第一四話 怪我人の治療


 熱烈な歓迎(?)を受けた俺は、取り敢えず話をする為に、村長宅へとお邪魔していた。そして何故か「ささ、どうぞこちらへ」と促されるままに上座へと座らされた。


 目の前には、村の主だった者達が平伏している。その様子に思わず苦笑してしまうのも仕方がないと思う。だからただの苦笑にそこまでビクッと反応しなくていいのよ?


「皆、そんなに畏まらなくていいのよ。クラウ様はそういうのはあんまり好きじゃないみたいだし」


 その中で唯一平然としているのは、この村まで案内してくれた女性だ。

 なんかちょっと得意げだけど……キミも最初はこんな感じだったよ?


「お、お主⁉ 始祖様に何という無礼をっ⁉」


 慇懃無礼な女性の態度に、慌てふためく村長。キッと女性を鋭く睨み付け、今にも叱責が飛び出そうだ。


「まぁまぁ落ち着いて、村長さん。彼女が言っているのは事実だし」

「し、しかし……」


 宥めるように俺が口を挟んだが、それでも村長は納得のいかない表情を浮かべていた。

 なので、俺は先に言っておくことにした。


「まず俺は吸血鬼ヴァンパイア――始祖であるけど、それは種族がそうなだけで、君たちが尊敬する存在とは別人だ。まぁそれでも始祖というだけで、崇める対象になるそうだけど……それは勘弁して欲しい。始祖様……ここでは先代と仮称するけど。その先代と俺をどうか混同しないでくれ」


 グール達の信仰心を見る限り、先代始祖さんは偉大だったのだろう。それはよく判る。だが、どうか俺と混同しないで欲しいのだ。始祖と言うだけで崇められるのは、正直気分が悪い。俺は俺なのだ。

 それが俺の偽らざる本音だ。それを受けて考え込む一同。


「俺としては出来れば気軽に接して欲しいと思う」

「それは難しいと思いますよ、クラウ様」


 そう否定したのは、グールの女性だ。一体何が難しいのだろうか?


「私達は魔物なのですよ。始祖様――先代様に連なる種族として、また理性ある存在としての矜持は持っていますが」


 え? 魔物なの? グールが?

 グールが魔物だとはとても思えないけど……まぁ、大まかに分類すると魔物に属するのかな? 魔人や魔族とか、または亜人と言ってもいいと思うんだけどね。

 というか、俺自身が魔物だったわ。今は人型になったけど、元々はレッサーバットだったし。

 なら、俺と同じ種族である始祖さんも魔物。その始祖さんに連なる種族であるグールも魔物という解釈かな?


 まぁそれは置いといて。魔物だから気軽に接することが出来ないって、どういう事だろう?


「えっと……どういう意味?」


 判らないことは訊いてみるのが一番だ。ということで素直に問うてみると。


「魔物は力ある存在に敬意を払う生き物なのです。故に、種族的上位種であるクラウ様には、自ずと頭を垂れたくなってしまうのですよ。弱肉強食――それが魔物に唯一ある絶対なる理ですから」


 弱肉強食ねぇ……。魔物は強き者に従うってか。

 詳しくは判らないが、俺の種族である吸血鬼ヴァンパイア(始祖)は、グールよりも上位に位置している種族らしい。その為に、気軽に接することは出来ないのだとか。


「勿論、それは好意的な相手に対してのみ、ですけど」

「んー……まぁ出来る限り気軽にってことでよろしく!」

「ふふふ。そうですね。そのようにします」


 笑われたって感じよりも微笑まれたって感じか。まぁ彼女を見ている限り、徐々に態度は軟化していくだろう。


 とりあえず、俺が最初に言っておきたいことは言えたので、次は各自の自己紹介だ。


「儂がこの村を治めておる長で御座います」


 まず初めにそう自己紹介をしてくれたのは、可愛らしい小柄な女性――先程の一幕で、仲裁に入ってくれたグールである。そして、場が凍るほどの殺気を放った人物でもある。

〝知死〟に反応は無かったけど、背筋がゾッとしたもんな。胸部については禁句であることは間違いなしだ。


 その村長さんが取り仕切り、他の者達の紹介をしてくれた。が、やはり皆に名は無く、主に役職の紹介だったが。

 因みに次期村長候補であり、俺が最初に出会ったグール女性にも、同様に名持ちでは無いみたいだ。

 その中で唯一、名持ちの魔物が居た。それはバスメドだ。彼は戦士長らしく、村一番の強者だとか。


「皆、紹介ありがとう。俺はクラウディートと言います。よろしくお願いします」

「「「はい!」」」


 元日本人らしく、礼儀正しく自己紹介をした後、早速本題に入る事に。


「早速で悪いんだけど、怪我人の元に案内してくれないかな?」

「怪我人、ですか?」


 訝し気に問い掛けて来たのは、やはり俺の真正面に座す村長さんだ。


「うん。彼女から話を聞いてね」


 そう言いながら、俺は最初に出会ったグール女性に手を向けて示す。

 一斉に注目され、少し身動ぎした女性は、向けられた視線に答えるように話し始める。


「ジャイアントアーミーアントの襲撃があったでしょ? だから私は、傷付いた皆の為に、ケイア草を取りに村を出たの。そこでおそ――んんっ! そこでクラウ様と出会って、クラウ様が村に興味を示されたので、説明をしたってわけよ!」


