第二五話 真価
「お任せなのです! わたしが倒すのですっ!」
わたしが倒すと、カロンは敢えて断言した。それは皆を安心させる為だけじゃなく、己自身に気合を入れる為でもあった。
カロンは叫ぶように宣言した後、即座に「瞬身」を行使。目にも止まらぬ速度をもって、カースナイトアントに攻めかかる。
先手必勝。どうやら変異進化し、力を増したとはいえ、カロンの速度には反応出来ていないようだ。カロンは自信を深める。
「しっ!」
鋭い呼気を放ち、繰り出す拳撃。カースナイトアントの側頭部に叩き込んだ、が……。
「硬いっ⁉」
尋常ではない硬さに、思わず驚き声を上げるカロン。
「シャァ!」
驚きの余り晒してしまった隙を見逃さず、カースナイトアントが曲剣のような前足を振るう。
閃く刃がカロンに迫った。カロンは慌てて身を翻し、辛うじて直撃を免れる。
タッ、タッと、軽やかに後転しつつ、カロンは間合いを取った。
「……一瞬でも気を抜けばやられちゃうのです」
カースナイトアントから目を離さず、カロンは頬を拭う。拭った手には微かに血が付着していた。
「シャァァアアア!」
今度はこちらの番だ、とでも言うかのように咆哮を上げたカースナイトアントが、曲剣のような二本の前足を振りかざし、次々と連撃を放った。
シュンっと、空気を切り裂く鋭い斬撃の応酬。
雨霰と降り注ぐ斬撃の雨をカロンは慎重に躱していく。
決して受け流すことはしない。カロンは彼我の膂力差をよく理解していた。
時に躱し、時に身を翻し、時に屈み、時に飛び……、カースナイトアントの凄まじい連撃の全てを回避していく。
一向に攻撃が当たらず、カースナイトアントは苛立った様子を見せ始め、更に攻勢を強めていく。
一方、激しさを増す連撃の全てを躱していくカロンであったが、傍から見れば冷静に落ち着いて躱しているように見える。が、その内心では焦りを募らせていた。
(このままだと、わたしの体力が持たないのです。……非常にマズイのです)
常に「瞬身」を発動しているが為に、体力を激しく消耗し続けているのだ。このままではいずれ体力が底をつく。そうなれば、どんな結末を迎えるかは想像に難くない。
だが、反撃を試みようにも、カースナイトアントの攻勢は凄まじく、カロンは隙を見出せずにいた。
(それに最初の一撃……全く効いていないみたいですし)
強引に攻撃の機会を作り出せたとしても、何の
反撃も出来ず、反撃出来たとしても
(わたしの後ろには皆がいるのです! 絶対に負ける訳にはいかないのですっ!)
非情な現実を前にして、カロンは己を奮い立たせるように守る者達の存在を思い出す。
と、その時。カロンの耳に声が届く。
「加勢するわ!」
その声がする方へチラッと視線を送り、目を見開いて驚愕するカロン。カロンが驚いてしまったのは、いつの間にかダークエルフの女性がカースナイトアントの背後を取っていたからだった。
手にはナイフのような短剣を持ち、今にもカースナイトアントの背中を斬り付けようとしていた。
「ダメッ!」
咄嗟にカロンは叫ぶように制止の声を上げる。だが……。
――キンッ! と、とても軽い音と共に、くるくると折れた刃が宙を舞う。
ダークエルフの女性が振るった短剣は、カースナイトアントの外骨格に少しの傷さえ付けられず、無情にも弾き飛ばされてしまうだけだった。
手元には折られた短剣。まさか結果に驚き、ダークエルフの女性は茫然としてしまう。
ダークエルフの女性が思わず茫然としていたのは、たった数瞬という僅かな時間だ。だが、それは緊迫した戦闘中に決して晒してはいけない大きな隙に違いは無かった。
「えっ――?」
ハッと我に返ったダークエルフの女性が見たものは、振り返り見詰めて来るカースナイトアントの喜悦に歪んだ複眼だった。
いや、それだけではない。振り返った勢いそのままに、カースナイトアントは曲剣のような前足を横薙ぎに振るっており、無防備なダークエルフの女性に凶刃が迫っていた。
間近で感じる
ダークエルフの女性は思った。『あ、死んだ』と。余りにも唐突な死に、他に何かを考える余裕なんて無かった。いや、一つだけあった。
