第二二話 急襲作戦開始


 深い深い穴の底――その最深部。

 中央部に鎮座する巨大な白い繭を見守る無数のジャイアントアーミーアント達。彼らは固唾を呑み、今か今かとその時を待ち続けていた。


 昨夜から続く進化の儀式。今、彼らの女王は進化の途上にある。


 その場に集った彼らの使命は、進化中で無防備な女王を守護すること。一族の悲願を叶える為にも、女王を失う訳にはいかないのだ。


 彼らの悲願とは、この広大な魔の大森林の支配と、栄光なる一族の繁栄である。

彼らは長い年月を掛け、少しずつ数を増やしながら、徐々に勢力を拡大してきた。

 しかし、魔の大森林に潜む魔物はどれもが強力で、魔の大森林を手中に収めることは未だ出来ていない。

 力が足りないことは明白だった。そこで女王は決断する。


 その決断は、自身の進化だ。更なる飛躍の為にも、必ず成し遂げなければならない難事である。

 ありとあらゆる準備を行い、女王は進化の眠りについた。進化の途上にある中で、女王は半ば確信する――賭けに勝ったと。


 もう間もなく、進化は完了し、新たな誕生を迎えることになるだろう。その暁には、広大な魔の大森林を容易に支配することも可能だろう。輝かしい未来が待っているはずだ。


 もう間もなく、女王が帰還するとジャイアントアーミーアント達も理解していた。誰もが期待に胸を躍らせ、今か今かとその時を待っている。


 この日、ジャイアントアーミーアントにとって記念すべき日となる――はずだった。


「なんかヤバそうな気配を感じて急いでみたけど、どうやら正解だったみたいだな。あの白い繭からヤバ気な魔素エネルギー量を感じるし」


 神聖な儀式の最中に聞こえる幼い声。

 集った無数のジャイアントアーミーアント達が一斉に振り返り、そして見た。


 煌めくような銀髪。赤と緑のオッドアイ。まるで人形のように整った顔立ちの幼子が、いつの間にかそこには居たのだった。


 侵入者だ、女王をお守りしろ! と一斉にシャァァァアと雄叫びを上げ、戦闘態勢を取るジャイアントアーミーアント達。


「やる気みたいだし、さくっとやっちゃいますか!」


 だが、彼らは知る事となる。その幼子は、一族を破滅に導く死神であったと。


 ◇


 俺達がジャイアントアーミーアントの巣へと侵入する前へと、時は遡り――。


 無事に部隊分けが終わり、俺達はジャイアントアーミーアントの巣へと奇襲を仕掛けることになった。


 今回は時間も限られていることだし、初っ端から全開で行く。

 隠れつつ、ジャイアントアーミーアントの巣だと思われる付近まで近付くと、俺は『圧制者』をいきなり行使した。


「圧し潰せ、『圧制者』」

「「「グギャギャギャァア⁉」」」


 突然の奇襲に、門番だった百匹程のジャイアントアーミーアント達は成す術無く、一瞬にして圧殺されてしまう。


「す、すごいのです……!」


 初めて俺の力を目の当たりにして、カロンが驚きの声を上げていた。いや、カロンだけじゃないか。村長もバスメドも、目を見開いて驚愕しているようだし。


 なんで驚いているんだろう? 今朝も『圧制者』を使っていたから知っているはずだよね?


《今朝の戦闘では、マスターは種族名ジャイアントアーミーアントの足止めしかしておりません。本来の性能を発揮したわけではありませんでしたので、個体名バスメドらは驚いているのでしょう》


