005:称号の責務


 【開闢祭】自体は初日で終わる。セフィラ様が『巨人の森』を抜け、その先の街で挨拶を行い再び戻るのが一連の流れだそうだ。

 しかし、その後も盛り上がりは続く。むしろここからが本番だ。

 【開闢祭】当日はセフィラ様が『巨人の森』を通過するため、交通規制がかけられるらしく、先の街でクリファへ入る者たちが待っている状態なのだそうだ。

 一攫千金を求めて探索者となる者、商売で大成することを夢見る者、漫遊に訪れた者もいるだろう。

 そんな人たちの思惑あって、【開闢祭】前後でクリファの人口は倍近く膨れ上がるのだそうだ。

 そうなると当然監視の目も全て見抜くことはできない。さすがに露骨な潜入は許さないだろうけど、逆に脱出する分には甘くなっても不思議じゃない。

 ダフクリンはこれを機にクリファからの脱出を図っていたのだろう。生きている状態ならともかく、死んでその姿がエッセとわからない状態ならば、モンスターの素材として容易に持ち出せる。

 考えただけで胸糞悪かった。


 そういうわけで今日も昨日と同様、街は活気づいている。

 日がある程度昇ったところで向かった先は酒場。目的は単発のクエスト探しだ。

 セフィラ様からの連絡はまだ来ておらず、無為に待っていても仕方ないという判断である。


「それで来てくれたんだ。タイミングいいわね。【開闢祭】前後は内外からクエスト出るから、色々あるわよ」


 『妖精の寝床』の女主人、マブさんが入口近く壁にあるクエストボードを親指で差して言う。


「でもうちで良かったの? 正直もっと充実してる場所はあるわよ。教会はクエスト内容がダンジョンに偏ってるから、酒場にしたのは正解だと思うけど」

「他の酒場だと私のせいで断られちゃうから」

「……もうっ酷い話ね。こんなに可愛い娘をいじめるなんてっ」


 ぎゅうっと小さな身体のエッセをマブさんが抱擁する。サリアと違って下心がないから安心して見ていられた。

 『妖精の寝床』は、下心しかないサリアが紹介してくれた、テイム済みのモンスターも入店可能な酒場だ。

 【開闢祭】の影響もあってか、まだ昼まで時間があるのに結構な数の客で賑わっている。マブさんと同じエプロンを着た従業員たちがホールを忙しなく行き来していた。


「手頃な奴があると嬉しいんだけど」

「うーん。手を使わないクエストねぇ」

「私がリムの手になるよ」

「ふふ、手がいっぱいあるもんね」


 触手だけどな。


「軽作業ね。いま増えてる分はほとんど海外からのだから、納品クエストが多いのよね。鉱石だったりモンスター素材だったり、あとはアーティファクトとか。他には重労働だけど運搬とか。街の中でのね。エッセちゃん重い物いける?」

「クォーツボア投げ飛ばせるよ」

「身体小さいのにすごいわね。あとは……うちで働くとか」

「『妖精の寝床』で、エッセが?」


 マブさんはにこりと笑うと、小栗色のウェーブがかった髪を揺らして頷く。


「いまうち繁忙期なの。普段は探索者たちが帰ってくる夜がメインなんだけど、いまは昼でも忙しくて忙しくて。出店もあるしね。バイトの子も何人か雇ってるけど、まだ足りてないし。どうかしら? エッセちゃんが良ければ、だけど」

