021:街場の戦い
「おかえり。ミスティの目はどうだった、ってなんで興奮してるんだ?」
「無事お願いできたからだいじょぶ! それより聞いて聞いて! 大ニュース!」
工房に戻ってくるなり、興奮ブレアが腰に手を当て、右腕を高らかに上げた。
「なんとなんと! リク・ミスリルの取り置きお願いできました~!」
「リク・ミスリルが?」
「うん。
親指立てて良い笑顔を浮かべるブレア。しかし、今度は両手を合わせて俺を拝んでくる。
「てなわけで……今朝話してたお金借りていいかな? ちゃんと! きっちり! 絶対! お金返すから!」
「そのつもりで換金してもらったわけだし、別に返す必要もない――」
「それはダメ!」
突然だった。
キンッと響くほどの声量でブレアが叫ぶ。
次いで訪れる沈黙に、ブレアがハッとした表情になった。何かを誤魔化すように笑う。
「あはは、ごめんね? でも、お金のことはちゃんとしないと。こーゆーの適当にしてパーティが崩壊したー、なんて話いっぱい聞くし」
にしては真に迫っていたけど。
「さすがに走り回って疲れたー、お腹すいたー。今回ばかしは寝坊は洒落になんないし早めに寝るかなー。二人とも二階の空部屋使っていいよ」
「リム。可能であれば魔力の補充を。エッセ。休憩はこれくらいにして続きを」
「えっ!? まだやるの!?」
「当然です。リムがいれば魔石は不要。魔力が枯渇することはありません。より強い負荷をかけることができます。ダンジョン探索を万全のものとするため、あと四十八通りの行動パターンを習熟させます」
基本身体を動かすのが好きであるはずのエッセが萎えるように引いている。
俺が出かけている間に何があったんだ。
「わ、私疲れちゃったなー、リムお願いっ!」
「は?」
ぴゅんっと工房からブレアの家の方へ走り去っていくエッセ。
「む、仕方ありません。それではリムにお願いしましょう」
「……お前ら何やってたんだ?」
「単なる歩行訓練ですよ。少しばかりエッセの触手に無茶をしてはもらいましたが」
少しじゃないってことはエッセの反応を見ればわかる。
「んじゃ今日は二人とも泊まりでけってーい! あたし夕飯作ってくるねー」
言うだけ言ってブレアもエッセに続いて家に引っ込んでいった。
んー。じいさんに釘刺されたばっかなんだけど、これはセーフ、だよな?
残された俺は仕方なくミスティの歩行訓練に付き合う。さすがに工房では無理なので外で。
もはや曲芸のような、ダンジョンですら必要ないだろうというアクロバティックな動きを見せてくれる。俺はただ両手を広げて障害物の代替となるだけだ。
心なしかミスティが不服そうに見えるのは気のせいじゃないだろう。
「エッセとはなに話してた?」
「一から話されますか? それではリムがエッセの裸を見ると照れてしまわれるというお話から」
「なに話してんのあいつ!?」
とんだ貰い事故だよ!
「女性の姿を模したこの人形の身体でも、同様のことが起こりえるのかが気になります。これが好奇心と呼ぶものでしょうか」
「呼ばなくていいし、試さなくていい」
純粋な疑問なんだろう。曇りようがない眼からそれがひしひしと伝わってくる。
だからこそ質が悪かった。
―◇―
「すごいすごーい!」
世界樹の麓にある新市街に早朝俺は、エッセとブレア、ミスティも一緒に全員で来ていた。
早朝にも関わらず人の量は多い。
旧市街よりも綺麗で立派な石造りの家や建物が立ち並び、その軒先に構えられた出店や広場の市、馬車の通る大通りも人と活気で溢れかえっている。
モンスターの素材を含む雑多なダンジョン素材から、装飾品や武具、疑似アーティファクトや魔法道具に至るまで並びに並び、街の華やかさ活気さを彩っていた。