 あー、確かに言われてみればそうだな。まさか一瞬にしてジャイアントアーミーアントを圧殺出来るとは思っていなかったんだろうな。


《情けない事です。もう少し観察眼を鍛えるべきと進言致しましょう》


 ちょっとサポートAIさんが辛辣だ。伝えておくよ、と俺は軽く流す。だって、俺も無理だもん。一回スキルを見ただけで、その真価を見抜くなんて。


 それはともかく。邪魔な門番は蹴散らせた。時間も惜しい事だし、呆けている皆に声を掛けて、俺は先を促す。


「皆、いつまでも驚いてないで、さっさと行くよ!」


 俺は背中から羽を生やすと、トンッと地を蹴る。その勢いのまま飛行し、俺はジャイアントアーミーアントの巣へと向かう。


「きゅー(しゅっぱーつ)!」


 真っ先に反応を示したのはスフィアだ。今回は俺とは別行動をしてもらう為、今は次期村長候補の女性が抱えている。

 背後では、俺の声にハッと我に返った皆が慌てて、先を行く俺の後に続いているようだった。


 俺は一足先にジャイアントアーミーアントの巣へ侵入する。巣内はしんと静まり返っており、若干ジメジメしていた。勿論、真っ暗闇だ。


「カロン。真っ暗だけど大丈夫?」


 後に続いてジャイアントアーミーアントの巣へ侵入して来たカロンに、俺は問い掛けた。


「あ、はい! 大丈夫です! 進化した時に「暗視」を獲得したのです!」


 そうハキハキと答えてくれるカロンだったが、俺は思わず頭を抱えそうになってしまった。


「「「シャーッ!」」」

「あっ⁉」


 ハキハキとしたカロンの声音はよく響く。折角、俺が一瞬で門番を蹴散らし、侵入に気付かれないようにしたってのに……。


「ご、ごめんなさいです……」


 シュンと落ち込むカロン。自分の失敗に気付いたようで、声を潜めているがもう遅い。ジャイアントアーミーアントに俺達の侵入は気付かれてしまったのだから。


「カロンのお説教は後でするとして」

「後でお説教です⁉」

「うん。まぁカロンが頑張ったら、その分だけお説教は減るかもよ?」

「も、勿論いっぱい頑張るです!」


 ふんすと鼻息荒く、カロンは気合を入れていた。そこまでお説教が嫌なのか……。

 俺がカロンを気遣っているのには訳がある。囚われている者達を救出する為には、カロンの力が必要だからだ。


 今回、部隊を二つに分けた。その内訳は、俺が単独で囮部隊を務めることになった。他の皆が救出部隊ね。

 色々と理由はある。単独の方が動きやすいとか、戦力を均等化させる為とか。


 勿論、反対意見は出た。出たが、強権を発動して押し通したよ。

 懸念だった捜索能力は、救出部隊にカロンが加わる事によって解決している。因みに推薦者はサポートAIさんだ。

 何故、カロンなのか。その理由はステータスを見れば一目瞭然だ。


名前:カロン

種族:灰死犬族ヴァンデル

称号:――

加護:クラウディートの血族

技能:エクストラスキル「超嗅覚」「瞬身」「思念伝達」

        スキル「暗視」「自己治癒」

 魔法:――

 耐性:「闇属性耐性」


 以上がカロンのステータスだ。


 今回キーとなるスキルは「超嗅覚」。このエクストラスキルは、どうやら探知系スキルのようで、「気配察知」の上位スキルだ。嗅覚になってしまったのは、多分灰死犬族ヴァンデルだからだと思われる。


 このエクストラスキル「超嗅覚」によって、広範囲に渡って探索が可能となり、俺に続く高い捜索能力となっている。その為、囚われている者達を捜索する為にも、カロンは打ってつけの人物なのだ。


 因みに、何故他人のステータスが判るのかと説明しておくと。どうやら俺が名付けた者や、俺の血を与えた者に対して、何らかのパスが繋がった為らしい。サポートAIさんに詳しく説明されたけど、名付け及び血を与えた者のステータスが参照出来るということを判っていたらいいのだ、うん。


