024:第二階層の洗礼


 第二階層【魂魄回帰街アィーアツブス】。

 今日俺たちが初挑戦する階層。

 広大な一つの大部屋ハウスのみで構成されたその階層は、中央が地盤沈下でも起こしたかのような盆地となっていた。


「ここが」

「ひっろーいっ。ここ本当にダンジョンなのっ!?」

「話には聞いてたけど……圧巻だな」


 こんな場所が世界樹の下、地中遥か奥深くにあるというのか。

 けど背後の黒曜の絶壁は高く天井にまで至り、空を映すことはない。壁や天井を蔓延る根の脈動する青白い光のみが地下世界を照らしていた。


「二人ともこっちこっち」


 ちょうど崖のところで、ブレアがちょいちょいと手招きする。

 崖下の盆地。その中央に異質な構造物があった。それも一つや二つじゃない。大小様々、何階建てかもわからない、クリファと違って計画的に建てられたとも思えない建物群が密集している。


「あれが、魂魄回帰街」

「そそ。ダンジョンが生み出した建物。って言っても建築家の友達曰く、ちょー滅茶苦茶らしーよ。明らか住むように作られてないとか」

「第一階層の【水上都市】みたいに?」

「うん。街みたいになってはいるらしいんだけど、まーヘンテコだから。ホラー小説に出てくる増改築繰り返しまくってヤバイことになった館、みたいな?」

「あそこも……ヤバイの?」


 いつも以上に顔を青ざめさせたエッセが俺の後ろに隠れる。なんでだ。


「それよりさっさと終わらせよう。観光しに来たわけじゃないし」

「おっけ。ちんたらしてて侵食されたら洒落なんないしね。リムくんヘーキ?」

「大丈夫。パーティレベル的にも問題ないんだよな?」

「うん。事前準備で話した通り、あたしが12でリムくんが11、そのリムくんと同じくらい強いエッセちゃんがいるなら問題ナッシン。街の最下層は多分キツイけど。てかつい最近探索者になったんだよね? レベル上がるの早すぎない? 本業の探索者だとこんなもんあのかな?」

