xxx:泡沫の夢2


 救われてもそこは地獄だった。

 死体が山のように転がっていた。村の皆だけじゃなくて、帝国の兵も隣国の兵も老若男女関係なく、皆死んでいた。

 家族がどこにいってしまったのかはわからなかった。もしかしたら逃げ延びていたかもしれない。けど、千切れた手足、零れ落ちる臓腑、飛び散る脳漿、死屍累々の光景にその生存を信じることなんてできなかった。

 見つけたく、なかった。


『お――シェフィールド、アーセンファムの兵が来ている。出るならいまだぞ』

『わかりました。少し待ってください』


 俺を助けてくれた人は、このときの俺より数歳年上の少女でしかなかった。

 身長も俺より少し高いくらい。仕立ての良さそうな青い外套を纏っていてもその華奢な身体つきがわかる。

 けれど、彼女は母が子を慈しむように優しく俺の手を握ってくれた。


『私の名前はシェフィールド。君のお名前は?』


 長い髪色と同じ、黒曜石の瞳が柔和に細められる。


『……リム……キュリオス』

『リム。私たちはもうここを発たなければいけないの。でも、もう少しすればこの領土の兵たちが来てくれる。その人たちなら君の助けになってくれるわ。他にも生きている方を見つけてくれるかもしれない』


 シェフィールドは周囲を見渡すことはしなかった。ただ、俺のことを優しく見つめてくれた。その瞳の奥にまるで自分のことのように苦しむ感情を隠して。

 俺の手を握るシェフィールドの指は泥に塗れて傷だらけだ。もう長いことここを探したのだろう。瓦礫を押しのけ、声を張って、生存者を探してくれたのだろう。

 そうしてようやく見つかったのが俺だけだったのだ。

 子供のときの俺でもわかった。

 俺以外に助かった人間なんていないって。


『すぐに見つけてもらえるようにあそこで待とう? 傷はポーションを』

『シェフィールド、さん』

『ええ』


 知りたいと思った。


『ぼくも、連れていって』


 俺なんかに助けを求めたシェフィールドのことを。いまもずっと苦しそうにしているシェフィのことを。


『私たちについてくれば、しばらくここに帰れないことになるわ。生きている方を探すことも、亡くなった方を弔うこともできないの』

『わかってる。でも、ここにいたく、ないんだ』


 絞り出すように零した言葉とともに、シェフィールドが俺のことを抱き締めてくれた。


『そうね。私もここに君を一人残したくないわ。……ダフクリン』

『おいおい、勘弁しろよ、シェフィ―ルド。ダメだ、そんなお荷物』

『お荷物ではありません。私が為すべき責務です』

『後悔しても知らんぞ』


 ダフクリンと呼ばれた巨漢の男はため息をつくと、肩を竦めて村の外の方へ歩いていく。


『行きましょう』


 シェフィールドは俺の手を引いてくれたけど、村の外に出かかったところで止まった。

 振り返って、村を見渡す。物言わぬ村人へ向けて、胸に手を当てて頭を下げた。

 何故そんなことをするのか俺にはわからなかった。


『何をしているの?』

『彼らの魂に世界樹の導きがあることを、そしてお礼を』

『お礼?』

『きっと、君に重なっていた人たちは君を守ろうとしたのだと、私は思うから』

『あ……』


 悲しそうに微笑むシェフィールドの言葉に、気づいた。気づかされた。

 喉が震えた。いまさら嗚咽が止まらなくなった。視界が滲んで歯が鳴って、心臓が痛いくらいに早鐘をついた。

 何を見たのか。何を思ったのか。

 生きようとした俺を恨む? あの人たちが? 優しかった村の人たちが?

 そんなことあるわけない。あれだけ優しかった人たちが、そんなこと思うわけがない。

 何故俺の上にあれだけ人がいたのか。俺だけ何故殺されずに済んだのか。


『ッ』


 いますぐ皆の元へ駆け寄りたい衝動に駆られた。行って謝って、一人一人弔いたいと思った。

 だけどそれはできない。ここでシェフィールドと別れたら、追い付くことは叶わないだろう。

 俺が生きようと思えたのは、彼女が助けを求めたからだ。


『……ごめんなさい、みんな』


 嗚咽を吐き漏らす俺をシェフィールドは抱き締めて背中を擦ってくれた。何度も、何度も。

 ごめん、皆。

 俺はこの人から離れちゃいけないんだ。

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