第一五話 吉報と凶報
怪我人の治療が終わり、俺が小屋から出ると、そこには村中のグールが集まったのでは? と思う程大勢の者達が集まっていた。
大勢のグール達が待ち受けているとは全く想像もしていなかった俺は、ビクッと身体を引き攣らせて驚いてしまった。
あっぶねぇー。思わず変な声が出るとこだったわ……。なんとか醜態を晒さずに済んで良かったけど、心臓がバクバクだわ……。
俺に次いで小屋を出て来た者達も同じく驚いている様子。目を見開いている。
そんな中、いち早く立ち直った村長が、一歩前へと進み出ると、視界に収めるように皆を見渡す。そして、厳かに告げた。
「皆の者! 先の戦いによって傷付いた者は、こちらにおわすクラウディート様のご慈悲によって無事に全員回復したッ! 安心するが良い!」
小さな村長が胸を張って、そう宣言した。一瞬の静寂の後、「うぉぉぉおお!」と歓声に沸くグール達。
「全員回復しただって⁉」
「おいおい、俺達には手に負えない奴もいたよな?」
「あぁ……アイツのことだろ? アイツ、俺を庇って致命傷を……うぅ」
「クラウディート様って、この村を訪れた始祖様のことだよな?」
「そうよ。因みにクラウディート様は始祖様って呼ばれることはお嫌いみたいよ」
「何⁉ そいつはいかん! ご気分を害さないよう周知しなければ!」
「クラウディート様、小さくて可愛いね」
「人形みたいにお綺麗よね」
「その言い方はちょっと不遜じゃないかしら?」
「まぁまぁ。ともかく全員が回復したんだ。クラウディート様は、俺達の大恩人様だよ」
「そうだな。じゃあやるか!」
「よし! やるぞ!」
「「「クラウディート様、万歳!」」」
ざわめきがいつの間にか、万歳三唱へ。
ちょっと恥ずかしいが、嬉しくも思える。誰しもが皆笑顔を浮かべているのだから。
「クラウディート様、此度は誠にありがとうございます」
村長が俺に向き直ると、俺を真っ直ぐ見詰めた後、深く深く頭を下げた。
「「「ありがとうございます」」」
村長に続くようにして、各々感謝を口にする。
「いえいえー、気にしないでー」
機嫌が良い俺は、自然と声のトーンが上がりつつ、軽い調子で感謝を受け取った。
大したことはしていないものの、やっぱり感謝されると嬉しいし、皆が嬉しそうにしているのも、とても気分がいい。
だが、そんないい気分は長く続かない。
「そ、村長ぉー! バスメドさぁーん!」
遠くから二人を呼ぶ声が聞こえて来た。目を向けると、必死な様子で走って来る一人のグール男性の姿が。
余程慌てているのだろう。集まっていた人だかりを乱暴に押しのけて、村長達の前へ。
はぁはぁと息を切らし、駆け寄ってきたそのグール男性は、息を整える暇も惜しいとばかりに口を開く。
「ほ、報告します! ジャイアントアーミーアントの大群を発見、その数はおよそ三百! 進軍経路から推測すると、おそらくこの村を目指していると思われます!」
グール男性の報告を受けて、静まり返る一同。歓声に包まれていた村を絶望に落としたのだった。
「ば、馬鹿者! このような場で報告する奴がおるか!」
衝撃からいち早く立ち直ったバスメドが、グール男性の頭に拳骨を落とす。
その音を皮切りに、騒然となるグール達。悲鳴や慟哭が村を支配する。
「落ち着くのじゃ、皆の者!」
「きっと大丈夫だから、落ち着きましょう!」
村長と次期村長候補の女性が、騒然となった場を落ち着かせようと必死に声を上げるが……。
「落ち着けって言われても……この前は五十匹のジャイアントアーミーアントを撃退するので精一杯だったんだぜ⁉」
「この村で戦える人数は六十人しかいないんだ!」
「村の人口の倍以上のジャイアントアーミーアントの大群だぞ!」
「くっ。もはや村を捨てるしかないのか⁉」
「お母さん、怖いよ……」
「大丈夫よ。貴方は私が命を賭けても守るから」
一度広がってしまった絶望の火は消える事無く、浸食するかのように燃え続けている。
そんな絶望の中、たった一人だけ冷静な者がいた。それは俺である。
俺は冷静に、その場に居合わせた者達の呟きを耳敏く拾って情報収集を行う。
村の総人口は約百名。その中で戦える者は六十名。約六割が戦士だとはすごい比率だな。
対するジャイアントアーミーアントは三百。先の襲撃では五十匹だったみたいだし、しかも重軽傷者を多数出しての撃退。よく言えば辛勝ってところだな。
そして現在、村を目指して進軍中のジャイアントアーミーアントの大群は、報告が正しければその数は三百匹。先の襲撃の約六倍か……絶望的だな。
戦わずに避難するべきなんだろうが……一体何処に避難するというのか。ここは大魔境――魔の大森林だ。安全な避難場所なんて無いだろう。
サポートAIさん。もし彼らが逃げに徹すれば、どれくらい助かると思う?