 あー、ジャイアントアーミーアントに襲われた事を誤魔化したな。まぁ叱られること間違いなしだし、誰しも叱られたくはないからな。俺は見逃してやろう。


「なるほどのぅ。常ならば、無暗に村の内情を喋るでないと叱るところじゃが……。クラウディート様であれば、問題はあるまい。村に招くにあたって、説明しない訳にもいかんからのぅ」


 そう納得を示す村長。そんな村長の様子に、誤魔化した箇所を指摘されずに済んで、女性はホッと胸を撫で下ろしている。いるのだが……残念。俺の耳には、「襲われたのじゃな、後で叱らねば」という村長の呟きを拾っている。……南無南無。


「そういうこと。俺にはコレがあるし」


 内心で女性の未来を憐れみながら、結局は他人事と割り切っている俺は、「空間収納」からポーションを取り出し、皆に見せた。


「ほぅ。とても純度が高いポーションですのぅ」


 村長は感心したように呟いた。

 俺にはポーションの良し悪しは判らないけど、村長のお墨付きとあらば、怪我人も安心して使えるだろう。ナイス村長さん。


 ということで、俺は怪我人の元へと案内された。……つーか全員付いて来ているんだけど。


「……こんなに大勢で向かっても大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ」


 小声で女性に問い掛けると、問題は無いとのこと。ならいいや。


「……で、何で俺は抱えられているの?」

「移動するからですよ」

「そ、そうか……」


 何を言っているのですかと真顔で言い返されてしまえば、もはや何も言えない。背中に当たる幸せな感触に、この扱いにも甘んじて受けよう、うん。


「こほんっ。お主も帰ってきたばかりで疲れているじゃろぅ。その役目は儂が代わってやろう」


 ジッとその様子を窺っていた村長さんが、意を決するかのようにそう言った。が、しかし。


「結構です。疲れていませんから」

「むぅ……」


 ニコやかに拒絶する次期村長候補の女性。一方、眉根を寄せて唸る村長さん。二人の視線が交差し、激しく火花が散る。


「やはり、儂が代わってやろう。そのお役目は儂にこそ相応しいじゃろうて」

「……村長には足りないと思うわ」

「何じゃとっ⁉ 一体どういう意味じゃ!」

「それは……」


 言葉を濁す女性だったが、目は口程に物を言うとはこのこと。女性の視線は、村長の慎ましやかな胸へと注がれている。

 つーか、ちょっと待て。もしかして彼女にも気付かれていた? サポートAIさんだけじゃなく⁉


 俺が驚愕している間にも、二人の言い争いは続――


「貴様……言ってはならぬことを……」

「それはごめんなさい。思わずつい……」


 ――かなかった。村長の圧倒的敗北である。ちょっと涙目だし、可愛らしい容姿も相まって、何だか可哀想だ。


「何故儂は……大きく育たなかったのじゃ……」


 ……居た堪れない。ずーんと落ち込んでしまったじゃないか。はぁー……仕方がねぇな。


「あっ。ク、クラウ様⁉」

「交代だ、交代。変なことで争うんじゃない。仲良くしろよな、ホント」


 余りにも村長が哀れだったので、俺は女性の腕の中から離れると、村長の前へ。


「よ、宜しいので?」

「あぁ、いいよ」

「し、しかし……」


 おいおい。折角俺が骨を折ってやったというのに、ここに来て何で躊躇うんだよ。


「ほれ」

「あっ」


 早く怪我人の元へ行かなくちゃいけないってのに。こんなことで時間を取られるなんて言語道断だ。

 仕方が無いので、村長の胸に飛び込んでやることにした。……字面がオワってるな。


 俺を抱えることになった村長は、途端にニコニコと笑顔に。一方、女性は頬をぷくぅと膨らませているものの、ちょっと罪悪感があったのか、それ以上何も言うことは無かった。


 ちょっと精神的に疲れてしまったが、何とか怪我人が収容されている小屋に到着。

 バスメドが先導する様に扉を開けると、濃厚な血の匂いが漂ってきた。


 前世であれば、この血の匂いに気分が悪くなってしまっただろうが、今では不謹慎ながらも食欲が湧いてきてしまう。

 吸血鬼ヴァンパイアだから仕方がないのかもしれないし、割り切りは大事だと思うが……はぁー……。

 ちょっとした罪悪感を抱えつつ、中に入る。


「酷いな……」

「……ええ。名誉の負傷とはいえ、治せるのなら治してやりたいものですな」


 俺の呟きに答えたのは、バスメドだ。戦士長であるバスメドだからこそ、思いが強くなっているのだろう。


「まぁ任せとけって」


 俺は村長の腕の中から飛び出ると、心痛のあまり肉食獣じみた恐い表情を浮かべているバスメドの肩を叩く――ことは出来ないので、その丸太のように太い腿を叩きながら言った。


