけぼり


「じゃあこれってレストラの仕業ってわけ!? あいつぅ~手出ししない感じだったじゃん! 抗議だ抗議!」

「まだ赤黒の女と共謀したかどうかはわかんないから」

「えー、もうほぼ確じゃない?」


 俺たちの置かれている現状についてミスティの推測を交えて伝えると、ブレアは予想通り憤慨した。


「だから私の感知でも反応しなかったんだね。モンスターじゃないんだ、これ」


 転がる残骸たち。こいつらには通常モンスターに生えているはずの、ダンジョンと繋がるパスの塊の根がない。

 エッセはダンジョンと繋がっている地形も感知できるから、本当にダンジョンと隔絶された存在なのだろう。

 探索者が持つ剣。射られた矢。投げられた石。それらと大差ない。


「でもなんで襲ってきたんだろ。レストラはミスティが欲しいんだよね?」

「口封じなんじゃないの? 裏の顔を知ったお前は生かしておけない! みたいなっ! てか、セフィラ様にまで手を出そうとしてるとか最悪っ! ぜぇったい許せないし!」

「口を動かすのではなく手と足を動かしてくださいブレア。そもそも脱出できなければ何も意味がありません」

「ミスティも探してよー。そのおんちょーってやつ? とかでさ」

「そのような機能はございません」

「あ、いたよ!」


 ミスティを除く全員で【ラスタフラム】のアンカーで縫い付けられたモンスターたちを見て回っている中、エッセが声を上げた。

 エッセの眼前には、そこには胴体部分が黒い鉄の泥で地面と結合し、融解した手足は地面に癒着して、頭部のみをひっきりなしに回す人形型のモンスターがいた。

 黒灰色の鉄の表皮を持ち、頭部に髪はなくカチカチと規則的に動く口と、瞼のない露出した眼球がある。

 あくまで人型であるだけ。おおよそ人間には見えないし、ミスティとは天と地ほどの差がある。


「これがオートマタ?」

「うん。間違いないよ。かなり融けちゃってるけど」

「普通のモンスターも紛れ込んでくれてて良かったな。探す手間が省けた」

「狙われてる状況で探索するのは堪んないもんね。まだ諦めていないだろうし」


 ブレアはナイフを融解した手足の関節に刺しこむ。


「だけどリムのあの炎すごいね。なんて」


 ガントレットから【無明の刀身】で具現化させた〈ナーマヴェルジュ〉。

 炎の魔剣より発生する焔は、肉を焼かず、金属のみを燃やす。

 燃やされた金属は火球として、しばらく操ることが可能だ。もちろん金属なら何でも燃やせたりするわけじゃないけども。

 それがミスティを通して得た、〈ナーマヴェルジュ〉というアーティファクトの性能だった。


「最初は危うくミスティを燃やしかけたんだけどな」

「あのおじいちゃんがこんな危ない物作るなんて」

「いやさすがにこれを予測しろってのは無理あるって」


 武器を打ってくれなかったから、俺の能力で武器を作らせる、なんて誰が想像できるというんだ。


「まぁ、ね。まるで意思があるみたいだし…………幽霊?」

「り、リムの〈焔纏ほむらまとい〉に幽霊が取り憑いてたの?」

「なわけあるか」


 ただ、元は階層主であるラスターの素材だ。だからもしやと思いはするが、いま考えても仕方ない。


「よーし、じゃあリムくん、ミスティをここに座らせてあげて。ちゃちゃっと移植しちゃうから」


 まだ生きてはいるオートマタの隣にミスティを座らせるのと同じタイミングで、ブレアがオートマタの関節を外す。

 そこから零れるのは血ではなく、青白く発光する糸の束、パス・スレッドだった。

 まるでダンジョンを巡る木の根を極小にしたものにも見える。


「ミスティの義肢も外すね」

「はい」

「パス・スレッドはミスティに適合してるのか? 量は?」

「適合に関しては問題ないかと思われます」