(どうか、私の死を無駄にしないでね)
自分を殺す為に、カースナイトアントは今、大きな隙を晒しているはずだ。ならばその隙を見逃さず、
「「――ッ⁉」」
驚愕に目を見開いたのは、ダークエルフの女性か、はたまたカースナイトアントか。
「ふぅ、間一髪なのです」
額に冷や汗を浮かばせて、安堵の息を漏らすのはカロンである。ダークエルフの女性を横抱きに抱えながら、いつの間にかカースナイトアントから随分と離れた場所にいた。
「一体、何が起きて……」
一瞬前まで死を覚悟していたというのに、気付けはいつの間にかカロンによって助けられていた。ダークエルフの女性は意味が分からず、困惑を口にする。
「もう危ない事はしないで欲しいのです! 頼りないかもですけど、後はわたしに任せて下さいなのです!」
困惑しているダークエルフの女性をゆっくりと地面に下ろし、カロンはカースナイトアントと相対する様に振り返った――その瞬間、カロンの姿が掻き消えた。
一体何処へ、と驚愕するダークエルフの女性が見たのは……。
ドゴンっ! とまるで爆発したかのように突然吹き飛ばされるカースナイトアントの姿と、拳を振り切った姿勢で制止するカロンの姿だった。
ギギギィと、負った
「これなら――いけるのですっ!」
カロンは確信した。この新たに得た力ならば、カースナイトアントを倒せると。
ぐっと拳を握り絞め、カロンは地を蹴った。その瞬間、世界が止まる。
(本当に凄いのです。まるで世界が止まったみたいに感じるのです)
新たに得た能力の凄まじさに驚きながらも、カロンはカースナイトアントを仕留めに掛かった。
まるで凍ってしまったかのように動かないカースナイトアントを蹴り上げた。
蹴り飛ばされたカースナイトアントの背後を取り、回し蹴りを放つ。
(スピードはパワーと、バスメドさんが教えてくれたのです)
その反動を利用して反転。勢いが乗った拳撃がカースナイトアントに直撃する。
(硬さが自慢だったのでしょうが、今のわたしには関係ないのです!)
淀みの無い一連の攻撃。あれ程までに硬かった外骨格も、今では至る所がヘコみ、無残にも陥没している。
(これで最後!)
「〝灰犬連弾(かいけんれんだん)〟」
カロンはカースナイトアントの上に回ると、身を捩って回転し、最後に渾身の一撃を放った。
――ドゴォォオン!
凄絶な衝撃音を轟かせ、激しく地面に叩きつけられたカースナイトアント。その衝撃は凄まじく、地震が起きたかのように地を揺らしたのだった。
トンッと、軽やかにカロンは着地。そして、戦闘を見守っていた者達に振り返ると。
「勝ったのです! もう大丈夫なのですよっ!」
ニコッと笑顔を浮かべながらピースサインをするカロン。
「「「おぉー!」」」
勝利に沸く一同。凄まじい激闘に、誰もが興奮している。
「すげぇ、すげぇよ!」
「私、何が何だか……。み、見えた?」
「ううん。全然見えなかった」
「あぁ……、もう絶対にあいつには逆らわないでおこう……」
そんな彼らの様子を見て、カロンはホッと胸を下ろす。
「良かったです。皆を守れて……」
「何を言っているのよ。圧勝だったじゃない」
心底安堵するカロンに声を掛けたのはダークエルフの女性だった。
「それにしても、一体何であんなに圧勝出来たの? 初めは苦戦していたのに」
ダークエルフの女性の目から見ても、序盤カロンが苦戦しているように見えた。その為に、自分も加勢しようとしたのだ。結果は惨憺たるものだったが。
「あ、それはですね! ユニークスキル『韋駄天』を獲得したからですよ!」
「え⁉ ゆ、ユニークスキルっ⁉」
本当に今日は驚く事ばかり起きる。ダークエルフの女性は今日一番の驚愕を見せた。
「はい! どうしても貴方を助けたかったのです! でも、「瞬身」では到底間に合わなかったのです」
シュン……と落ち込むカロン。だが、それは一瞬だけのこと。直ぐに俯いた顔を上げ、破顔する。
「そんな時、声が聞こえたのです! 《ユニークスキル『韋駄天』を獲得しました》って。どんな能力かは直感で判ったのです!」
