022:過去次第


 結局、目的のリク・ミスリルは一滴たりとも入手することは叶わなかった。

 ブレアは作業台に突っ伏して、落胆を全身で表現してしまっている。

 金はあった。買える場所も知っていた。だけど逃した。

 ブレアが落胆してしまうのも無理ない。


「悪い、あの黒赤に追い付けてたら良かったんだけど」

「リムは悪くないよっ! モンスターの横槍があったせいだもん!」


 あれは最悪のタイミングだった。

 首を落とされてもくっつくとかいうバカみたいな能力持ちで、エッセの感知も働かなかった。

 なんなら死体だったはずだ。広場の市で丸ごと売りに出されていたのだから。

 俺たちはすぐにその場を立ち去ったからその後の顛末は知らないけど。


「うぐぐぅ、悪いのあたしだってぇ。口約束なんかで安心しちゃってもうあたしのバカバカバカ」

「頭部を叩くのは控えた方が良いかと。人間であるブレアが脳に損傷を負えばより知能が低下します」

「慰めてなぁーいー」


 額をゴンッと鈍い音で作業台に打ち付けてブレアは沈黙。

 シクシクと泣き声が聞こえたから生きてはいるけど、グロッキーだ。


「リムが追っていた者は何者だったのでしょうか」

「わからん。一度こっちに振り返ったけど顔は見えなかった」

「……リク・ミスリルを渡したくなかったってこと? もしかして、義肢を完成させたくないレストラの策略!?」

「落ち着けってブレア。それならあのとき俺を助ける必要ないだろ」

「わかんないってぇ。ミスティに酷いことしようとしているやつだもん。ってか、【アルゴサイト】もグルなんじゃない! アルテイシア様腹黒だし絶対や――」

「それはないと思うな」


 ブレアの疑問に関しては俺も抱かなかったわけじゃなかったけど、エッセが即座に否定した。


「えー、どして?」

「手間の問題だよ。こんな邪魔をするよりも、私が提示した条件を突っぱねてミスティを奪っちゃったほうが簡単だし、確実だもん」

「…………」


 結局のところ、間が悪かった。運が悪かったとしか考えようがない。

 結局リク・ミスリル問題に関しては振り出し。あとはアシェラさんしか頼みの綱がないわけだけど。


「ブラックのじいさんに相談できないのか?」

「!」


 びくんとブレアが肩を跳ねさせた。

 ブレアがまだミスティのことをじいさんに話していないのは知っている。

 今回の件に関わって欲しくないというのも察してはいた。

 【アルゴサイト】と面識もあるようだったから、それも関係しているのだろう。

 だけどだ。


「ブレアにとっての一番のツテがじいさんなんじゃないのか?」


 ブラックのじいさんは長年クリファに住んでいると話していた。ギルドには属していないそうだけど、他の鍛冶師とも親交があるらしい。いきなり押しかけて工房を借りられるくらいだ。

 ブレアにとってこれ以上ないツテ。活かさない手はないはずだ。


「無理だよ」


 突っ伏したままブレアがか細い声で零す。

 ゆらりと幽鬼のように身体を起こして、作業台にもたれかかった。


「あたしがしてること、おじいちゃんが知ったら絶対止めるもん」

「過保護だからか?」

「正解~、なん、だけ、ど。それだけじゃなくてさー。あたしのおじいちゃん、元【アルゴサイト】なんだ」

「じいさんが」

「あんまり驚いてないって感じ。だよねぇ、察しちゃうよね。んで、さらに付け加えちゃうとあたしも元【アルゴサイト】。ってかあたしの両親が【アルゴサイト】だったからあたしも、みたいな?」