なんなら大型獣のモンスター丸々一頭もいた。さすがに死んではいるようだったけど。
「【開闢祭】でもないのにすごいな」
「新市街はいつもこんなだって。外との交易の場だしね」
「わぁわぁ、わぁわぁっ!」
「はしゃぎすぎてはぐれるなよ」
「はぁーい」
「見るもの全部にキラキラさせてるエッセちゃん可愛すぎ……」
「リムはこちらに来たことがないのですか?」
「旧市街に家あるから。こっちにはあんまり降りたことないな」
「私はあります」
「それ、ドヤってる?」
なんてやり取りしながら新市街を歩く。
本来は四人で来る予定ではなかった。ただ、エッセが新市街に関心を示し、ブレアが誘い、芋づる式に俺も行く必要ができ、さらにミスティを一人残すわけにも行かず全員で来ることになってしまったのである。
偽装させてはいるけどミスティのことがバレないか戦々恐々だ。
ブレアは呑気に、リク・ミスリルを購入したあとショッピングに行くなんて言ってるけど。
『大丈夫。必要素材全部手に入ったら、もう完成したようなもんだしっ』
決め顔で言われたら納得するほかなかった。
「言ってた店はまだなのか?」
「もうちょっとだね。あと二つ交差点抜けたとこにあるよ」
ここは旧市街と違い、【外殻議会】ができてから本格的に作られた街だそうだ。
人の流入も計算されて区画が分けられているらしく、人が多くとも混雑はしていなかった。
馬車の通る大通りを二つ越えて、すぐに目当ての魔法道具店に着く。買い物を終えたらしき人とすれ違って入店。ブレア曰く、ここでリク・ミスリルの取り置きを頼んだとのこと。
早く義肢製作に着手するため、こうして早朝に来たのだ。
来た、のだが。
「売り切れ!?」
魔法道具店の少女にも見える店主はあっさりそう答えた。
「取り置き頼んでおいたよね!?」
「ん~、そうなんですけど~。前金もらってませんでしたし、相場の倍額も出すと言われれば折れざるを得ませんわ~」
「商売は信用が大事だって私も知ってるよ!」
エッセがカウンターに身を乗り出すと、少女店主は目を煌びやかに輝かせ、エッセの触手を掴む。
「あらあらあら! 噂のモンスターでございますわね! あなたの触手を何本かお譲りくださいませんか? 良い魔法薬の素材になりそうです! リク・ミスリルはございませんが店の品と交換でもよろしいですわよ~」
「ひっ」
引くどころか食い入って来た。予期せぬ反応にエッセもたじろいでいる。
「エッセは売り物じゃない」
「あら残念。まぁ証文なりなんなりを書かなかったそちらのと落ち度ということで。それでも必要なら買った客を追いかけなさいな。さっき店の前ですれ違った方でしてよ」
「!」
俺とブレアは店を出て周囲を見渡す。
どんな人物だった。男? 女?
「表が真っ黒で裏が真っ赤な外套で頭まですっぽり隠してた。顔は見えてないけど、小柄だったから多分女性!」
「……いた!」
こんな街中で黒い外套にすっぽりと頭を隠した小柄な人影。
ブレアの挙げた特徴と一致する後ろ姿が大通り方面に歩いている。
「先に行く! 全員で追いかけて来てくれ!」
「わかった!」
俺は駆け出す。人が行き交う道を、敏捷ステータスを頼りに人の合間を縫うようにして駆けた。驚く声や小さな悲鳴を置き去りに、外套の女に迫る。
だが、大通り直前で馬車の渋滞。迂回している暇はない。
「【無明の刀身】!」
細くしなやかな、翡翠色の長棒を構築。その先端を地面に突きしならせ、揺り戻しの反動で俺を中空へ飛ばした。
幸い馬車を越えた先に人はおらず無事着地。だけど、目立った。一瞬のざわめきは先にまで伝播し、外套の女にまで届く。
振り向いて、目が合わなかった。
仮面。いや、なんだあれ。顔がない?
