007:だって義肢装具士だし


「うわぁ……」

「わぁ……」

「あはは、予想通りの反応ありがとうございまーす!」


 手、手、手、手、腕、腕、腕、腕、足、足、足、足、脚、脚、脚、脚。

 工房を埋め尽くすと思うほどの数の義手義足が、壁やラック棚に置かれていた。天井から伸びる紐に括りつけられ、ぶら下げられているものもある。

 人間屠殺場? と喉の奥まで出かかった。


「なんていうか……気を悪くしたら申し訳ないんだけど、グロいな。絵面がすごい」

「よく言われるんですよー、気にしないでください」

「本物が混ざってたりしない、よね……?」


 怖いこと言うな。

 義肢は遠目から見ても様々だった。人肌に近いものもあれば、鉄製のものや木製のもの、金属棒一本のものまで。似た形状のものでも、よく見れば微妙な差異がある。


「ここがあたしの工房でーす。と言っても本当はおじいちゃんのですけどね」


 工房は、天井がやや広めに開放感のあるワンフロア。ただ物が密集しすぎているせいで広さを感じられなかった。

 石の床と壁が殊更その印象を強くし、換気はされてるけど熱気がある。

 まず玄関に入ってすぐが応接室も兼ねたような作業場で、奥と手前側の壁に義肢の置かれたラック棚が並んでいる。

 少し右に進んで作業台。その向かい壁に鎚や鉄鋏などの他にも知らない工具が数えきれないほど掛けられていた。別の棚には義肢の素材らしきものや、木箱が幾つも積まれている。

 さらに作業場の奥は、壁半分を占める石レンガの炉や金床、鋳型らしき金属塊などがあった。手前の義肢がなかったら鍛冶場と誤解しそうだ。


「びっくりしちゃったけど、すごいね。これ全部、ブレアが?」

「製作の参考にお借りしてるものとか、いまはないけど修理依頼のものとか以外はね。結構重い物もあるから触るときは気を付けて」

「いっぱい種類あるんだな」

「そうなんですよー。人によって用途が異なりますから。生活用のものとか、ダンジョン探索にも耐えうる高耐久のものとか。仕込み武器を内蔵できるものもあったり」

「そりゃすごいな…………いっ」


 何気なく棚の詰まれていた箱を見て俺は背筋が凍り付いた。

 指。

 無数の指。それも親指、人差し指とそれぞれ区分けされて山のように積まれている。

 これは見たくなかった。


「ブレアが作ったのってどれなの?」


 俺がげんなりしていると、エッセが興味津々に尋ねる。ブレアは吊るされていた一本の腕を持ってきた。


「試作品だけど直近で作ったのがこれかな」


 ブレアが天井から吊るしていた上腕部の義肢をほどいてエッセに差し出した。

 エッセは少し怖がりながらも受け取ると、驚いたように目を見開いてじっと腕を観察する。


「意外と重いんだね。見た目からもっと軽いと思ってた」

「うん。だいたい3KGぐらいあるかな。……人の腕の重さと同じにしてあるんですよ。筋量のある方のを想定してるから、重めではありますけど」

「じゃあもっと軽くできるのか?」

「一昔前の義肢は身体に負担かかるから軽くって感じだったらしいんですけど、いまは基本的に元の腕と同じ重さになるようにしてますよ。掴む、歩く、だけでなく身体のバランスを取る役割も担っていますから。まぁ耐久性も考慮するとなると、そこはお客様のご要望とーご予算次第っていうかー」


 それはそうだ。


「でもホントに本物みたい。こうやって持っても見た目じゃよくわからないもん。ほら、リムも持ってみて。ね、ねね? すごいでしょ」

「なんでお前が誇らしげなんだよ」


 確かに重い。しかもエッセの言う通り、肌が本物と大差なかった。

 血色、血管の浮き具合、膨らんだ筋肉が見て取れる。指や掌の線、肉の僅かな弛み、毛穴の点々まで精巧に作られている。


「やけにリアルだけどさ、もしかして本物使ってたり」

「うん、使ってますよ」

「!?」


 朗らかにぎょっとすること言われて肝が冷えた瞬間、ブレアはクスっと笑みを漏らした。


「アハハッ、そんな怖い顔しないでください。冗談ですよ、冗談! これは人工皮を使っているんです。モンスターの皮を加工したものですね。それをフレームの上に縫い付けてあるんです。薄いタイプですから、持ってるとわかると思うんですけど、肌の奥が硬く感じますよね?」

