036:見たかったものはそこに
へばりつく黒泥の世界に俺はいた。
行くべき場所はわかっていた。光はもう見えている。
声がした。俺を呼ぶ声が。それは、ただ一人生き残った俺が罪悪感で作り出した数多の声。家族が、村の皆が言うはずのない怨嗟の呪詛。
いままでなら俺は謝っていただろう。後ろめたさに耳を塞いで逃げていただろう。まだ行けない。やらなくちゃいけないことがあるからと言い訳をして。
けど、もう違う。
俺にはしたいことがある。いたい場所がある。
だから振り返らない。謝らない。生き残ったことを後悔したりはしない。
「エッセ」
光に手を伸ばす。
闇は晴れて、視界が急速に広がったかと思うと、白石の天井があった。魔石灯はあるけど灯ってなくて、窓から差し込む柔らかい日差しが部屋を照らしてくれている。
「こ、こは……けほっ」
掠れた声。喉がイガイガで水が飲みたい。けれど身体が動かない。全身が重い。重く痛い。特に両腕なんか激痛はすれど感覚がなかった。
そうだ。俺は階層主を倒すためにフラムヴェルジュを使って意識を失って……。
「エッ、セ。サ、リア、無事なのか……」
起き上がれないもどかしさ。腕の感覚はないけど痛みがあるならきっと失ってはいない。
捜しに行かないと。
そう思っていたとき、ガシャンと何かが割れる音がした。
「リム!?」
駆け寄る音がして、すぐに俺の視界に黒紫の彼女が、玉虫色の瞳を涙でいっぱいにして入り込んできた。
一番見たくて、一番聞きたかった人の顔と声。
泣きながら笑って、しゃくりあげながら俺の名前を呼ぶ。
彼女の、エッセのおかげでようやく俺は助かったのだと実感できた。
「ああ、ああぁ、良かった、本当に良かった」
「エッセ……良かった無事、けほっけほっ、サリア、たちは?」
「む、無理して話さなくて大丈夫だよ! サリアも他の人も皆無事だから。ちょっと待っててね、治癒士(ヒーラー)さん呼んでくる」
それから記憶や認識能力の確認などの診察を受けて、治癒魔法をかけてもらい、とりあえず身体を起こすことはできるようになった。
俺の怪我の状態は今頃棺桶の中でもおかしくなかったらしい。
全身大火傷に加えて、喉と肺は熱にやられ、息のしていない状態で運ばれたそうだ。いまも咳き込むのはそれが原因。
しかしそこは世界最大のダンジョン都市。
外では奇跡とまで称されるほどの治癒魔法の使い手も数多おり、命は助かった。
いつも世話になっている治癒士曰く、九割死んでても大丈夫、とのこと。
治癒魔法と魔法薬の併用で大方の治療はすでに終えており、あとは自己治癒に任せるとのこと。火傷痕も綺麗さっぱり治るそうだ。
とは言え、当然ながらダンジョン探索は当分禁止の絶対安静。
その理由は腕。肘より先が動かせない腕のためである。
「ミイラ男かよ」
「でも切り落とさなくて済んで良かったよ」
「炭化一歩手前とか言ってたもんな。それが治るとかどんだけだよって感じだけど」
世話になってる治癒士曰く、応急処置がある意味完璧で、【アスクラピア】に運ばれるのが早かったため、最悪の事態は回避できたとのこと。ある意味……?
