029:ラスタフラム


 金属音が木霊していた。

 エッセは束ねた触手たちを硬質化、擬態化させた紫紺の槍を振り払い、浮遊し飛翔する剣や斧たちを床へと叩きつけていく。

 ウェポンデルバー。第二階層の魂魄回帰街に出現する武器型モンスターの総称である。

 その武器種は剣や斧、槍に鞭と多岐に渡る。

 下階層へ潜るほど動きは洗練され、熟達した剣士にも劣らない技量を見せつけることから、武具の探求者ウェポンデルバーと称されていた。


「ふぅっ、ハッ」


 それでもまだ、ここではエッセの槍術の技量のほうが一枚上手だ。

 打ち落とした斧を石突で砕き、即座に擬態によって石突と穂を変換。

 穂先で掬い上げた剣を飛翔する槍にぶつけ同士討ちを誘発。弾かれ合ったウェポンデルバーたちに肉薄し、衝突で生じた亀裂へと寸分違わず穂先を差し込み、武器破壊した。


「……はぁ、はぁあぁ、第一階層のモンスターよりずっと強い……大変だよぉ」

「いやいや、エッセちゃん平然と対処できちゃってるし、槍捌きやばいしっ! てか、擬態能力ってすごいんだね。何でも成れるの?」

「武器は危ないからあんまり使いたくないのっ」


 槍を使う度、幼少期に従者を怪我させたことが思い起こされてしまう。穂先が肉を裂く感触はいまでもトラウマとして、掌に残っていた。

 それでもこの場を切り抜けるため、リムを助けるため、エッセは迷いなく槍術の使用に踏み切った。以前のような決断の遅さは現状では命取りになりかねない。


「それに何でもじゃないよ。別人に変身とかできないし。咄嗟にできるのはこの槍とこの服くらい」

「え、その服触手なの!?」

「うん。昔のお気に入りをちょっとアレンジ――」


 エッセは言いかけて口をつぐんだ。元人間だということは内緒なのだ。リムがいたらまた小言が飛んでいただろう。

 怪しまれたのだろうか。じっとブレアが見てくるが、考えを払うように頭を振るう。


「いやー、でも頼りになるよホント。地下はリムくんと私の平均レベルだと、四人パーティで動けることが前提の強さだからね……。しかも結構深いところまで来てるから。エッセちゃんが強くて助かったよ」

