006:見学してく?
「よう【
「やめろよ、じいさん」
「おはようございます、おじいさん」
鍛冶工房『隻影』の鍛冶師兼店主、ブラック・マウアーことじいさんが、店に入るなりからかってきた。
「おはようさん。どこもお前たちの噂で持ち切りだぜ。ここん来て半年どころか二月にも満たないルーキーが五年討伐されなかった
「勘弁してくれ。朝からそれで絡まれてうんざりしてるんだ」
称号を強制的に授与されたのが三日前。たった三日でもう街全体に知れ渡っているのではないかと思えるほど無遠慮に視線が刺さり、何度も声をかけられた。
仮に俺個人に称号が授与されただけなら、ここまで認知されることはなかっただろう。だが、ヒト型モンスターのマスター、という枕詞がつくことで容易に判別できてしまうのだ。
エッセは目立つ。触手を隠さず歩けばそれはもう「私がエッセです、この人が私のマスターリムです」と言っているようなものだ。
「なんだ。嫌そうだな。気持ちいいだろ。名誉なことじゃねぇか。称号なんざ欲しがってもらえるもんじゃあねぇ。何十年と探索者をやってかすりもしない奴なんてザラだぜ。儂含めてな」
「身の丈に合わないもん背負ったって重いだけだろ。それに賞賛ならともかく、何か汚いことしたんじゃないかって疑ってくる奴もいたしな」
「実際
「もう一度は無理だ」
もっさりと貯えた黒髭をわしゃわしゃ弄りながら、じいさんは豪快に笑う。店内に並べられている剣や鎧に反響し、耳が痛い。
「ほっとけほっとけ。単なるやっかみだ。それにここクリファじゃ次から次へと話題に尽きねぇからな。もう数日もすりゃあ落ち着く」
「だといいけど」
「でもギルドに誘ってくれた人たちもいたよ?」
「ほう?」
エッセの言う通り、確かにいた。聞いたことのないギルドだったけど。
「なんだ断ったのか」
「いきなりやって来て、はいそうですかって入れるかよ。誰かも知らないのに」
「そりゃそうだな。ギルドは一度入っちまったら抜けるのが面倒だ。その判断は間違っちゃいねぇよ」
じいさんは義手の腕を擦りながら肩をすくめる。
「大方、称号持ちが欲しかったんだろ。ギルドに称号持ちがいりゃ箔がつく。それに高難度のクエストも受けやすいし、専属のシスターも増やせるな」
「そうなのか?」
「聞いてねぇのか? まぁ詳しい話はお前を担当してるシスターにでも聞きな。使えるもんは全部使うのが探索者だからな。遠慮する必要はねぇ」
アシェラさんにはまだ会えていないんだよな。昨日も会いには行ったんだけど。
「で。今日は?」
「見ての通り。全部失くしたから装備の調達」
「そうか」
あれ。反応が普通だ。
「お、怒られちゃうかと思った」
「年中切れ散らかしてるボケ爺と一緒にすんじゃねぇよ。相手が相手だろ。てめぇらの命持って帰って来れただけで充分だ。儂の打った剣にも意味がある」
どこか誇らしげだった。
ダフクリンに返り討ちに遭って上層から下層に転落したとき、上層に置いてきてしまっただけだけど黙っておこう。うん。
エッセに目配せしたけれど伝わったかどうかは微妙だった。
「で、装備一式は前と同じでいいか?」
「いや、とりあえず一番安いリュックだけでいい。まともに貯蓄してなかったし、治療費のせいで借金漬けだし。納品クエストだけこなしてとりあえず繋ごうと思ってる」
「その手、まだ剣も握れねぇんだろ。街で仕事探したほうがいいんじゃねぇか?」
じいさんの言うことはごもっともだった。
「私もそう思ったんだけどね……」
「称号が悪目立ちしてるせいで街の中だと動きにくいんだよ」
おかげで『妖精の寝床』で働く予定もなくなった。
マブさんは『客寄せになるし、別にいいのに』と言っていたけど、痛い脛がある身としては質問攻めは避けたい。
だから一昨日は『ガーデン』に行って、何かいい案がないかアシェラさんに相談しようと思ったけれど。
