第一一話 育成計画


 洞窟を出て、初めての仲間……――じゃなくて、二番目の仲間であるスライムを連れて、魔の大森林を進む。


 目指すは、人が住んでいる村か街だ。サポートAIさんに訊けば、簡単に判ると思っていたんだけど……。


《申し訳ありません。ワタシが得ている情報では、マスターのお役には立てません》


 とのこと。どうやら「森羅万象」をもってしても、それは判らないらしい。どうやら俺が一度行った事がある場所しか、判らないそうだ。

 残念だが仕方がない。まぁゆっくりと気楽に行くとしますか。と、暢気に考えられたのも今ではいい思い出だ。


 どこまでも続く深い森。全く変化しない風景に飽き飽きとした俺は、背中から羽を生やして飛び上がってみた。すると……。


「わぁーお……」


 視界いっぱいに広がる緑。それは何処までも続き、人里なんて全く見つけられない。

 どんだけ深い森なんだよ。地平線まで森じゃん。はぁ……どんだけ歩けば、森を出られるのか……。

 このまま飛んでいく? 徒歩よりも早く出られそうだけど、それでも一日二日とかじゃないぞ。


 地上に降りて、どうするか考えつつ、リンゴをむしゃむしゃ。うん、美味い。

 硬くて食べられない芯は、ポイっと放ってスライムさんにあげる。

 スライムの食事風景は、ちょっと怖い。俺が放ったリンゴの芯を体内に取り込んで、ゆっくりと消化していくのだ。今はリンゴの芯だからいいけど、これが何かの魔物だったらと思うと、ちょっとしたホラーだ。

 魔物の姿が徐々に溶かされていく……出来れば直視したくない光景だな、うん。


 嬉々としてリンゴの芯を食べるスライムさんを見ていると、ふと思った。暇だし、このスライムさんを鍛えてみようかと。


「なぁ、スライムさん。君は強くなりたい?」

「ぷるぷる!」


 おぉ! そうかそうか。強くなりたいか。なら鍛えて上げよう。

 最弱の代名詞――スライム。ラノベ作品によっては、めちゃくちゃ強くなるし、ちょっと興味が湧いた。どこまで強くなるのだろうかと。

 即断即決。スライムさん強化プログラムを発動だ!


「とはいえ、どうやって強くなるんだろう? 戦わせたらいいのか? すぐに負けちゃわない?」

「ぶるぶる!」


 ぶるぶると震えて、何かを伝えようとしているのは判る。判らないのは、その伝えたい内容なのだよ。


《通訳すると、『そんなに弱くないよ』と言っています》


 え? サポートAIさん、スライムの伝えたいことが判るの⁉


《なんとなくではありますが。肯定の場合と否定の場合の震え方に違いあります》


 え? マジ? 俺にはそんな違いは判らないんだけど。

 試しにスライムさんにいくつか質問をしてみて、その反応をジッと観察してみたが……全く判らん。どう見ても一緒だわ。

 なんとか意思疎通が取れないかと試行錯誤していると、ふと思い付いた。


「よし。ハイの場合は、縦に頷くように震える。イイエの場合は横に首を振るように震えるんだ!」

「ぷるぷる」


 おぉ! 今縦に頷くように震えたぞ! 俺の指示をちゃんと理解したのか!

 賢い奴だとよしよしと頭(?)を撫でてやる。嬉しそうに震えてやがるぜ。

 なんとか意思疎通の方法を編み出した。次は戦闘だ。出来れば弱い魔物がいいんだけど……。


 さっと辺りを見渡してみるものの、一切生物の気配は感じられなかった。

 もしかしてこの森は、魔の大森林とは名ばかりで、生物が存在しない森なのでは? と思ったが、どうやらそうじゃないらしい。近くに生物の気配が無いのは、どうやら俺のせいみたいだった。


 サポートAIさん曰く、俺が無意識に放っている妖気オーラに怯えて、魔物や動物が遠くに逃げ出しているそうだ。


 そんなバカなと思いつつも、「魔力感知」で俯瞰して自分を見てみると、なんと禍々しい妖気オーラが溢れ出しているではありませんか!

 そりゃこんな危ない奴がいたら、逃げ出してしまうのも仕方がないぞ。


 とりあえず、妖気オーラを引っ込めてみる。ふんぬっ!

 シュルッと引っ込む妖気オーラ。「魔力感知」で再度確認してみるが、禍々しい妖気オーラは漏れていなかった。


 これなら大丈夫だろうと考えたその時――ガサガサッと至る所から物音が。

 そして飛び出してくる数えきれないほどの魔物の群れ。


「なんじゃこりゃあ!」


 もはやスライムさんの戦闘訓練とか暢気な事を言っている場合じゃない。

 慌てて俺は、集まってきた魔物を次々と殲滅していくのであった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 お、終わった。と、取り敢えず全部倒したぞ。

 やり遂げた俺は、ドサッと倒れ込む。とても疲れたわ。


〝知死〟に反応が無かったので、強敵は居なかったが、とにかく数が多かった。

 ウサギの魔物やら、狼の魔物、猪の魔物に、鳥の魔物と、魔の大森林と恐れられることはある。めちゃくちゃ魔物の数が多かったわ。


 因みにスライムさんは、ずっと俺の頭の上に鎮座していました。まぁそのスライムさんを落とさないように戦ったことも疲れた要因ではあるんだけどね。


 そのスライムさんは、嬉々として俺が倒した魔物を食べている。予想通りグロい……。


《流石マスター。スライムの習性をご存知だったのですね》


 へばっていると、サポートAIさんがそんなことを言ってきた。


《スライムは、他の生物を吸収することで、強さを得ていく魔物です》


 え? そうなの? なら今のこの状況、無数の魔物を倒したことは正解だった?