しかし、炭化寸前の腕を治せるって、それはもう治療ではなく再生なのでは、と一瞬訝しんだけど、まぁ治るならなんでもいい。
「腕もだけど……治療費がなぁ」
問題は治療費……どうしよう。
高位治癒魔法と高価な魔法薬、入院費用諸々合わせるって考えると頭が痛い。
探索者特権で割り引かれるとは言え、絶対高いよな、これ。
ついに借金生活……そこまでは行かないよう踏ん張ってはいたんだけどなぁ。
「り、リムがダンジョン行けない間は私がなんとかするよ!」
「お前一人だと街にも出歩けないだろ」
「それは、ほら……サリアと一緒に行くとか」
「それはやめておけ、マジで」
俺の目の届かないところでナニをされるかわかったもんじゃない。
とは言え、金の問題は早急に解決する必要がある。
エッセはもうマルクト帝国に帰る。セフィラ様との会談が済めば恐らくすぐだろう。そうなれば、エッセと離れ離れになってしまう。エッセと一緒でなければ、マルクト帝国に入り込むことはまず不可能に近い。
だけど、借金を抱えたままクリファから出るのは無理だろう。お尋ね者になってエッセに迷惑をかけては意味がない。
深呼吸。跳ね始めた心臓をなんとか宥める。
「金とかは自分でなんとかする。治ったら速攻返すから、その……ちょっとだけ、待ってくれ」
「?」
眉を八の字にしたエッセが、鎌首もたげた触手と一緒に小首を傾げる。
伝わらなかった?
遠回しに言い過ぎただろうか。
何故か汗が噴き出してきて気持ち悪い。なんでこんな緊張してるんだ俺は。
「待つ? 何を?」
「いやだから……国。国に帰るだろ?」
「国」
まだピンと来ていないのか。喉が渇いた。
「うん。その、俺も着いていきたいから。えっと、その、い、い、一緒にいたいって言った手前お前だけ行かせたくないし」
腕が焼かれたときよりも熱い。全身が、特に顔が熱い。汗が噴き出て感覚が裏返りそうだ。俺ベッドに寝ているよな? 仰向けだよな? あああああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。
「お、お前を守りた……」
「私、国に帰らないよ?」
「……………………え?」
え?
「帰らない?」
「うん」
あっけらかんと、さも当たり前のように言ってのけたエッセに対し、俺はどんな顔をしていただろう。
それはもう、間抜けな顔をしていたことだろう。
「私ね、国を変えたかったんだ。世界に戦争吹っ掛けてばかりの、悲しいことばかり生み出す国を」
「……」
「そのために力が欲しくてクリファまで来て、リムから大切な人たちを奪って、それなのに騙されてた。私の後見になってくれた人が、クリファで儀式をしたらどうなるか知りたかっただけみたい」
努めて明るく言おうとするエッセ。その表情に罪悪感の翳りが差す。
「だから、いま帰っても捕まって殺される。何もかもが無駄になっちゃう」
けれど、エッセは俺を真っすぐ見据えた。その玉虫色の瞳は強く、気高いように俺には映った。
「でも諦めたわけじゃないよ。私は何が何でも国に戻る。世界最大のダンジョンがあるここならきっと皇帝と謁見できるだけの力を得られるはずだから」
「……ハッ。なら謁見とか言わず、皇帝になっちまえばいいんだよ、お前が」
ここまで来て出てきたエッセの小さな目標を俺は笑い飛ばす。
エッセは目をぱちくりさせて面食らっていた。
いっぱいの触手の目が俺をじっと見つめてくる。触られるのには慣れたけど、さすがにこの量の目はまだ圧を感じるな。
「誰か知らねぇけど、皇帝を選ぶ奴がいるんだろ? なら、そいつに選ばれちまえばいい。皇帝になっちまえば、国を変える一番の近道じゃないか?」
「あー、そう、かも。うん! そっか、私が皇帝になっちゃえば良かったんだ!」
相変わらず、なんというかちょろいな。
でもその方がいい。こっちのほうがエッセらしい。
「まぁ問題は山積みだけどな。皇帝サマが生きてる間は無理なんだろ?」
「あう……そう、だけど」