「俺が聞きたいよ」

「まっ、心配しなくても第二階層の探索経験は何度かあるから! ほとんど友達の探索についてってただけだけど! 後ろでこそこそしててフロントで戦ったことないけどっ!」


 安心できる要素が一つもないんだけど。


「オートマタの素材獲って移植して帰るだけだからイケるイケる。第二階層のヤバイところは事前に話しといたでしょ?」

「まぁな」

「うん。ってあれ、どしたのミスティ? むすってしてるけど」


 どう見ても無表情にしか見えないミスティに、ブレアが問いかけた。


「いえ、別に。私が戦力の数に入ってないのが不服などと思ってはいません」

「えー拗ねてる? 拗ねてる? 可愛いー!」

「私にそういった感情はありません」

「マジ可愛すぎるんだけど! っと愛でるのは帰ってからにしよっか」

「帰ってからでもさせません」


 俺でもわかる不機嫌そうな無表情のミスティに、にやにやと笑いを向けながら、ブレアは巻き地図を広げる。

 第二階層はほぼ横向きの長方形に近い空間となっている。

 その壁を沿う外縁が中央の盆地を輪のように取り囲む、という構造だ。

 俺たちがいるのは地図上の左上。外縁北東部。

 そこから南西、盆地の中心にあるのが魂魄回帰街。この階層の名ともなっている場所だ。

 ここまではアシェラさんにも教えてもらったし、サリアとも第二階層に挑む前の事前準備で話し合ったことを覚えている。


「とりま、南に行こっか。平原ルートと橋ルート、どっちも選べるし」

「橋?」


 ブレアが先頭で俺たちは歩き始める。現状、周囲にモンスターの姿はない。

 エッセが小首を傾げたのに応えたのはミスティで、ある場所を指さした。


「おそらくあそこでしょう」

「あれって……壁? なんだか私たちのいる高い所から伸びてるみたいだけど」

「あははっ、確かにあれは壁だわ。でーも。壁は壁でもその上を歩ける壁なんだよね」


 外縁がそのまま魂魄回帰街へ降るように直接伸びている。外縁もあちら側はこっちよりも低く、緩やかな斜面だ。


「北のあっちは高いんだな。こっちのほうが橋っぽいけど」

「そーそー。壁じゃなくて直接伸びてるからさ、崩れそうで怖いでしょ? 近道すらならあっち一択だけどね。まぁそれに、当然街の上階に出ちゃうわけで」

「見晴らしがいいからバレやすい?」

「んー。というより狙ってるオートマタがあんまり外にはいないって感じ?」


 だから平原を通るか、南の橋を渡るかで魂魄回帰街の下のほうへ直接向かいたいわけか。


「ミスティはオートマタがどこに多くいるってのは?」

「私は生み出されたあと間もなく、レストラに地上へ連れられたのでこの階層の知識はほとんどありません」

「心配しないで、感知能力を持ってる私がいれば問題ないよ!」

「……お前、オートマタと遭遇したことあるのか?」


 自信満々に胸を反らすも、エッセは触手と一緒に硬直して立ち止まる。

 笑顔も固まっていて、図星だったらしい。


「で、でもでも一度会えばわかるからっ! そのあとは任せて!」

「うんうん。一体じゃどっちみち足りないと思うしっ、そこは任せるよ」

「うん! 何かはわからなくてもモンスターは感知できるから、奇襲も受けないよ!」


 やる気満々のエッセが大手を振ってずんずん歩く。

 とりあえずは外縁の南を下って目指す。北から南へは緩やかな坂道となっていて、盆地の高さへと次第に近づいていく。

 とは言えまだ、飛び降りたら軽く死ねる高さだし、足場も良いとは言えないので注意しないとダメだけど。


「わっとと」


 エッセが何かに躓いたのか転びそうになる。それを咄嗟にミスティが腕を掴み助けた。


「あ、ありがと、ミスティ」

「あなたが転んでいては世話がないですよ」

「えへへ、ごめん……じゃなくて! 何かに躓いたんだよっ」


 とエッセが躓いたものを見る。坂道の盛り上がった部分の陰にあった、小さな丸い膨らみ。

 黒い石床と対照的に、白い石の塊のようなものが地面に埋まっていて、丸い空洞が二つあった。

 よく見れば、その二つの穴の間に縦長の窪みもある。


「これって……まさか」

「あうあうっ、頭っ!?」


 エッセがミスティに飛びついてその背に隠れた。近くにいる奴だったら誰でもいいのか。

 しかし確かに人の頭蓋骨に見える。けど、本当にそうならおかしい。

 

