第二一話 現実感と覚悟


「クラウ様、準備が整いました」

「あぁ、今行く」


 戦力の選定が終わり、準備が整った模様。バスメドが俺を呼びに来た。

 村長宅を後にすると、整然と並ぶグール達が俺を出迎える。


「戦闘力の高い者から選出した二十名の精鋭です。この者達ならば、必ずやクラウ様の力になれるかと」


 俺の右隣に付いたバスメドが、そう自慢げに語ってくれる。

 彼らがバスメドの目に適った最精鋭達か。誰もが表情を引き締め、並々ならぬ気迫を滾らせているようで、何とも頼もしい限りだ。


「この者達に加え、俺と――」

「儂じゃ」

「私もですよ」

「カロンのことも忘れないで欲しいのです!」


 バスメドに続き、なんと村長が名乗り上げ、更に次期村長候補の女性、カロンも後に続いた。


「え? 村長もなの?」


 まさか村長までも参戦するとは思いもよらず、俺は驚いてしまった。


「勿論ですじゃ。儂には長としての責務がありますからのぅ」


 先程、俺に苦しい胸の内を吐露してしまったからか、少し気恥ずかしそうな村長である。


「次期村長候補さんも一緒に来るんでしょ? 村はいいの?」


 村長だけではなく、次期村長候補の女性までも俺に付いて来るのだ。村を任せる者がいないんじゃないかと心配になった俺が訊ねると。


「問題ありませぬ。長期間、村を留守にするわけでもありはせんのじゃから」

「そうそう。少しくらいなら平気ですよ。コボルト達が避難して来ても問題が無いように調整しましたし」

「そうか。ならいいんだけど」


 二人の責任者がこうも言っているのだ。俺はそれを信じるだけである。

 それに村長が言ったように、長期戦をするつもりは俺には一切ない。本拠地に乗り込むんだ。おのずと短期決戦になることは想像に難くない。


 俺、バスメド、村長、次期村長候補の女性、カロンの五名を加えた総勢二五名が、決戦に臨むことになった。あ、勿論スフィアもだから、総勢二六名だ。


「クラウ様、是非ともこの者達にお声を掛けて下され」

「え? 俺が何か言うの?」

「お願いします」


 期待した表情を俺に見せつつ、バスメドは頭を下げて頼んできた。

 えー。俺、そういうの得意じゃないんだけど。と、思いながらも渋々口を開く。


「えー、クラウディートです。これからジャイアントアーミーアントの本拠地に向かう訳なんだけど……」


 俺が訥々と喋り出すと、一言一句聞き逃さないとばかりに誰もが俺に注目し出す。精鋭部隊だけじゃなく、激励に来たであろう、少し離れた場所から見守っていた村の者達からも視線を感じる。


 そんな大層なことを言うつもりは無いんだけど、と内心で苦笑しつつ続ける。


「目的は、第一に要救助者の救出だ。ジャイアントアーミーアントによって連れ去られた者達がいる。今も彼らは俺達の助けを待っているんだ。何としてでも助け出す!」


 話している内に、自然と言葉に力強さが加わり、次第に熱を帯びていく。

 元々俺は部外者だった。偶々昨日この村に訪れただけの訪問者だ。今まではどこかそんな意識があったんだろうと、今になって思う。

 でも、今は……。


「そして第二に、ジャイアントアーミーアント共の殲滅だ! 奴らは愚かにも俺達に牙を剝いた。村を襲い、幾人もの同胞を連れ去ると言う、許されざる行いをした。二度とそのような災いを招かない為にも、ここで禍根を断つ!」


 俺が力強く言い切ると、グール達から気迫の籠った咆哮が上がった。


 俺はずっと孤独だった。異世界転生の際、邪神に呪いをかけられ、レッサーバットという下級魔物へと成り下がった。そして転生した場所は薄暗い洞窟。周囲に魔物という敵しかおらず、生き延びる為に敵を倒し、喰らい……、いつの間にか孤独に慣れきってしまった。


 今までは、どこか他人事のように感じていたんだろうと思う。邪神に呪われ、理不尽な異世界に転生してしまい、現実感が無かったんだ。ちゃんと向き合っていなかったんだ。


「……ただ一つだけ約束して欲しい」


 怒号のような咆哮の中、俺が話し出す。すると、グール達は雄叫びを上げるのを止めた。


 そんな俺にも素晴らしい出会いがあった。ディーネを始め、サポートAIさんに、スフィア、そして今、目の前にいるグール達だ。

 バスメドの脳筋ぶりに笑い、次期村長候補の女性の無鉄砲さに驚き、グール達のひたむきさに感心しつつも呆れた。そして、村長の重苦しい胸の内を聞き、現実感の無かった俺の感情を大いに動かした。


 やっと現実を受け入れ、この異世界を生きる覚悟が決まった。覚悟が決まれば、後は早い。俺の手の届く範囲で救える者は救う。幸い、俺には力があるんだから、やりたいことをやる。何処までも貪欲に、我儘に生きてやろうじゃないか!