「ブレアの援護のおかげだよ。私の死角、きっちりナイフで埋めてくれてたもん」


 実際は全方位、触手の目で見渡しているため死角はない。しかし、それでも対処できる範囲は限られている。ブレアは的確にその穴埋めをしてくれていた。


「怪我ホントに大丈夫?」

「平気。ダンジョンにいたら自然と回復するし、リムに魔力を注いでもらえればもっと早く治るし。だからポーションは温存っ」

「おっけ。でも無理はダメだからね?」

「うん。大丈夫。リムも私も前でガンガン行こうって感じだから、後ろで援護してもらえるのってとっても新鮮。ありがとね」

「確かにリムくんも怖いもの知らずって感じでガンガン攻めるよねぇ。無茶っぽさはあるんだけど、でも判断の速さはヤバイ感じ? 良い意味で」


 ブレアがうんうんと頷く。

 リムは最近まで死ぬのも厭わずモンスターの群れに突っ込み、限界まで戦い続けていたからそう見えても仕方ない。

 ただ、いまも下でそんなことされていたら命が幾つあっても足りない。お願いだから自重して、とエッセは内心懇願する。


 ブレアがナイフを回収し終えたので探索を再開。

 魂魄回帰街の地下には降りられたものの、未だミスティを感知できていない。


「あーもう、結構ショトカしてるけど、正規ルートだと何度も上り下りさせられそうでうんざりする」

「うん。迷わないんだけど、感知してても頭こんがらがりそうになるよ」


 上層下層の迷宮が横に広がっている第一階層と違って、ここは縦長の構造となっていた。

 地形こそ変化しないが、第一階層の【水上都市】のようなランドマークが存在しないため、現在地がわかりにくい。

 触手を伸ばし、感知も最大限活用しているものの、初見の階層ということもあってモンスターとの接敵は回避しきれなかった。

 そのため、リムたちが落ちてから一時間以上が経ってしまっている。


「ブレアはここまで降りるのは初めてなの?」

「何度かあるけどそこまで細かく探索はしてないかな」


 走りながら集中しなくてはいけないとわかりつつも、黙っていると嫌な想像ばかりしてしまうので、エッセはブレアに助けを求めた。


「パーティの人と?」

「さすがにね。友達のとこにお邪魔させてもらってる。本業、探索者じゃなくて義肢装具士だし」

「あ、そっか」

「まっ、普通はどっかのギルドに入ってパーティ組むのが一番なんだけどね。でもそうしちゃうと自由が利かなくなっちゃうから。かと言って【アスクラピア】はガチで忙しーし」