とは言え釘を刺すことは忘れない。暗殺、なんて出来たら苦労しないだろうし。
でもエッセが皇帝になる。それは例えば帝国を討ち倒すよりも、現実的であるように思えた。
シェフィールド・オブシディアン・マルクト。
マルクト帝国の正当な皇女であるのだから。
「……でも、私こんな姿だけど選ばれるかな?」
「……俺に聞くなよ」
俺が保証できることは一つくらいだ。
「けど、ずっとお前の傍にいてやる。お前を助ける。お前の障害を、困難を斬り伏せる剣になる。それだけは誓って言える」
「……っ」
エッセの触手たちが酩酊したように揺れる。エッセは口を真一文字に閉じているけど。どういう気持ちなんだ? 触手の動きは読みやすいんだけど、少しわからない。
「で、でも私は、国を変えたいのと同じくらい、リムのことも大切だから。無茶はしないでね。いなくならないで」
「ああ」
わかっている。
俺はずっとシェフィと会うために無茶をしてきた。命をかけられたのは、ダンジョンで死んだ先にシェフィがいると思っていたからだ。
でもそこにシェフィはいない。
いま目の前にいる。エッセとなったシェフィがいる。
だから、これまでの生き方はもうおしまいだ。
「……なんでさっきからにやけてんだ?」
「え!? そ、そうかな?」
「口、緩んでる」
指摘するとエッセは両手で口を隠す。目を逸らすけど、しばらくじっと見つめていたら、やがて観念したのか上目遣いで玉虫色の瞳を揺らめかせた。
「……だって、リム、本当の本当に白馬の王子様みたいだもん」
「あー」
そういえば言ったな、そんなこと。
柄にもない。全く当てはまらない奴なのに、俺。
自覚した瞬間ハッとなる。全身嫌な汗が噴き出て熱くなる。
そういえば、さっきも一緒にいたいだとか守るだとか、こっ恥ずかしいこと宣いまくってしまった。
いや訂正はしない。するつもりはない。嘘じゃないし、本当にそう思っている。
けど、自分の口からそんな言葉が恥ずかし気もなく出たことが、恥ずかしい。
英雄願望なんてさらさらないのに……!
「嬉しいな。えへへ」
触手が踊るようにうねっている。本当に嬉しそうだ。俺は気恥ずかしさで全身焼き尽くされそうだけど。
「あーあー……そ、そうだ。応急処置がある意味完璧だった、とか言ってたけどエッセがやってくれたのか?」
あからさまな話題逸らし。
けど、この変なぽわぽわした空気を変えられるなら構わない。
「ううん。リムを助けてくれたのは【
「【極氷】って、【ヘカトンケイル】がか?」
頷いたエッセは俺が気絶したあとのことを話してくれた。
―◇―
ラスターを倒すことはできたものの状況は深刻だった。
「リム! リム! 目を覚まして!」
エッセが力のないリムの背中を抱えて何度も呼びかけるも、彼からの返事はなかった。
フラムヴェルジュの最後の一撃は、ラスターを焼滅させる威力に反して、リムとエッセを焼き払うことはなかった。
しかしそれ以前に負った熱傷が酷く、リムの両腕は焼け焦げたように黒ずんでおり、意識どころか息すらもしていない。
その上、周囲はフラムヴェルジュの余波によってあちこちが燃えており、大部屋(ハウス)の温度は炎天下の砂漠を思わせるほどまで高まっていた。
そして、頭上の大穴から天井に亀裂がどんどん広がっている。
このままだと天蓋の崩落は免れない。逃げようにも出口はラスターによって塞がれたままで唯一の頭上の大穴まではどんなに触手を伸ばしても届かない。
仮に崩落を躱せてもこの暑さでは蒸し焼きになる。一刻も早く脱出しないといけなかった。
「サリア! サリア!」
エッセの呼びかけにサリアは答えず動かない。ウルも同様だ。侵食が始まっている様子はないが、それも時間の問題である。
自分がなんとかしないといけない。しかし、ただ触手を生やして擬態するだけの自分にできることなどあるはずがなかった。
「こんなのってないよ! あんなに皆頑張ったのに! お願い、誰か! 私はいいから皆を、リムを助けて!」