 基本的にギルドを抜けることはできない。情報漏洩防止や機密保持のためだ。

 だから他ギルドの者同士で婚姻するのは稀で、ギルド内で夫婦となる率が圧倒的らしい。

 そして子供も自動的に両親と同じギルドに所属することとなる。

 なのにじいさんは【アルゴサイト】を抜けた。そしてブレアも。


「こっちも話してなかったと思うけど、実はおじいちゃんとあたし、血が繋がってないんだよね」

「え」

「えええええ!?」


 俺とエッセは思わず声をあげてしまう。こっちのほうが遥かに衝撃的だ。

 ブレアはしてやったりみたいな表情を浮かべて、気に病んだ様子はない。


「おじいちゃんがあたしの両親と仲良くてさ。それこそ親子みたいな。でもあたしが物心つく前にお父さんたちが探索中死んじゃって。おじいちゃんが養子に迎えてくれたの」

「お父さん……おじいさん」


 エッセが触手たちと一緒にぷるぷる震えている。悲しんだり、感動したり忙しい。


「んで、おじいちゃんは【アルゴサイト】を抜けたの。あたしを連れて。でもその理由は教えてくれなくてさ」


 当時のじいさんは大変そうにしていたとブレアは話す。

 ギルドを抜けた者が新たにギルドに入るのは難しいらしい。

 じいさんは【アルゴサイト】でも古株だったので多くの技術的機密を持っていた。それを漏洩しない誓約をかけられたのである。あくまでクリファ内での話ではあるが。

 ギルドのバックなしに店を構えるということは、ギルド下での販路を得られないということ。独力で買ってくれる人を見つけないといけないそうだ。


「絶対に仕事は手伝わせないし、ぶっきらぼうなんだけど、あたしがやりたいって思ったことは自由にやらせてくれた。なのにおじいちゃん自分のことはテキトーだし、後回しにするし、でも絶対ぼやかないし、それでケンカしちゃって。おじいちゃんには自分を大切にして欲しかった」


 ブレアはぶらぶらと脚を空に放って振る。


「なーんにも話してくれないんだよ。どうして【アルゴサイト】やめたのだとか、血の繋がってないあたしをどうして育ててくれてるのかとか。昔から【アルゴサイト】にだけは近づくなってうるさかったし。だから、聞きに行ったの」

「聞きに行った?」

「うん。【アルゴサイト】に。アルテイシア様に。直接」


 行動力の化身……。


「それで教えてもらえたの?」

「うん。あたしのためだった」


 ブレアは悲しそうに笑う。


「親がギルドに入っていたら子もギルドに入る。選択肢なんてない。でも、あたしのお父さんとお母さんはあたしに自由に生きて欲しかったみたい。それをおじいちゃんに話してた」

「子供のときなら機密保持とかもないから」

「うん。でもあたし一人で生きていけるわけない。だからおじいちゃんも抜けて、だけどおじいちゃんはあたしと違ってギルドのこといっぱい知ってたから」


 ブレアが右腕を擦る。


「だから、自分の右腕を落としてけじめをつけて、ギルドをやめたの」


 零れた言葉は重く、喉が震えてしまう。


「じいさん、モンスターに腕を喰われたんじゃ」

「表向きそう話してるだけ。【アルゴサイト】に悪いイメージ与えちゃうから。別にアルテイシア様が求めたわけじゃないんだけどね。でも止めてくれなかったのは許せない。だからギルドに誘われたけど、絶対に嫌って断っちゃった」


 あの微妙な空気はそういうことか。


「だからおじいちゃんには話せない。ホントはどうにもならなくなったらおじいちゃんに助けてもらうつもりだったんだ。でも【アルゴサイト】はダメ。絶対おじいちゃん許してくれない。ミスティの義肢製作をやめさせられる」