「量に関しても大丈夫じゃないかな。戦って倒すとどうしても欠損して使える部位が減っちゃうし。でも今回は炎で身動き取れなくしただけの完品だから」


 ブレアはミスティの義肢も外して、翡翠の糸を露出させる。義肢に接続していた糸を解いて外し、地面に垂らした。


「ちなみに生きてる状態のオートマタとミスティの糸を繋げても大丈夫なのか?」

「んーん。オートマタ同士の話ではあるけど、レベル低いほうが取り込まれちゃう感じ。本で読んだ。アハハ、マジヤバすぎない?」


 あっけらかんと笑うブレア。けれどその表情に気負いはない。


「でも大丈夫。もう結び目は視えたから。まー楽にして視ててよ。皆の仕事は一旦ここまで」


 ブレアがグローブを脱ぎ、指をポキポキと鳴らす。腰のベルトポケットから取り出した指にはめる突起が複数ついた金属具を右手に装着した。


「こっからはあたしの仕事だから」


 そして左手の人差し指と親指に仄かな白い光が灯る。

 瞬間、纏う空気が一変した。


 いや、ブレアと俺たちとの世界が隔たれた。


 ブレアがオートマタのパス・スレッドを左手の人差し指で掬い上げる。

 ゆっくりと指先が空を泳いだ。湖面に揺蕩い波に踊る木の葉のように、糸が流麗に舞う。

 その糸を右手の装具の突起に引っ掛け、指に巻く。滑らかな金属具が糸の摩擦を極限まで減らし、それでいて突起のついた指を上下させることで糸が戻るのを防いでいた。

 準備が整った、と思った瞬間にはもう左手が動いていた。

 弧を描き、円を創り、結びを締める。米粒にも満たない瘤。結び目。

 仄かな白い光を灯した親指と人差し指が、糸を挟んでなぞる。結び目が消えていた。

 糸は地に着くまで伸び切除。完全にミスティの物となる。

 一糸。

 一糸。

 一糸。

 川の流れが絶えないように。その指の流れは止まらない。

 額を伝う汗がブレアの目に入る。けれど、彼女は瞬き一つしない。瞳は目まぐるしく動き、指の流れを追っている。いや、先を視ている?

 見る見るうちにオートマタの中からパス・スレッドが消えていく。


「リム、いまの内に私たちを狙うモンスターを探しましょう」

「この状態で? 動けないだろ」

「問題ありません。驚くべきことですが、この移植において私の魔力の増減は一度たりともありません。オートマタからの影響を一切受けていないということです」


 ミスティからしても、ブレアのこの技術はすごいらしい。

 ただ問題はそっちだけじゃない。


「いや、だから動けないのにどうやって?」

「私の【恩寵】を用います」

「それってさっきも言ってたよね? 【基底ベースクラス】とかなんとか」


 さすがエッセ耳聡い。戦いながらも聞いていたらしい。


「【恩寵】はあなたがたが【魔法】や【スキル】と呼称するものとはまた別の力です」


 ミスティが俺の左手を取ると、側頭部の黒いアンテナの樹状模様が翡翠に強く輝いた。


「【恩寵】とはテンシに宿るダンジョンの機能そのもの。私の【基底ベースクラス】は全てのアーティファクトに通ずることです。疑似であろうと変わりません」

「ダンジョンの機能って。まるでダンジョンと同じことができるみたいな口ぶりだな」

「肯定。私は人の身では扱えないアーティファクトの使用が可能です。ある種の例外を除いてではありますが」


 それが何か聞こうと思って、やめた。これ以上は話が逸れてしまう。


「そのおんちょう? でミスティは位置がわかるの?」

「いえ。万全の状態でも位置を特定できるのは目視の範囲内が限度でしょう。ですが、その距離の問題をエッセの感知で補います」

「私の?」

「はい。リムとの接触で構築される魔力のパスを利用して、エッセの感知による知覚を私も共有します。起動状態の疑似アーティファクトであれば、その位置を特定することも可能でしょう」