「わ、私、モンスターだけど、いいの?」

「モンスター入店可にしてるところがモンスターを雇っても不思議じゃないでしょ? お試しで、どうかしら?」


 エッセが眦を下げて、不安そうな顔で見上げてくる。酒場で働いた経験なんてないはずだ。というか皇女様だし、働いたことなんてないだろう。


「いいんじゃないか、別に。何をやるかとかは教えてもらえるんですよね?」

「もっちろん。エッセちゃんをどこに出しても恥ずかしくない看板ウェイトレスに」


 言いかけたマブさんの頭上を青い鳥が通り過ぎた。

 翼をはためかせる音もなく、キィーンと奇妙な耳障りの音を放つそれは、青く発光する線が小鳥の姿を形成していた。

 それはクエストボード傍で旋回し、止まり木に着地する。

 奇妙な鳥のくちばしには手紙が咥えられていた。


「あら珍しい。魔伝書鳩がうちに来るなんて。ん? これ私宛じゃないわね。リムくん、あなた宛みたいよ?」


 マブさんが手紙を取ろうとすると鳩は離れて渡さない。鳩の視線は俺にまっすぐ向いていて、どうやらマブさんの言う通り俺宛であるらしい。

 俺が手を伸ばしても鳩はじっとして動かず、手紙を取るとまるで霧が晴れるように消えてなくなった。


「消えちゃったよ?」

「そういう魔法なのよ。受け手を捜して手紙を送る魔法。主に公文書とかに使うそうだから、教会関係かしら? でも、こうして個人に送るなんて滅多にないと思うのだけど」


 教会関係ってことはセフィラ様か? 家にいなかったからこっちに来たってことか。


「リム、どんなことが書かれてるの?」

「いま開ける」


 俺は蝋で封された手紙を手で破いて開き、その中に入った二つ折りの紙を広げた。


『出頭要請状』


 手紙の冒頭にはそんなことが書かれていた。


―◇―


 世界樹の裏側にも街はある。

 マブさん曰く、商業が主なクリファ南部と違い、世界樹西部の工業区を越えて北部は、中規模以上のギルドの拠点や、クリファの街を運営している行政機関などがあるとのこと。

 そのため南部の雑多な雰囲気からは切り離されたような、理路整然とされた場所に見えた。実際、ギルドの拠点なんかは高い外壁が一区画を囲い、敷地を定めていた。

 眼下に、水堀に囲われ橋が架かった場所もあった。建物も立派で某国の城かと見間違うほどである。

 人の姿はまばらだ。歩いている人よりも行き交う馬車の数のほうが多い。

 かく言う俺たちも馬車に乗っていた。さすがに世界樹の反対側に徒歩で行けば日が暮れる。教会手前の広場には馬車の発着場があり、反対側までの区間便があったのでそれを利用した形だ。

 残念ながら快適な馬車とは言い難いけれど。尻が痛い。


「リムはこっちに来たことあるの?」

「ない。ギルドに属してるわけでもないし、武器も選り好みしてなかったしな」


 もし特注の品を作る場合は、鍛冶師に直接交渉する必要がある。

 鍛冶師も基本的にはいずれかの鍛冶ギルドに属していて、それぞれの鍛冶場や工場(こうば)を持つが、規模の大きなものとなると工業区でしかできないらしい。

 店に鍛冶場も備えている『隻影』のじいさんは割と異端なほうだそうだ。


「しかしまさか、こっちに来る理由が出頭要請とはな」

「な、何か悪いことしちゃったかな?」

「……エッセのことがバレたとか」

「え!? どうしよう!?」


 エッセが触手と一緒になって慌てふためくが、俺は「冗談だ」とすぐに訂正する。


「セフィラ様が言ってただろ。議会もある手前とか、納得させるのに苦労したとか。あのとき俺はエッセがモンスターだからだと思ってたけど、本当はシェフィールドだからだったんじゃないか?」

「あ、なるほど……?」

「それにあくまで出頭しろってだけで、何を裁くとも書いてないし。というかセフィラ様からの呼び出しかもしれないぞ」

「でも教会じゃないよ?」

「そこは行ってみないとだな」


 しばらくして馬車が止まる。ちなみに馬車代は手紙に一回きりの回数券が同封されていた。借金のことバレてそう。

 降りると眼前に広がるのは、門扉を挟んでの左右対称の庭園。一面の芝生の中央を走る石畳と、左右それぞれにモニュメントが……いや、人間を丸呑みにできるサイズのモンスターの骨が鎮座していた。


「ここがえっと、指定されてた首長官邸?」

「リムが思ってることわかるよ。悪趣味、でしょ?」

「正解」


 奥に見える建物は豪邸と呼ぶに相応しい。光沢のある白い石材で建てられた三階建ての屋敷だった。


「いまのお言葉、首長の前では口にしないようお願いいたします。お厳しい方ですので」


 突然かけられた言葉に、喉がひゅっとなった。エッセも仰け反りながら俺の影に隠れる。こいつ、何かあったらすぐに俺の影に隠れるな。

 声の主は門扉の影から現れた。

 黒髪を腰まで下ろした長身の女性で、フォーマルな紺色のスーツを着ていた。


「本日はご足労いただき誠にありがとうございます。リム・キュリオス様。エッセ様。こちらへどうぞ。ダリオ・マグターニュ首長の元へご案内いたします」

「首長?」

「この街クリファの長、最高責任者でございます」

「それって、セフィラ様じゃないのか?」

「セフィラ様はあくまで教会の長、ダンジョンが領分でございます。ダリオ首長は街の運営や諸外国の交渉を主としています。無論、クリファは教会があってこそなので、お二人が所属する【外殻議会】によって街の運営方針が決まっていますが」