 ならば、バスメドのステータスも参照出来るんじゃないかと思うだろ? 勿論、出来るのさ。では、バスメドのステータスをご覧あれ。


名前:バスメド

種族:死鬼族デスグール

称号:――

加護:クラウディートの眷属

技能:エクストラスキル「豪腕」「指揮」「鼓舞」

   スキル「夜目」「威圧」

 魔法:「無属性魔法」

 耐性:「毒耐性」「闇属性耐性」


 以上がバスメドのステータス。エクストラスキル「指揮」と「鼓舞」。戦士長の彼には打ってつけのスキルだ。


「「「シャァァアア!」」」


 カロンに発破を掛けていると、とうとうジャイアントアーミーアント達に見つかってしまったようだ。


「ここで別れよう。村長、バスメド。後は頼んだよ」

「任せるのじゃ!」

「うむ、任されよう」


 この二人に任せておけば、まず安心だ。俺はしっかりと二人と頷き合った後、『圧制者』を行使し、迫るジャイアントアーミーアント達を蹴散らす。


「「「グギャッ⁉」」」


 ジャイアントアーミーアント達から上がる悲鳴を意識することなく、俺達は二手に別れ、それぞれ先を急ぐのであった。


 ◇◇◇


 クラウディートと別れ、囚われた者達の救出を任された村長達は、カロンを先頭にジャイアントアーミーアントの巣内を駆ける。


「……それにしてもクラウディート様のお力は凄まじいのぅ」


 思わずといった具合に、ぽつりと本音を吐露する村長。誰もが思いを同じにしていたようで、共感を示すように頷いていた。


「ああ。上位種に進化したとは言え、クラウ様との力の差をまじまじと見せつけられたな。上には上がいる、現状に満足するなと激励された気分だ」


 バスメドが淡々とした口調で答えた。淡々とした物言いだったものの、その言葉には確かな熱を持っているように感じられる。


「随分と嬉しそうじゃのぅ、お主」

「む? そうか?」

「うん。バスメド、とても嬉しそうな顔しているよ。圧倒的な強者と出会って、戦士としての矜持が刺激されたみたいな」


 ニヤニヤとそう語る村長と次期村長候補の女性に、バスメドは眉根を寄せ、顔を顰めた。


「なんだそれは。俺はただクラウ様の御力を目にして、もっと精進しなければと……」


 そう言い返すバスメド。だが、話している内に自分でも言い訳にしか聞こえず、バスメドは言葉尻を濁してしまう。


「皆さん、すごい余裕なのです。緊張しないのです?」


 そう問い掛けて来たのは、先頭を務めるカロンだった。敵の本拠地に侵入中だと言うのに、グール達が誰一人として緊張していないことに疑問を感じていたのだ。自分はこんなにも緊張していると言うのに、と。


「むむ。すまんすまん。ちと悪ふざけが過ぎたわい」


 カロンとしては素直に聞いただけだった。だが、村長は皮肉として受け取ったらしい。カロンに直ぐに謝っていた。


「い、いや、違うのです! 余裕があってすごいなぁって。頼もしいなぁって思っていたのですよ! わたしはすっごく緊張しているのに、どうして皆さんは緊張しないんだろうって」


