030:遠雷


 クリファにおいて最大のギルドの一つである【ヘカトンケイル】。

 百近い団員の過半数が、ダンジョンの第四階層より下をメイン探索域にする精鋭揃いの大規模ギルドである。

 他国であれば英雄とすら称されるであろう彼らを、束ね指揮する者の一人が【極氷フリジッド】ことクーデリア・スウィフト。

 三つある隊の内の第二部隊の隊長を務める女傑であった。


「まだ見つからないか」


 上層のとある小部屋ルームに陣を敷き、階層主の捜索隊からの報告を待つ彼女は抑揚のない言葉で言った。

 白無垢のような無機質な表情に蒼白の瞳を鋭くし、少し首を振ればその長い銀髪の髪が粉雪を舞い散らすように儚く揺れる。

 絶世の美女といっても差し支えないほど。しかし、ここに残っている団員は緊張に身体をこわばらせている。

 階層主討伐経験を得るため、今日連れて来られているのはまだ入団して日の浅い団員たちばかりだからである。

 彼女が零したのはただの独り言。問いかける意図も苛立ちを露にしたわけでもない。ただ、素が不機嫌そうに見える彼女の内側を察するには、まだ重ねた月日が短すぎた。

 そして、慌てるように走って来た、頭部から爪先まで全身甲冑姿の副隊長のリンダ・トゥリセは腕を忙しなく振る。


「時間かかってるねー。どうする、クー姉。わたしひとっ走りしてこよっか?」

「行かなくていい。捜索も階層主討伐のひとつだ。それと作戦中は隊長と呼べと何度言わせる」

「あっとっと、つい。でもクーね、じゃなくて隊長。何か引っかかってるんじゃないの?」


 クーデリアとリンダの付き合いは長い。それこそ数年程度ではない。短い言葉の端に何かを察したのだろう。だから駆け寄って来たのだ。

 クーデリアは目を瞑り、ゆっくり首を左右に振った。


「……ただ少し不可解なだけだ」

「不可解?」


 兜を取って、栗色のサイドテールを整えながら、幼さの残る顔をリンダは傾ける。

 超絶冷徹クールなクーデリアと、快活豹変バーサーカーことリンダは隊の中でもほぼ常に二人で行動している凸凹コンビ。

 二人のことは二人に任せておけば大丈夫。お互いが避雷針になってくれるから、と待機中の隊員は胸を撫でおろす。


「捜索を始めて三時間。雑魚はあらかた始末し終えたし、ラスターなら希少鉱石を囮にすれば釣れるはずだ。第一階層の階層主が出現する条件は整っている」


 各階層主が出現するのには、ある一定の条件がある。

 全階層にほぼ共通して言えることが、その階層のモンスターを短時間で極端に減らすこと。

 そうすることで、階層維持の要である階層主がいずこからか出現し、ダンジョンを徘徊するようになる。階層を乱す外敵を排除するために。

 そして外敵を排除できれば、再び階層主は姿を消す。

 クリファ全体の長年の探索により、そこまではわかっていた。

 そしてこれはそのまま探索者にとっての階層主の討伐手順となる。極端に減ったモンスターを産み出すのに、階層主の力が割かれるためだ。

 だから基本的に階層主討伐の際は、階層主討伐のチームと、雑魚狩りのチームに分かれた大規模作戦が行われる。

 【ヘカトンケイル】のような大ギルドでなければ、複数のギルドが集い協力して討伐に当たるのが通例だ。

 だが、階層主の討伐はおろか発見すらなく、また階層主によって殺された探索者はこの一週間と少しで一人もいないのである。


「というか、本当に階層主っていたの? 実はホラだったとか」

「それはないだろう。複数の証言がある上、あのモンスターからも証言が出ていた」

「あの人間みたいな触手モンスター? ええー、信じるの?」

「厳密にはそのモンスターのおかげで襲撃してきた階層主から逃げられた、という証言だ。実際かなりの戦闘痕があったそうだから、いたのは間違いない」


 しかし見つからない。囮となる希少鉱石にも食いつかない。さらには仲間の感知スキルにも引っかからないなど、時間だけが過ぎていくばかりだ。


「ねぇ、隊長。わたしたちが探索する必要あるのー? 別にいないんなら野放しでもいいんじゃないの?」

「教会はここで第一階層にリセットをかけておきたいんだろう。【開闢祭】で新規探索者が増えるからな。階層主の強さは通常のモンスターに直結する。五年も生きた第一階層の階層主はクリファの歴史上でもいないはずだ」