 俺もエッセも顔を見合わせて驚くこととなった。


「つまりさっき〈ナーマヴェルジュ〉でやったみたいなことを、俺とエッセとミスティでやるってわけか?」

「肯定。エッセの感知範囲内に当該モンスターがいることが前提ではありますが、あなたの魔力で感知範囲の拡張は可能と思われます」

「……私に、できるかな」


 ダンジョンに沈み、泡沫の世界に塗れるあの感覚。あれを好き好んで味わいたいという奴はいないだろう。

 エッセに多くの魔力を渡そうとパスを強く形成すると、あの世界に落ちてしまう。

 そうなれば感知どころの話じゃない。

 だけど。


「ううん。できるかじゃない、やらないと。うん。やってみよう。やる前から諦めるなんて誰でもできるしね」


 意外だった。エッセがやってみせるとはっきり言い切ったことが。

 エッセは俺の左手をミスティと一緒になって握ってくる。触手も一緒だ。


「頑張ろ、リム」


 見据えてくる玉虫色の瞳は、俺にも「できる」と告げてくる。

 そうまで言われて、俺が尻込みしているわけにもいかない。


「わかった」


 集中する。エッセとミスティとの間で形成された即席(インスタント)パスを太く強固にする。強く魔力を注ぎ、エッセの感知能力の拡張を促した。


 そして落ちた。


 いつもの泡沫の世界。無限に膨らみ分かれ、際限なく広がり、細かく分散する世界。

 息の続かない底の底。底すらない永劫の闇。あらゆる情報の渦の洞。

 どこまで。いつまで。エッセは感知できたのか。見つけたのか。わからない。どっちでもいい。苦しい。辛い。意識が朦朧として。まずい。昇れない。沈む。落ちる。


「なるほど、【フラクタルボーダー】を越えていたのですね」

『ミスティ!?』

「人の身で自己を見失わずにいられるとは……。お手を。ご安心ください。エッセは隣にいますよ」

『え?』


 いた。まるで最初からいたように、エッセが隣にいて俺を見つめていた。

 けど喋らない。口はもごもごと動かしてはいるけれど、それが声となって俺に届くことはなかった。

 そしてそれは俺も同様で、口にはできているけど、それがエッセに伝わった様子はない。


「楽になりましたか?」

『あ……』


 思えばいつの間にか苦しさがなくなっていた。息をしている感じはない。何をせずとも沈むことなく身体が揺蕩う。


「やはりあなたたちは不可解な存在です。こうして繋がっているあなたたちを見ると、テンシに見えてしまう。一人ひとりでは人間とモンスターでしかないのに」

『前も言ってたな。そうだ。なんで俺たちのことを【マルクト】って呼んだんだ?』

「【マルクト】も【イェソド】同様、総体名です」


 それが【マルクト帝国】と同名なのは偶然なのか?


「リム、集中を」


 思考が引き戻される。そうだ。エッセの感知を手伝わなくてはならない。


「エッセ、さらなる感知を。リム、私たちとのパスをより強固に。あなたがた自身の魔力で補強するのです」


 広がる知覚。視える景色。泡沫の世界ではなく、それは縦に連なる岩床の階層で。

 赤く光り輝く、光点が謎の影に浮かんでいた。

 それを視認した瞬間、俺の意識は急激に浮上した。


「ぶはっ!?」

「わっ、びっくりした!」


 パス・スレッドの移植を終えたのか、俺の顔を覗き込もうとしていたブレアと目が合い、彼女は心底驚いた表情で大きく仰け反った。


「はぁあ、良かったー目が覚めて。返事しないから侵食が進んじゃったのかと思ったよ。へーき? 頭痛かったりしない?」

「いや大丈夫」


 戻って来たばかりだけど頭は冴えている。いつもより気分が悪くない。


「ホント大丈夫? 結界張る? 一応一式持ってきてるよ」

「結界?」

「ダンジョンの侵食を防げる場所を作れるアイテムだよ。ダンジョンで休憩するときに使うやつ」

「そんなのあるの!?」


 エッセが驚きの声を上げて、信じられない表情で俺を見てくる。

 言わんとしていることはわかるけど、俺はそもそも侵食を受けるためにダンジョンに潜っていたのだから、使うわけがない。


「第一階層しか行かない探索者には必要ないって。てか、よく買えたよな。普通、個人でってより、ギルドで買うもんだろ」

「シスターさんしか作れないからねー。今回は特に大事な探索だし、奮発しちゃった。んで、作業終えたら三人して黙りこくっちゃってたけど、どったの?」

「問題ありません。滞りなく完了しました」

「いや、滞りなく完了したのは私のほうだってば。足動く?」

「はい、問題なく。この短時間で義足の修理まで完了させるとは」

「んー? んふふ、見直しちゃった感じ?」

「したり顔が鬱陶しいのでこれ以上は言いません」

「鬱陶しいっ!? もーミスティーそんな言葉覚えちゃやーだー、そんなのより褒めてよー、あたし褒めて伸びる子だからー」

「不快です。触らないでください」


 じゃれつく二人は置いておいて、エッセを見遣る。玉虫色の瞳と目が合うと、ギザ歯を見せて誇らしげに笑った。


「やり切ったよ」

「ってことは、見つけられたんだな」

「うん。えへへ」


 しばし休憩、かと思ったら数秒と経たずエッセは身体を反らせて一気に立ち上がる。

 さっきまでとは違う、陰のある笑顔を浮かべて、さっきのブレアの真似をするように触手をポキポキ(音は聞こえてない)と鳴らした。


「じゃあ倒しにいこっか。リムをこんな目に合わせて、ミスティを狙った悪い子を懲らしめないとねッ!」

「同意。自分が安全な場所にいると勘違いしている無知蒙昧な輩に、現実というものを知らしめてあげましょう」


 二人ともノリノリだ。


「ちょちょちょ、あたし置いてけぼり感あるんだけど! 何があったの!? 教えて!?」


 エッセもミスティも上階への階段に向けて走り出す。

 俺も二人のテンションには追い付けなさそうだったから、道すがら経緯を話すことにしよう。

 もうダンジョンに来た目的は完遂したし、あとは帰るだけなのだから。


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