「どんな能力なの? まぁ何となくは想像出来ているけど」
ダークエルフの女性が興味津々といった感じでカロンに訊ねた。そんな様子にカロンは勿体ぶることなく、ちゃんと教えてあげる。
「凄いのですよ、『韋駄天』って! 「瞬身」の上位スキルと思われる「瞬光」があって、まるで世界が止まったかのように感じるのです! 凄く速く動けるのですよ! その速度に対応する為にか、「超嗅覚」から「超感覚」に変わったスキルがあって! さらには「思考加速」もあるのですよ!」
話している内に段々と自分でも興奮して来たのか、カロンは瞳を輝かせ、尻尾をブンブンと振っている。
「そ、それは凄いわね」
一方、スキルの内容を聞かされたダークエルフの女性は、頬を引き攣らせていた。あまりに強力なスキルだった為に、驚きよりも引いてしまったのだ。
「きっとクラウ様がお力を貸してくれたのです!」
「クラウ様? そういえば、貴方の他にも助けに来てくれた人たちがいるんだったわね」
「えとえと、クラウ様でしょ? 村長さんに、次期村長候補さん、それからバスメドさんに、それから――」
一人一人指折り数えていくカロン。その様子を見て、ダークエルフの女性は多くの者達が助けに来てくれたことを知る。そして、感謝の思いに溢れた。
「そんなにも……。出来ればお礼を言いたいのだけれど、今どちらに?」
ダークエルフの女性に問われ、瞬間カロンは顔を引き締め、真剣な表情を浮かべた。
「今も戦っていると思うのです」
「えっ⁉ そ、それじゃぁ、わ、私達も加勢に行かないとっ!」
今なお、自分達を助ける為に戦っている者達がいる。そう聞かされて、のんびりとしていられないと慌てるダークエルフの女性だった、が。
「落ち着いて欲しいのです。きっと大丈夫ですよ」
カロンが落ち着いた声音で、ダークエルフの女性を宥める。
「皆、わたしよりも強い人達ですから。絶対に勝つと信じいるのです」
ダークエルフの女性を見詰めるカロンの瞳は、どこまでも真っ直ぐだった。
「判ったわ。私も信じる」
「はい!」
不思議な説得力を感じ、ダークエルフの女性は落ち着きを取り戻す。
「じゃあ、わたし達は脱出の準備をするのです!」
カロンがそう言うと、各々脱出の準備を始めていく。その様子を見ながら、カロンは呟いた。
「――信じているのですよ」
◇◇◇
一方、その頃。
カースナイトアントに苦戦していたグール達の戦況に、大きな変化が訪れる。
「ようやく進化した身体にも慣れて来たところだ」
その大きな変化とは、バスメドの覚醒だ。
可視化される程までに濃密な
濃密な
「クラウ様に頂いたこの力……存分に味わうがいい!」
滾る力を迸らせながら、バスメドは叫ぶ。
「〝
ぐっと握り絞めた大戦斧を大きく振りかぶる。
カースナイトアントが慌てて攻撃を仕掛けようとするが……もう遅い。
激流の如く荒れ狂う力を一つに統べ、バスメドは大上段から大戦斧を振り下ろす。
「――
圧倒的な力の本流が放たれ、カースナイトアントを襲い――
「グギャ?」
――一刀のもとに真っ二つに両断したのだった。
大量の紫の鮮血が繁吹く中、バスメドはふっと残心を解く。
「もはや貴様らは俺の敵ではない」
バスメドは振り返り、残るカースナイトアント達を睥睨した。
鋭い眼光に射貫かれ、カースナイトアントが一歩後退る。それは本能的な恐怖からだった。
だが、変異したことで僅かばかりの知能さえ失われているのか、それでも逃げるという選択肢を取らない。
カースナイトアントは恐怖を押し殺すように、更には感じる恐怖を怒りに変え、バスメドに襲い掛かった。
「哀れ……」
四方八方から迫り来るカースナイトアントの凶刃。
バスメドは小さく呟いた後、確かめる様に大戦斧の柄を握る。
そしてバスメドは腰を下げると、力強く地面を踏み締めた。
「〝破軍・
ドンっと力強く一歩踏み出し、大戦斧を横薙ぎに一閃。
凄まじい膂力をもって振るわれた大戦斧が空気を切り裂き、旋風を巻き起こす。
「「「グギャァアアア⁉」」」
凄絶な悲鳴を上げるカースナイトアント。斬撃によって裂かれ、旋風に切り刻まれていく。
