第一二話 いと尊き御方
洞窟を出て、スフィアという仲間を得た俺は、魔の大森林を抜け――られずに、未だ森の中を彷徨っていた。
まぁ急ぐ旅じゃない。スフィアという仲間が出来たことで、心に余裕も生まれたしね。孤独じゃないというだけで、俺は頑張れるのだ。
それに魔の大森林もそう悪いところじゃないしね。魔物と遭遇する危険はあるものの、緑豊かな森林は心の癒しにもなるし、珍しい果実が実っていたりして、中々楽しませてくれるのだ。
「お、これは柿っぽいな。渋柿もあればいいんだけど」
新しく発見した果実は、サポートAIさんの許可を得てから実食し、気に入った物はその都度収穫している。「空間収納」様々だ。
因みにサポートAIさんの許可とは、その果実が食べられるかどうかの判断をしてもらっているのだ。決してサポートAIさんの尻に敷かれている訳じゃないので、そこは勘違いしないように。
――ギチチチィィ!
「……はぁ。また蟻かよ」
美味しい果物を見つけて、いい気分だったのに。水を差しやがって……。
草を掻き分けて現れたのは、スフィアが以前倒した蟻の魔物――ジャイアントアーミーアント。その数は四匹。
「スフィアは……寝てるか」
最近お気に入りの場所となった俺の頭の上で、スフィアはすぅすぅと睡眠中の模様。
「じゃあ、スフィアを起こさないように、サクッとやりますかね」
ギチギチギチィと耳障りな音を響かせているジャイアントアーミーアントに向けて、俺はスッと指を指すように腕を持ち上げた。
「〝死弾〟」
放たれるは、漆黒の弾丸。必滅を呼ぶ死の弾丸だ。俺の十八番の「死属性魔法」である。
次々と放たれる〝死弾〟は、狙い違わずジャイアントアーミーアントの眉間を貫き穿つ。
ドサッ、ドサドサドサッ。抵抗する暇を与えず、倒れる音が四つ続いた。
「ふぅ。コイツらは強くないから、別に面倒って訳じゃないんだけど。なんか出会う魔物がジャイアントアーミーアントばっかりじゃないか?」
《マスターの仰る通り、ここ暫く遭遇した魔物は、種族名ジャイアントアーミーアントのみです。近隣付近に種族名ジャイアントアーミーアントの巣が存在しているのかもしれません》
なるほど。近くにコイツらの巣があるなら、こう頻繁に出会うのも仕方が――
「――――ぁぁあ⁉」
ん? 今何か聞こえたか?
「きゅ(んにゃ)? きゅーきゅー(主、なにかいった)?」
「俺は何も言ってないぞ」
否定しつつも、俺は思った。スフィアも聞こえたのなら空耳ではないと。
《エクストラスキル「魔力感知」の感知範囲を広げますか?》
そうだな。頼むよ、サポートAIさん。俺の聞き間違えじゃ無ければ、あれは魔物の鳴き声なんかじゃなかったし。
《承知しました。エクストラスキル「魔力感知」の効果範囲を広域へと指定します》
その瞬間、一気に視界が広がった。視覚では見通すことの出来ない生い茂る木々の奥のその先さえも認識出来る。
早速、声が聞こえた方へと意識を向ける。
「あれは……人? アントに襲われている⁉」
十数匹ものジャイアントアーミーアントに囲まれている女性を発見。微かに聞こえた音は、彼女が発した悲鳴だったんだ!
「行くぞ、スフィアッ!」
「きゅー(ガッテンしょうちなの)!」
頭の上からピョンッと跳び下りたスフィアをしっかりとキャッチし、俺は慌てて走り出す。……スフィアの変な返事は、この際無視しておく。
「――やぁあ! 来ないでぇ!」
甲高い悲鳴が耳朶を打った。範囲拡大した「魔力感知」には、今にも飛び掛からんばかりのジャイアントアーミーアントの姿が。
状況は最悪だ。もはや幾許の猶予も無い。
「ちッ。サポートAIさん!」
《承知しました。サポートはお任せ下さい》
打てば響く頼もしい返答を受けて、咄嗟に俺は魔法を放つ。
「〝死弾〟」
黒き魔弾による一条の閃き。
今にも飛び掛かろうとしていたジャイアントアーミーアントの頭部を正確に穿ち、絶命させた。
全力疾走中の魔法行使。命中率にやや不安があったが、流石サポートAIさんだ。寸分違わずドンピシャだ。
突然の予想外の攻撃を受けて、警戒を強めたのだろう。女性を囲みつつも、ジャイアントアーミーアントは周囲をキョロキョロと見回している。
そう、それでいい。お前らが警戒しているそのほんの僅かな時間さえも、今の俺にはありがたい。
ジャイアントアーミーアントが攻撃行動を取る度に、〝死弾〟を放つ。そして――見えた!
「スフィアはあの人を守ってくれ!」
「きゅー(まかせて)!」
とうとう現場に駆け付けた俺は、スフィアを力いっぱい投擲した。
飛翔するスフィアは、座り込む女性の元に到達すると、即座にエクストラスキル「サイズ変更」によって巨大化。女性を守る防壁とへ化す。
「え? な、何が――」
混乱しているとこ悪いんだけど、今はスフィアに守られていてくれ。その間に俺はコイツらを殲滅する!
「悪いな。お前らの獲物は、俺が頂いた」
ニヤリと口角を上げて、俺は挑発的な笑みを浮かべた。
突然の乱入者。しかも仕留める寸前だった獲物を掻っ攫われて、ジャイアントアーミーアントは激昂。鋭利な鉤爪の生えた前足を振り上げて、威嚇する様に怒号を上げた。
人質になりそうな女性は確保出来た。「物理攻撃耐性」を有するスフィアが守っているんだ。もう何の心配も無い。
さて。どうやってコイツらを仕留めるか……。振るわれる奴らの鉤爪を、余裕をもって回避しながら考える。勿論、「思考加速」は発動済みだ。
〝死弾〟でサクッとやる? それなら簡単に殲滅出来るけど……それ一辺倒になってもなー。
《提案します。耐久力のある相手ですので、この機会に格闘術系スキルの獲得を目指すのは如何でしょうか?》
ふむ。確かにコイツらは硬く防御力が高いし、いい練習になるかもな。
サポートAIさんの助言もあって、俺はコイツらには近接戦闘で相手することに決めた。
ジャイアントアーミーアントが振るった鋭爪を半身になって躱し、懐に潜って殴りつける。
ドゴンッ! と鈍い音を残し、勢いよく吹っ飛んでいくジャイアントアーミーアント。
「……は?」
まさかただ殴っただけで、自分の倍以上もある巨大な相手を吹き飛ばすとは思ってもみなかった俺は、拳を振り抜いたままの姿勢で固まってしまう。
《お忘れですか、マスター? スキル「怪力」を所持していることを》
あー、そう言えばあったな「怪力」。納得納得。
幼児体型でありながら凄まじい腕力だ。「怪力」といい、「思考加速」といい、スキルってホント滅茶苦茶だよな。
そんなことを思考している間にも、四方八方から縦横無尽に襲われているのだが、俺には余裕しか無かった。
時には身を翻して躱し。時には受け流し。時には反撃を試みる。
対集団戦の練習には打って付けの敵だな。というかいつの間にか、最初に殴り飛ばした個体も戻って来ているし。
よく見れば、最初に殴り飛ばした個体が攻撃に加わっていた。その胴体には、くっきりと小さな拳の跡が残っている。
ふむ。「怪力」スキルが有ったとしても、有効打にはならないのか。
単なる打撃では、ジャイアントアーミーアントの強固な外骨格を突破出来ないことが判った。
試しに数匹、同様に殴り飛ばしてみるものの、やはり早々に復帰してくる。
今の打力では、ノックバック効果しか得られない。なら、それ以上の力で殴ろう、とちょっと脳筋っぽい考えを実行する。
全身に魔力を行き渡らせて、「無属性魔法」〝身体強化〟を発動。
格段に身体能力が向上し、ジャイアントアーミーアントを翻弄。隙を突いて、拳打。
その結果、先程のように凄絶な打撃音はせず、ジャイアントアーミーアントの外骨格を貫く。
腹を穿たれ、痙攣したジャイアントアーミーアントは、崩折れるようにゆっくりと倒れていく。
拳打による討伐も成功した。成功した訳だが……。
「うへぇ……気色悪ぅー……」
生々しい肉を穿つ感覚。そして、飛び散る鮮血や肉片。俺が目指す華麗なる戦闘とは一線を画す凄惨な光景が広がっていた。
途端にやる気が無くなってしまった。まぁ自業自得なんだけど。
一刻も早く身綺麗にしたい。返り血とか肉片とか、滅茶苦茶気持ち悪いし。
因みに、洞窟に住んでいた時の主な食事は、狼の魔物――ハイグレイウルフから頂いていました。初めて吸血した蛇の魔物――ブラッティナーガくらい美味しかったので。
それはともかく。さっさと残りも殲滅するとしますかね。
簡単に殲滅出来る〝死弾〟は使わない。あくまでも近接戦闘に拘る。初志貫徹です。
とは言え、拳打による格闘はもういい。使うのは鉤爪だ。
シャキンッと、伸びる鉤爪。さぁお前らの鉤爪とどっちが上か、今から決めようか。
そう意気込んだ俺だったが、結果は呆気ない物だった。
ジャイアントアーミーアントが振るった鋭爪に合わせるようにして鉤爪を振るったところ、スパンッ! と難なく断ち切ることが出来たのだ。
更には硬い外骨格までも、いとも容易く切り裂けたので、次々とジャイアントアーミーアントの首を狩っていく。
「これで最後」
シャンッと、一閃。最後の個体を滅し、ひと息吐く。
近接戦闘は、滅茶苦茶汚れちゃうな。まぁ一定の成果はあったし、上々かな。スキルは獲得出来なかったみたいだけど、戦闘経験は積めたので良しとする。
「スフィアー、終わったから綺麗にしてくれー」
へたり込んでいた女性を守るように巨大化していたスフィアを呼ぶ。
「きゅっ(おまかせっ)!」
可愛い鳴き声で返事をしたスフィアは、身体をみょーんと伸ばして俺を飲み込む。
最近発明したスフィア洗浄である。全身をスフィアに飲み込まれることによって、身体に付着した汚れだけを食べてもらうのだ。綺麗好きの俺としては、物凄く重宝している。
「ふぅ。サッパリした」
「きゅーきゅー(主、きれいなった)?」
「おう。ありがとな」
感謝を込めて撫でてやると、スフィアは嬉しそうに身体を震わした。ホント、可愛い奴である。
「きゅー、きゅー(あれ、たべていい)?」
「全部食べていいぞ」
「きゅー(わーい)」
食いしん坊なところは相変わらず。スフィアは「きゅー(いただきます)」と行儀よく、俺が殲滅したジャイアントアーミーアントの亡骸を食べ始めたのだった。
その様子を横目に見つつ、ぽかーんと口を開けて呆然としている女性へと意識を向ける。
何となく安心感を抱かせる長い黒髪に、黒い瞳。日焼けした健康的で艶のある美しい褐色の肌。とても煽情的であり、身に付けているエキゾチックな民族衣装がよく似合う。
年の頃は、大体一五、六といったところか。幼さは残るものの、可愛らしく美しい容貌だ。ぽかーんと口を開いていても、それはよく判る。
これだけ見れば、日焼けした人間だと思うだろう。だが、彼女には俺が知っている人間にはない特徴があった。
それは爪だ。その爪は黒く長い。どことなく禍々しさを感じさせ、毒爪という言葉が脳裡を過る。
「襲われているみたいだったから、勝手に加勢したけど、大丈夫だった?」
俺が声を掛けると、ぽかーんと呆然としていた女性の視線が俺の方に向く。
その瞬間、目を大きく見開いたかと思えば、俊敏な動きで平伏し出す女性。
えー……なんで土下座ぁー……?
今度は俺がぽかーんと口を開く番のようであった。
「いと尊き御身のお手を煩わせてしまい、大変申し訳御座いませんっ!」
額が地面にめり込むんじゃないかと心配になるほど平伏する女性が、何か訳の分からないことを言い出した。
いと尊き御身……? 俺の事じゃないよな……? あ、もしかしてスフィアの――
《否定します。確実にこの者は、マスターに対して発言をしております》
――だよね、判ってた……。判ってたけど、判りたくなかったわ……。
「多分、人違いだと思うんだけど……誰かと勘違いしてない?」
一応、そう一応念の為に確認しておく。何かの間違いであってくれと願いながら。
「いえ! 勘違いなどでは御座いません!」
しかし現実は無常。物凄く力強い返事が返ってきた。
何故こんなことに……。俺は思わず額に手をやって、天を仰ぐ。
ただ悲鳴が聞こえて、襲われている女性を助けただけなのに……。なんで意味不明に崇め奉られているのさ。
《マスターの偉大さを感じ取ったのでしょう。見所のある個体です》
えぇ……。何でそんなに誇らしげなのさ……。
兎に角、色々と話を聞き出さないとな。俺がいと尊き御方では無いということも説明しないと。
「あー、えっと、とにかく頭を上げてもらえるかな?」
「はっ!」
快活な返事。素直に頭を上げた女性は、姿勢正しい見事な正座になった。いや、立って欲しいんだけど……まぁいいや。
「質問したいことがあるんだけど、いい?」
「勿論です! 何なりとお聞き下さい!」
ハキハキとそう返事をした女性。そのキラキラとした瞳は真っ直ぐ俺を見詰めている。視線に尊敬の念が込められているかのようだ。
「……えっと、まずその尊き御身って、どういうこと?」
「尊き御身とは、
その事を彼女に伝え、勘違いを解こうとしたのだけれど……。
「なんとっ⁉ 新たな始祖様がお生まれになっていたとは! 大変喜ばしい事で御座います!」
と、何故か更に瞳の輝きが増してしまった。……解せぬ。
「貴方が尊敬している人と、俺は別人なんだけど?」
「ええ、その様で御座いますね。しかし、それは些末な事であります。始祖様は始祖様であり、我らが尊敬する御方であることには間違いありません!」
あー……うん。これはもうどうする事も出来ないな。諦めよう。俺には彼女を修正することは無理だ。
何故、そこまで始祖を崇めているのだろうか。彼女に聞いてみると。
「我らグールは、始祖様によってこの地に誕生した新種族であります」
どうやら先代(?)始祖さんが、彼女の種族であるグールの産みの親らしかった。
更に詳しく聞く所によると、先代始祖さんは、グールという種族の他にも、様々な種族を生み出したらしい。勿論、始祖と同じ吸血鬼(原種)もだ。
しかし、長き年月が過ぎ、今では吸血鬼とグール以外の種族は絶種してしまっているらしい。
因みに、吸血鬼(原種)は、彼女達にとって尊敬対象では無いらしい。始祖様だけが特別とのこと。
吸血鬼とは兄弟分ではあるものの、話を聞いている限り、あまり良好な関係では無さそうだった。
「……吸血鬼共はあろうことか、邪神の走狗へと成り果てて御座います! 決して許されざる蛮行かと!」
邪神の走狗、ねぇ……。うん、確かに彼女の言う通り蛮行だ。あんなクソ野郎の手下になるなど、言語道断。同族である吸血鬼に出会ったとしても、注意が必要そうだ。要警戒。
その他にも色々と話を聞き出すと、どうやらこの付近に彼女が暮らすグールの村があるそうだ。
「その村にお邪魔してもいい?」
「ぜひっ!」
女性の了承も得たことだし、早速グールの村へ向かうとしますか。一体どんなところだろう。今から楽しみだ。
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