第二四話 VSカースナイトアント


「ふんぬっ!」


 バスメドが力強く大戦斧を振るう。

 凄まじい膂力をもって振るわれた一撃だ。今までのジャイアントアーミーアントであれば、一刀両断していたであろう斬撃。だが。


 キンッと甲高い音を響かせながら、バスメドの一撃は難なく弾かれてしまった。


「……今までとは比較にならん硬さだな」


 思わず愚痴を零してしまうバスメド。手には微かな痺れが。眉根は顰められ、バスメドは厳しい表情を浮かべていた。


 バスメドが相対するのは、ジャイアントアーミーアントから変異進化したカースナイトアントだ。黒光りする外骨格には斑な紫の紋が入っており、尋常ではない硬度を誇っている。元々、高い防御力を有する魔物だ。変異進化したことによって、その防御力に磨きが掛かっていた。


「シャァァア!」


 カースナイトアントは気勢を上げて、攻勢に転じる。振るわれる二本の前足が、まるで曲剣のような鋭い斬撃を放った。

 キンッ、キンッ! と金属音を響かせ、打ち合う。


「厄介な。攻撃力も手に入れたか」


 バスメドが感じた通り、変異進化したことで圧倒的な防御力を得ただけではなく、カースナイトアントは攻撃力も手に入れたのである。六本ある足、その全てが鋭い刃を兼ね備えた武器と化していた。


 その一撃一撃は重く、バスメドの手を痺れさせる程だ。また振るわれる速度も速く、決して気を抜ける相手ではない。

 ただ、その技量はあまりにもお粗末だった。まるで木の枝を振るう幼子がチャンバラをしているかのようで、確かな技量をもつバスメドは辛うじて捌く事が出来ていた。


 だが、それはバスメドだから出来ることでもある。死鬼族デスグールという上位種族に進化しているからこそ、苦戦はしつつも渡り合っているのだ。


「皆の者! 決して打ち合うでないぞ! 儂らの力では受け止め、捌くことなど出来ん!」


 一方、バスメドのように上位種に進化していないグール達は、危険な状況に追い込まれていた。相対するカースナイトアントの数は四匹と少なく、数の面では圧倒的に有利な状況にも関わらず、だ。

 それほどまでに変異進化したカースナイトアントは強敵だった。保有する魔素エネルギー量はグールの数倍であり、また攻撃力、防御力共に非常に高い能力を有している。全ての面でカースナイトアントは大きくグール達を上回っているのだ。この世界では質が量を凌駕するのである。