「うん。ホントだ。ねね、これって中はどんな構造してるの?」

「もしかして義肢に興味がある感じ!? じゃあ説明しちゃうね! 大腿義足を例にあげると大まかに先っぽの足部と、骨にあたる支持部とを繋ぐ関節部の足継手、それから身体と義肢を繋げる役割を持つソケットと支持部を繋ぐ膝継手があるんだよね。クリファだとパスで動かせるようになるって知ってる? 知ってるオッケー。昔はパスと繋げる特殊なワイヤーを内部に通してその伸縮で肘や膝関節の曲げる動作を行ってたんだけど、構造上耐久性に難があってワイヤーが切れたり故障したりで戦闘には向かなかったんだよね。でも【操者キュベルネテス】ってすごい疑似アーティファクト技師さんが義肢そのものにパスを巡らせるって技術を発明したことでワイヤーが必要ナッシンっ。パスなら切れないし、多少の故障もパーツの別部分が補ってくれるから、構造上の脆さがなくなるどころか指先の繊細な動きまで再現できるようになったんだよ! だから義肢をつけることでの身体の負担もすっごく軽減したし。やばくないやばいっしょ!? 特に関節部なんかは当時彼が開発した技術がいまも使われててー。そうそう、最新のだとソケットもいらないんだよ。専用の形状にする必要はあるけど、パスの接続がそのまま装着状態を持続してくれて、ソケット周りの蒸れとかが解消されるから長時間の探索と運動にも、あっ、実物見せたほうがバリ早か。ほらほらこれこれ、内部構造はこんな風に――」

「待て待て待て待て待て。俺たちは別に義肢の講義を受けに来たわけじゃないからな」

「え?」

「え?」

「え?」


 え? なんでエッセまで不思議そうな顔するんだ?

 俺、何か間違ったこと言ったか?


「今日中にアシェラさんと相談して、簡単なクエスト熟すって話だったろ」

「あっ」


 何のためにじいさん家からそのままこっちに来たと思ってる。ブレアの様子を見に来たその流れでダンジョンに行くためだって、ここに来る前に言ったはずなのに。


「好奇心旺盛なのは悪くないけどな」

「うぅ、ごめん……」

「あー、ご、ごめんなさいっ。あたしもつい熱くなっちゃって……」

「ううん、ブレアは悪くないよ。とっても楽しかった。ありがとう。……ちょっと怖かったけど。また今度教えて」


 エッセが部屋を見渡しながら言うと、ブレアはくしゃりと相好を崩す。


「うん。いつでも遊びに来てね」


 帰ろうと立ち上がると、じっとブレアが俺のことを見ていた。言うか言うまいか迷っている節があったので、聞く体勢になってみる。


「あの。ちょーっと突拍子もないこと聞いたりしちゃったりするんですけど、お二人ってどうやってそんなに仲良くなったんですか?」

「え」

「やっ! その! あたしばっかり話してたし、折角だから二人のことも聞きたいなぁって。おじいちゃんがここに寄越したってことは信用してるってことだと思うし、でもおじいちゃんは二人のこと全然話してなかったし……エッセちゃんはモンスターなのにお互い気の置けない仲っていうか、自然っていうか。どうやって仲良くなったのかなーって思いましてごにょごにょ……」