 再び俺を注視するグール達をゆっくりと見渡した後、俺は静かに口を開く。


「誰一人として死ぬことは許さない」


 きっぱりと言い切る俺。その言葉に込められた意思の前に、一斉に息を呑むグール達。

 戦いだ。何を甘い事を言っているんだと思う人もいるかもしれない。だけど――


「この戦いは、種の存続を賭けた戦いじゃない。だから、戦いに臨む者は心に刻んでくれ。連れ去られた者達を救い、誰一人欠けることなく帰って来るのだと」


 ――それでいいと俺は思う。甘さの無い世界なんて救いようが無いし、厳しいだけの上司なんてクソ喰らえだ。

 それにこれは俺の誓いのようなもの。『死ぬことは許さない』と伝えたが、裏を返せば『誰も死なせない』という確固たる決意でもあるのだ。


「絶対に勝って、帰って来るぞ!」

「「「おぉー!」」」


 俺が拳を突き上げると、それに倣う様にグール達が続く。


 さぁ、ここから始めようか。俺の新しい人生を。



「頑張ってくれよ!」

「必ず帰って来い! 皆で待っているぞ!」

「クラウディート様にご迷惑を掛けるんじゃないぞー」


 村に残る者達の声援を浴びつつ、総勢二六名の精鋭達が意気揚々と出陣した。

 目指すは敵本陣――ジャイアントアーミーアントの巣だ。逆侵攻する様に、今朝攻めて来たジャイアントアーミーアントの軍勢の進軍経路を精鋭部隊は遡っていく。


「今朝の侵攻は致命的だったな」

「何がじゃ?」

「わからんか、村長? こうも簡単に本拠地の場所を教えてくれているのだぞ」

「まぁ、お主の言いたいことは判らんでもないがのぅ。じゃがしかし、それは今になって思えることじゃよ」

「今になって、か……。確かに、まさか奴らも逆侵攻されるとは考えておらんか」

「そもそも、奴らにそんな思慮深い知恵があるのかえ?」

「さぁ? 蟲系の魔物にしては知能が高いように思えたがな。整然と隊列を成しておったし」

「まぁのぅ」


 行軍中、特に他の魔物からの襲撃も無く至って平穏だった為に、バスメドと村長がそんなことを話していた。いや、その二人だけじゃなく、次期村長候補の女性とカロンも楽しそうにお喋りをしている。


「わたし、格闘術が得意なのですけど、あの魔物って堅そうじゃないですか? 大丈夫です?」

「大丈夫でしょ。カロンは上位種に進化しているじゃない。というか、出発前にバスメドと模擬戦をして、競り合っていたじゃない!」


 え? いつの間にそんな事をしていたの?

 ちょっと気になる話題が聞こえ、俺が二人の方へ思わず向いてしまう。すると、二人はその視線に気付いたようで、俺に話し掛けて来た。


「あら? クラウ様も気になります?」

「うん。それでどうだったの?」

「バスメドがなんとか勝っていましたよ。相当強く、ギリギリだったみたいです。こう見えてカロンって強いんですよねぇ」

「そんなことはないですよ! バスメドさんには全く歯が立たなかったのです!」


 カロンを強いと褒めた次期村長候補の女性に対し、当の本人であるカロンはそんなことはないとブンブンと横に首を振る。


 さて、一体どちらの言い分が正しいのだろうか。ここは模擬戦をした張本人に意見を聞くべきかな?


「ねぇねぇ、バスメド」

「はい? 何でしょうか、クラウ様」

「何じゃ? 敵襲か?」


 バスメドに話し掛けたら、村長まで釣れたがまぁいい。とりあえず模擬戦の感想を聞くことに。


「聞いたんだけどさ、カロンと模擬戦をしたんだって?」

「あぁ、確かにしましたな」

「カロンという者は、確かコボルトから進化した者じゃったな」


 訊ねると、バスメドは直ぐに首肯した。一方、どうやら村長も模擬戦の話は知らなかったようで興味津々と言った感じだ。


「それで、どうだった? 実際に戦った者としての感想は?」

「そうですな……素直に手練れだと感じましたぞ。主に格闘術を主体としており、拳撃や蹴撃の威力もさることながら、繰り出される攻め手も多彩。何より動きがとても俊敏で、情けないことに翻弄されてしまいましたぞ」

