第二〇話 重責


 俺達は新たにカロンを加え、ジャイアントアーミーアントの分隊の捜索を再開した。


 連れ去られた者の安否は気になるものの、これ以上被害を出さない為にも、分隊の行方を知る必要があるのだ。出来れば発見して、殲滅しておきたいところだけど。

 とは言え、残された時間が限りなく少ないのは事実。どの程度で分隊捜索を打ち切るか、難しい判断を下さなければいけないだろう。


 そこで俺達は分隊を直接探すことはせず、カロンの村の者達が逃げ込んだであろう他のコボルトの村へ赴くことにした。

 カロンも気になっていただろうし、分隊が次に標的にするのは、近くのコボルトの村だと推測したからである。しかし……。


「え? 来ていない?」


 カロンの案内に従って、近隣のコボルトの村に辿り着くと、カロンを通じてすぐさま村長と面会。事情を村長に説明するが、ジャイアントアーミーアントの襲撃どころか、ここ最近、魔物による被害さえ一切無いとのこと。


「ええ。事情は避難してきた者に聞きました。大層強力な魔物だそうで……」


 どうやらこの村の村長も、避難してきたコボルト達から事情は聞き及んでいるらしい。とても不安そうな表情を浮かべていた。


「村長殿、ご安心なされ。こちらにおわすクラウディート様が、必ずやジャイアントアーミーアント共を駆逐し、この森に蔓延る脅威を取り除いて下さるだろう」


 バスメドが村長の不安を取り除くようにそんなことを口にするが……ちょっと大袈裟じゃない? 『この森に蔓延る脅威を取り除く』って。

 つーか、そんな大層なことは言わんでくれよ。ほら。コボルトの村長なんか、まるで救世主を見たかのようにキラキラとした瞳で俺を見詰めているじゃんか。


「バスメド、その辺で。時間も無いし、次に行くぞ!」


 キラキラ瞳の村長に挨拶をし、村を後にする。もし避難するならグールの村を訪れるようにと、伝えておくのも忘れない。


 ジャイアントアーミーアントが相手では、コボルトでは成す術無く蹂躙されてしまうが、グールならば多少は持ち堪えることが出来る。前回、多数の負傷者を出したとはいえ、撃退に成功しているのだから。

 それに、皆が夜通し頑張って作ってくれた防衛施設もある。俺が「空間収納」で貯めているポーションを渡しておけば、継戦能力も上がるだろうし。


 因みに、グールの村を頼れとの提案は、次期村長候補の女性によるものだ。まさかそんな提案をしてくれるとは思ってもみなかったので、驚きつつも感謝した。

 ただちょっと気になって、女性に訊ねてみた。備蓄とかいろいろ問題があると思うけど、大丈夫なの? と。

 次期村長候補ではあるが、この女性は少し無鉄砲なところがあるから、どうしても気になったんだ。そして案の定……。


『大丈夫ですよ。何とかなるはずです!』


 なんてとても心強くないお答えを頂いてしまったよ。まぁ女性の後ろでバスメドがしっかりと頷いていたから、多分大丈夫なんだろうけどね。


 俺達は時間の許す限り、偏在するコボルトの村を回っていく。

 幸い、どの村も未だジャイアントアーミーアントによる襲撃はなさそうだった。


「近くの村を襲うかと思ったけど……」

「当てが外れましたな」

「まぁ、うん。でも被害が無いようで良かったよ」

「それもそうですな」


 バスメドとそんな会話をしつつ、俺は再会を喜ぶカロン達を見守る。

 やはり、どの村でもカロンが灰死犬族ヴァンデルという上位種に進化したことに大層驚かれた。そして、必ず俺をジッと見詰めて来るまでがデフォルトだ。コボルト達のその羨ましそうな視線を受けつつも、俺は気付かないフリをしてやり過ごす。今は時間も無いんだから勘弁してくれ、と思いながら。


「お待たせしたのです! 避難していた者達には、グールの村を頼るように伝えたので、もう大丈夫なのです!」


 泣き腫らした目のまま、カロンは元気よくそう言った。


「わかった。それじゃあ行こうか」

「「「はい!」」」


 最後に寄ったコボルトの村を後にした俺達は、一度グールの村に帰還する為に魔の大森林をひた走る。


「カロン。もう一度聞くけど、本当に付いて来るの?」


 帰還の道中、俺はもう一度カロンに意思を問う。


「はい! わたしも連れ去られた者達を助けたいですし。その……ご迷惑でなければ、ですが……」


 どうしても村の者を助けたいと強く主張するカロンだったが、俺が一言残れと言えば、素直に従うつもりのようだ。


「迷惑なんて思わないわよ。カロンの気持ちはよく判るし、一緒に助け出しましょう!」


 真っ先にそう答えたのは次期村長候補の女性。彼女も同胞を連れ去られているのだ。カロンの気持ちが痛い程理解出来るのであろう。拳を突き出しながら気勢を上げている。


「そう、ですよね! わたし頑張ります!」

「ええ、その意気よ。頑張りましょう!」


 うんうんと頷き合う二人。そして二人して俺をチラッと横目で窺う。

 いや、そのさ。こんな空気で『ダメだ』なんて言えないし、今更視線で是非を問われても……。


 俺は苦笑しつつ、カロンの同行を認めるように頷く。


「わかった、わかった。カロンも連れて行くよ」

「「やったー!」」


 そんな風に喜ぶ二人に、俺は益々苦笑をしてしまうのであった。



 魔の大森林をひた走り――俺は飛行していたけど――、グールの村に帰還した俺達は、一休みすることなく即座にそれぞれ行動を開始する。


 バスメドは戦力の抽出作業だ。敵の本拠地であろうジャイアントアーミーアントの巣への襲撃である為、生半可な実力では足手まといに成り兼ねない。最精鋭で臨む必要がある。また、要救助者が存在することを加味して、迅速な行動をとれる少数精鋭が望ましい。さらに、決して蔑ろに出来ない拠点防衛戦力も編成しなければならないのだ。