 絶妙に話しにくい話題を振られてしまった。

 エッセの姿はモンスターだけど中身は人間だ。

 エッセは俺のことを知った上で接触してきたわけだから、全くのゼロからいまの関係を築いたわけでもないし。


「えへへ、気の置けない仲だってー。周りからはそう見えるんだ、えへへ……ひゃうっ!」

「能天気」


 空想に耽るエッセの触手を引っ張って現実に引き戻す。なんで俺だけが返答に窮していないといけないのか。

 俺が偽テイマーであること、エッセが人間であることは隠さないといけないというのに。

 ブレアに不審がられたら、って超こっち見てる。血走りかねないくらい目を剥いてこっち見てるんだけど。


「良い!」

「何が!?」

「触手引っ張られて驚いた顔をした直後に触れられたことに対する恥じらいと嬉しさが綯い交ぜになったような白い肌を仄かに朱で差して唇を綻ばせる絶妙な表情ごちそうさまでした!?」

「っ!?」

「本当に何が!?」


 どうなってるんだこいつの頭。じいさんどんな育て方したんだよ。俺の理解の範疇越えてるよ!


「うわっわっ、ああ、またやっちゃった! ごめんなさいごめんなさい!」

「まぁいいけど。仲良くなったのは……こいつがいい奴だからってことにしておいてくれ」

「いえいえ、参考になりましたっ。つまりボディタッチが有効ってことですよね!?」

「全然違う断じて違う親指立てていい顔するな」

「あ、じゃあ私も質問っ! ブレアはどうして義肢装具士になったの? すごく難しそうだよね、義肢作るのって」


 これから帰ろうってときに。

 またブレアの説明乱舞が炸裂するかと思ったが、当人は困ったように笑っていた。


「おじいちゃんのためなんだ。ほら右腕」

「あ」


 じいさんの右腕は義手だ。昔、ダンジョンでモンスターに喰われたから。


「はい。おじいちゃん自分のことはテキトーですから。義肢も昔のをずっと使い続けてて。だから私が作ってあげたいなって」

「ブレア、おじいちゃん想い……素敵」

「まーおじいちゃんには『お前ぇみたいな半人前の義肢なんざ着けたら、鎚がどっか跳んじっちまうわ!』って怒鳴られたんですけど! アハハ! ひどすぎない!?」


 暗い雰囲気を吹き飛ばすように、ブレアは底抜けに明るく笑う。

 じいさんなら言いそうだから笑っていいのか困る。


「おじいちゃんにはやっぱり自分から会いに行きますから。いまからダンジョンに潜るんですもんね」

「まぁ、それが一番いいな」


 俺がどんなに説明しても、結局元気なブレアを見なきゃじいさん納得しなさそうだし。

 そうしてちょっとだけの工房見学を終えて、ここをあとにしようとしたときだった。

 住居側の家に繋がるドアが向こう側に独りでに開く。いや、人がいた。

 否、人ではなかった。


「記録に残ってあった声がしたと思えば、何故あなたがたが?」

「お前は」


 その翠玉の瞳と事務的な抑揚のない声に聞き覚えがあった。

 片目が失われていても、右腕と左脚を失い、松葉杖で歩いていても誰なのかわかる。


「【開闢祭】でリムにちゅーした人だ」

「…………」


 思い出したくなかったことをエッセがぶっちゃけて、俺は頭を抱える。

 目を見開いて、愕然とした表情で見据えてくるブレアの顔を直視できなかった。



―◇―



 ブレアがその少女を見つけたのは、他所のパーティの探索に同行させてもらったその帰り道のことだった。

 第一階層で現地解散したあと、一人義肢の素材になる鉱石を探しているときに、動けずにいる少女を発見した。

 少女は傷ついており、人間に対して警戒心を露にしていた。しかし積極的に交戦しようという意思は見せなかった。

 事実、ブレアの背後に忍び寄っていたモンスターを、彼女は魔導弾で倒してくれた。

 その後、「力になりたい」「必要ありません」「必要ある」「ありません」「あるって言ってるじゃん!?」「不明。何故あなたが怒るのです」などと押し問答を何度か繰り返したのち、最終的に人形の少女が折れたのである。


「疑問。あなたにとって私は異種の存在です。ダンジョンと呼称されるこの地において私を助けることは不要なリスクを負うことに他なりません。何より私から得られるメリットはあなたにはない」