「おぉー、すっごい高評価じゃん」

「ええ。我が村にもあれ程まで俺に食い下がれる者はおりませんな」


 手放しで称賛するバスメド。思ったよりも高評価で俺は驚く。


 因みに、耳聡く聞いていたグール達がビクッとしていたが、俺は指摘せず見逃してあげた。……まぁ、バスメドは見逃さなかったみたいだけどね。彼らの今後の訓練は厳しいものとなるだろうな。


「うぅ。嬉しいけど恥ずかしいのですぅ」


 一方、褒められた当の本人であるカロンは、恥ずかしそうに顔を赤らめている。しかし、フサフサの尻尾が嬉しそうに弾んでいる為、嬉し恥ずかしといった具合だろう。


「バスメドに迫るかぇ……。元コボルトとは到底思えないのじゃ」

「そうね。やっぱり名付けかしら?」


 村長と次期村長候補の女性がぽつりとそう零し、ジッと俺を見詰めて来た。

 元コボルトであるカロンは、俺が名付けをしたことによって、上位種である灰死犬族ヴァンデルに進化をし、バスメドに迫る強者へと成った。

 今はジャイアントアーミーアントとの決戦前だ。戦力を増強する為にも名付けを行った方がいいかも? と思い始めた俺だった、が。


「二人もそこまでにしておけ。例え今、クラウ様に名付けをして頂いて力を得ても、増大した力に翻弄されるだけだ。増大した力に振り回され、結局は足手まといにしかならんぞ」

「そうですよ! わたしも増大した力をコントロールする為に、バスメドさんに模擬戦をお願いして調整したのですから!」


 バスメドとカロンが村長達を宥めた。俺に名付けられた二人だからこそ、実感の籠った説明だ。村長達も納得し、今は諦めたようである。


「むぅ。足手まといになるわけにはいかんからのぅ」

「うん。助けを待っている者がいるし、今は諦めましょう」

「そうじゃのぅ。今は諦めるとするかの」


 ……うん、判ったから。そんなに『今は』って強調しなくても、落ち着いたら名付けてあげるから。

 村長達の諦めの悪さに、思わず苦笑する俺達であった。


 そんな平穏とした道中は、そろそろ終わりのよう。


「報告! 前方に多数のジャイアントアーミーアントの群れを発見! その奥には、奴らの巣であると思われる巨大な穴が確認されました!」


 慌ただしく駆け寄って来たグール男性が、俺達にそう報告した。


「数は?」


 端的に問い質すバスメド。グール男性は即座に答えた。


「目算で約百匹です!」

「それは……少ないのか?」


 今朝の軍勢を下回る数に、首を傾げる首脳陣。その最高権力者にいつの間にかなっていた俺が、その問いを否定する。


「いや、門番と考えれば妥当じゃない? 別に少ないとは思わないよ」

「確かにクラウ様の仰る通りじゃ。前々回、儂らの村を襲った数――五十匹程を一部隊と考えれば、むしろ多いくらいではないかねぇ」


 俺の発言を補強する様に、村長がそう見解を述べた。


「確かに。むしろ厳重に守りを固めていると言っていいかもしれん」

「それにさ。それは巣の外にいる数で、敵の総数じゃないんだ。巣内にはもっと多くのジャイアントアーミーアントが潜んでいるはずだよ」


 たった百匹と聞かされ、少し緩んでしまったグール達の空気を引き締めるように、俺は敢えてそう発言する。その結果、俺の目論見通り、グール達は気を引き締め直したようだった。


「外の奴らは俺が殲滅する。今回は電撃戦。相手は俺達の反撃を想像もしていないはず。戦況を優位に進める為にも、ここは速度を優先したい。ただ問題は……」

「奴らの巣内の情報が全くないことじゃのぅ」


 俺の後を継いで話した村長に、目配せして首肯した。


 だが、他のグール達は一体何を俺達が懸念しているのか、よく判っていないようで、近くにいた者と顔を見合わせている。

 皆の疑問を感じ取ったのか、それとも自身でも疑問を感じたのか。次期村長候補の女性が代表して訊ねる。


「巣の情報って、そんなに必要なんですか?」

「必要っていうか、情報はあればあるほど、戦況を優位に進めやすくなるんだ。そうだなぁ……、例えば、敵のトップ――首魁の居場所を掴めたとする。なら、そのトップを真っ先に叩き、撃破出来れば降伏を促すことが出来る。全ての敵兵を倒す必要も無くなるし、勿論味方陣営の被害も確実に減るだろ?」