その呼びかけに答えるものは在らず、無慈悲に天蓋はその自重を支えきれず崩落する。
残火の巨石がエッセたちを踏み潰そうとし、そうはさせないと翼を広げてリムを抱き締めた、そのときだった。
「…………?」
来るべき衝撃はなかった。それどころか耳障りな軋む音もない。まるで時間が止まった静寂の世界へエッセは迷い込んだと錯覚した。
そして、何故か肌寒さを覚えるとともに顔を上げると、崩落した天蓋の残骸が空中で止まっていた。
「あれは、氷?」
止まっていたのではない。残骸同士を繋ぐように氷がそれらを固め、天井の崩落を間一髪で食い止めていたのだ。
何が起こっているのか。わからぬままその神秘的な光景に茫然と見上げていると、一人の影が大穴から降ってくる。
真珠色の外套を纏い、銀色の髪をはためかせたそれの手に氷でできた杖が握られていた。
彼女が杖を振るう。その杖を中心に青白く発光する陣が形成されたかと思うと、部屋中の炎が一瞬で凍り付いた。
そして陣が砕け散ると、その炎も砕けて氷の結晶となって散る。その煌めく結晶を浴びながら降り立った一人の女。
「フリジッド……」
かの【ヘカトンケイル】に所属する【
冷酷無比な人の温度を感じさせない蒼白の瞳が刺し貫いてくる。声が震えて出ない。
そうこうしていると【極氷】以外にも多くの探索者が降りてくる。
「ここにいる者は全員逃がすな。負傷者には手当を、意識のある者には経緯を聞いて、状況の把握に努めろ」
簡潔に指示を飛ばし、【極氷】がこちらに来る。
彼女がモンスターを敵視しているのは知っている。一言目には殺されるかもしれない。
怖い。凍えて口を聞けなくなりそうなほど怖い。それでも、リムがこのまま死んでしまうほうがエッセにとっては怖かった。
「お願いします! リムを助けてください! 私は、私はどうなってもいいですから!」
できるのは懇願のみ。自らの命と引き換えにリムの命を救ってもらうことしか、エッセに取れる手段はなかった。
そして【極氷】は杖をエッセに向ける。死が脳裏にこべりつく。終わる。殺される。
それでも――それでもリムだけは助けないといけない。
まっすぐにエッセは【極氷】を見据え返した。退かない。弱いとわかっている。殺されても構わない。それでも、リムの命だけは譲れない。
「お願い、します……!」
「その声と顔。以前と姿が違うな。それが本当の姿か」
「はい……」
「一つ質問をする。嘘は許さない」
有無を言わさぬ冷徹な要求だった。それ以外の発言は一切許さないのだとも、エッセの本能が一瞬で理解させられる。
「階層主を倒したのは【
「…………」
「答えろ」
「……リムが倒すのを私が手伝いました」
「そうか」
杖がエッセからリムへ向けられる。すると、リムの全身が薄い青白の膜に包まれた。
「一時的に熱傷の進行を止めた。ここで治療するよりも地上に戻ったほうが確実だ。リン!」
「はいはーい!」
呼ばれてやって来たのは全身甲冑の小柄な少女だった。声とその名、そして背中の身の丈より長いハルバードから、以前自分の首を斬ろうとした少女だとわかり、エッセは慄く。
「この少年をいますぐ【アスクラピア】に連れていけ。お前が一番速い」
「わっ、ひっどなにこれ。腕真っ黒じゃん。これ、もう無理じゃない?」
「お前なら間に合う」
「しかも、あたしの先代ハルちゃん壊した奴じゃん。あー、もう。ねぇ、君、私のハルちゃん二式をよろしく。傷つけんなよ」
リンダは傍を通りかかった仲間に強引にハルバードを渡すと、むんずっ、っと片手で乱雑にリムの胸倉を掴む。そうして、自身の身の丈より大きいリムを軽々と持ち上げ、その肩に担いだ。
エッセとしては虫の息なリムをそんな乱暴に扱って欲しくないのだが、口を挟めばリムを助けてもらえないかもしれないとも思ってしまう。
「本気で走るけど、死んじゃってもこの子の寿命ってことでいい?」
「そ、そんなこと」
「いいわけないだろう。必ず生かせ」
さすがに黙っていられなくなって口を挟もうとしたエッセに被せるように、【極氷】は厳しい口調で言う。