 慌てて弁解する様にカロンは言った。すると、村長は少し思考した後、カロンに手を差し出してきた。

 その行動の意味が分からず小首を傾げるカロンに、村長は改めて己の掌を見せる様に掲げた。


「ほれ、見てみぃ」

「え?」


 一体に何が……と、カロンは不思議に思いつつも、促されるままに村長の掌を見ると、ふと気付いた。


「気付いたかぇ。見た通り儂も手汗がびっしょりじゃ。儂もこの通り、緊張はしておるよ」

「で、でも、そんな風には……」

「見えんじゃろうな。まぁ儂が村の長である為に、常に堂々とした振る舞いを心掛けているのもあるが、一番は覚悟じゃな」

「覚悟、です?」


 カロンが問い掛けると、村長は表情を引き締め、真っ直ぐ見詰め返してきた。


「そうじゃ。覚悟を決めておる。戦う覚悟、同胞を助ける覚悟……様々な覚悟を決めさえすれば、緊張に身を固くすることはないのじゃよ」

「戦う覚悟……皆を救う覚悟……」


 村長に諭され、考え込むカロン。すると、この短期間で仲が良くなった次期村長候補の女性がカロンに話し掛ける。


「そんなに考え込まなくても大丈夫よ。カロン、貴方は皆を助け出したいんでしょ?」

「それはもちろんなのです!」

「でしょ? ならそれだけを考えていればいいの。後は……」


 次期村長候補の女性が振り返り、集ったグール達を見渡す。


「彼らを、そして私達を信じてくれたらいいわ。一人で抱え込まなくていいのよ。自分が出来る事を精一杯するだけで、後は私達が何とかするわ」

「きゅーきゅー(すふぃあもいるよ)」

「ええ、そうね。頼りにしているわ」


 次期村長候補の女性の言葉を受け、『そうだ、わたしには頼もしい仲間がいるんだ』と素直にカロンは思えた。


「それに、クラウ様がいるのよ? クラウ様なら信じられるでしょ?」

「もちろんなのです!」


 カロンにとってクラウディートという存在は、命の恩人であり、名付け親だ。全幅の信頼を寄せる頼もしき存在。


 そこでカロンはハッと気付く。


「あれ? そう言えば、敵の魔物がどこかに向かって行っているのって……」

「クラウ様が引きつけてくれているのだろうな」


 バスメドが言葉を引き継いで、はっきりと口にする。


「い、急がないと⁉ クラウ様にご迷惑をお掛けするわけにはいかないのです!」


 わぅわぅと慌てて走り出すカロンに、村長達はお互いに顔を見合わせて、溜息を吐き出す。


「緊張に身を固くするよりかはマシかのぅ」

「クラウ様の御身を心配する気持ちは判るが、慌て急ぐと事を仕損じるぞ?」

「あれはカロンの性格だと思うしかないわよ。いつも何かに慌てているじゃない」

「きゅー(おいかけないの)?」

「そうじゃのぅ。まだ若いのじゃ。儂らが支えてやればよい、か」

「同感だ。クラウ様に大役を任されたのだ。露払いくらいはしてやらねばならん」

「そうね。なら追いかけましょうか」

「きゅー(いこいこー)」


 ひそひそと話し合う三人と一匹(?)は、意思を共有させて頷き合うとカロンの後を追うのであった。


 ◇


 一方、その頃。

 俺は迫り来る無数のジャイアントアーミーアントの群れに辟易としていた。


「「「シャァァアア!」」」

「うっせぇ! 洞窟だから響くんだよ!」


 ユニークスキル『圧制者』によって瞬殺出来るとは言え、数が数だ。嘆きたくなるのも仕方がないと思う、うん。


《マスター、報告があります》


 途切れることなく襲ってくるジャイアントアーミーアントの高波を捌いていると、ふとサポートAIさんから報告が入る。

 もしかして、カロン達が要救助者を見つけたのか? と思ってサポートAIさんの報告に耳を傾けると。


《この先、最深部と推測される場所に、数万のジャイアントアーミーアントが集結しているようです》


 うへぇー。数万って……。一匹見たら三十匹はいると思えというGを思い出すわ。繁殖し過ぎじゃね? マジで。

 数万ものジャイアントアーミーアントの群れを想像して嫌悪感が募ると共に、それに反比例するかのようにみるみるやる気が削がれていく俺。そんな俺に追い打ちを掛けるようにサポートAIさんから凶報が齎される。


《又、その最深部にて強大な魔素エネルギー量反応を計測しました。更に今なお魔素エネルギー量が増加中の模様。このままではマスターに匹敵するか、あるいは凌駕する可能性があります》


 え? マジ?


《マジです》


 嘘ぉー。俺に匹敵って、それってヤバくない? 


《例えマスターと魔素エネルギー量が並び、あるいは凌駕するとしても、マスターが敗れる可能性は皆無です》


 いやいや。それはちょっと過信しすぎってもんだよ。

 サポートAIさんがそう励まして(?)くれるが、全然安心出来ない。強くなったとはいえ、誰にも負けない圧倒的な強者ってわけじゃないんだから。


 とにかく。これ以上時間を掛けるのはマズイってことは確かなんだ。急がなくちゃな。


 俺は殲滅スピードを上げ、強敵が潜む最深部へと急ぎ始めるのだった。


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