《皆無かと。二度に渡って兵士を派遣する余裕があるのです。巨大な巣が建造されていることは明白。全兵士数も千や二千では無いでしょう。種族名グールが逃走行動を行っても殲滅することは時間の問題だと推測されます》
あー、確かに。三百もの兵隊を派遣出来るんだ。当然巣も巨大だろうし、そこを守る兵もいるだろう。もしかして……俺も危ない?
《以前計測したジャイアントアーミーアントの戦闘力では、全くもって問題ありません。マスターであれば、数万のジャイアントアーミーアントの大群でさえ、簡単に駆逐することが可能です》
……何その化け物。数万のジャイアントアーミーアントを簡単に殲滅出来るって、どんな化け物だよ、ソイツは!
《マスターのことです》
判ってるよ、もう!
化け物呼ばわりは断固として拒否するが、サポートAIさんのお墨付きを貰ったのだ。もはや勝ち戦でしかない。
「きゅー(主、ごはん)?」
「あぁ、そうだな」
スフィアもお腹を空かせている様子だし、いっちょ頑張りますかね。
やる気になったものの、俺一人で殲滅する訳じゃないよ? そもそもグール達の問題だし、彼らにも当然頑張ってもらう予定。俺はちょこっと力を貸すだけに留めるつもり。
「あー、ちょっといいかな?」
俺は皆を宥め落ち着かせている村長に声を掛けた、つもりだったのだが……。
「クラウディート様、如何なさいましたか?」
村長がそう返答した途端、あんなにも騒然としていたのが幻だったかのように、しーんと静まり返った。誰もが口を閉ざし、俺に注目しているご様子である。
「いや、単に俺も手伝うって言いたかっ「ほ、本当ですか⁉」――あ、うん」
グイッと至近距離に迫る村長に若干驚きつつも、俺は勢いに押されるように頷いた。
その瞬間、本日二度目の「うぉぉぉおお!」と歓声が轟く。
「クラウディート様が御力をお貸し下さるって⁉」
ちょっとだけだよ?
「マジか! 一緒に戦えるとは!」
こき使うつもりだからよろしく。
「勝ったな」
それはフラグだからやめなさい。
「お母さん、クラウディート様って強い?」
「勿論よ。クラウディート様に掛かれば、ジャイアントアーミーアントの数万匹も相手にならないわ」
「すごい! まるで魔王様みたい!」
そこの親子よ、不穏な会話をするんじゃない。というか、母親は鋭過ぎない? サポートAIさんと同意見とか。というか、いるの? 魔王様。
各々戦意を漲らせている模様。うんうん、いい感じ。一部不穏な会話があったけど、完全なるスルーを決め込む。
グール達に蔓延っていた何もかもを諦めたかのような悲壮感が、ものの見事に消え去っていた。そのことに俺は大いに満足したのであった。
◇
「さて。詳しく報告を聞いて、意見を出し合っていこうじゃないか」
場所は村長宅。村の主だった者達が集い、今一度伝令からの報告を聞くことに。
冒頭で伝令のグール男性は、「先程は大変失礼しました」と、謝罪を述べた。
村中の者達が集まっていたのだ。いくら慌てていたとはいえ、大勢の者に聞かせる報告ではない。
「まぁ気にしないでよ。今後注意してくればいいから」
そう軽い注意で済ます。バスメドにこってり絞られた様だしね。大きなたんこぶが痛々しいし。
というか、俺に向かって頭を下げるのはおかしくは無いだろうか。普通は村長とか戦士長に謝るべきじゃない? 一応俺、部外者っちゃぁ部外者なんだけど。
そんなことを考えている間にも、伝令の報告が続く。
「前回、ジャイアントアーミーアントの群れに奇襲されてしまったことで、バスメドさんから警戒を厳にするよう指示を受けていました。比較的軽傷だった者達で森に入り、警戒網を構築。徹底して警戒偵察を行っていたところ、一部の者がジャイアントアーミーアントの大群を発見しました」
