第17話 【才能開花事業】

 『聖女祭』で皆が思い思いに楽しんでる中、裏で一稼ひとかせぎしている連中の姿があった。

 彼らは体育館で開催されている『模擬ダンジョン対策コーナー』----その下。

 隠し階段で行ける地下にて、悪事が行われていたのである。


 集まったのは聖リエック女学院の生徒、噂を聞き付けた各業界人など、名立たる者達、およそ30名。

 そんな人達がみっしり集まり、開催を今か今かと待ち望んでいた。

 その悪事の主催者たる脇山萌々香わきやまももかは、集まった人達に呼びかける。


「皆さま、集まってくれて #ありがとうございます

 今回、裏でこっそりと募集しといた【才能開花事業】に、こんなに集まってくださり、わたくし、とてもうれしく思います」


 ペコリ、と萌々香は懇切丁寧にご挨拶するが、彼らは「早く始めろ」と野次を飛ばす。


 なにせ、彼らは「たった1000万円ぽっちで、才能を目覚めさせる」というのを信じてこの場に集まった、野心にあふれた者達だからだ。


 たった1分1秒の差を埋めようとする者。

 他人には分からない芸術的センスを磨こうとする者。

 一音一音に魂を込める者。


 彼らは才能を欲し、そしてそれを得るためには犯罪さえ辞さない者達だ。

 そんな彼らにとっては、多少の世辞や賛辞などどうでも良いから、さっさと話を始めろと言っているのだろう。


「皆さま、多少の賛辞なんぞよりも、早く話を始めて欲しいみたいですね。

 ----では、【才能開花事業】について、説明させていただきましょう #ぶっちゃけ面倒で」


 パシッと、萌々香はプロジェクターを操作して、壁に映像を映し始めた。

 映し出されたのは、ダンジョンの入り口を映した映像である。

 

「皆様はダンジョンが現代に現れた今の世界を、正しく認識できているでしょうか?

 冒険者の話なんて、今は関係ないだろうと思ってるでしょうけれども、これが【才能開花事業】に色濃く関係しているのです」


 映像が切り替わると、今度は身体に色々な緑色の線が描かれた人の映像が映し出されていた。


「ダンジョンが現代に現れただけ、そうではありません。実はダンジョンの中に満ちる魔力……に比べれば、かなり薄くて、ほとんどないに等しくはありますが、この普通の世界にも魔力が満ちているのです。スキルを発動できるほど、濃くはありませんが、それでも確かに存在しているのです。#確かにあります #i〇S細胞とは違いますので

 ----そして今、映像に映し出している緑色の線……我々は【ライナー】と呼んでいるこれは魔力を吸い取って、#皆様の性能を #著しく上げる のです。簡単に言えば、空気を取り込んで動く筋肉の補助として、魔力でも補助する、みたいな物です」


 そう、これこそが【才能開花事業】と、萌々香は力説する。


 特殊なタトゥーみたいな、【ライナー】と呼ばれる魔力痕を処置し。

 空気中に満ちる微量な魔力を吸い取って、性能を向上させる。


「頭に【ライナー】を施せば知能が上がり、脚に【ライナー】を施せば脚力が向上する。腕に【ライナー】を施せば腕力や握力が、心臓に【ライナー】を施せば多少走ったところで息切れしない身体になる。

 音楽関連や美術関連の人達は関係ないんじゃないかと思っておられるかもしれませんが、実は頭に【ライナー】を施せば、その辺りのセンスも磨けるということも、研究結果が出ています」


 「「「「おおぉぉぉぉ!!」」」」と、どよめき声が上がる。

 