 スーツの女性に案内されて、建物の一室までやってきた。

 窓際に黒塗りの物々しい机があり、その手前にはテーブルを挟んだソファがあった。

 しかし、目を引くのは壁などに飾られたモンスターらしき骨や身体の一部。加工され、豪奢にあしらわれたそれらは調度品として、部屋に飾られている。

 そして、ここの主であろう人物が黒塗りの机の横に立っていた。


「ご苦労ダウヴ秘書。下がりたまえ」


 俺たちをここまで案内してくれた女性が後ろでドアを閉める。


「57分。まずまずだ。寄り道せずに来たことは褒めてやろう」


 パチンと手に持っていた円形の金属器具の蓋を閉じた。それをそのままスーツの胸ポケットにしまう。

 直後、獅子の如き視線が俺を射抜いた。それは悪意にも敵意にも満ちていなかったが、俺の背筋を引き延ばすくらいには強く、そして鋭かった。

 彼は黒い髪を刈り上げ、頭頂部を固めており、厳格な雰囲気を漂わせている。ちょうど鼻の広さ程度に蓄えた小さな髭も、彼の几帳面さが見て取れた。


「私はダリオ・マグターニュ。ここクリファの首長を務めている。その顔ぶりからして私のことなど知らなかったろうがね」

「リム・キュリオスです」

「……エッセです」

「貴国では偽りの名で挨拶をするのが常識なのですかな」


 顎を上げ、見下すように首長は断じた。空気が凍り付く圧迫感。エッセに向けられたはずなのに、こっちまで息がしづらくなる。

 あの【極氷フリジッド】とはまた別種の圧を感じた。

 そして、エッセもいまは皇女へと戻る。触手たちは彼女に寄り添うように腕へ脚へと絡まり、彼女はスカートの裾を摘まむと恭しくお辞儀した。


「非礼をお詫びいたします、ダリオ・マグターニュ首長。『マルクト帝国』、オブシディアン家第一皇女、シェフィールド・オブシディアン・マルクトと申します」

「結構」


 そう。シェフィールドのときのエッセと似た感じ。人の上に立つ者の風格に似た何かだ。


「紅茶でもごちそうしたいところだが、生憎私も忙しい。だが、用件を伝える前に二人に尋ねる」

「はい」

「第一階層の階層主ダンジョンイーヴルを倒したのは君たちで間違いないかね?」


 思ってもみない単語が飛び込んできた。てっきりシェフィールド関係のことでの話だと思ったからだ。


「それはエッセとどんな関係が? というか、なんでセフィラ様はいないんですか?」

「やはり【魔女】に教えを請うただけあるな。礼節は学んでいないと見える」

「はぁ?」


 露骨なまでの見下し。師匠を引き合いに出してだ。


「リム、どうどう、どうどう」

「別に暴れないって。暴れ馬みたいに言うな」

「質問の答えは?」

「……俺がアーティファクトを使って倒しました。エッセに魔力の制御を手伝ってもらって」

「その認識なのだな。結構。では用件を伝える」


 何の質問だったのか答えろよ。というか、セフィラ様は? 自分の質問はよくて、俺の質問は無視なのか? 