その眼差しだけで全てを絶対零度に導く蒼白の瞳が、リンの背筋を反らせた。
「階層主を倒したのはその少年だ。レベル10にも満たない少年が、我々の尻ぬぐいをした。意味がわかるな」
「……恥の上塗りはしない。わかった。必ず無事送り届けるよ」
ぐっ、とリンが脚に力を溜めた瞬間、エッセの視界から彼女とリムが消えた。
残ったのは大地を穿つの二つの穴と影。見上げれば、すでに穴を越えていて、足場もない空中を蹴って方向転換し、上層に消えた。
「不要な心配だ。私も探索者として長く生きてきた。死に瀕したものがどちらに転ぶかは見ればわかる」
口調こそ突き放すような冷たいものだったが、エッセの心労を和らげるために声をかけてくれたのだとわかる。
「優しいのですね」
「相応の礼儀を尽くしているだけだ。お前の傷も浅くない。自分で歩けるならさっさと地上に戻れ。私の部下に送らせる」
それは言外に人として認めたということでもあった。
「エッセぇええええええええええええええ、ええええーーーーーーーー!????」
突如、自分を呼ぶ声と一緒にエッセは横から突撃を喰らった。
勢いこそ弱々しかったが、受け止めきれずに一緒になって転がる。
「さ、サリア!?」
「え、エッセ!? エッセだよね、その姿って、え、もしかして擬態全部解いた姿!? すごっ可愛いじゃん! ちょー綺麗!」
気味悪がらないどころか、リムと同じように綺麗だというサリアに嬉しく思いつつも、エッセは毅然と突き放そうとするが離れてくれない。
「さ、サリア、近いっ、あう、もたれかかって来ないでよ」
「えぇー、エッセまで意地悪言わないでよ~。魔法使った負荷で両手両足の骨ボロっボロなの~。痛いのに~、ウルも乗せてくれないし~」
サリアの後ろでよたよた歩くウルの姿がある。それはそうだろうとエッセは思った。
「サリア・グリムベルト」
まだ残っていた【極氷】が冷めた目で見下ろしてくる。エッセは慄いたが、サリアはどこ吹く風だ。
「目当てらしき者はいた。協力感謝する」
「報酬忘れないでね」
それだけの短いやり取り。【極氷】はそれ以上言葉を紡がず、踵を返して他の隊員たちの元へ行った。
「サリア、報酬って」
「んー。なんでもないよ、こっちの話だから。それよりリムは? 死んだ?」
「し、死んでないよ!」
さすがに冗談でも趣味が悪いと言葉を荒げるが、サリアが屈託なく笑うので、エッセは毒気を抜かれる。
「だよねぇ。ああいう死にたがりの奴ほどしぶといもんだし。エッセを残して逝けないだろうし。あっ、あいたたた、あたしが死んじゃいそう」
「もう。肩貸すから、自分の足で歩いてよ」
「えー、骨折れてるんだよー、おんぶしてー」
「だーめ。ウルが甘やかすなって言ってる気がするもん」
「むぅー…………むふ、むふふ、むぇっへっへー」
早くリムの元に駆け付けたいのに、気持ち悪い笑い方をするサリアにたっぷりと時間を使わされたのだった。
―◇―
「まぁでも、ダンジョンに長くいたおかげで私の回復が早かったからリムのお世話をずっとでき、て……」
「……すぅ……すぅ」
いつの間にか、リムは寝息を立てて寝ていた。
何にも邪魔されない。悪夢にもうなされない、穏やかな寝顔。
エッセがシェフィであった頃、見ることの叶わなかった寝顔だ。
きっと彼が、ようやく自分を赦せたのだろうとエッセは思う。
その顔を眺めながら、エッセはいつの間にか自分が口元を緩ませていたことに気づく。
笑顔が見たいと、リムは言っていた。でもどうしたらいいのかわからないとも言っていた。
「そんなの簡単だよ、リム」
エッセは彼を起こさないよう、その頬を触手で優しく撫でる。
「君が幸せなら、きっと私も」
人ならざる姿をしたただの少女は、少年の寝顔をいつまでも見続けた。
彼がもっとも望んでいた、とびきりの笑顔を浮かべて。
第一章 了
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