ドサドサドサ――。カースナイトアントだった無数の肉片が地に落ち、鮮血が地を濡らした。
あれ程までにグール達が苦戦し、死を感じた戦いは、バスメドの活躍により、呆気ない幕切れとなったのだった。
もはや蹂躙とさえ言える圧倒的な勝利。誰もがバスメドの雄姿を目にし、畏敬の念を胸に抱くと共に、大歓声を上げる。
「す、すげぇ……言葉にならねぇ」
「俺達では手も足も出なかったのに。流石バスメドさんだ!」
「おぉぉぉおおお!」
歓声が響き渡る中、当のバスメドだけがジッと己の手を見詰めていた。
「またしても助けられたか……。このご恩は必ず……!」
グッと拳を握り締めたバスメド。胸に抱く思いは勝利の喜びでは無く、クラウディートへの崇拝じみた感謝だけだった。
「凄まじい活躍じゃのぅ、バスメド」
「村長か」
バスメドが一人クラウディートへの感謝を捧げていると、村長が近付いて来た。
「出来ればもっと早くに力を発揮してもらえたらのぅ。儂も楽が出来たのじゃが?」
これ程までに圧倒的に勝てるなら、初めからやって欲しかったと言いたげな村長に、バスメドは苦笑を返す。
「出来ることならしていたさ」
「ふむ……。何があったのじゃ?」
肩を竦めるバスメドを見て、村長がそう問い返した。
流石の観察眼だ、とバスメドは感心しつつ答える。
「突然声が聞こえたのだ。《ユニークスキル『統率者』を獲得しました》とな」
「ほぅ。ユニークスキルとな」
村長は驚きつつも、内心で納得していた。手も足も出なかったカースナイトアントを、単独で撃破したのだ。それ相応の力を得ていても不思議ではない。
「あぁ。このスキルを獲得した瞬間、今まで持て余していた力を制御出来るようになった。どうやらこの『統率者』は力を纏めることに特化した能力らしい。己の力だけではなく、軍団にも効果を及ぼすようだ」
「己だけではなく軍団にも、かえ?」
「そうだ。『統率者』には「軍団指揮」、「軍団鼓舞」、「空間認識」、「力流制御」という能力が含まれている。俺が今回使ったのは、「空間認識」と「力流制御」だけだ。まだまだ『統率者』の真価はこんなものじゃないぞ」
珍しくバスメドが興奮している。それだけ凄まじい能力だったということだ。
「判った判った。儂も同意見じゃ。じゃから、少し落ち着かんか」
「むぅ、すまない。柄にもなく興奮してしまったようだ」
村長に宥められて、一先ず落ち着きを取り戻したバスメド。
「とにかく、先行したカロンの元へ急ぐべきじゃ。もしやカロンの元へ、あの変異した彼奴らが襲い掛かっているかもしれんのじゃからのぅ」
カロンを先行させた責任が村長にはあるのだ。もしやと最悪の想像をすれば、とにかく一秒も無駄には出来ない。
少しばかり焦る様子を見せる村長を、今度はバスメドが宥める。
「焦る気持ちは判るが、カロンならば大丈夫だろう。心配ない」
「一体何を根拠に言っておるのじゃ?」
「思い出せ。カロンは誰に名付けられた? クラウ様だろ。ならば俺と同様、強力なスキルを獲得しているはずだ」
ついさっき、ユニークスキルを得たバスメドの圧倒的な力を見たところだ。バスメドの言い分は少し強引ではあったものの、村長が冷静になるくらいの説得力は兼ね備えていた。
「それは……まぁそうじゃろうな。むむむ。これは早う儂も〝名〟を頂かなければならんのぅ」
「ははは。俺からも是非にと伝えておこう」
腕を組んで頻りに頷く村長の言い分が少し可笑しく、バスメドは声を上げて笑った。
「その為にも、儂らは役目を果たさねばならん! よし! 皆の者! さっさと準備するのじゃ! 急ぐのじゃ!」
大声を上げて指示を飛ばす村長に、バスメドは苦笑する。
村長に急かされ、慌ただしく動く者達を見ながら、不意にバスメドは遠くへと視線を向けた。そして、小さく呟く。
「今頃、クラウ様は……」
言葉尻を濁し、軽く頭を振ったバスメドは、自分を呼ぶ村長の声に応えて、皆の元へと向かうのだった。
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