ふむふむ。前回の急襲は突然だった。その教訓を生かして、既に警戒網を構築済みらしい。その成果もあって、早期発見に至ったってことかな。指示を出したバスメドのお手柄だな。
「先程報告した通り、発見したジャイアントアーミーアントの大群、その数はおよそ三百。魔の大森林の木々をなぎ倒しながら、行軍している様子でした」
「三百か……。間違いないのだな?」
バスメドが低い声音で確認すると、伝令は深く頷き首肯した。
「間違いありません。複数の者で確認しましたので」
「そうか……。ならば、この村を向かっているというのも間違いなさそうじゃのぅ」
眉間に皺を寄せて、うむむと唸る村長。
重苦しい沈黙がその場を支配した。誰もが相貌を険しくし、沈痛とした表情を浮かべている。
「まぁ大丈夫でしょ。俺もいるしね」
重苦しい空気を払拭する様に、俺は少し声音を大きく、更に自身ありげに言い放った。
その効果は抜群だ。一変して皆の表情が明るくなる。ただ村長だけは物凄く申し訳なさそうな表情をしていたが。
「クラウディート様の御手を煩わせてしまい、大変申し訳なく……」
「まぁまぁ、村長さん、そんなに気にしないでよ。これも何かの縁だと思うしね」
このグール村に訪れることになったのは、本当に偶然のこと。次期村長候補の女性が襲われていなければ、この村の存在さえ気付かずに居ただろう。そして俺の知らないところで、この村は蹂躙されていたはず。
「とにかく、何からの対策は必要だな」
しかし、俺は知ってしまった。グール達のことを。この村の存在を。
知ってしまったからには、俺の手が届く範囲で助ける。「部外者だし他人事だ」とは割り切れないし、冷酷でもない。俺はそこまで腐っていないしね。
「対策ですか?」
「うん、そうだよ、バスメド君」
「く、君?」
問うてきたバスメドに頷きつつ、情報をまとめる。
「まず、この村の総人口は約百名。内、戦える者は六十名だったよね?」
「え、えぇそうですが……一体、いつの間に……」
つらつらと述べていくと、肯定しつつも、村長は困惑気味であった。
「あー、それはさっき、多くの人達が集まっていたでしょ? その時に聞こえたんだ」
大勢のグールが集まっており、驚かされたものの、情報収集は抜け目なく行っていたのである。
「で、対するジャイアントアーミーアントの軍勢は、約三百。五倍もの戦力差があるな。バスメド、一匹のジャイアントアーミーアントを倒すには、どれくらいの人数が必要?」
「そうですね……。俺であれば、一対一ならば完勝出来ましょうが、他の者ならば二人は必要かと」
思案する様に頤に触れながらバスメドは答えた。
「へぇー、バスメドって強いんだね」
「そう言って頂けると、光栄ですな」
どことなく自慢げなバスメドだ。イカツイ獅子のような顔を嬉しそうに綻ばせている。
「
苦言を呈したのは村長だ。バスメドに発破を掛けている――ように見えるが、実際は俺が褒めたから嫉妬している模様。バスメドも村長の心情を理解しているのか、苦笑しているし。
「村長も強いんだね」
「おぉ、クラウディート様! そうですぞ! 儂も結構やるのですじゃ!」
拗ねられて臍を曲げられても困るので、村長の事も持ち上げておくことに。予想以上に喜んでいるようである。
「……村長って魔力が切れたら、途端に何も出来なくなっちゃうのよね」
ボソッとそう呟くのは、次期村長候補の女性だ。……キミ、折角俺が持ち上げたのに、ヘコますような事を呟くんじゃない!