「そうなんだ」

「義肢装具士課程のとき半年実習で入ったけど、マジで死ぬかと思ったよ」


 遠い目で焦点の合わないブレア。

 リムが入院していたときも、治癒士が常に忙しなく院内を歩き回っていたことをエッセは思い出す。激務というのは間違いないのだろう。


「まっ、おかげでミスティを助けられるからラッキーだけどね」

「!」

「ん、どしたの?」


 ちょうどミスティのことを考えていたからか、感知の届く端にその姿が視えた。

 ほんの一瞬。移動しているのだろう。速度的には走っている。だが何か違和感があった。

 位置はまだ下だが、そこまで遠くはない。感知で得たマップ情報からも、降りるだけなら回り道する必要はなさそうだった。


「ミスティが見つかった! 行こうブレア!」

「ホント感知ってすごいね!」


 全力で魂魄回帰街の地下牢迷路を駆け下りる。

 感知に引っかかる。さっきの違和感の正体がわかった。

 ミスティが仰向きで浮いている。いや、抱きかかえられている。


「ミスティの様子が変! もしかしたら足を怪我したのかも」

「あの高さから落ちたし、あり得るかも! ホントに急がないと」

「飛ぶねっ! 掴まって!」

「わわっ!?」


 ブレアの腰に触手を巻きつけて、橋となっている場所から一気に降りる。

 背の触手を部分的に本来の玉虫色の翼へ戻し、空気抵抗によって落下の勢いを減衰。触手のクッション性を増強させ、勢いよく下へ下へと降りていく。


「聞こえた! 大きな音! 多分戦ってる! もう同じ階!」

「こっからなら大丈夫! 走れるよ」


 ブレアから触手を離し、並走して駆けた。

 鳴り響く金属音。翡翠の閃光が薄暗い地下牢迷路の先で瞬く。

 それに混じって聞こえる水路の音。ばしゃりばしゃりと駆け殺到する音も聞こえた。

 そして、いま戦闘の只中である、地下牢の階段の集約する小部屋ルームへエッセは飛び込んだ。

 我先にと集おうとする無数の種類のモンスターたち。

 それらがいままさに、リムたちを呑み込まんとしているところだった。



―◇―



 時間がなかった。

 眼前の敵を捌きながら退路を探し、潜り込む。死角から潜り込んできた敵を肩に抱えたミスティが魔導弾で弾いて、ほんの一瞬の猶予を作り、また逃げる。

 マッドパペットのみならず、スケルトンやウェポンデルバー、ガーゴイルに至るまで。

 非生物的モンスターの抜け殻を操って、間断なく責め立ててくる。


 こいつらは通常のモンスターと違い、特に秩序だっていた。それも当然だろう。ミスティの推測が正しいなら、一体のモンスターが操っていることになる。

 ジリ貧だ。捌くことはできても反撃に転じて押し返すことができない。

 少なくとも地上までは持たない。

 時間が欲しい。


「三方よりモンスターの気配あり」

「くっ」


 階段を降りながら水の流れる音がする。水路だ。

 魂魄回帰街の底。次の階層へ通じる地下水路まできてしまった。

 ちょうど地下水路の各方面に通じている小部屋ルームだ。

 上階への階段も反対側にあるが、水路から這い上るようにモンスターたちが躍り出る。

 完全に囲まれた。

 もう少し時間が、ほんの少しの猶予さえあれば。


「リム、あれらの狙いは私です。一度囮にして私ごと」


 言いかけたミスティの言葉。

 それを遮るように、黒紫の物体が頭上で翻った。


「あ」


 空を舞うドレスは、花びらを纏う妖精のようで。

 背に抱く翼は風を頂く閃きのようで。

 玉虫色の瞳は言葉なくその意図を俺に伝えた。

 左手を伸ばす。レザー越しでもわかる柔らかな温もり。一切の隙間なく繋がるその感覚とともに、俺から無秩序な魔力が彼女に流れる。

 俺は一切の遠慮をしない。持てる全てを流した。

 ダンジョンに落ちていく泡沫の光景を視ても怖くない。

 この手はいま、エッセと繋がっている。


「ッ!」


 浮上と同時に開けた視界で、何十という黒紫の触手たちがまるで槍のように伸びていた。まるで俺たちを覆い守る傘のように。

 そして、エッセが頭上でスカートを翻すと、触手たちはそれに従うように回転。

 モンスターたちの群れを後続のモンスターたちすらも巻き込んで弾き飛ばした。

 それを見届け、エッセは俺と手を繋げたまま、ふわりと眼前に降り立つ。


「お待たせ、リム」

「……今回の着地はかっこよく決まったな」

「えへへ」


 気の利いた台詞は言えなかったけれど、エッセはくすぐったそうに笑ってくれる。


「うはっ感動の再会尊い……じゃないっ! まだまだピンチだよあたしたちっ!」

「来て早々悪いけど二人とも時間を稼いでくれ!」

「なになに!? なんか手があるの? あたしもうナイフの残数そんなないよ」

「そこまで時間はかかりません」


 対面の階段のほうへと逃げ込み、そこにミスティを下ろす。


「ミスティ!」

「はい、最大出力で」

「リム何を!?」


 魔導弾をガントレットで受け止め、その黒鉄は一撃で完全な赤熱を得た。