『リム・キュリオス様ですね。……申し訳ありません、シスター・アシェラは現在諸事情により受付業務を休止しております。急用でしたら代役を手配致しますが、いかがですか?』
『……いえ、大丈夫です。ありがとうございました』
なんてやり取りがあった。しかもまた人が集まり出したので質問攻めをくらう前に帰ったのである。
結局昨日も一昨日もろくに動けず、今日も姿を隠しながらここまで来る羽目になった。
腕を組んで髭を弄っていたじいさんは奥に引っ込む。しばらくするとリュックやベルトポーチなどを持って戻って来た。
さらには合金のライトアーマー式。
さらにはポーションやら水筒やらロープ、魔石の活性化を抑制する袋まで、探索の必需品を並べていく。
「っと。悪い拾ってくれ」
義手から零れたロープをエッセが拾う。
「じいさん、俺手持ちがないんだけど」
「ツケといてやる」
「……いいの?」
「称号っつう個人の信用を担保するもんを教会から授与されたわけだからな。まさか称号持ち様が踏み倒したりなんざしねぇよな?」
するわけがない。
エッセの感知があっても探索中にモンスターとの遭遇を回避しきれるわけではない。攻撃を受けることもあるだろう。回復魔法を持たない俺にとってポーションは命綱だ。
魔石袋なんかは、納品クエストで要求される魔石を収集するためにほぼ必須のアイテムとなる。
「助かるよ。ありがとう」
「おじいさん、ありがとう」
「ツケの代わりと言っちゃなんだが、一つ頼まれてくれねぇか?」
じいさんが鎧の装着を手伝ってくれながら、珍しく弱い語気で言ってくる。
どこか言いにくそうで、散々迷ったが仕方なく切り出した風だった。
「うちの孫娘の様子を見てきてくれ」
―◇―
じいさんに頼まれて様子を見に行く孫娘の名はブレア・マウアー。
面識はないけれど機嫌がいいときのじいさんが何度か名前を出していた覚えがある。
そして、以前じいさんから買ったリュックを作ったのが彼女だったはず。背負いやすく、急な戦闘でも簡単に着脱できる機能を備えていて使いやすかった。
じいさん曰く、その孫娘の様子がおかしいとのこと。
『どう様子がおかしいんだ?』
『【開闢祭】で客が増えてるせいで最近本宅のほうに帰れなくてな。ブレアが飯作りに来てくれてたんだが、最近ぱったりと来なくなっちまった』
『最近って?』
『ここ二、三日くらいか』
『……たったのそれだけで。子供じゃないんだろ?』
『15なんざまだまだガキだっての! それに前までは毎日来てたんだよ! 本当は儂が見に行きてぇが、鍛冶の仕事が溜まってて離れられねぇ。だからちょっくら様子見て来てくれ。……いまのお前なら下手なことできねぇだろうしな』
前までは下手なことをしでかす奴に思われていたらしい。失礼な。
そういう経緯もあってやってきたのが世界樹の西側。途中まで馬車でいまは歩いている。
「ここって結構あっちの街から離れてるんだね」
新市街に連なって世界樹西側の平野部に位置するここは、クリファの鍛冶処とも呼ぶべき場所。
工場(こうば)が目立って多く、金属同士の打ち付ける音や炉のうねる轟音が間断なく響いていた。
新市街の繁華街とはまるで別世界。人が放つものとは異なる熱気が服越しでも伝わる。
到着したのは石造りの建物が二つ併設された場所。左側は二階建ての普通の住居に見えたけど、右側は平屋で屋根の端に煙突のようなものがあり、工房か何かのようだった。
エッセに住居のほうの玄関ドアをノックしてもらう。
「すいませーん」
「…………返事ないね。でも中に誰かいるような」
エッセが聞き耳を立てる。結構感覚が鋭いんだよな。
「数日来ないって言ってたけど、倒れてるとかないよな」
「え! た、大変! 早く助けないと!」