 我ながらちょっと締まらないなぁと小さく苦笑を浮かべつつも、早速ポーションを取り出す。


「クラウ様。こちらへ入れて下さい」


 女性が差し出してきたのは、水が入った大きな容器だ。多分、ポーションを薄めて使うつもりだろう。


「薄めちゃったら効果が弱くなるだろ? 早く治ることに越したことはないさ」


 もっと小さな傷とかなら、ポーションを薄めても良かった。だけど、目の前に横たわる怪我人を見れば、そんなみみっちぃことは言ってられない。

 止血用に巻かれたであろう布は、既に血塗れだし、中には片腕や片足を失っている酷い状態の者もいる。今にも息を引き取りそうな者さえ……。一刻の猶予も無さそうだ。


 サポートAIさん、俺の「死属性魔法」で、延命とか出来ない?


《承知しました。新たな「死属性魔法」を開発……構築に成功しました》


 流石、サポートAIさん。頼りになる。


「〝死遅しち〟」


 俺は新たに開発した「死属性魔法」〝死遅〟を早速行使してみる。


「クラウ様、一体何をしたのじゃ⁉」


 驚き慌てる様子を見せたのは村長だった。


「今、魔法を行使したんだよ。その魔法――〝死遅〟によって、彼らが死亡するまでの時間を遅らせた」

「死する運命に逆らったじゃと……まさかそのようなことが……」


 ポカーンと呆然としている村長。いや、村長だけじゃないな、付いて来た者全員が驚愕しているみたいだ。

 まぁ俺もその気持ちは判る。逆の立場であれば、俺も驚いていただろうし。


「んー、それは言い過ぎだよ。あくまでも遅らせるだけだから。このまま何の処置もしなければ、死亡してしまうのは変わらないし」


 そう、あくまでも遅らせるだけ。と言うことで、早速俺は純度の高いポーションをそのまま怪我人へと振り掛けた。

 ポーションは飲用する方が、効果が高いらしいが、患部に振り掛けることでも効果を発揮することは、既にサポートAIさんから教えられている。


 ポーションを振り掛けると、今にも死にそうだった者に淡い光が纏わった。その淡い光が身体へと吸収されると、飛び上がるように跳ね起きる。


「――はっ⁉ い、一体何が……? あれ? どこも痛くない? 痛くないぞ!」


 困惑の後、驚愕。慌てて飛び起きた為に巻かれていた布がはだけているが、その奥には怪我らしい怪我は存在していなかった。


「お前! 怪我は治ったのか⁉」


 慌ててバスメドが駆け寄って問い質すと、その者は嬉しそうな表情――顔面が獅子だから、多分だけど――を浮かべて答えた。


「バスメドさん! もう何処にも怪我は無いみたいです!」

「おぉ、そうか! これでまた共に戦えるな!」

「はい! バスメドさん!」


 ガジッと抱き締め合う二人。感動の場面なのだろうが……ちょっとむさ苦しい。それにホモーを思い出すので出来れば俺の視界には入らないで欲しい。


「馬鹿者ッ! 完治したとはいえ、休養を取らねばいかんのじゃ!」


 バシッと村長がバスメドを強く叩いた。


「そ、そうか。そうだな! クラウディート様! 本当にありがとうございます!」


 注意されたバスメドは落ち着きを取り戻し、俺に頭を下げて感謝を述べる。

 俺は「まぁ気にしないで」と軽くあしらう。何故なら他にも患者は多くいるのだ。ポーションを振り掛けるだけとは言え、ちょっと忙しいのである。


「う、腕が! 俺の腕がある!」

「立てるぞ! また歩けるんだ!」

「おお! 古傷まで治っているぞ!」


 至る所で上がる歓声。漂っていた濃厚な死の気配が見事に払拭され、今では生き生きとした生命力に満たされている様だった。


 最後の患者にポーションを振りかけ終えると、ふぅとひと息吐く。


「お疲れ様でした、クラウ様。そして、本当にありがとうございました」

「まぁ気にしないでよ。ポーションを振り掛けただけだし」


 そう。俺は大したことはしていない。ただ偶々ポーションを多く所持していただけだ。


「そんなことはありませんよ。クラウ様のおかげです」

「そう?」

「はいっ!」


 花が咲いたような満面の笑みを浮かべる次期村長候補の女性。その目尻には微かに涙が浮かんでいる様だった。なら野暮なことは言わないでおこう。


 見渡せば、誰もが笑顔を浮かべている。その様子に、俺はとても満足した気分になったのだった。


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