「困ってるんでしょ?」


 腕と脚の状態を見ながら、少女は尋ねる。

 少女は答えなかった。肯定でも否定でも構わず、ブレアは続ける。


「なら助けるに決まってるよ。義肢装具士が手足を失くして困ってる人を見捨てるはずないし」

「……人ではありませんが」


 それ以上の強い拒絶がなかったため、ブレアは少女の腕の状態を診た。

 すぐにブレアは言葉を失った。

 肘から先のない腕の内部は、大小様々な歯車やボルトのようなものが複雑に噛み合い、そこに沁み込むように液体金属が滴ることなく流動している。

 この液体金属は金属質でありながら柔らかな肌と同じ物質、いや、歯車も全て同じ物質であることが、ブレアにはわかった。

 中心は空洞でそこに翡翠の糸の束が通り、パーツ一つ一つにまで伸び及んでいる。

 義手と異なり骨となる支持部らしきものがない。それだけ部品一つ一つの強度と組成が優れているのだろう。


「ちょっと動かすね」


 比較確認として健在な左腕を軽く動かす。

 関節部は、表面は球体関節人形のような構造だった。

 だが違う。全く違う。

 滑らかだった。自分の作る義手とは比べ物にならない。ともすれば、人間よりも関節の動きが滑らかである。


「…………」


 ブレアは推測する。

 あの内部のパーツと液体金属が同種の物質であることから、動作に伴い部品それ自体が伸縮している可能性がある。伸縮に伴い、液体金属が埋め合わせるように固体化するのだ。

 だから人間以上の繊細で滑らかな動きができる。

 そして、それを可能にしているのが、パス・スレッド翡翠の糸という一種の物理的なパス。

 探索者にはない強固で太いパスのおかげで、一つ一つのパーツや液体金属に動作指示と充分な魔力を伝達できている。

 その魔力がこの謎の金属を個体と液体に行き来させている。

 そうでなくてはこんな無茶苦茶な構造、一瞬でバラバラだ。

 あとは腕から生えてきた砲座。これも形状変化の一種なのだろう。


「すごい」


 ブレアはただただ感嘆していた。

 義肢装具士を志し五年近く。このようなものは見たことも聞いたこともない。

 ダンジョンより生み出されたモンスターが故に為せるあり方。

 近しいものに第二階層に生息するオートマタがいるが、まるで次元が違う。

 言うなればこれは全身が義肢装具。それも最高峰の。現在の技術では決して誰にも作れない到達点。


「構成材質は……ミスリル? ううん、似ているけど違う」

「ッ」


 少女の身体が震える。パチパチと糸の先が弾けた。


「どうしたの?」

「魔力の流出が甚大。このままではボディの稼働が停止します」

「ヤバイ感じ? 人間の出血と同じってことよね。なら糸を縛れば止められ痛っ!?」

「警告。変質した魔力が大気との反応により発熱しています。人間に耐えきれる熱量ではありません。魔力制御……不可。過剰出力の【基底(ベースクラス)】の反動と推測。自己修復機能……機能不全継続中――」