「なんでそこまで」

「わかんない。でも初めて聞いたときのおじいちゃんは本当に怖かった。ぶっきらぼうだけどなんだかんだ優しいのがおじいちゃんなのに」


 そこでブレアは黙ってしまい、重苦しい沈黙が工房に流れる。

 しかしそこでミスティがパンパンっと掌を叩いた。少し金属音が混じっていたけど。


「エッセ。昨日の続きをしましょう。リムでは役者不足でした」

「お前……ずっと黙ってると思ったら」

「ブレアが黙ってしまわれたので。もうお話は終わったのでは?」


 だとしてももう少し空気が読めるだろうに。

 だけど、ブレアは「ぷっ、アハハ」と噴き出して腹を抱える。


「そだね。やれるとこから片付けよ。間に合わなくなったらシャレなんないし」

「リク・ミスリルのことは俺も一応、知り合いに話してるから」

「イイねっ!」

「まぁ向こう次第、いや過去の俺の行い次第だけどな」


 見捨てられればそこまでだ。

 そうなっても悪いのはアシェラさんじゃない。俺のほうである。

 結局過去のしでかしが返って来ている。ただそれだけだ。



―◇―



「眼球サイズ、誤差範囲。パスの接続開始、完了。瞳孔位置調整、完了。視野角調整、同期完了。色覚調整、同期完了。魔力の循環、良好。動作チェック、問題なし。開眼します」


 深い青みがかった輝星水晶スターライトの眼球が白く、そして瞳が翠玉へと染まる。

 星々を散りばめたような輝きが瞳に浮かび、空虚を眺める視点が定まった。

 【開闢祭】の日に会ったときと変わらない。元からそうであったかと思うほど整っていた。

 こうも違和感なく元通りになるとは、さすがに思わなかった。


「ミスティ~!」


 感嘆する間もなく、ブレアがミスティに抱き付き頬擦りをする。


「はぁ~、可愛い可愛い可愛うぃ~いっ!」

「やめてください不快です」


 にべもない態度でミスティはブレアを引き剥がそうとするが、今日はしつこかった。

 頬擦りこそ諦めたが、抱き付くのをやめる気はさらさらないらしい。よっぽど感動しているのか涙まで流している。

 思えば、ブレアは傷のないミスティの顔を見るのが初めてなのか。それでも、ではあるけど。

 ダンジョン探索の準備を始めてから二日後。今日はダンジョン探索当日。

 日も昇り切らない早朝、早速ブレアが完成した輝星水晶スターライトの瞳を受け取りに行き、ミスティに装着してもらったというわけだ。

 感極まっているブレアでは話を進められそうにないので、俺がミスティに話を振ることにする。


「目の調子はどうだ?」

「はい、問題ありません。ブレア、自分の足で立ってください。……平衡感覚にも支障はありません。センサー類も感度良好です」

「ダンジョン探索は」

「問題ありません。視覚情報の整理、確保に割いていたリソースを機能回復に回せるようになったため、今後喪失したデータベース内の記録情報が修復されるでしょう」

「記憶喪失が治るってこと?」


 エッセの問いにミスティが頷く。

 ミスティがレストラの元を去った理由もわかるかもしれないということか。


「はぁ~、両お目々綺麗すぎてあたしの目が潰れそう~、眼福眼福~」

「支離滅裂とした言動。疲労が溜まっているのですか?」

「いや、正常だろ多分」


 むしろ平常運転な気がする。とはいえ、いつまでもトリップされていても困る。

 エッセに目配せして、触手で引き剥がしてもらった。


「俺とエッセはもう行くからな」

「え、どこに?」

「昨日の探索計画中に話したろ。じいさんが作ってくれた装備を受け取りに行くんだって。俺たちはその足でダンジョンに向かうから」

「あーあー、リムくんの新装備だっ。楽しみだねぇ!」


 それはまぁ、一応同意しておく。


「二人はもうダンジョンに入って第一階層の終わり付近で待っといてくれ。俺たちと行くと変に目立つだろ」

「おけおけ」

「稀少価値の塊なので目立つのは致し方ないのですが、善処しましょう」

「ミスティって結構目立ちやがり屋?」


 エッセに同意だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る