「なんでダンジョンの侵食効果を受けてない?」

「あれ? そういえば確かに。いまも侵食受けてる感じしないよ?」

「リムくん正解鋭い! これ人の骨じゃないよ。スケルトン。モンスターの頭」


 なんてことなくブレアが言ってのける。俺もエッセも口をあんぐり開けて、飛び仰け反った。

 そんな俺たちを見て、ブレアは腹を抱えて笑う。


「あははっ二人ともイイ反応!」

「おい」

「ごめんごめん。エッセちゃんもごめんね? でもそれ、モンスターだけどモンスターじゃないから」

「じゃあ、これが準備中に話してた」

「そっ。第二階層のモンスターは死体が蘇る」


 通常、モンスターは階層中を蔓延っている根から直接出て来て階層を徘徊し、外敵を排除する。

 だが第二階層ではそれ以外にも、モンスターの死体が根から出現するというパターンがあるのだ。そして後から動き始めるようになる。


「死体というよりは、休眠状態のモンスターと呼ぶべきでしょう」

「確か第二階層では生き物って感じのモンスターが少ないんだよな」

「うん。人形とか骨だけのスケルトンとか、エレメンタル系のモンスターとか」


 モンスターではないけど、ミスティも区分としては人形に当てはまるな。


「でもどうして最初は動かないの?」


 エッセの疑問も当然で、ミスティの返答を待つ。


「あたしもわかんないけど一説によると……」


 ちょいちょいと手招きして耳を貸せと言うので、俺たち三人はブレアに耳を寄せる。


「幽霊が宿るんだって」

「ひゃああああああああっ!」


 特別低い声で演出されたその言葉に、エッセが素っ頓狂な悲鳴を上げて尻餅をつく。

 なんというか、ちょっと前に察してはいたけど。


「お前、怖いの苦手なのか」


 這いずって来たエッセが俺の脚にしがみついてよろよろ立ち上がり、ブレアから距離を取るように背に隠れた。


「そうだったの!? あー、なんかちょっと空回りしてそうな感じがしたから気分ほぐそうと思ったんだけど……ごめんね?」

「うう、べ、別に幽霊なんて怖くないもんっ」

「うっわ、可愛いっやっば」


 いやちょっとは反省しろ、ブレア。

 呆れてブレアを見ると、手を合わせて「ごめん」と笑う。


「さすがにミスティは怖がらなかったな」


 エッセと違いミスティはまるで動じてない。不動のミスティだ。

 だけどミスティはギッギッとぎこちなくこちらへと顔を向ける。


「も、ももももももちろんですすすす。ゆ、幽霊などというふ、ふふふ不確定な存在はこの世には存在しままません」

「いやお前もかよ」


 表情を変えないままアンテナの樹状模様を赤く明滅させている。

 エッセは元人間だからわかるけど、なんでお前まで怖がるんだよ。


「証明不能。証明不能。証明不能。不要に転換。アクセス。アクセス。途絶……」

「ありゃー、ホントに悪いことしちゃったなー。いまの酒場の席でやる鉄板ネタだから、ただのホラ話だよ。あたしも小っちゃい頃おじいちゃんに脅かされたなー」

「じゃあ、幽霊……いない?」

「魂魄回帰街ってのも、その骨とか人形とかが動き出すのに無理矢理理由つけてやれーって感じのらしいし」

「ってことだ。そろそろしがみつくのやめろ、重い」

「むーむー、リムのいけずぅっ」


 こんな埋まったモンスターの頭一つにいつまでも時間を取られてるわけにもいかないのだ。

 再びブレアを先頭に俺とミスティが並んで、エッセが俺の後ろを歩く。


「とりあえず屋内入るまではこの陣形で行こっか。この階層、転がってる奴らからの奇襲が一番怖いし。いちいち壊して回るわけにもいかないし。エッセちゃん、周りは大丈夫?」

「えーっと……あ」

「あ?」


 変な途切れ方した言葉に、俺は振り向く。するとちょうど見た。

 埋もれる頭蓋骨。闇を抱く眼窩に青白い炎が灯り、数秒と経たず地面より這い出るのを。


「っ、わっ!?」


 振り向いて反応しようとしたエッセが坂道に脚を取られ尻餅をつく。

 それが合図だったかのように、肉も皮もない骨のみで構成されたヒト型の怪物――スケルトンが、カタカタと音を鳴らして



 それが開始の合図だったかのように、カタカタと身体中の骨を鳴らしたモンスター、スケルトンがエッセに飛び掛かろうとした。


「【無明の刀身インタンジブル】」


 ブロードソードの形へと生成した翡翠剣で、飛び掛かったスケルトンの顎をかち上げる。

 スケルトンは後方へ吹っ飛び坂道にぶつかると、爆散したかのように骨がバラバラになる。

 なんか妙にあっけない。レベルは以前より格段に上がったとはいえ、第二階層のモンスターのはずじゃあ。


「リムくんまだっ!」

「え」


 まるで青白く発光する煙がバラバラになったはずの骨から立ち昇ると、数瞬の間もなく骨たちが結合し、再びスケルトンへと再結成を果たす。


「スケルトンは骨を砕かないと何度でも復活しちゃうんだって!」


 そうだった――! 厄介なモンスターとして、アシェラさんに教えてもらっていたのにあまりの呆気なさに油断した。


「リム危ないっ」


 スケルトンは己の胴体から鋭い肋骨の骨を引きずり出すと、俺へ振り下ろしてきた。

 翡翠剣で受け太刀するが、刃にぴしりと亀裂が走り、胸へ鈍痛がフィードバックする。

 復活に加えて、その骨の身体からは想像しにくい膂力。剣技もないただ振り回すだけの骨剣がひたすら重い。

 だが動きはそこまで早くない! 街で遭遇した大型獣のモンスターに比べれば!