 募る苛立ちを堪えていると、怒りも一瞬で萎むほどの内容が首長の口から発せられた。


「君たち二人には称号【巨人墜ネフィリム】を授与する」

「……はい?」

「しょう、ごう?」

「間抜け面を直して聞き給え。言葉の意味が理解できなかったかね?」

「称号って、あのクーデリア・スウィフトが持ってる【極氷フリジッド】とかのこと、ですよね?」

「そうだ。【万目睚眥アルゴサイト】然り、【奈落帝エンプレス】然り、クリファへ多大な貢献をした者に贈っている」


 ならなおのこと理解できない。


「嬉しくないのかね。錚々(そうそう)たる面々と名を連ねることができるのだよ」

「俺は称号をもらえるほどのことはしていない」

階層主ダンジョンイーヴルの討伐をしたのは君たちでは? 五年振りの討伐。新人の増える【開闢祭】を目前にしてのだ」

「あんなのアーティファクトのおかげだ……です。もう一度同じことやれって言われたって無理だ。俺にその名にふさわしい実力はありません」


 それにサリアたちの力を借りての討伐だ。どれが欠けても絶対に無理だった。


「己が実力を正しく見ている点は評価しよう。察しの通り、称号を与えるのは階層主ダンジョンイーヴルを討伐したからではない。表向きにはそう公表するが」

「表向き?」

「皇女殿下は察しがついているのではないかね?」


 吊り上がった目をさらに細め、首長は黒塗りの机を人差し指でトントンと叩いた。

 目を閉じていたエッセは、触手たちの瞳を自分へと向ける。


「監視、ですね」

「結構。表向きは戦果に対しての称号を与える形となるが、実際は公的にその存在を認知してもらうためとなっている。先ほど二人に、と言ったのはそのためだ。モンスターに称号を与えた前例がないのでね。リム・キュリオス。君を緩衝材として、皇女に称号を授けた」

「なんでそんな回りくどいことを。監視って」

「無論、彼女が敵国の皇女だからだ。間違ってもここクリファでスパイ活動をされては困るのでね」

「なっ」

「リム」


 血が昇りそうになった俺を、エッセが触手を絡めて制してくれる。

 境界がなくなりそうなほどの触手の密着間。その柔らかさが逆上せた血を鎮めてくれた。

 首長は椅子に座り、肘をつき指を組む。品定めするような目、不遜な振る舞い、一挙手一投足がこちらを苛立たせようとしているようだ。


「一つ質問を。称号を授けられるのはセフィラ様だけとお聞きしましたが」

「左様。君たちに称号を授ける提案はセフィラ様よりなされている」

「……私はそうは思えません。セフィラ様は自責を認めるお方。このような行いを他人に委ねるはずがない」


 初めて首長が驚きに目を開いた。厳格な雰囲気が和らぎ、どこか嬉しそうな笑みを浮かべる。

 だがそれも一瞬のこと。すぐに厳格な首長としての顔に変わる。


「虚偽の非礼は詫びよう。失礼した」


 驚くほど素直にダリオ首長は頭を下げた。


「皇女殿下に対する処遇は議会でも議題に上った。拘束、処刑、帝国との交渉材料などな。しかしそのどれもがセフィラ様より却下された。若き芽を摘むことは許されないと。君たち二人は必ずやここクリファの益になると説得された」

「セフィラ様が、私たちを」

「私は甚だ疑問であったがね。しかし事実、階層主ダンジョンイーヴル討伐を君たち二人は成し遂げた。第一階層のモンスターたちは弱体化され、新人探索者たちの生存率は上昇することだろう。実績としては事足りる」


 深く首長は息を吐き、俺たちを交互に見据えてくる。


「故に称号付与とは譲歩なのだよ。君たち二人を今後も探索者として活動させるためのね。セフィラ様も渋々ではあるが認められた」

「では何故セフィラ様ではなくダリオ首長が称号授与を」

「現在セフィラ様は【開闢祭】の疲労により床に伏せっているためだ。案ずるな。大事ない」


 それは一安心だけど。

 エッセも胸を撫で下ろして安堵している。


 ここまでの話を総合すると、セフィラ様が俺たちはクリファにとって役立つ人材だと説得してくれたおかげで探索者として活動できるようになった。

 だけど完全に手放しで放置しておくわけにもいかない。

 どうするべきか考えている間に俺たちが階層主ダンジョンイーヴル討伐という実績を残したので、体よく称号を押し付けて知名度を上げさせ、下手なことをさせないよう釘を刺したというわけか。