「なるほど。言われてみれば、確かにそうですね」

「それに、今回は相手に人質を取られているんだ。もし、人質の救出が遅れ、その人質を盾にでもされたらすごく面倒なことになる」


 その時の状況を思い描き、顰め面になる一同。


「だから、もし巣内の情報を得られて、囚われている者達の居場所が判っていれば、迅速に助け出すことが出来たかもしれない。今回のような電撃戦でなら尚更だよ。想像だにしていなかった反撃にあたふたする敵兵の隙を突けるかもしれないんだから」


 そんなことを得意げに語る俺だが、実は内心冷や汗まみれだったりする。だって、俺は平和な日本で生きていたんだ。勿論軍事なんて学んだことは無いし、門外漢。マンガやラノベで得た知識で、なんとかそれっぽく説明しているだけに過ぎないのだ。


「ふむふむ。納得です!」


 カロンが腕を組んで、うんうんと頷きながら理解を示す。それに釣られたのか、他の者達も納得した様子を見せ、俺は人知れずホッと胸を撫で下ろすのであった。


「今一度、優先目標を確認しておくよ。俺達の目的は、第一に囚われた者達の救出。第二に、敵の殲滅だ。この優先順位は覆らない。第二目標を達成出来ても、人質を救出出来なければ意味が無いんだ」

「でも、敵を殲滅出来たら、結果的に皆を助けることにならないです?」


 カロンが小首を傾げながら問うと、バスメドがその疑問に答えた。


「奴らが追い込まれ、捕らえた者共を殺してしまっては意味がない。そうですな、クラウ様?」

「うん。バスメドの言う通りだよ」

「そっか……、うん。確かにそれじゃあ戦う理由が半減しちゃうのです」


 カロンも納得したところで、話を進める。


「だから今回は部隊を二つに分けようと思う。本当は各個撃破される可能性があるから、戦力の分散はしてはいけないんだけど……」


 二正面作戦なんて出来ることならしたくない。戦力を分散するなんて愚の骨頂だと思うし。


「一部隊は、巣内で派手に戦闘を行う部隊だ。多くの敵兵の注目を集め、攪乱する部隊だな。所謂囮のようなものだ。そしてもう一方の部隊が人質の救出を担う本命部隊となる」


 敢えて本命と言ったのは、そう言いでもしないと、誰もが派手に戦う囮の方に興味を示すと思ったからだ。実際、俺が派手に戦うと言った辺りで多くの者が興味を示してしたしね。バスメドなんかが特に。


 まぁどちらが危険かと聞かれれば、間違いなく囮部隊だろう。誰も死なせない為にも、ここは最高戦力である俺が務めようと考えている。だが、一つ問題があるのだ。


「巣内の情報が全くないのが痛いよなぁ。どこに人質がいるかも判らないし……」


 問題は、人質が囚われている場所が未知数な点。巣内の情報が全く無い中で、手探りで探さなければならないのだ。極めて高い索敵能力が必要となってくる。ここが問題だ。

 この中で一番の索敵能力を有しているのは、多分俺だろう。エクストラスキル「魔力感知」の有用さ――高い索敵能力はいつも実感して判っているし。


 ならば俺が囮部隊では無く、救出部隊となればいいんじゃないかと思うかもしれないが、そうすると囮部隊の危険度が急激に高くなってしまう。誰も死なせたくない俺としては、それはちょっと許容出来ないのだ。

 グール達を信じていないとかじゃなくて、ただただ心配なだけ。臆病とも言う。


《そこでマスターに提案があります》


 お? なんだ? 期待してもいいの?


《お任せ下さいませ》


 おぉ! やはりサポートAIさんは頼りになる! 


《要するに、救出部隊に高い索敵能力を有する者が加わればいいのです》


 うんうん。だから俺が――。


《マスターでなくても充分高い索敵能力を有する候補者がいます》


 え? いるの? 誰、誰? 是非とも教えて下さい、先生!


《先生ではありません》


 あ、はい。なんかサポートAIさんが不機嫌になってしまった。臍を曲げられても困るので、すぐに謝る。すると、はぁと溜息を吐くサポートAIさんが。無駄に高性能だよ……。


《その候補者とは――》


 サポートAIさんに教えられ、ふむふむと頷く俺。

 十分に納得出来る情報を提示され、俺の心は決まった。


「よし、決めた! 今から部隊分けを行う」


 俺は「思考加速」を用い、サポートAIさんと協議を重ねながら、グール達を二部隊に振り分けていくのであった。



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