 通常であれば、会敵した瞬間に滅ぼされる圧倒的な強者だ。されど、苦戦はしているものの、グール達は未だ一人として討ち取られた者は居なかった。


「きゅー(あぶないよ)!」

「スフィアさんか! 助かった!」


 グール達が圧倒的上位者であるカースナイトアントに辛うじて渡り合えている一番の要因は、何を隠そうスフィアによる尽力の賜物だ。

 数多くあるエクストラスキルを用い、スフィアが要所要所でグール達をサポートしているからこそ、一人の犠牲者も出していないのである。


「クラウディート様がスフィアを付けてくれなければ、一体どうなっていたことか……、末恐ろしいのぅ」


 バスメドに少し生き延びられる可能性があるだけで、後は全滅じゃな、と村長は自身の不甲斐なさを嘆く。


 先程から魔法攻撃を行っているが、村長の魔法ではカースナイトアントに何の痛痒も与えられないことは序盤で理解していた。

 どうやらカースナイトアントは、物理的防御力だけではなく、魔法的防御力も兼ね備えているようで、村長の魔法が直撃しても僅かに身体を傾かせることしか出来なかった。

 それでも、何のダメージも与えられずとも行動を阻害することは出来る。村長は皆の指揮を執りつつ援護に徹し、現状を維持していた。


 村長は待っているのだ。この圧倒的な不利な現状を変えられる存在を。彼の者が駆け付けるのを。


「決して諦めるでないぞ! 暫く耐えるのじゃ! バスメドが駆け付けるまで、誰一人死ぬでない!」


 村長は気合を入れ直すと、皆を奮い立たせるように檄を飛ばす。


「そうよ! バスメドが何とかしてくれるわ! だって、クラウ様に名付けられたんだもん! 負けるはずがないわ!」


 次期村長候補の女性がそんなことを宣うと、各所で苦笑が漏れた。


「娘よ……その言い分はおかしくないかぇ?」

「そうかしら? でも、いいじゃない。皆の顔を見てみてよ」


 次期村長候補の女性に促されるまま、村長は戦っている者達を見ると、少し目を見開いて驚いたのだった。


「皆の表情に活力が戻っておる……、一体何故……」

「そんなの決まっているじゃない! クラウ様の存在を思い出したのよ、皆は」


 次期村長候補の女性が良い事をしたとばかりに胸を張った。その様子を半目で睨む村長であったが、内心納得もしていた。


 村の危機を救った大恩人であり、救世主。彼らが信奉するクラウディートの存在は、グール達にとって希望と同意儀なのだ。


 圧倒的な強さ、寛大なる暖かな心、引き付け魅入られるその人格。


 グール達がその強さに憧れ、その人柄に魅入られ。自然と誰もがクラウディートを信奉し始めていた。グール達にとってクラウディートという存在は、それほどまでに大きな存在となっているのだ。