「もしもエッセのことがバレたら、あんたたちが隠していたってことになるけど」

「そうならないよう気を付け給え。セフィラ様を非難の声に晒したくないのであれば」


 称号付与は誰がするのか考えれば、誰にもっとも非難の声が集中するのかは明白だ。

 俺たちがここに来た時点で全て決まっていたのである。これはただの事後報告。

 当事者の俺たちのことは完全に蚊帳の外で決められたのだ。

 そして、すねに傷を持つ俺たちに拒否権はない。


「私は大丈夫だよ、リム。すべきことは決まってる。なら他の誰かは関係ない」

「結構。最後に、称号に付随して君たちには課せられるものがある。【秘匿クエスト】だ」


 聞いたことのないクエストの名だった。

 クエストとはダンジョンに関する依頼の総称。

 モンスターの討伐依頼や調査探索に限らず、ダンジョンから採れる物などダンジョンに関するものであればクエストにあたる。

 クエストは教会を介し、教会や酒場で公開され依頼主も公表されるのが基本だ。

 ならば秘匿とはどういう意味なのか。


「これは君たちに限った話ではない。称号を授与した者には、教会より内密にクエストが課せられる。その勇名を背負う義務のようなものだ」

「俺、その勇名に見合っていないんですけど?」

「ダンジョンに潜って二月と経たない者に期待などしていない。だが、これは君たちがすべき後始末だ」

「後始末?」


 首長は人差し指を立て、下へ向ける。それは床の下、建物、地面、そのさらに下、ダンジョンを差していた。


「第一階層の階層主ダンジョンイーヴルラスターはまだ生きている」

「なっ!?」


 首長の放った言葉が信じられなかった。

 ラスターが倒せていない? あれだけの規模の炎に呑まれて?

 エッセも信じられないという表情をしている。


「君たちを地上に送り届けたあと、【極氷フリジッド】が調査し下した結論だ」

「……勘違い、ってことは?」

「君よりは信用できるが?」


 それはそうだ。俺よりも遥かに場数を踏んでいる。悪意あって嘘をつくような人間にも思えない。

 怖い人だけど誠実ではあるように思えた。


「アレはイレギュラーな存在だったと報告を受けている。君たちを狙っていたとも。事実、階層はリセットされているからな」

階層主ダンジョンイーヴルではなくなった、ということですか?」

「それはわからない。階層を守らず、逃げる階層主ダンジョンイーヴルなど初めての存在だからな。故に称号授与に伴いクエストとして課した」

「達成できない場合は?」

「特別な場合を除き、この街から出ることを許さない」

「なっ」


 そんなのはクエストでも何でもない。ただの無茶振りだ。


「本当に生きている保証もないし、仮にどっかでくたばってたらどうしようもないだろ」

「それを証明するのが君たちの仕事。謎深きダンジョンを解明するだ」


 無慈悲に首長は告げる。


「また、このクエストは決して公にしてはならないものだ。混乱を避けるためにな。もし一般に知れ渡った場合は、相応のペナルティが課せられる。君たちはこちらに気を付けることだな」

「もし今後、私たちとともに探索してくださる方ができたときはどうするのですか? その方にも?」

「外部に漏れないのであればその裁量は君たちに委ねる。無論、漏れた場合の責任は君たちが負うことになるがね」


 後ろでドアがコンコンと鳴った。


「首長、聖女様がいらっしゃいました」

「結構。応接室に通しておいてくれ。さて、話は終わりだ。称号保持者として節度ある行動を求むよ」


 節度、ね。もう怒る気にもなれなかった。

 しかし、部屋を退出する直前、エッセは少し表情を険しくしてダリオ首長を見据える。


「一つ言っておきたいことがあります」

「何かね」

「リムは強くなります。きっと、あの階層主ダンジョンイーヴルを倒せるくらい強く」

「……君の見る目が正しいことを願っているよ」


 ドアは閉じられた。

 そのまま俺たちは無言で首長官邸をあとにする。もう昼も過ぎ去って久しく、さっさと馬車を捕まえないと帰る頃には日が暮れていそうだった。

 しかし、エッセがまるで軟体生物の如く、ぐにゃりとその場に倒れ込む。いや、触手モンスターだからある意味正しいんだけども。

 エッセは大汗かいて疲弊したように息を荒くしていた。


「はぁぁああぁぁぁぁ……緊張、したぁ。怖かったよぉ、すごく睨んでくるもん~」


 絞り出すような声。心の底から出た声だった。

 あの射殺さんばかりの視線に、エッセはずっと毅然と立ち向かっていた。皇女として。疲れるのも無理なかった。


「頑張ったな、エッセ」

「……んーん、リムが隣にいたおかげだよ。一人じゃきっと何も言えなかった。リムが私を見てくれているから、シェフィールドになれるんだよ」

「……そっか。まぁでもお前の力だよ、それは。称号も俺には過ぎたもんだしな」

「リム。私が部屋を出るときに首長に言った言葉、あれ本気だから」


 エッセが俺を見つめてくる。一切の疑いのない、曇りない玉虫色の瞳で。


「リムは強くなるよ。私が保証する」


 断言するその言葉の力強さに、胸がかぁっと熱を帯びた。心臓が痛いくらいに跳ねて、エッセに伝わってしまうんじゃないかと思った。

 期待に応えたい。そう、思えた。

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