025:カタカタカタ
「はぁはぁはぁ……はぁ~」
「あっちも撒けたねぇー、ひー暑い暑い、汗かいたー」
「向かった先で変な人形に遭遇したけどな」
整然と切り分けられた鉱石の通路。そこにはゴブリンよりさらに小さい幼児程度の大きさの人形たちが、残骸となって転がっている。
いまから数分前。
スケルトンの群れから逃れるため俺たちは、橋ルートを選択しそのまま街へと侵入。その中で遭遇したこいつらを撃退した。
木や金属などでできた個体差の激しい人形たちは、ミスティとは別の意味で無表情、無機質でおおよそ子供が喜ぶようなものではなかった。
夜中に家で出くわしたら腰を抜かしかねない。
そもそも手や足が刃物状になった人形などあってたまるか。
ただスケルトンと違い復活もせず、またゴブリンよりも弱いくらい手ごたえがなかった。
「マッドパペットだね。こいつら数で押せ押せタイプだから、多いとガチ厄介だよ」
追撃もないので水分補給などで一旦休憩。エッセとミスティには身体に触れてもらって魔力の補充を行ってもらう。我ながら便利アイテムだ。
「あれが『仲間を呼ぶ』なんだね。いきなり反応増えてびっくりしたよ。最初のもいきなりだったし」
「そーそー。原理はわかんないんだけど、転がってるモンスターの死体を強制的に起き上がらせるんだって。でも、あんな当たりを引かれたらさすがに気を付けようがなくない!? って感じだけど」
そういえば、以前第二階層を探索しようとしたとき、サリアがエッセに『感知最優先で』とか言ってたな。
なるほど。突如死体や人形がモンスターへと変貌するのだ。奇襲どころの話じゃない。即座に感知できるエッセに任せるというのはとても理に適ってる。
「さっき、俺に攻撃してきたスケルトン、一瞬動きが止まった気がしたんだけど」
「あ、それあたし。これこれ」
腰ベルトに収まっていた漆黒の薄い投擲用ナイフをブレアは振って見せる。
「【
その代わり一撃でモンスターを仕留められる性能はないとのこと。あくまで援護用の側面が強いのだそうだ。
「あたしだいたい一目見れば関節のどこに刺せば相手が動けなくなるかわかるからさ。もちリムくんの体勢的に絶対当たらない場所に投げたから、そこは安心して」
「鎧着込もうか」
「ひどすぎウケるんだけどっ」
「冗談だって。助かった。ありがとう」
「うむ、背中は任せなさい。手元を狂わさない自信は無駄にあるからっ」
ぐっと親指を立てるブレア。
あまりにも清々しく、自信に満ち満ちている。間違って背中を刺した、なんて経験はなさそうだ。
そう思っているとエッセが少し頬を膨らませて俺の背中に寄ってくる。けど何も言わなかった。
「さてさて、無事街に入れたわけだけども」
「街っていうか、家の中?」
「家というよりはお屋敷なのでは? 手狭なブレアの家よりは【
「あれ、ディスられてる?」
「窓はどうなってるのかな……えぇー、窓の向こう壁なんだけど」
「……こちらのドアはそもそもノブがないのですが」
「ねー、ヘンテコでしょ? 家から家に繋がってたりー、通路の先がいきなり外だったり、滅茶苦茶だから気にしたら負け負けっ」
とりあえず移動し始める。探すのは人形型のモンスター、オートマタ。
糸で動く機械仕掛けの等身大人形であるらしい。正直イメージが湧かない。ミスティみたいな感じなのか?