 どんどん温度が上がっていく。止まる気配がない。

 一刻も早く魔力の流出を止める必要がある。この場で。


「ふぅ……ッ!」


 ブレアは体内のパスを巡る魔力に指向性を持たせ、獲得しているスキルを発動させる。

 赤光を帯びた手で、ブレアはパス・スレッドを優しく掌に乗せるように持ち上げた。


「何を」


 魔力が溢れ出る糸の幾つか纏め、先端近くを優しく指にくるくると巻いて口を縛る。ブレアの予想通り、縛られた糸からはそれ以上の魔力の流出がない。

 素早く次に行く。糸の先端は指を焼き切る熱量を持ちつつあったが、耐えきれていた。

【炉を覗く者】。

 火と熱への耐性を上げるスキルで、魔力消費により一定時間指定した部位を熱から身体を守ることができる。

 主に鍛冶師が最初に習得することを目指すスキルであった。

 これのおかげで発熱する魔力にも多少は耐えられる。問題は時間だ。


「申告します。間に合わない。一刻も早い退避を推奨」

「黙って」


 ぴしゃりと会話を切り、無心でブレアは糸を縛っていく。

 驚異的な集中力であった。指が淀みなく器用に、最高の指揮を戴く軍のように統率された動きで糸を結んでいく。

 糸が熱に弾け、ブレアの頬を掠める。しかしブレアは痛みに顔を歪めるどころか、瞬き一つすらしなかった。


「何歳からあたしが糸を弄繰り回してると思ってんだ。『早撫』スキル舐めんなよ」


 それは少女に放った言葉ではなく、眼前で無遠慮に弾ける魔力に対してのものだ。

 時すら止まったと錯覚する世界で、唯一ブレアの指だけが細やかに時を刻む。

 パス・スレッドは彼女の指に舞い踊り、瞬く閃光は屈服し調教されていく。

 そして、間もなく腕と脚の糸を全て縛り終え、魔力の流出を完全に食い止めた。


「はぁ~~~~~~」


 思い出したように額から汗が噴き出て、ブレアの口から緊張を解きほぐすため息が零れる。

 熱は未だ残っているが、もうこれ以上の上昇は見られなかった。


「大丈夫? 魔力が漏れているところない?」

「魔力漏出は検出されません。危険域を下回りました」

「よかった。とりあえず一安心だね」

「……何故このような危険なことを? 一歩間違えれば指を失っていました」


 スキルを使っていたが、手には火傷痕が無数のミミズのように走っている。少しでももたつけばスキルを貫通し、指が焼き切れていてもおかしくなかっただろう。


「さっきも言ったけどさー、あたしは君を助けたかっただけ」

「何故」

「だって義肢装具士だし……じゃ納得しないんだね……あー、んー、あっ、おっ!」


 なんというべきか逡巡して、ブレアは少女の姿を見て思いついたように握りこぶしで掌を叩いた。


「君、可愛いよね?」

「? 理解できません」

「アハハハッ、真顔で返されちゃった! つまり、君の綺麗な本当の姿が見たかったから。あたしがなおして、君が元気に動く姿を一番に見たい。それじゃダメ?」

「……」


 少女は驚いたのか呆れたのか、それとも突拍子もないブレアの理由に理解が遅れたのか、虚空をじっと見つめたまま正しく人形のように硬直する。

 しかしそれもすぐに終わり、ブレアを見上げた。

 どことなく表情が柔らかくなって見えたのは、熱による陽炎のせいだけじゃないとブレアは思う。


「人間は綺麗なモノを好み、尊ぶ習性があると学んでいます。利害関係の一致を確認。あなたに支援を要請します」

「超堅苦しすぎて逆に面白いんだけど。でも、うん。あたしでよければ。あ、そういえば名前聞いてなかったね。あたしはブレア・マウアー。君は?」

「総体名【イェソド】」

「総体名?」

「あなたたちにおける……いえ、区分としてはクリファの住民というべきでしょう」

「それ名前じゃないでしょ。君の名前は?」

「ありません。個体識別は必要ありませんので」


 感情の一切籠っていない声で、淡々と説明する。

 しかしそれでは呼び名に困る。人を呼ぶとき、人間と呼ばないように、目の前の少女をイェソドと呼ぶのは違うとブレアは思った。

 名は授かりもの。少女はそれをもらえていない。

 少女の気持ちを代弁するつもりはないが、それがひどく悲しいことのようにブレアには思えた。

 自分にその資格があるかはわからない。少女が望んでいるかどうかも。

 しかし、放置しておけるわけもなかった。


「じゃあっ! 立候補! あたしが名前つけてもいーい?」

「…………必要性を感じません」

「えーでも」

「ですが、あなたが私をどのように呼ぼうとも、私は否定しません」


 ずいぶん回りくどいが、それは名付けを認めたということだった。

 ならば、考えなくてはいけない。少女の名前は――。

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