「ふっ!」


 振り下ろされた骨剣を翡翠剣で逸らし、スケルトンの体勢が崩れる。姿勢を低く、腰のブロードソードを引き抜くと同時に逆袈裟へ斬り上げる。

 だが。


「くっそバラバラになってもすぐ復活しやがる」


 【無明の刀身インタンジブル】をハンマーに? いや、多分強度が足りない。

 いっそのこと崖下に突き落としたほうが早いか。

 今度はその作戦で行こうとして、しかしスケルトンは俺たちに攻撃してこなかった。

 カタカタカタカタとその場で全身を骨同士で打ち鳴らし始めたのだ。

 その音は次第に大きく、けたたましく外縁に鳴り響く。そしていつの間にか、眼前のスケルトンのものではない音が混じり始めた。


「やっば! 早く倒さないと! こいつ仲間呼んでる!」

「なっ!」


 背後でスケルトンが地面から這いずり、ミスティの足に取り付こうとしているところだった。

 そっちはブレアたちに任せ、俺は眼前のスケルトンに突貫する。

 とにかく仲間を呼ぶことをやめさせる。収集が付かなくなりかねない。

 だが接近した途端、スケルトンは骨を打ち鳴らすのをやめ、身を捩ると――。

 全身の骨が逆立つように、骨剣を纏ったのだ。

 突如攻撃性を露にしたスケルトンに、ほんの一瞬ではあるが虚を突かれる。

 それが致命的だった。

 俺に抱き付こうと迫るスケルトンに迎撃が間に合わない。


「ッ!」


 来る激痛に耐えようと備えるが、頬と腰の横を何かが掠め、両腕を開くスケルトンへ飛翔した。

 すると、まるで石膏で固められたかのように、スケルトンの動きが硬直したのだ。


「エッセちゃんいま!」

「えぇえええええいっ!」


 大きく跳躍したエッセが頭上へ。

 複数に束ねられた触手たちは硬質化し、一振りの大槌へと形を変えると、スケルトンの頭上から股の下まで一気に振り抜く。

 腕と脚を残し粉微塵に粉砕されたスケルトン。こうも粉々に砕かれてはさすがに復活することはなかった。


「リムくん、エッセちゃんこっち! スケルトンたちが完全に出てくる前に街に逃げ込もうっ!」

「うん! いつの間にかいっぱい反応してるっ!」


 何故か立ったまま硬直しているスケルトンと、新たに這い出始めている奴らを置き去りに、俺たちは坂道を駆け下りた。

 第二階層の洗礼。

 これはまだ序章に過ぎないことを知るのはもう少しあとのことだ。



―◇―



 リムたちが第二階層に着く少し前。


「ダンジョンなんていつぶりかしら。埃塗れになるから行きたくないのよね」


 腹部や太ももなどの露出の多い、風に揺れる青緑の羽飾りがあしらわれた扇情的なドレス姿の女性が『ガーデン』のホールでため息を吐いた。

 行き交う探索者たちの遠慮ない視線が突き刺さるも、本人は威風堂々と立ち、青が基調の緑のラインハイライトの入った長い髪を弄っている。

 彼女は鍛冶ギルド【アルゴサイト】のギルド長であり、称号【万目睚眥アルゴサイト】を有するアルテイシア・ピューピアだ。


「ねぇ、本当に私が行かないといけないのかしら。街も視ないといけないんでしょう?」


 すぐ脇に立つ真珠色のローブを纏った【極氷フリジッド】ことクーデリア・スウィフトは冷ややかに答える。


「情報を共有しにくいダンジョンでこそあなたの能力は活きるんだろう。嫌ならを使える人材を増やすといい」

「あら。なかなか酷いことを言うじゃない。知ってるでしょ、これのこと」


 目尻の先まで伸びる青のアイシャドーが塗られた瞼を閉じたまま、アルテイシアは額の金のティアラを指さす。

 五つの目が開眼した中央から左右へ次第に閉じていく奇妙なものだ。


「まぁいいわ。目を瞑ってもらっているもの。目の一つや二つ貸すわ」


 ちょうどそのタイミングで、光の失った視界に映る目まぐるしく変わる光景のうち、目当てのものが引っかかった。

 広大な盆地の外縁に降り立つ四人の人影だ。


「先遣隊の一人が確認したわ。行きましょうか」

「ああ」


 別ギルドの二人の称号保有者が団員を引き連れてダンジョンへと赴く。

 その異様さに探索者たちは足を止め、彼女たちがダンジョンに消えるのを待つのみだった。

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