とエッセがドアに手をかけようとしたところで、少し離れた位置にある隣の平屋の引き戸がガララと音を立てて開いた。
「すみませーん、作業しててすぐ出られなくて。ご依頼で、すか……?」
頭に白いタオルを巻き、首にごついゴーグルをぶら下げた少女だった。
エッセほどではないけど幼げでどことなく少年にも見えなくない中性的な顔立ち。
服は薄いシャツに革のエプロンをぶら下げ、肘まであるグローブを装着し、ポケットが幾つもついたダボッとしたズボンを穿いている。
少女はぱちくりと、熱せられた黒鉄のような瞳を何度も冷やすように瞬きさせた。
「ふぉおわっ!? も、モンスター!?」
「えっとこいつは」
「触手を生やした女の子、ハッ!? まさか噂の喋るモンスター!? じゃあ君が【
感情を爆発させたように相好を崩した少女は、両手をぶんぶん振ってまくし立ててくる。
「うわぁっはぁうわうわっうわっああっ、本当にモンスターの女の子連れてるっ。マジじゃん、やぁっば。え、
「そ、そう、だけど……」
「す、すごいぐいぐい来るね」
「うはっ、か、感激すぎ……期待の新星、大型ルーキーがうちに来てくれるなんて……!」
頭を抑えてへにゃりとその場にしゃがみ込む少女。いちいちリアクションが激しい。
「り、リム、本当にこの人がブレアなの?」
「あのじいさんとは似ても似つかないのは確かだ」
「耳打ち距離感普通じゃない! 一瞬で仲の良さ見せつけてくる! 最高か!?」
「ステイステイ。落ち着け。あんたがブレア・マウアーで間違いないか?」
「うわっとと、ごめんなさい! 初対面なのに不躾でしたね。えっと、はい。あたしがブレア・マウアーで間違いないでっす」
ブレアと肯定した少女は、タオルを頭から外し、緋色混じりの黒髪を振ってセミショートへ整える。
ニコニコとニヤニヤを行ったり来たりで、いつもむすっとしたじいさんとは似ても似つかない。
「えっと、リム・キュリオスだ。こっちはエッセ」
「よ、よろしくね?」
「ほぁああああっ、いま話題沸騰中の二人が目の前に……! 歴代最低レベルでの
「違う違う。この手も動かしにくいってだけだから。落ち着いてくれ」
「それは良かった。身体が資本ですもん」
悪い奴ではなさそうだ。
「それでどんなご用件ですか?」
「ブラックのじいさんに頼まれて様子を見に来た。最近あっちに来ないとかどうとか」
「ああー……」
言いずらそうにブレアは俺たちから目を逸らす。逸らした先は家だった。俺の視線に気づいたのか別のほうへ向けて視線を泳がせる。どうやら泳ぎは苦手らしい。
「えぇっとぉ、そのー、あたしいまちょっと大口の仕事が来てて手が離せなくて。おじいちゃんご飯食べてました?」
「別に死にそうではなかったな。不機嫌そう……はいつものことか」
「あははっ、よくわかってますね」
苦笑いしたブレアがほっと胸を撫で下ろす。
「近いうちにあたしも行きますけど、もしおじいちゃんの所に寄るんでしたらこっちは大丈夫って伝えてくれませんか?」
「それはいいけど」
何か引っかかるな。じいさんに言いにくい隠し事をしているのは確かだ。ただ、踏み込むべきか。それともこのまま帰るか。じいさんにどう報告すべきか。
考えていると隣でエッセが触手と一緒に手を上げた。
「ブレアはおじいちゃんと同じ鍛冶師なの?」
「ううん。鍛冶師じゃないよ、エッセちゃん。あたしは義肢装具士なの」
「ぎし、そうぐし?」
「そそ。失った手足の代わりになる義手や義足とか作る職人のこと」
「ああ、だからさっき腕がどうとか」
ブレアは頷くと、工房へ顔を向ける。
「良かったら見学してく?」
「いや、俺たちは」
「うん、見たいっ!」
好奇心旺盛なエッセに、俺の意見はあっさりと封殺された。
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