 軍事を一挙に担う戦士長であるバスメドは、村に到着した勢いそのままに走り去って行った。お供をしてくれた者達もバスメドに続いて、後を追いかける様に走り去る。


 次期村長候補の女性は、これから避難して来るであろうコボルト達の受け入れ準備だ。備蓄の確認や、村の者に周知しなくてはならない。提案者だからか、ちゃんと責任を負って行うようだ。流石、次期村長候補だけの事はある。少し見直した。

 彼女もバスメド同様、慌ただしく走って行った。カロンも付いて行くみたいだ。


 残る俺は、村長への事情説明だ。わざわざ出迎えてくれた村長を促して、村長宅へ向かう。


「クラウ様、皆慌てている様子じゃったが……?」


 バスメドや次期村長候補の女性の慌てた様子を見て、困惑を露にする村長。少し不安げな表情を浮かべている。


「あぁ。それはね、準備が整い次第、ジャイアントアーミーアントの巣へ乗り込むことにしたからだよ」

「なっ⁉」


 絶句する村長。いきなり本拠地に乗り込むと聞かされれば、村長が驚くのも無理はない。


「実はね――」


 手間を惜しまず、俺は村を出発してからのあらましを村長に語っていく。


 ジャイアントアーミーアントの分隊の捜索に出掛けたものの、発見には至らなかったこと。

 また、捜索の最中、その分隊が襲撃したであろう壊滅したコボルトの村を発見したこと。

 その壊滅した村での生き残りがカロンだけだったこと。

 カロンの証言から、幾人ものコボルトが連れ去られたであろうこと。

 そして……グールも同様に連れ去られた者がいると聞かされたこと。

 

 俺は簡潔に事実のみを村長に語って聞かせた。

 静かに聞いていた村長は、一度目を瞑った。そしてすぅと息を吸うと、真っ直ぐ俺を見詰めて、重々しく口を開く。


「バスメドですかのぅ?」

「あぁ、そうだよ。バスメドに聞いた」


 俺が深く頷くと、村長は居住まいを正し、真剣味を帯びた瞳を覗かせる。


「クラウ様にお伝えしておりませんでしたが、我らが同胞も何人か彼奴らに連れ去られておりますのじゃ」

「うん」

「昨日まで……いや、クラウ様がこの村にお越しになられるまで、儂らは存続の危機に瀕しておりました。かの魔物による突然の急襲。多くの者が傷付き、倒れ……、幾人かの同胞は連れ去れてしまい……」


 淡々と語る村長の顔は、全ての感情を排したような無表情だった。


「村の存続と幾人かの命を天秤に掛け……儂が決断を下したのです。連れ去れた者を見捨てる、と」

「うん……うん。もう判っているから」


 もう大丈夫だよ、村長。そんな辛そうな顔をしないでくれ。

 凍ってしまったような無表情の村長があまりにも痛ましく、俺は胸をキュッと締め付けられるかのような痛みを感じた。


「儂にこのようなことを口にする資格はありはせんが、どうか……どうか! クラウ様、同胞を! 儂らの仲間を救っては下さいませんか? 伏してお願い申し上げます!」


 感情が抑えきれなくなったのだろう。次第に声を張り上げ、村長は床に額を擦り付けんばかりに懇願する。


 ホント、先にバスメドから聞いていて良かったと思いつつ、俺は村長に優しく、それでいて力強くその思いに答える。


「我がクラウディートの〝名〟において、必ずや連れ去られた者達を助け出すと誓う!」


 魔物は〝名〟というものを非常に重要視する。それはこれまでの経験から理解していた。だからこそ、自身の〝名〟に誓った。決して破られることのない宣誓として。


「ありがとうございます、ありがとうございます……」


 伏したまま、静々と涙を流す村長。その小さな背にどれだけの重荷を抱えていたのだろうか。長としての責務。長としての非情なる決断。誰にも頼る事が出来ず、どれだけの苦悩を抱えて……。


「これからはちゃんと分けてくれよ、村長。その重荷をね」


 俺は涙を流す村長の小さな背を、慰めるようにゆっくりと撫で続けるのであった。


 ◇◇◇


 その者は、心地よい微睡の中で溶けていた。

 五体も五感も全てが消え、微かな意識だけが残った。

 その残された微かな意識の中で思い描く未来予想図。


 地に満ちる我が子達。繁栄し隆盛を極める我が国家。


 その者がこの魔境に生まれ落ちた瞬間から、ずっと目指していた未来だ。

 幾度となく訪れた苦難を乗り越え、思い抱いた野望まであと少し。


 ゆっくりと、だが確実に。徐々に肉体が再構築されていく。

 その者は、今まさに進化の途上であった。より強力な個体へと生まれ変わっているのだ。


 その感覚は筆舌に尽くしがたい愉悦であり喜悦。

 まるで乾いた地に水が行き渡るかのように膨大な魔素エネルギーを取り込み、進化を続ける。


 その者は微かな意識の中で思考する。果たして我が子は期待通りの働きをしているだろうかと。

 儀式の前、我が子に命令を下した。供物を捧げよ、と。

 集められているだろう供物を思い、楽しみでしかないとその者は醜く嗤う。


 そうだ、無事進化を終えられたら、まずは食事にしよう。我の進化を祝い、我が子と共に盛大に。


 心地よい微睡の中で、その者は醜く嗤い続ける。


 復活の時は近い。


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