「っ」
だが気づかれた。そして逃げ出した。
何故追われていると思ったのか、何故あいつは逃げ出したのか。
理由はわからない。
けど、確実なのはあいつを逃がせばリク・ミスリルは俺たちの前から影も形もなくなってしまうということだ。
「逃がすかっ」
やつを追いもう一つ大通りを越えて、ようやく距離が縮まってきた。探索者ではないのか、そこまで速くない。
もう少しで追いつける、そう思ったときだった。
『グルゥオォアアアアアアアアアアアア!』
「ッ!?」
横合いから突然、大型獣のモンスターが道に躍り出たのだ。
獰猛ながら虚ろな眼をこちらに向け、上顎から下に伸びる大鉈のような牙を剥き出しにしたそいつが、俺の道を塞いだ。
「きゃあああああああああっ!」
「なに!? 何事!?」
「どうしてここにモンスターがいるのっ!?」
「死体がいきなり動き出したぞ!」
「お前ら逃げろ! おい誰か探索者いねぇのか!?」
場は完全に混乱し、パニックになった人が逃げ惑う。その熱気に興奮したのか、大型獣モンスターが地面を蹴り、その牙で俺を切り裂かんと迫って来た。
咄嗟に翡翠剣を構築し、受け太刀。
だが。
「ぐっ」
ただの一度の受け太刀で、もっとも頑丈に構築できる翡翠剣を砕かれてしまった。
予想だにしなかった反動が俺の意識を、一瞬だけ刈り取る。明滅した視界。それは一秒とて経っていない。
にも関わらずモンスターは俺の眼前から姿を消していた。
唸り声が背後。背筋を走る死の悪寒。ほとんど勘で前転し、転がるように倒れ込む。
牙は肩を掠め、血が滲むが痛がっていられない。
強い。明らかに第一階層よりも遥か下のモンスターだ。
『グルゥオォ、グルァアアアアアアアアアアアア!』
「くそっ」
受け太刀をまともに行えば確実に砕かれる。
だから躱すか受け流すかなんだけど、このモンスター、速い。
しかもただ速いわけじゃない。俺の意識外、視界外に入り込もうとしてくる。
外套の女のことを考えている余裕なんてない。一瞬でも気を抜けば殺される。そういう相手だ。
集中しろ。研ぎ澄ませ。全神経をこいつの撃破に向けろ。
「ふぅー……来い」
『ガァアアアアアアアアアッ!』
牙を長剣、前爪を短剣として、間断なく責め立ててくる。攻撃は速く鋭い。けれどそこまで重いわけじゃない。
一撃一撃確実に殺す攻撃じゃなくて、隙を作らせる攻撃だ。恐らく体重を攻撃に乗せ切れていない。
隙。
受け太刀すれば即砕かれてしまう【無明の刀身】の翡翠剣。だけど、俺はあえてその不利な舞台に乗った。
「おい、あれ、【
「モンスターがいねぇけど確かに」
「ヒュージスミロドンとガチンコやり合ってやがる」
牙と火花を打ち鳴らし、前爪が首を狙ってくる。急所を掠めれば致命傷。全身に冷や汗をかく。けれどそれはまだ生きている証明だ。
弾ける翡翠の欠片。牙を受け流し続けるのも限界が近い。だけど、再度構成し直すことはしない。
『ガァオアアアアアッ!』
「ぐっ!」
「ああ」
「砕かれた!」
視界の明滅。その回復を待たず俺は全意識を己の手の届く全ての範囲に張り巡らせる。
集中しろ。一度はできた。なら二度できない道理はない。
俺より格上のダフクリンに立ち向かう力となったあのときの【無明の刀身】。
レストラの魔法を弾いた【無明の刀身】の瞬間構築。
武器の金型は出来ている。俺はただ握る。それだけでいい。
「……」
肉を刺し貫く嫌な音。パニック状態だった場が一瞬で静まり返った。
沈黙。
俺は自身の身体を見ない。見ずとも結果は、この手に残る感触でわかる。
背後、頭を横向きに背中を刺し貫こうとした大型獣モンスターの顎から頭部にかけて、振りむくことなく抜いた翡翠剣が突き刺さっていた。
「あいつ、隙を誘いやがった。一歩間違えたら死ぬっていうのに」
「だけど、倒しちまったよ。信じられない」
翡翠剣を消すと大型獣が倒れる。さすがに頭部の一撃は致命だったらしい。
やっと一息つける。後始末はここにいる人らに任せよう。
「……?」
目が開いた。大型獣の目が。それに気づいたと同時に飛び掛かって来た。
「生きて!?」
『グルゥオォアアアアアアアア!』
俺は押し倒され、馬乗り状態になる。人間よりも遥かに大きな獣だ。
右前爪が肩に圧し掛かり、もう片方が首を裂こうとするのを必死に腕で抑える。それが精一杯の抵抗。
「ッ!」
咄嗟に首をひねって逸らすと、そこに牙が食い込み地面を抉る。
やばいやばいやばい。本当にやばい。
【無明の刀身】の集中をさせてくれない。一瞬でも回避を忘れたら、牙が顔面を突き刺さってしまう。
『グルゥオォアアアアアア、ガッ!』
「リムに何してんのッ!」
黒紫の残光が大型獣の頭部を眼前から掻き消した。