 宿りし熱がガントレットに刻まれた武器の設計図を焼き写す。

 俺はそれを【無明の刀身インタンジブル】で具現化するだけだ。


「〈ナーマヴェルジュ〉!」


 赫赫と燃え立つ、揺らめく波状剣。それが俺の手に握られる。

 通常の翡翠剣とは全く異なる、完全に具現化した実体の剣。振れば、赤の軌跡を空に残す。

 ジリッと頭に焼けつくような感覚が走る。


『――――』


 声にならない声がする。違う。理性が声を聞くのを拒絶している。

 それでも自分の精神が昂っていくのがわかった。

 どうにか俺を操ろうとする。こいつを使わせようとする。


「うそっ、それって〈フラムヴェルジュ〉!?」


 驚くエッセにモンスターたちの相手を任せ、〈ナーマヴェルジュ〉をミスティに寄せた。

 爆発させたい衝動が絶え間なく脳裏に響く。

 一瞬でも気を抜けば循環する魔力が炎へと変わるだろう。


「ミスティ、本当に行けるんだな?」


 ミスティはいつもと変わらない無表情……ではなく口元を緩ませ勝気に笑って見せる。


「肯定。私は稀少な存在、テンシであると言ったはずです。その力の一端。我が身が賜りし【恩寵】をお見せしましょう」

「ッ! なんだこれ」


 ミスティが触れた刃の樹状模様が翡翠色に激しく発光した。

 その輝きが伝播するように、ミスティの腕から胸部中心へ、血管が浮かび上がるように翡翠に発光し、一際強い球体の輝きが胸部に透けて現れる。


「私の【恩寵】は【基底ベースクラス】。私のこの身はあらゆるアーティファクトに通じており、故にその使用権を有し、使用法も把握できます」


 ひとりでに〈ナーマヴェルジュ〉から焔が噴き出す。しかし、さっきは義肢こそ燃やしたその焔だが、ミスティのリク・ミスリルのボディを燃やすには至らなかった。


「なるほど、これはでしたか。ですが完璧ではない。想定以上のプロテクトではありますが、特定の機能に集中して停止させる分には差し支えありません」

「なん、だ、これ。頭の靄が晴れて……」

「『エラー』による精神への干渉をシャットアウト。基本性能の情報をあなたのパスにインプットします。言語を用いるよりも迅速かつ確実です」


 なかなか気持ち悪い感覚だった。

 知らない情報を頭の中に直接書き込まれているかのように、無理矢理記憶させられる。

 だけど、説明の手間が省けたのは確かだ。

 この状況に即した使い方が、最適解がわかる。


「どうぞ」

「ああ」


 ミスティに託され、俺は立ち上がり様に刃を水平に肩へと振りかぶる。

 循環する魔力に熱を灯す。炎熱の刃は気炎を吐くように焔を宿した。

 眼前にはエッセと無数のモンスターたち。


「モンスターを寄せてくれ!」

「わかった!」


 エッセが触手を縦横無尽に張り巡らせ、モンスターたちを中央に寄せる。漏れた敵はミスティとブレアが遠隔攻撃で止めてくれた。

 だから安心して溜める。〈フラムヴェルジュ〉のときとは違う。これに暴発はない。体質による魔力は常に循環し続け、放たれる炎は俺の魔力のみ使われる。

 威力は〈フラムヴェルジュ〉のときに比べ、見劣りするのは確かだろう。

 だが。

 俺は一歩踏み込む。


「ちょ、何か撃つ感じ!? エッセちゃんいるよ!?」

「信じろ!」

「信じる!」


 叫んだ声に間髪入れず返って来た。

 本当に最高の相棒だ。俺は笑みを深めて、迷いなく炎熱の波状剣を振り払った。


「【ラスタフラム】!」


 刃より迸る焔が、扇状に地を這いうねりを上げて、エッセもろともモンスターたちを呑み込む。

 寄せられたモンスターたちの中心で弾けた焔は鉄肉喰らう旋風へと変じ、この小部屋ルーム全てを煌々とした赤熱の色に染め上げた。

 うねる竜巻に呑み込まれた軽量モンスターたちはお互いが衝突し合い、地下水路に砕ける金属の轟音が木霊し、弾けた残骸が水路に飛沫を上げる。


「巻き込んでるってリムくん何してんのっ!?」


 半ばパニック状態で俺に駆け寄ってくるブレアに、俺は眼前の光景へ向けて指を差す。


「熱かったか?」

「え?」


 炎はすぐに晴れ始める。

 そこには火傷どころか煤けてすらいないエッセが悠然と立っていた。


「なん、で?」

「まだです。敵も燃えてはいません」

「わかってる。舞え、アンカー!」


 振り上げた剣に呼応するように、モンスターたちを呑み込んだ炎の残り火が宙を舞う。

 十や二十で効かない数。それこそ、ここにいるモンスターたちに匹敵するほどだ。


「もしかしてこれって」

「縫い付けろ!」


 振り下ろすと残り火の火球は、流星群の如くモンスターたちに墜落していった。

 衝突と同時に炎は掻き消え、その中から現れたのは融解し爛れた鉄の塊。

 それが地面と癒着、あるいは手と足を固め、モンスターたちを完全に行動不能にした。

 まともに動けるモンスターはもう数えるほどしかいない。

 そして、狙うべき弱点を俺たちは知っている。

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