チラッと村長を横目で見てみる。どうやら女性の呟きは耳に届いていない様子。ニコニコとご機嫌な様子に、ふぅと安堵の息を吐く。
これ以上脱線するのを避ける為に、俺は少し声を張り上げて強引に道筋を戻す。
「まぁとにかく。既存戦力で一度に対応出来る数は、ジャイアントアーミーアント三十匹程度。残りは二七〇匹をどうするかだけど」
既存戦力で対応出来るのは、たった一割程度。改めて突き付けられた現実に、皆の表情が凍る。
「まぁ大丈夫だろ。残りは俺とスフィアが足止めして、時間を稼ぐさ」
敢えて俺はそんな空気を無視して、軽い調子で続けた。
「俺とスフィアが、残りのジャイアントアーミーアント達を足止めして時間稼ぎをする。君達は、対応出来る数のジャイアントアーミーアントと戦ってもらうよ。勿論、倒した後のおかわりはあるけどね。まぁ要するに各個撃破していこうっていうわけ」
俺が作戦を説明すると、皆一様に思案する様に黙する。
「はい! クラウ様、質問があります!」
その中で、パッと手を上げたのは、次期村長候補である女性だ。
「はい、何でしょう、次期村長候補くん」
「じ、次期村長候補くんって……。こほんっ。質問は二つあるんですけど、いいですか?」
「いいよ、どんどん質問してくれ」
「わかりました。では、一つ目の質問ですが、クラウ様のお話にあったスフィアって、私が襲われていた時に守ってくれた赤いスライムのことですか?」
女性が「襲われていた時に」と言った瞬間、村長が目を細め、鋭い眼光を放ったのを見てしまったが、当の女性は気付いていない様子。こりゃあ、後で説教が待っているだろうな。
南無南無と内心で合掌しつつも、そのことはおくびにも出さず、質問に答える。
「そうだよ。というかまだ皆に紹介していなかったよな」
そういえば、村に案内してもらっている途中で懐にしまったままだったんだよな。この機会に紹介しておこう。
「出ておいで、スフィア」
俺がそういうと、懐からにゅるっと出て来たのは、ブラッティ・スライムであるスフィアだ。
「きゅー(どうしたの)?」
「皆にスフィアを紹介するんだよ」
「きゅーきゅー(しょうかい)?」
可愛らしい鳴き声を上げて、手の中に納まるスフィアを皆に見せるようにしながら紹介する。
「このスライムが、スフィアだ。少し前に懐かれちゃってな」
「ほぅ。これは珍しいのもじゃ。赤いスライムとな」
「只者ではないだろう。強者の
「この前は守ってくれてありがとうね。……
珍しがったり、直感的に強さを感じ取ったり、名を持っていることに羨んだりと、各々それぞれ反応を示すグール達だった。
「きゅー(よろしくー)」
触手をフリフリして挨拶をした後、あまりグール達に興味は無かったのか、スフィアは定位置である俺の頭の上に戻っていく。
その様子に、少し困惑気味の一同だが、俺は気にしない。偉ぶったりするのも偶にはいいけど、自然体で過ごすのが一番だ。肩肘張っても仕方が無いしね。だって俺、見た目幼児だもの。
「二つ質問があったんだっけ?」
「あ、はい。そうです」
頭上に鎮座するスフィアが気になるのか、チラチラと見ながらも女性は二つ目の質問を口にした。
「えっと、クラウ様の御力があれば、足止めしなくても倒せると思うのですが?」
「うんうん、いい質問だね」
うんうん、頷く俺に褒められたからか、「やったぁ!」と女性はキュッと両拳を小さく握って喜んでいる。何ソレ、めちゃ可愛いポーズなんだけど!
「質問の答えは、イエス! 出来るよ」
「え? なら――」
「待つのじゃ、娘」
「待て、次期村長候補」
女性の言葉に割って入ったのは、村長とバスメドだった。
「娘よ。クラウディート様の御力に縋りたい気持ちは判るのじゃ。じゃがのぅ……」
「それではいかんのだ」
村長の言葉を続けるように、バスメドがキッパリと言い切った。
「え? なんでよ?」
一方、女性は困惑気味だ。否定されただけでは理解出来なかったらしく、問い返していた。
「今一度思い出せ、この村は誰の村じゃ?」
「え? そんなことは言われなくても判っているわよ。この村は私達、グール、の……」
話している間に気付いたのか、女性は大きく目を見開き、そして納得したように言葉を紡ぐ。
「そうね……そうだよね。この村は私達の村なんだ! 私達が戦わなくちゃいけないんだよ!」
「そうだ。我らの村を守るのは我ら自身だ」
戦士長としての使命からか、バスメドの言葉には強い意志が込められていた。
今回、俺が殲滅という選択肢を取らなかったのは、彼らの気持ちを慮ったからだし、また俺もそう考えているからである。
自分たちの住処を守るために戦うべきなのは、この村に住むグール達だと思う。手助けは最低限にすべきだろう。
その代わり、最大限のサポートはしよう。俺も意地悪をしたいわけじゃないし、死者が出るのは避けたいしね。
その後も作戦の詳細を詰めたり、非戦闘員の避難場所の選定をしたり、と会議は続いた。
気になっていた防衛施設についても訊いてみたが、グールの建設技術では、簡素な木柵しか作れないらしく、魔の大森林に棲む魔物に対して有効であるとは思えなかったそうだ。その分、戦士の育成に力を入れているみたいである。
色々と話合い、長時間続いた会議も終わる。
「うん。そんじゃあ決まったことの周知とか色々とお願いね」
「「「はっ!」」」
そう締め括ると、一斉に各自決められた役目を全うするべく、行動を開始した。
到着予定時刻は明朝。それまでにどれだけの準備が出来るだろうか。
動き出した皆を見ながら、俺は様々な思考を巡らせるのであった。
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