代わりに太い首の骨と黒い肉が目の前に表れる。
力なく崩れるモンスターの身体を蹴飛ばしたのは黒紫の触手を幾本も生やし、手に巨大な大槌を持ったエッセだった。
エッセには珍しい、我を忘れたかのような怒気を纏い、触手を攻撃的にしならせていた。ただそれも、俺を見た瞬間萎びて、すんすんと鼻を鳴らし、ほとんど半泣き状態になって俺に抱き付き、触手をぎゅっぎゅっと締め付けてくる。
「生きてる? 生きてる生きてる……良かったぁああああああうわあぁあああん」
「二人とも大丈夫!? なんかすごいパニックになってんだけど!」
「疑問。モンスターですか? このような場所で?」
「ふぅ、ふー、みたいだ。俺は大丈夫。ありがとう、エッ――」
「おい、まだ動いてるぞ!」
叫び声にエッセに蹴飛ばされたモンスターを見ると、大槌で首をもがれたはずの大型獣は身体をびくびく動かし、さらにもげた首に引き寄せられるようにしてくっついた。
まるで外れた人形の頭をはめ直すかのように。
虚ろな目はそしてまた俺に向く。
「な、なんなんだ、こいつ……」
いよいよ混迷極まってきた。
そしてトドメはエッセの言葉だ。
「これ、モンスターなの?」
「え?」
「感知、できない……」
だがそれ以上の思考をモンスターは許してくれず、こちらに迫ってくる。
どちらにしても敵であるのに間違いなく、倒しきらない限り俺を逃がす気はないらしい。
意を決して再戦しようと思ったとき。
俺の眼前に誰かが立った。
「【Act.4、結束せよ】」
聞き覚えのある声と文言。
直後、青白い魔力で補われた銀の鎖が、飛び掛かってきた大型獣に巻き付き、その手足を縛り上げて、俺の頭上を通過する。
倒れ伏した大型獣は鎖から逃れようとするも、その結末を知っている。
鎖より弾ける火花と閃光。
エッセのときよりも遥かに高威力な魔力の奔流に焼かれ、嫌な臭いと煙を大型獣はその身体から立ち昇らせた。
そして身体を震わせることもなく、その動きを止めてしまう。
「ヒュージスミロドン。この程度で死ぬはずがないが、死んでいる。いや、すでに死んでいたのか?」
大型獣を蹴り仰向けにして調べる青年は、青白まだらの不規則に跳ねた髪をしていた。
今日は外套を着ておらず、襟付きシャツに茶色の革ジャケットを羽織っている。
白黒縞の細ネクタイ、それの右胸には鳥の羽が交差して重なる中に三方を見つめる三つ目の紋章があった。
【アルゴサイト】所属の、ミスティを狙う男。
「うぇえー、なんであいつが」
「レストラ・フォーミュラ」
「鬱陶しい目でこっちを見るな。まずは礼を述べるのが先じゃないのか?」
鋭い黒眼を抱くアンダーリムの黒眼鏡の位置を直しながら、見下すように言ってくる。
「……ありが」
が。
渋々ながら絞り出そうとした礼の言葉を無視し、レストラはすたすたと歩いていった。
こ、こいつ……!。
「すっごい感じ悪いんですけどっ」
「治安維持のギルドが来る。そこの人形を晒したくないなら逃げるんだな」
「!」
俺たちは顔を見合わせ、すぐにその場を立ち去ることにした。
レストラの言う通りだ。ミスティのことがバレたら何もかもが無駄になってしまう。
かくして俺たちは、リク・ミスリルを入手し損ねたのだった。
―◇―
「いつまで着いてくる」
「礼、まだ言ってないし」
「いらない。着いてくるな、鬱陶しい」
「ありがとね、ミスティに酷いことした悪い人!」
「礼を言っているのか、けなしているのかどっちなんだ」
舌打ちをしてレストラが立ち止まる。
さっきの場所から離れて、工業区方面の新市街の端まで来た。
ずっと無視し続けていたレストラだけど、さすがに苛立ちを隠さず俺たちを睨み据えてくる。
「何の用だ。【イェソド】を差し出す気になったか?」
「んなわけないじゃんっ!」
ミスティの前に常に立って警戒し続けているブレアが吠える。本当は別の道で帰りたかっただろうけど、黙って着いてきてくれていた。
「なんで俺を助けた?」
用といったほどのものじゃない。
礼を言うためでもあったし、工業区方面だからブレアの家への帰り道だったというのもある。ただ、一番の理由はこの疑問をぶつけるためだった。
「あんたはミスティを狙ってる。俺はそれを阻止しようとしてる敵だろ。見過ごしたほうが良かったんじゃないのか?」
「リムくん、こいつにそんな深い考えないって。たまたま目についたから襲われてるのが誰かも確認せず助けたに決まってるよ」
ブレアは敵対心を剥き出しにこっそり耳打ちしてくる。丸聞こえだろうけど。
とは言え、レストラがいまミスティを狙ってこない保証もないから当然か。
レストラは凝った肩をほぐすように首を回す。