「ほへー。うーん。うん。わかんないから考えるのやーめた! わたしは身体動かすほうが向いてるや。なんだったらわたしより階層主のほうが頭良かったりしてー! あっははー」

「…………」


 呑気な相方に対して、クーデリアはほんの僅かに焦ってはいた。

 このまま空振りが続けば、教会が自分たちに依頼した意味がなくなるからだ。

 ギルドは教会とは協力関係にあるが傘下にあるというわけではない。

 あくまで対等。

 突き詰めればビジネスライクな関係だ。

 それ故に結果を出さねばならない。そうすることで信頼関係を築く。築いてきた。

 それに亀裂を生じさせることは絶対に避けなければならない。何より自分たちは第五階層よりも下を探索する最上位ギルド。第一階層の階層主など、普通ならば隊ではなく個人でも攻略可能だ。


「普通じゃない、ということだな」

『た、隊長。報告です~』


 クーデリアのローブの首元に装着された、瞳を閉じたような形のブローチから突如声が聞こえてきた。

 これは鍛冶ギルド【アルゴサイト】が作り出した疑似アーティファクトの一つ。

 遠くにいる者同士の会話を可能とするクリファにおいても珍しいアーティファクトであった。

 階層内のダンジョンの根を巡る煌液と反応して、対応するブローチに音を届けるもので、探索や今回のような大規模作戦の際に重宝される代物である。

 難点は量産性の低さと、設計図を【アルゴサイト】が担っていること。それ故に高価。また地上や別階層との通話はできないという欠点もあるが。

 しかしそれさえ目を瞑れば、かなりの遠方まで会話を可能とするため、隊でもパーティごとに一つずつ所持させ、連携を密にしていた。


「報告しろ」

『えっと、だ、第一階層上層と下層の狭間に……何かが動くのを感知しまして』

「狭間って、岩と岩の間を動いてるってこと!?」


 リンダも察したようで大きく口を開けて驚く。階層主は自分たちのように歩いて移動していたのではなく、地中を移動していたのだ。

 通りで見つからないわけである。


「一度出てきたくせに、だーれも殺さずにまた隠れて何がしたいのさ、そいつ」


 リンダの言うことはごもっともだった。動きに前例がなさすぎる。

 イレギュラーが発生している。

 いや、発生していた、すでに。

 クーデリアは表情を変えず、目を閉じた。頭の中で情報を更新し、すべきことを定める。


「追跡状況は?」

『す、すみません、追ってはいたんですけど撒かれちゃって』

「えー、何やってんのさ」

『で、ですが変なんですよぅ。道がなんというか、塞がれてて。行き止まりばっかりなんです』

「……塞がっている場所を教えろ」


 地図を広げ、大まかな封鎖地点を割り出すことにする。

 第一階層は何度となく行っている場所だ。幾ら無限に変化する迷路だとしても、大枠がある以上大まかな位置はわかる。

 そして、行き止まりはある場所への侵入を拒否していた。


「階層の反対側にいる者にはすぐ合流するよう伝えろ。隊を再編成して階層主の包囲網を作る。ここで確実に仕留めるぞ」

「え、いる場所わかったの?」


 リンダが尋ねた、そのときだった。

 地鳴りが襲った。立っていられないほどのものではない。震源自体は遠いもの。

 だが、いまのものはいつものダンジョンの構造変化とは異なる揺れ。

 感覚が鋭敏なクーデリアにはわかる。地震ではない。爆発に似た何かによって起きたものだと。


「そっちでも音は聞こえたな? 階層主の逃げた方角か?」

『は、はい!』


 震源地と一致する。

 思えば。

 何故、階層主はあの日姿を見せたのか。あの日もクーデリアは第一階層を通りはしたが、モンスターの出現率は普段と変わりないものだった。

 何より、五年だ。この五年の月日の間、幾度となく第一階層の出現条件は満たされているが階層主が姿を現したことは一度もなかった。

 何故あの日だけ。

 何かが起きている。尋常ならざることが。

 そして、今日、このダンジョンには誰がいる?

 そう思ったときには、真珠色のローブを翻しクーデリアは駆けだしていた。


「隊長っ!」

「先の通りだ! 指揮はリン、お前に任せる!」

「りょーかいっ!」


 最上位ギルドの隊長クーデリア・スウィフトは、銀狼ウルをも軽く凌ぐ速さでダンジョンを駆ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る