「しかも、【ライナー】は普段は見えず、ダンジョン内にでも行かなければ浮かび上がらない。空気を吸っているだけなので、ドーピングにも当たりません。

 さて、この【ライナー】……1本増えれば能力が上がり、なおかつ線の溝を深くすればより深く、数を増やせばその分、取り込める魔力も多くなるので能力も上がります。

 薄いとは言え、魔力をどれだけ吸い取ったとしても、どれだけの人数で吸い取ったとしても、一切濃度や量などに変化がないことも確認できております」


 画像を次の物へ移動して、研究データ。

 実際にこれで実力が上がった者達の名前。

 さらにはそれが立派な先生や教授による者だと説明せんばかりに、その名前も、電話番号まで書かれていた。


「では、皆さま。お値段の準備をさせていただきましょう。

 1本1000万円から #深い溝にする場合は5cm辺り500万円追加で さぁ、おいくら払いますか?」



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「----順調にお金が集まってますね」


 脇山萌々香----いや、【三大堕落】の【不老不死】担当、ダブルエムは集まってきたお金の量を見て、笑みを浮かべていた。

 たった30分で10億円を越えている----ウハウハが止まらないとはこの事だ。


「まぁ、実力が上がった者達の名前は、本当にこの【才能開花事業】で才能開花を施した人達の名前だし。研究データだって、嘘偽りはない」


 嘘偽りがあるとすれば、立派な先生や教授の名前が、ただ名前を借りているという事くらいか。

 最も、その先生や教授達、そしてそれに真偽を確かめようとする者達に、《黒電話》赤鬼が電話をかけて洗脳済みなので、問題はないが。


「不老不死とただ単に皆の生命を長く伸ばしても、ただの凡人ならば無限の生に飽き飽きしてしまう。ならば、長い時間をかけたとしても楽しめる趣味、それをできる才能を提供する。

 ----【才能開花事業】は、おおむね成功と言って良いでしょう」


 既に50件以上、同様の手口で【才能開花事業】を成功させているダブルエムは、嬉しそうにほくそ笑んでいた。



「----でも、こんな人が居るだなんて、想いもしませんでしたが」



 と、彼女は部屋の中にかかっていたカーテンを、ガバッと開ける。

 カーテンを開けると、そこには1人の生徒が檻の中に閉じ込められていた。


「生徒会長の、高宮渚たかみやなぎささん、でしたっけ? #合ってます?

 まさか、告発という名目で乗り込んでくるだなんて人は、初めてですよ」

「今すぐっ! この怪しげな会を中止しなさいっ!!」


 檻の中に入っているのは、この聖リエック女学院の現生徒会長----高宮渚。

 髪の長さ、制服の丈、その他諸々など学校の基準に全部合わせた、まさに規律の鬼みたいな恰好の生徒会長。


 彼女が裏でこっそりとこの【才能開花事業】の会合に入り込み、警察に告発しようとしたのである。

 もっとも、電話してくれたおかげで、《黒電話》赤鬼の能力で密告を封じ込め、こうして捕まえられたわけだが。


「あなたは何がいけないと思ってこの場に来た? 私は彼らに才能を開花させるという商品を提供し、実際に成果を与えている。そして、その商品を買いたいとお客様はこちらが提示する適性金額を支払った。

 なにも違法な事なんてしていない。なのに告発だなんて、十分、変な事だと思うけど?」

「人の才能を! あんな線で無理やり上げるだなんて、詐欺でしかないでしょうが!!」

「スポーツ選手が勝利を目指すために、良い道具を買うのと何が違う? 私が提供しているのは、それと同じことなのですよ」


 そう、ダブルエムにとって、【才能開花事業】はそういうものである。


 今の才能よりももっと上を目指すため、【ライナー】によって性能を上げる。

 それはもっと上を目指すために、良い商品を高額で買うのと、なにも変わらないだろう、と。


「あなたが言っているのは、ただ努力すれば皆、望んだ結果が得られるという、夢物語。しかし現実は、こういう形で、お金を出しても才能が欲しいという人達が大勢いる。それだけの話です」

「後ろめたいことがないなら、こっそりするなっ! なにか、ヤバいから隠れてやってるんでしょ!?」

「後ろめたくなくても、こういう正義だけで行動する人達がいるから、隠れてるんですよ。まったく」


 やれやれ、と、ダブルエムは溜め息を吐く。

 そして、檻の中の彼女にこう言ってきた。



「しかし、檻から出しても、あなたは正義感で、我々の事業の邪魔をするでしょうね。

 なので、ただで返すわけにはいかない。

 あなたにはこの『聖女祭』。その二日目のメインイベントになってもらいましょうかね」



 うふふと、ダブルエムは生徒会長にそう教え込むのであった。

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