「その女が正しい。あの場でモンスターが暴れていた。止める術を俺は持っていた。故に力を行使した。お前が助かったのはその副次的な結果に過ぎない」
「……じゃあつまり、あの場にいた人たちを助けるために動いたってことか?」
「何故そうなる」
「そうなるだろ。放置していたら何人か死んでたかもしれないんだから。俺含めて」
エッセが「そんなことさせない」と反応するけど、触手を掴んで黙っていてもらう。
「だから正直驚いてる。そういうことするやつだと思ってなかった」
「因果に意図ではなく意味を見出そうとするな。俺をどう格付けするかはお前の勝手だが、そうあれと求められるのは非常に不愉快だ」
「だけど、悪戯に誰かが怪我したりするのは望んでないんだろ」
「力を有する者はその扱い方に責任を負う。俺はその責務を果たしただけに過ぎない」
そうなのだとしたら、それこそ納得できない。
「レストラはどうしてミスティを必要としてるんだ?」
「話す必要性を感じられないな」
「協力、し合えないのか?」
「リムくん!? 何言ってんの!?」
「この前は誤解があったわけだろ。きっちり話し合えば、ミスティを自由にした上で協力し合えるんじゃないのか?」
「義肢製作の目途がつかなくなったか?」
「超順調だし!」
「どう思うかはそっちの勝手だ」
俺の返しに、レストラは一瞬だけ目を見開き、確かにと納得するように笑う。
笑えるのかと驚いたりもしたけれど、彼はその表情のように優しくはなかった。
「無理だな」
「どうして」
「お前たちと俺の目的は決して交わらない。お前たちは【イェソド】を人にしようとしているようだが、俺は認めない。それは人形だ」
「なっ!」
「ブレア。いま激情に駆られることは損失しか生み出しません」
ミスティがブレアの前に出て制止する。そのまま俺の横でレストラへと向き直った。
「【イェソド】、俺の目的をそいつらに教えていないのか?」
「記録情報の損傷により、あなたと活動した期間の大半が失われています。これの修復にはボディの修復が必要なのです」
「…………都合のいい」
ミスティは一歩前に出た。右手を胸元にまっすぐにレストラを見上げる。
「質問。私は何故、あなたから逃亡したのですか?」
「……お前たちの質問に返せる答えはノーだ」
だけど、好意的な感情を一切含ませず、切り捨てた。
「お前が逃亡した理由は俺が聞きたいくらいだ。契約を違えたお前の身勝手さに辟易している」
「契約、ですか」
「この契約が俺とお前たちの目的が交わらない理由だ」
「どーゆーこと?」
「俺は【イェソド】の模倣体となるドールの子機を複数体作っている」
ドール。子機。複数体。聞き慣れない単語ばかりだ。
「【イェソド】の意思一つで同時に別の場所で稼働することが可能になる新たなボディだ」
「全身義体化、同時複数操作……ムリムリムリ! 脳が情報の負荷に耐えきれるわけないって! 腕一本増やすのだって実用化できてないくらいリスクあるんだよ!? 【
「いえ、私であれば可能なのでしょう。脳という生体に頼っていない私であれば」
「そんな」
「だが、それには既存のボディは邪魔だ」
「なっ」
目的が交わらないと言った理由がいまわかった。
必要としていたはずのミスティの身体を破壊した意味も。
「ドールが完成した暁には、お前はその全機を操り人間を効率よく観測する。その対価としてお前の力を俺は使う。そう契約した」
「だからってミスティの身体を壊すだなんて、そんなの見過ごせるわけないよ!」
「知るか。だが覚えておけ、【イェソド】。親機と接続したあと、お前に二度と自由は与えない。【開闢祭】で起こしたような真似を二度とさせるつもりもない。それが俺の責務だ」
それだけ言うと踵を返して歩き始める。
「そんなこと絶対させない! あたしがミスティの義肢を完成させて、人にしてみせるんだからっ!」
「忠告だ」
だが、ブレアの決意すら払い落とすようにレストラは立ち止まって、顔だけ振り返る。
「危険な目に遭いたくなければ、さっさとその人形を手放せ」
「なにそれ脅しのつもり?」
「俺たち人間がそいつと相容れることはない。いつか後悔するだけだ」
その理由を問う暇もなく、レストラは去っていった。
ミスティを見る。ただ一点、レストラの消えた先を見据える彼女が何を考えているのか、俺にはよくわからない。
表情もほとんど変わらない、肉ではない肉体を持つ人ならざる少女。
違うのは当然だ。そんなことわかりきっている。
だからこそ、何故わざわざレストラがそんなことを言いだしたのか。
そのしこりが胸に引っかかって、もやもやが晴れることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます