第一六話 予想外


 深い深い穴の底――その最深部にて。

 最も堅牢に造られたであろうその広い最深部の空間には、無数の影が蠢いていた。


 ギチギチとなる強靭な顎。高い防御力を誇る漆黒の外骨格。


 無数の影の正体は、魔の大森林にて大繁殖を成し遂げたジャイアントアーミーアント共だ。千に届きそうな数のジャイアントアーミーアントが集い、犇めくように広い空間を埋め尽くしている。

 ただ、その中央部付近だけは、ぽっかりと空間が開いており、まるで人垣のようにジャイアントアーミーアント共は整然と並び、道のような空間を形成していた。


 その道を歩むことを許されるのは、群れの中でたった一匹だけ。

 魔の大森林にて、異例の大繁殖を成し遂げ、今や周囲の魔物を脅かす存在にまで勢力を拡大させた立役者――群れの頂点に座す女王のみである。


 突然、その広い空間から音が消えた。微かに聞こえていた物音さえ、今では全く聞こえない。まるで石像にでもなったかのように、ジャイアントアーミーアント共は一切の動きを止めたのである。


 完全なる静寂。だが、それは長く続くことは無かった。


 コツ、コツ、コツ――。

 小さな足音が微かに届き、徐々に近付いて来たのだ。

 

 影が差した入り口からゆっくりと歩み出る、一体の魔物。

 ジャイアントアーミーアントには存在しない、唯一透き通った羽を有する巨躯。


 女王である。ジャイアントアーミーアント共の頂点に座す女王が姿を現したのだった。


 悠然とした歩み。ジャイアントアーミーアント共によって造られた道をゆっくりと歩む様は、支配者たる威厳を全身から発しているかのようで、誰もが畏怖を胸に抱くことだろう。正しく女王の行進である。


 ピンと張り詰めた空気。緊張感さえ漂う中、女王の歩みが止まった。

 一段高く盛られたその場所に女王が辿り着くと、まるで玉座に座すかのように、優雅に腰を下ろした。


 女王はゆっくりと視線を巡らした後、満足気に頷いた。


『今宵、儀式を始める』


 告げられた女王の言葉。その瞬間、無数のジャイアントアーミーアント共が咆哮を轟かせ、最深部の空間を、そして大地さえも揺らしたのだった。



◇◇◇



「ん? 地震? 今揺れたよね?」


 微かに揺れを感じ取った俺は、近くにいたバスメドに確認を取った。


「揺れましたか? 俺は全く何も感じませんでしたが」

「んー、揺れた気がしたけど……気のせいかも」


 確かに揺れたと思ったんだけどなぁ。バスメドは揺れを感じなかったと言っているし、勘違いかも。まぁ微かな揺れだったし、気にしても仕方がないよな。

 そんな些細なことは気にせず、やらねばならないことをやってしまおう。時間も無い事だし。


 時刻は既に深夜と呼ぶに相応しい真夜中だ。頭上には燦然と輝く星々の煌めいている。

 思わず魅入ってしまいそうになる星空だ。綺麗な星空を見ながら、優雅に日本酒を一献、と洒落込みたいところだが、そんなことをしている余裕は無いのだ。

 いや、俺だけに関して言えば、余裕はある。率先して俺がやらねばならないことは何も無いからね。ただ、他の皆が決戦に備えて忙しく準備を行っているのに、一人優雅にお酒なんて、そんなことは俺には出来そうにない。というか、そもそもお酒は無いんだけど。


 どうでもいい思考を巡らせながら、俺がバスメドを伴ってやって来たのは、村の外周だ。


「おぉ。皆頑張っているな」


 村の外周では、慌ただしく働く者達の姿があった。額に汗を浮かび上がらせながらも必死に作業している。


「というか、夜だけどみんな見えるの?」

「見えますよ。俺達グールは皆、生まれた時から「夜目」スキルを持っていますから」

「へぇー、そうなんだ。種族的スキルって感じかな」

「仰る通りです。他にも「怪力」や「毒耐性」なども備わっていますな」

「「怪力」はわかるけど、「毒耐性」も?」


 グールが「夜目」と「怪力」が先天的に有しているのは、何となく納得出来る。何故なら、グールは吸血鬼である始祖さんにルーツを持つ魔物であり、その先代始祖さんと同じ種族である俺にも、「夜目」に似た能力であるエクストラスキル「闇視」と、全く一緒のスキル「怪力」を持っているから。

 ただ「毒耐性」に関してはちょっと疑問。俺は未獲得だし。


《……耐性スキル「毒耐性」の獲得を目指します――》


 あーいや、違うんだ。決して未獲得だから羨んだわけじゃなくて――


《成功しました。耐性スキル「毒耐性」を獲得しました》


 ――わぁーお。言い訳している間に、獲得してしまったよ。何が何でもサポートするっていう気迫さえ感じるわ。


「ええ。グールは鉤爪から麻痺毒を分泌出来ますので、自身の毒にやられないよう元々備わっているのでしょう」


 俺の内でそんなやり取りが行われているとは全く想像もしていないだろうバスメドが、ジャキンと黒い鉤爪を伸ばすと、実際にその先端から麻痺毒を分泌しつつ、そう自身の見解を述べた。


「確かに。納得出来る話だね」


 自身が毒を分泌する為に、「毒耐性」が備わった。十分納得出来る見解だ。うんうんと俺は頷いた。


 そんなことをバスメドと話しつつも、俺は進捗状況を確認する様に首を巡らす。


「それにしても……もうかなりの部分が出来上がっているね」


 見れば、もう既に大部分が出来上がっており、完成間近であった。


「クラウディート様のご指示ですからな。皆も張り切っているのでしょう」


 そう答えたバスメドは、大胸筋をぴくぴくとさせながら胸を張っており、とても誇らしげであった。

 グールの働きぶりを褒められたからか、それとも俺に指示されたからか……いや、その両方だろうな。思わず苦笑してしまう。


 さて。こんな真夜中に村人総出で一体何の作業をしているのか。その説明を簡単にすると、防衛網の構築作業である。バスメドが言ったように、提案者は俺だ。

 元々この村には防衛設備が一切無く、訪れた時に俺は不安に駆られた。木柵さえ無いのは不用心過ぎやしないかと。

 あの時は、強力な魔物が棲む魔の大森林だから、木柵くらいなら作っても意味は無いだろうと、無理やり自己納得していたが、無いよりは有った方が断然いい。物理的な効果は薄いかもしれないが、心理的安堵感は得られるし。


 だから先の会議にて、防衛網を構築してはどうかと提案してみた。更に木柵だけでなく、堀を合わせれば、少しは外敵の侵入を遅らせることが出来るかもよ? と。


『なるほどのぅ。柵と堀、二重にすることによって、時間を稼ぐことが出来そうじゃのぅ』

『堀の規模を大きくすれば、大型の魔物にも対応出来そうだ』

『川から水を引けば、もっと時間稼ぎが出来そうじゃない?』

『木柵に棘を付けて――』

『ならば、あれも――』


 活発に意見が交わされた後、俺の提案通りに防衛網の構築が決定した。ただここで俺にとって予想外の事が。


『早速作業を開始しましょう。ジャイアントアーミーアント共が来る前に!』


 一人のグールがそんな無茶な事を言い出したのだ。

 俺としては、あくまでも将来的な計画として、提案したつもりだった。だって、大事業だよ? 長い時間が掛かるのは当たり前のことだし。

 だからそのグールの発言は無茶が過ぎるし、到底一日で建造出来る物ではない。明朝の決戦に備えて身体を休めるべきだと思い、俺は止めようとした。そう止めようとしたんだ。だが……。


『そうじゃのぅ。早速皆に伝えよ。クラウディート様の御下命じゃと』

『では、俺が伝えて来よう』


 村長が真っ先に賛同して指示を出したかと思えば、すぐにバスメドが代表して村の者達に伝えに行ってしまった。俺が口を挟む隙間さえない早業だ。思わず呆然としてしまったわ。


 まぁそんなこんながあって、急ピッチで作業が進められた結果が、今俺の目の前にある。

 村の外周に沿って掘削作業を行い、その内側には支柱となる杭が立てられ、木柵の建造が進んでいた。もう間もなく完成することだろう。


 もっと時間が掛かるものだと思っていたのだけど、まさか一日と掛からず、まさか半日で……。


「クラウディート様?」

「いや、何でもないさ」


 いつの間にか、俺は遠い目をしていたらしい。バスメドが心配そうに声を掛けてきたので、誤魔化すように首を横に振っておく。


 その後、俺はバスメドを伴って各作業場へと赴き、働いている者達に労いの言葉を掛けていく。こんな夜中までご苦労様です、と。内心では申し訳なく思いながら。


 こんな真夜中まで働くことになってしまった原因は俺だ。決戦が控えているのに、働き詰めになってしまって、大変申し訳なく思う。

 そう思うなら手伝えばいいと思うだろ? 俺もそう思って、率先して手伝おうとした。だけど、村長達に慌てて止められてしまったんだよ。それも言葉を尽くしつつ遠回りに、それはやめて欲しいと。

 どうやら俺は怪我人を治療したことで、グール達から結構尊敬されているらしい。まぁ先代始祖さんと同種族であることも関係しているとは思うけど。


 更に俺は、魔物としての格も上。グールよりも上位に位置している吸血鬼ヴァンパイア(始祖)だ。一段――というか数段かも――上に見られているようで、この場での最上位者である俺の手を借りるなど、とても恐れ多いと固辞されたのだ。


 前世で当てはめると、最上位者である俺は社長で、グールは社員だ。社長が社員の仕事を手伝う……うん、社員である者が気の毒過ぎるわ。俺が社員の立場であったなら、ストレスで吐く、絶対。


 グールの心情も理解出来たので、直接手伝うことは止めた。それでも申し訳なく思う気持ちは変わらない。不用意な俺の一言が原因だし。


 ということで、直接手は出さないものの、俺はバスメドを伴って視察に訪れたってわけだ。


「なぁ、バスメド」

「何ですかな?」

「視察したのは、ちょっと失敗したかも」

「……いえ、そのようなことは決してありません」


 バスメドが言葉に詰まったものの、フォローするかのようにそう言った。


 俺が失敗したと思った理由は、各現場を視察し、労いの言葉を掛け終えた後、何故かグール達の作業スピードが上がったからだ。それはもう全身全霊をかけて、という風に。


「皆、張り切っているのでしょうな。クラウディート様にお声を掛けてもらい、奮起しているようです」


 だよねぇー。俺が原因だよねぇー。はぁ……。

 上位者による現場視察なんて、普通嫌煙されることが多い。だが、グール達は視察に訪れた俺を快く迎えてくれたばかりか、俺が声を掛ける度に、誰もが喜色満面に破顔するのだ。

 喜ばれるとは思ってもみなかったが為に、つい俺も嬉しくなって働いている者一人一人に声を掛けてしまった。

 その結果が、今の全力作業である。今更嘆いても後の祭りだ。


「あー、コレって体力残ると思う? 決戦は明朝だよ? 疲れ果てて戦えないとか、そんなことにならない?」


 全力での作業によって疲れを残さないか、とても心配になってきた。後数時間も経てば、ジャイアントアーミーアントの大群が押し寄せて来るのだ。

 不安になって、バスメドに訊いてみると。


「ハハハ。何も問題はありません」


 俺の不安を吹き飛ばすかのように、バスメドは快活に笑った。


「疲れ果て、倒れ込んだ者が居たとしても、俺がケツを叩いて戦わせますので」


 ご安心下さい、とバスメドは続けたが、全くもって安心出来る要素が無い。俺の不安は大きくなった。


《マスター。ポーションを薄めた物を飲用すれば、ある程度の疲労回復効果が見込めます》


 おぉ、サポートAIさん! やはり頼りになるのはキミしかいない。

 サポートAIさんによる進言のおかげで、俺の不安は綺麗さっぱりと消え去った。あと、バスメドにはジト目を送っておく。


「おや? お疲れになられましたか?」


 ……効果はいまひとつのようだ。バスメドは視線の意味に全く気付きもしない。

 溜息を吐きたい気分だ。取り敢えず、『バスメドは脳筋』と心のメモに書き留めておく。


「いや、大丈夫。というか、皆に声を掛けている時に改めて思ったよ」


 気持ちを切り替えるように、俺は意図的に話題を変えることにした。


「何をですかな?」

「名前だよ、名前。名前が無いと不便だって思ったのさ。バスメドもそう思う――わけないよな」

「ええ。名持ちネームドである方が珍しいですからな、魔物は」


 そう、魔物には〝名〟を持つ者の方が圧倒的に少ないのだ。

 では一体、どうやって個体を識別しているのかと言うと、どうやら魔物は、個人の魔力波長を読み取って個体識別をしているらしく、名前が無くても困らないそうだ。


 ただ、俺としては前世の記憶がある為に、ちょっと――いや、かなり不便に感じる。


「それに〝名〟と言うのは、魔物によって特別な意味がありますからな」

「あぁ、確か強くなるんだっけ?」

「ええ、よくご存知で」


 そうそう。魔物に〝名〟が与えられると、強くなるんだよ。スフィアの時も名付けた瞬間進化したしな。

 確かディーネが、『〝名〟を与えられることによって、存在の格――魂の位階が上がるのです』って、言っていた気がする。進化の前兆でそれどころじゃなかったから、詳しくは聞けていないけど。


「〝名〟を与えられると、魔物としての格が上がり、結果強くなるのですよ。勿論、〝名〟を与えた存在の格によって、成長具合も変化していきますが」

「ふむふむ。与えた側も大きく影響しているみたいだな」


 バスメドの説明を聞いていると、俺は最高の存在から〝名〟を与えられたことになるのだろう。苦労してあのドレイクもどきを倒して良かったわ。


「じゃあ、バスメドも進化していたり?」


 グール達の中で唯一名持ちネームドであるバスメド。他のグールと比べて魔素エネルギー量も多いし、実力も頭一つ飛び抜けている。てっきり、上位種へと進化しているのかと思ったが。


「いえ、俺はグールのままですよ。いずれ上位種へとの気持ちはありますが、まだまだ未熟者です」


 どうやら上位種への進化はしていないらしい。名付けで進化するとは限らないのか? いや、〝名〟を与える側にも影響されるんだったか。

 スフィアの場合は、元々が最下級に位置する魔物だったから、進化したのかもな。


「頑張って。応援しているからさ」

「はい! ありがとうございます!」

「因みになんだけど、バスメドって誰に名付けされたの?」


 ちょっと気になったので問い掛けてみると、バスメドは困惑した様に眉を顰めた。


「それが……判らないのですよ」

「判らない?」


 そんな、判らないなんてあるんだろうか。魔物にとって〝名〟とは特別な意味を持っているんだろ? なら、余計に忘れることなんて無いだろうに。


「ええ。実は〝名〟を与えられた時、俺は死にかけていたんですよ」


 バスメドは当時を思い出すかのように、少し遠くを見詰めた。


「あの日は、村の近くに強力な魔物が接近しましてな。村の者総出で討伐にあたったのです。あの戦いは今でもはっきりと覚えておりますよ。村の存続を賭けた死闘でした」


 淡々とした語り口だが、いつの間にかバスメドの拳が固く握り締められていた。


「強力な魔物が放つ圧倒的な威圧感。身を竦ませる咆哮。当時、新米戦士だった俺は、その圧倒的な存在感に気圧され、腰を抜かしてしまいましてな」


 自分のことながら情けない限りです、とバスメドは苦笑する。


「強かったんだ、その魔物は」

「ええ。圧倒的な強さの前に、俺は絶望しか感じませんでした。しかし、同胞は違った。幾人もの同胞が勇猛果敢に攻め立てたのです。その雄姿は、目を瞑れば容易に思い出される程に、鮮明に記憶に残っています。絶望に立ち向かう雄姿。その背中に俺は励まされ、勇気が恐怖を上回った瞬間、俺は雄叫びを上げながら魔物へと向かって駆け出していました。しかし……」


 いつの間にか俺は、バスメドの語りに聞き入っていた。


「やはり魔物は圧倒的でした。多くの同胞が一人、また一人と散って……そして、俺も魔物の攻撃を受けてしまい、致命傷を負ってしまったのです」

「もしかしてその時に?」

「ええ。意識が朦朧とした状態でしたので。辛うじて覚えていることは、滲んだ視界に映る黒いローブと、『これも未来の為』という微かな呟きだけです」


 黒いローブ……。それに微かな呟きだけか。一体どんな意味が込められているのだろうか……。


「そうなんだ。因みに、その後はどうなったの?」


 バスメドに名付けた存在の事より、今は彼が語る話の方が余程気になる俺である。


「その後ですか。何の面白みもありませんが……」


 口籠るバスメド。あまり話したくは無さそう。だけど、俺は続きが気になるんだ。


「まぁ自分の活躍を話すのは、恥ずかしくなるからのぅ。その気持ちは判らんでもない。儂がお主に代わってお話しましょうかのぅ」


 そう割って入ってきたのは、ニヤニヤ顔の村長だった。


「村長、俺はそれほど活躍したとは思っていないが……」

「何を言っておる。あの時のお主の獅子奮迅の活躍は、今でも村の語り草になっておるだろうに」

「へぇー。それくらい凄かったんだ」

「そうですぞ、クラウディート様。コヤツは〝名〟を得た事で格段に強くなりましてのぅ。魔の大森林を揺らすかのような大咆哮が聞こえたかと思えば、目に留まらぬ速さで魔物へと駆け寄り、たった一人で討伐まで成し遂げたのですじゃ。それはそれは、物凄い強さで――」

「村長、もういいだろ」

「――ふふふ。まぁこの辺にしておいてやろうかのぅ」


 バスメドが村長の話を遮った。不機嫌そうに口許を歪めるバスメドに、村長はニヤニヤした顔を向けている。


「すごいじゃん、バスメド。全員でも苦戦していた魔物だったんだろ? それを一人で倒したなんて」


 一度倒れてからの復活劇。そして単身での討伐。まるで英雄譚だ。


「いえいえ。俺一人だけの力ではありませんよ。〝名〟を与えられたことと、皆が力を振り絞ったからこその勝利でしたので」


 バスメドは随分と謙遜しているなぁ。チラッと村長を見れば、肩を竦めているし。


「何者かは存じませんが、まぁ感謝はしておりますよ。あの時に〝名〟を与えられていなければ、どうなっていたのか判りませんでしたし」

「全滅じゃったよ。お主が〝名〟を与えられ、強くなっていなければな」

「その時の事を知っているってことは、もしかして村長は、バスメドに〝名〟を与えた者の事を知っているんじゃない?」


 俺が村長にそう聞けば、やはり名付け親の事は気になるのか、バスメドが村長に注目した。


「そう期待しているところ悪いが、残念ながら儂も判らん。当時は儂も必死じゃったのでのぅ。バスメドが名付けられた瞬間は目にしておらんのです。儂も気になっておったので、他の者に訊いたのじゃが、誰も見ていないそうじゃぞ」


 村長も知らないらしい。残念ながらバスメドの名付け親は不明のままだ。


「お主もやはり気になるのかぇ?」

「気にならん奴などおらんだろう。〝名〟を与えられておいて」

「まぁそれもそうじゃのう。しかし、お主は拒否しなかったのじゃな」


 え? 拒否? もしかして名付けって拒否出来るの?


「あの時は致命傷を負って、意識が朦朧としていたからな。拒否出来る状態じゃない」

「……ふむ。そこが少し引っ掛かってのぅ」


 村長は腕を組んで、何やら思案し始めた。


「えっと、もしかして名付けって拒否出来るの?」

「勿論、出来ますよ」

「気に入らない相手ならば、例え〝名〟を与えられて存在の格が上がる事が判っておっても、拒否は出来ますぞ」


 そうなんだ。知らなかった。


「じゃあ村長が引っ掛かっていることって、その黒ローブがバスメドに〝名〟を与えた時、あえて拒否出来ない状態を狙ったんじゃないかってこと?」

「そうですじゃ。誰一人として、その者の存在に気付かない。また戦闘中に名付けを行うなど、不審な点が多くありましてのぅ」


 んー、言われてみれば不審な点はあるな。その後一切バスメドに接触していないというのも何だか怪しい。


「疑い出したらキリが無いぞ、村長。名付けられ、戦いに勝利した。それでいいではないか」


 いや、流石にそれは考えなしじゃない? まぁ小さな事を気にしないのはバスメドらしいけど。


「そうじゃのぅ。今考えても答えが出るものでもないしのぅ」

「だね。今考えるべきことは、明日の事だよ」

「クラウディート様の仰る通りかと」


 そう言って頷くバスメドは、歴戦の猛者のような雰囲気が漂っている。明朝の決戦に向けて、戦意が高まっているのだろう。


「うんうん。明日は期待している。よろしくお願いね、バスメド・・・・


 バスメドの過去を聞き、是非とも活躍して欲しい。そう思って〝名〟を呼んだ瞬間。


「「――ッ⁉」」


 バスメドの全身が光り輝き、俺と村長は目を見開くのであった。



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