「まぁのぅ。お優しいクラウディート様ならば、我らの危機に駆け付けてくれるやもしれん」

「そうね。何だかんだ言って、クラウ様ってとても優しいものね」


 うんうんと頷き合う二人。一瞬、ほのぼのとした雰囲気になったが、直後村長が表情を引き締めた。


「しかし、それではあまりにも不甲斐ないとは思わんか? のぅ、バスメドよ」

「あぁ、村長の言う通りだ。それはあまりにも情けなく、クラウ様に顔向け出来ん」


 激しい剣戟の応酬を繰り広げながらも、バスメドは答えた。


「なら、お主がすべきことは理解しておるじゃろう?」

「無論!」


 ふんっ! とひと際気合の籠った一振りをバスメドは放った。


 ガキン! と凄まじい衝撃音が響き、一方が強引に弾き飛ばされる。


 弾き飛ばされたのは、なんとカースナイトアントの方であった。『シャァ⁉』と情けない声を上げながら、弾き飛ばされるままに仰け反り、数歩後退してしまう。

今まで圧倒的に優勢だったのに一体何故⁉ と驚愕するカースナイトアントは、見た。見てしまった。


「ようやく進化した身体にも慣れて来たところだ」


 可視化される程までに濃密な覇気オーラを迸らせるバスメドを直視し、無意識にカースナイトアントは気圧される様に後退ってしまう。


 濃密な覇気オーラ。鋭い眼光。そして迸る圧倒的な威圧感。その姿は軍神の如く。


「クラウ様に頂いたこの力……存分に味わうがいい!」


 今、反撃の刻が始まる。


 ◇◇◇


 ――少し時を遡り。


 カロンは必死に駆けていた。逸る心が突き動かすままに。

 黒ローブをエクストラスキル「瞬身」による高速移動によってやり過ごしたカロンは、囚われている者達を救出するべく急いでいた。


 エクストラスキル「超嗅覚」によって、この先に複数の気配があることは既に察知している。同時にとても懐かしい臭い――村の者達の臭いも感じ取っていた。


 曲がり角に差し掛かる。カロンは立ち止まると、スッと壁に背を預け、少し顔を覗かせ様子を窺う。


「――ッ!」


 カロンが見たのは、様々な種族が一か所に囚われている光景だった。その中には勿論、カロンの同胞の姿もある。


 今すぐにでも飛び出してしまいそうになる身体を、意志の力を以ってカロンは押さえつける。

 ここまで来たのだ。急いて事を仕損じる訳にはいかない。逸る感情を抑え付け、一呼吸置く。


 そしてもう一度、顔を覗かせ、周囲を確認するように見渡していく。

 スッと細められた鋭い眼が、一体のジャイアントアーミーアントを捉えた。

 十分に時間を掛け、他にジャイアントアーミーアントが居ないか、また時間を置いてやって来ないかを確かめる。


「一匹……あとは居ないのです」


 どうやら見張り番は、たった一匹のジャイアントアーミーアントだけのようだ。他に近付いて来る気配もない。


 ふぅと深く息を吐き出した後、カロンは「瞬身」を発動、目にも止まらぬ速さで駆け、ジャイアントアーミーアントの背後を取る。


「しっ!」


 鋭い呼気を放ちながら、ジャイアントアーミーアントの首へと手刀を落とす。


「――ギャ⁉」


 微かな悲鳴が漏れたものの、大きく響いた訳では無いので許容範囲だろう。

崩折れるジャイアントアーミーアントが昏倒した事をしっかりと確かめた後、カロンは緊張感を吐き出すかのように長い息を吐く。


「ふぅー……。なんとか上手く行ったのです」


 攻防とも言えない一瞬の出来事であったものの、カロンは酷い疲労感を感じ、思わず苦笑を浮かべてしまう。もっと精進しなければ、と自分に言い聞かせていると。


「お前、もしかして……」


 戸惑ったような声がカロンに掛けられた。よく聞き馴染んだ声が聞こえ、カロンは笑顔を浮かべながら振り返った。

 そこには、酷く戸惑った表情を浮かべるコボルトの少年がいた。


「助けに来たのです! もう大丈夫なのです!」


 カロンが胸を張ってそう告げると、囚われていた者達から、わぁっと歓声が上がった。

 皆、酷く薄汚れてはいるものの、怪我を負ったものは見受けられない。どうやらそこまで酷い扱いはされていないようで、カロンはホッと胸を撫で下ろす。


「えっと……お前、隣の娘だよな? 俺の幼馴染の」


 立ち上がったコボルトの少年が、訝しげにそんなことを問うてきた。

 そのコボルトの少年は、村長の息子でカロンの幼馴染でもある。幼き頃はよく遊んだ仲だ。


「そうですよ。何を言っているのです?」


 だからこそ、カロンはコボルトの少年が何に困惑しているのか判らず、小首を傾げる。


「そ、そうか。そうだったらいいんだ。その……あまりにも変わったから……」

「変わった……? あっ! そうです、わたし灰死犬族(ヴァンデル)に進化していたのです!」


 理由が分かり、ポンっと手を叩いて納得の表情を浮かべるカロン。一方、コボルトの少年は、まさか幼馴染が進化しているとは想像もしておらず、目を見開いて驚いていた。


「なっ⁉ 進化したのか⁉ 灰死犬族(ヴァンデル)なんて種族聞いたこともないぞ! 一体どうやって進化したんだ⁉ この僅かな時間で一体何があったんだ⁉ というより、村は⁉ 親父はどうなった⁉」

「わぁーわぁー⁉ お、落ち着いて下さいなのです! そんなにいっぺんに聞かれても、わたしの口は一つしか無いので答えられないのです!」


 胸倉を掴む勢いで詰め寄るコボルトの少年に、カロンはあたふたと慌てふためく。


「落ち着きなさい。そこのコボルト」


 二人の間を割って入って来たのは、金髪紫眼褐色肌のスタイルの良い女性と。


「むぅむぅー⁉」


 コボルトの少年の口許を白い糸で幾重にも巻き、強制的に閉ざした小さな蜘蛛の魔物だった。


「あ、ありがとうございます?」


 あまりにもコボルトの少年が哀れで手荒な止め方をされてしまったが為に、素直に感謝を述べていいのか判らず、カロンは首を傾げながら礼をした。


 気にするなとばかりにひらひらと手を振る金髪の女性。見れば蜘蛛の魔物も、足を一本ひらひらとさせている。


「気にしないで。こんなところで騒がれるのは迷惑だったし」

「うっ……」


 金髪の女性がスッと細められた鋭い視線をコボルトの少年に送りながら言った。


「あはは……。えっと、ダークエルフさんですよね?」

「ええ。私は見ての通りダークエルフよ。何か気になる事でもあるのかしら?」

「いえ、気になることはないのですけど……まさかダークエルフさんまで囚われているとは思っていなくって、ちょっと驚いたのです」


 カロンはまさかダークエルフがジャイアントアーミーアントに囚われているとは想像もしていなかったのだ。


 ダークエルフは、魔の大森林に住まう者達の中でも中位程度の実力を持っている。最下層に位置するコボルトはともかく、グールよりも上の実力を有しているのだ。決してジャイアントアーミーアントに捕らわれるような実力ではない。