いま歩いている場所は、ともすれば大きな屋敷の通路と思えるが、そのスケールが狂っていた。どう考えても人間用ではなく、身長が3Mくらいある人が生活するために作られたような感じだ。
しかも、別へ場所への通路が明らかに届かない高い位置にあったり、階段が天井に逆さ向きで設置されてたり、ドアの形をした穴が通路にあったりと色々と構造がおかしい。
ただ歩いているだけで平衡感覚が狂いそうになる。
「お、開く窓発見。こっちこっち」
「わ。これ外?」
窓を覗くと、確かに外ではあった。
「中が中なら外も外か」
「私こんな街で暮らしたくないよ」
「テンシの観点から見てももここで生活を営むのは極めて不合理であると判断します」
街、というか廃墟……と言うのでさえ生温い。家から家が生えていたり、ひっくり返った家の屋根が地面に接していたり、ドアが横向きになっていたり。
全部黒や灰色の鉱石で構成されていて気が滅入る。
唯一の街要素は、家(仮)同士の間にある道路だけだ。
ところどころ光脈の根が生えているため、階層天井の光が届かずとも暗くないのだけが救いか。
「【水上都市】もだけど、ダンジョンは何がしたいんだ……」
「それはダンジョンに聞いてもらわないとねー。さ、とりあえずこのまま進もう。外は外でモンスターが徘徊してるし」
「うん。そこの家を隔てたところに何体かいるよ」
「スケルトンだったら仲間呼ぶから優先的に速攻撃破でよろ。あとは落ち着いて対処すればこの面子なら充分いけるから」
さっきは良いとこなしだったから、気を引き締めないと。
そう思っているとミスティがじっとこちらを見つめていた。
「なに?」
「いえ。ご活躍に期待しております」
「煽ってる?」
「いえいえまさかそんなそんな」
随分と感情表現が豊かになったじゃないか、と吠えるのを我慢する。エッセ、こいつと何を話したんだ。
「ご安心を。次よりは私も戦闘に参加致しますので。足手纏いにはなりません」
「え、ダメダメミスティ! 無理しちゃ」
「ご心配は無用です。矢面に立って野蛮に戦うのは前衛であるリムとエッセのお仕事です」
「おい」
誰が野蛮だ誰が。
ミスティは左腕を上げると、手の甲側の前腕部の皮膚が流動し、そこから細長い筒状のものが伸び出てきた。
全身がリク・ミスリルという液体の金属だからこそ成せるのか。
例えるなら、腕に装着するタイプのクロスボウに近い。けど矢も弦もない。
「この砲座より放たれるのが」
それをミスティは通路の奥へ向けると、翡翠色の光弾を放った。
「わっ!」
放たれた光弾はマッドパペットらしき人形に直撃し、バラバラに破砕する。
その威力を見せつけ、無表情ながらドヤっとするミスティ。
「
「あれお腹に当たったときは痛かったなー」
「警告を無視するからです」
「あはは、その通り! でも加減してくれてたでしょ? ほーんとミスティ優しいー可愛いー」
「停止要求。求められない場合、魔導弾による反撃も選択肢に入れます」
確かにあの威力は直撃したら悶絶だけでは済まないな。即死こそしないだろうけど、胃の中身を全部地面に食べさせる羽目になりそうだ。
後衛でこの魔導弾で援護してくれるなら、かなり心強いのは間違いない。倒しきれなくても迫って来たモンスターを押し返すだけで十二分な働きとなる。
ただ問題は。
「魔力の消費は?」
「重いです。最大出力ですと四発が限度ですのでこまめな補充をお願い致します」
「了解」
とりあえず早速この一発分の補充をしておこう。
そう思ってミスティに近づいて、エッセが沈黙したままある方向を見つめていることに気づいた。
「どうした?」
いつも明るく天真爛漫なエッセ。そんな彼女がどんよりとした暗い空気を纏い、プルプルと肩と触手を振るわせている。
指を差した。その先は壊れた人形。さっき魔導弾で破壊された人形だ。
エッセが恐る恐るといった感じで、口を開く。
「ミスティ……あれ、動いてた?」
「質問の意図が不明。こっそりとこちらに迫っていましたので、先制しました」
「…………」
その言葉に、エッセは絶望を受けたように表情をより一層青ざめさせる。
人間なら貧血で倒れてしまっていてもおかしくないくらいだ。
「どうした?」
「しなかった」
「え?」
「私の感知、反応しなかった」
信じがたい言葉がエッセの口から零れる。
「なんで、あれ動いたの?」
「それは」
「幽霊……いるの?」
トトトトトトト――と。
エッセの言葉と同時に、そんな音が壁の中、通路の下、天井の上を歩く音が響き渡る。
鳴動するように、それは激しく、けたたましく、耳朶を嬲るように響き渡った。
そして。
「ひっ」
横にある小さな穴。小人が出入りするためのような戸穴から、ぎょろりとしたガラス目の不気味な人形がこちらを覗き込んでいた。
同時にさっき覗いていた窓からも、背後の通路の穴からも、天井の階段からも無数の穴がこちらを見つめていた。
その小さく無機質な身体を、カタカタと揺り鳴らして。
エッセの感知から逃れて。
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