037:彼の者は何処へ
エッセらを見送って少し。
撤収の準備に入る【ヘカトンケイル】の面々の中、クーデリア・スウィフトは【天蓋都市】より【水上都市】への穴を見上げていた。
白炎こそ鎮火したが、この大部屋で行われた戦闘の痕……否、リム・キュリオスが放ったとされる一撃の痕は彼女の目から見ても“凄まじい”の一言に尽きた。
十数Mはある巨人を容易に丸呑みできるほどの幅で地面を溶かすように抉り、途切れた部分より伸びる頭上では広大だった天蓋都市が丸ごと消滅している。それどころか上層の水上都市まで跡形もなく灰燼に帰していた。
そして、上層の天井にさらなる風穴を開けてようやく破壊は終わっている。
仮に最初から頭上へ向け放たれていれば、地上にまで届いた可能性があった。【ガーデン】とダンジョンの境目は防護結界が施されてはいるため、被害が出ることはないだろうが。
しかし、これほどの破壊規模を持つ魔法の使い手は、最上位ギルドのどこを探してもそうそう見つかるものではない。
「……フラムヴェルジュ」
回収した波状剣は、刀身に無数の亀裂が走っており、柄を握っても全く熱を感じられなかった。
「クー姉ぇ、戻ったよっと。なぁにそれ?」
「アーティファクトだ」
「え、ボロボロじゃん。もったいなぁ。どういう使い方したらこんなにボロボロになるの? 武器タイプのアーティファクトって、下手な武器よりも頑丈なんじゃなかったっけ?」
「そうだな。もうこれはただの鉄くずだ。何の価値もない」
アーティファクトはそれ一個で単一のものである。鍛冶師が造る剣と異なり、柄や刀身、鍔などが分かれておらず、完全に一体化しているのだ。
そうあるようにと、ダンジョンから生み出された遺物である故に。
アーティファクトの種類や質にもよるが、幾度の戦線を潜り抜けても傷一つついていないということも珍しくない。
しかし、これには亀裂が走っている。いまにも崩れそうなほどにだ。
ただ、クーデリアの見立てではこれは外的要因によるものではなかった。
内側。
過剰に注がれた魔力がフラムヴェルジュの機能を焼き切り、ただのガラクタにしたのだ。
詰まるところ、ただの一度で何百何千回の使用にも匹敵するほどの魔力を注いだということ。
「できるのか、第一階層の探索者に」
できるはずがない。自分にも不可能な芸当だ。
仮に自分が扱っても、頭上のような破壊は引き起こせない。
不可解なことばかりがこの場所では起きている。
「…………待て、何故そうなっている」
ふと浮かんだ疑問がクーデリアの脳裏で鎌首をもたげた。
「隊長?」
「何故、この位置から頭上へアーティファクトの攻撃は逸れたんだ?」
「反動で剣が上向いちゃったからなんじゃないの?」
「そうなると軌道が不自然だ。直角に熱波が曲がっている」
「あー、言われて見れば」
証言では穴の真下にラスターがいた。
黒い繭の姿をした、通常のラスターではありえない姿をしたナニカが。
ゴロツキ紛いの探索者たちだったが、怯え方からして嘘をついている様子はなかった。
「奴はダンジョンから何かを吸収していた。その中に大量の水も含まれていたはずだ」
上層及び下層の湖は完全に干上がっており、上層天井にあった滝もフラムヴェルジュの破壊によって経路が変わって別の所から落ちていた。
吸収された水はどこにいったのか。何に使ったのか。事実として言えるのは、フラムヴェルジュの一撃は頭上に逸れたということ。
それがもしも、ラスターによって逸らされたものだとしたら?
クーデリアは氷の杖を手に生成し、穴の直下。ラスターの岩体の残骸を払う。
「え、なにこれ」
穴があった。頭上のものに比べれば遥かに小さい。人が両手を伸ばして下りればつっかえる程度のものだ。
「目の前の状況から察するにラスターは逃げた。フラムヴェルジュの一撃を免れて」
「えっ! それはないんじゃないの? だって、この階層機能停止してるよ」
モンスターは完全に物言わぬ肉塊となり、根からの追加もなく、ダンジョンの構造変化も起きない。まさしく、階層主を仕留めたあとに起きる現象だ。
「穴を掘って逃げたはいいものの余波による絶命は免れなかった……」
だが、何故かクーデリアにはそう思えなかった。
ラスターは逃げおおせている。階層主としては死んでいたとしても。
あまりにも不可解。第七階層までの探索経験がある【ヘカトンケイル】の隊長ですら、理解しかねる現象が起きている。
そして、不可解と言えば、階層主はあれほど隠れ続けていたにも関わらず、何故リムたちの前には現れたのか、ということだった。
「何かがあるというのか、【
その呟きは物言わなくなった第一階層の空虚な穴に呑まれて消えた。
第二章へ続く――。
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