「数の暴力よ。数十人程の小さな部落に、何十倍もの戦力で攻め込まれてしまったの。戦い続け、疲労で倒れてしまったら、気付いたからここに運ばれていたのよ」

「そうだったのですか……」


 カロン自身もジャイアントアーミーアントに襲われた被害者だ。ダークエルフの女性の話を聞いている内に胸の奥が痛くなり、思わず顔を俯けてしまう。

 だが、すぐに顔を上げると、カロンは意識して笑顔を浮かべる。


「でも、もう大丈夫なのです。多くのグールさん達と一緒に助けに来たのです!」

「私も一か八か脱出しようかと考えていたのよ。良かったわ、貴方が来てくれて」


 どうやらカロンの事情を薄々気付いたようで、ダークエルフの女性は大袈裟に喜んで見せた。

 他の囚われていた者達も、助かるんだとホッと胸を撫で下ろし、自然と笑顔を浮かべている。


「とにかく、今は逃げるのです。わたしが出口まで先導する――ッ⁉」


 唐突に悍ましい悪寒がカロンの全身を貫く。瞬間、表情を引き締めたカロンは、バッと勢いよく振り向いた。


「皆さん、下がるのですッ!」


 激しい剣幕で叫んだカロンに、囚われた者達は事情がよく判らず、訝しげな表情を浮かべながらも素直に指示に従う。それが功を奏した。


 どこからともなく謎の液体が飛来する。


「きゃっ⁉」


 可愛らしい悲鳴を上げたのはダークエルフの女性だ。目にも止まらぬ速度で、いつの間にかカロンに抱えられ、後方に飛び退っていた。


「ふぅ。危なかったのです。間一髪なのです」


 シューシューと煙を上げる謎の液体を見つつ、カロンは独り言ちた。


「一体何があったの⁉」


 横抱きにしたダークエルフの女性から驚きと共に問い掛けられ、カロンは彼女を下ろしながら答えた。


「攻撃を受けたのです。見たところ溶解液のようなのです」

「そんな……全く気が付かなかったわ……」


 不意の奇襲に気付けた者は誰一人としていなかった。カロンを除いて。


「シャー!」


 威嚇するような声を上げるのは、カロンが昏倒させたはずのジャイアントアーミーアントである。いつの間にか気絶から立ち直り、溶解液を浴びせかけるという不意打ちを仕掛けて来たのだった。

 いや、よく見ればジャイアントアーミーアントとは容姿が異なっている。全身に広がる紫の紋様が浮かんでいた。さらに放たれる威圧感は、従来のジャイアントアーミーアントとは一線を画す。


 カロンは詳しい事情は知らない為に気付けなかったが、そのジャイアントアーミーアントは、黒ローブによって変異進化をさせられたカースナイトアントという上位種族である。


 ふと、カロンは思い出す。少し前に行われた村長との会話を。


『カロンよ。お主は隙を見て、囚われている者達の元へ向かうのじゃ』


 バスメドが一人で向かった後、唐突に村長にそんなことを言われたカロン。


『え? どうしてです? わたしも戦うのです! わたし、これでも強くなったから役に立つはずなのです!』


 カロンはバスメドの事情は聞かされていないが、只ならぬ事情があることは薄々理解している。だが、どうしても嫌な予感が頭から離れず、戦いになるだろうことを直感していた。だからこそ、カロンも戦う意思を示したのだ。


 しかし、村長は首を横に振る。


『お主が強いのは理解しておる。戦力になることものぅ』

『なら、どうしてです?』

『儂らの目的は囚われた者達を助け出すことじゃ。誰も死なず、それだけを達成すればいい。例えあの者との因縁があったとしても、その目的だけは絶対に忘れてはいかん』

『それは判っているのですけど……』

『それにじゃ。ちと嫌な予感がしてのぅ』


 そう言った村長は眉根を寄せ、厳しい表情を浮かべた。

 どうやら嫌な予感がしていたのは、自分だけじゃなかったらしい。カロンも同意する様に頷く。


『そうなのです! わたしもずっと嫌な予感を感じているのです!』

『ふむ。お主も、か。ならますますカロンには先を急いでもらわないといけんのぅ。お主の力量を見込んでじゃ。頼まれてくれんかのぅ?』


 結局カロンは了承し、先行して囚われている者達の救出に向うことになったのだった。


「村長……嫌な予感が的中しちゃったのです」


 カロンは重圧を感じながら呟くように言った。


「マズイわね……。まさかこれほどの魔物がいるなんて……」


 カースナイトアントから放たれる重圧を受け、ダークエルフの女性は顔を蒼褪めさせている。

 いや、ダークエルフの女性だけじゃない。他の囚われていた者達も同様に顔を蒼褪めさせ、恐怖に震えていた。


 チラッと背後を確認し、皆の不安そうな表情を見てしまったカロンは、すぅっと息を吐き出し、覚悟を決めた。


「お任せなのです! わたしが倒すのですっ!」


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