《肯定します。なので、マスターは妖気(オーラ)を放出することなく、殲滅させたのでしょう? 流石マスターです》


 お、おう。実はそ、そうなんだよ、ハハハ。

 内心の動揺を悟れないように、そう誤魔化す俺。一方、サポートAIさんに知られないよう心の奥底では……。


 ちょっと待て。もしかして妖気オーラを放出すれば、この魔物の大群と戦わずに済んだ?

 そうだよ。考えればすぐに判る事じゃん。妖気オーラを引っ込めたからこそ、魔物が襲って来たんだ。ならその逆を行えば……あぁ……。と、がっくりと項垂れていたのだった。


 サポートAIさんの称賛に、頬を引き攣らせながらも、想定通りと言わんばかりに胸を張る俺。

 まぁ疲れたけど、結果オーライだ。倒した魔物の死骸を嬉々として貪るスライムさんを見れば、苦労した甲斐があったってもんだ、うん。


 とりあえず、疲れたので一休み。スライムさんの食事が終わるまでしばし休憩だ。

 木の幹にもたれ、微睡む俺。


 ふと目覚めれば、青かった空に赤みが差し込んでいた。


「ふわぁー。結構眠っちゃってた――って、えぇぇえ⁉」


 眠気眼をゴシゴシ。うん、やっぱり大きくなっているよな。

 ぽよんと震えるスライムさん。その姿は眠る前とは比べ物にならない程、巨大になっていた。

 片手に乗るくらいの小ささだったのに、今では俺の身長を優に超えている。大体一メートル半くらいかな。


「お、大きくなったな」

「ぷるぷる」


 頷くように弾むスライムさん。は、迫力が凄い……。


《どうやら進化を果たし、ビッグスライムという上位種族になったようです》


 ほぇー。確かにビッグだ。俺よりもデカ――ん? 待てよ? 今ならスライムさんに埋もれることも出来るのでは?

 即実行だ。では、ちょいと失礼して。


「お、おぉぉぉ! ウォーターベッドだ!」


 スライムさんに包まれる。その心地よさは、まるでウォーターベッドのよう。ひんやりとしていて、ぷかぷかと水の中を浮かんでいるみたいだ。


 いやー、それにしてもホント立派になった。あんなにも積み重なっていた魔物の死骸も全て食べ尽くしたみたいだし、あの量を食べれば、大きくなるのもよく判る。


 そういえば、確かスライムって何かを吸収することで強くなるんだったよな? 何だか俺と似た性質を持っているような気がする。俺は血液限定だけど。

 ということはだ。俺がディーネの血を吸血したように、このスライムさんに血を与えたら、強くなるのでは? そんな予感がふと脳裡に過る。

 物は試しと、俺は鉤爪を伸ばし、軽く掌を切った。


「スライムさん、この血飲んでみて?」

「ぷるぷる」


 触手を伸ばして、掌に浮かんだ血を舐めとるスライムさん。いたく気に入ったようで、もっともっとと強請るように触手を震わす。

 暫くスライムさんを観察するが、特に変化は見受けられない。まぁ与えた血はちょっとだけだったしな。


 あー、そういえば、俺の時は同時に名付けもされたっけ。ずっとスライムさんと呼ぶのも何だし、この際名前を付けてやるか。

 スライムだからスラき――うむ、やめておこう。その名は色々と危険だ。

 水っぽいからウォーター……アクア……んー。液体はリキッドだし、丸はサークルか?

 何だか名前っぽくないな。丸と言うより球体だし。球体って、スフィアだったっけ? あれ? これいい感じじゃね?


「よし、決めた! 君の名前は〝スフィア〟だ!」


 単純と言う事なかれ。シンプル・イズ・ベストとも言うだろ?

 俺が〝スフィア〟という名を授けた途端、スライムに変化が訪れた。


 全身が光り輝き、その光がどんどん小さくなっていく。そして、元の掌に乗るくらいの大きさまで収縮すると、パッと光が弾け飛んだ。


「きゅー、きゅー(主、大きくなった)!」


 可愛らしい手乗りサイズ。澄んだ湖のような青さは一変し、鮮やかな深紅へと変貌していた。


「いやいや、俺が大きくなったわけじゃ――って、何でスフィアの言っている事がわかるんだ?」

《マスターの名付けによって、個体名スフィアとの間に、〝魂の繋がり〟が形成された為と推測されます。〝魂の繋がり〟とは、魂の繋がりのことであり、何人たりとも犯すことの出来ない絶対なる絆でもあります》


 ほうほう。俺とスフィアに確固たる繋がりが出来たことで、スフィアの言っていることが理解出来るようになったってことか。


《その認識で問題ありません》


 ふむ。中々理解力が上がってきたんじゃないか、俺。まぁそんなことより、スフィアのことだ。一体どんな種族になったんだろうか。


「スフィア。君は一体何の種族だい?」

「きゅーきゅー(わかんない)!」


 ……そ、そうですか。スフィアの事を尋ねるのは、直接するべきだと思って訊いたのだけれど……サポートAIさん、お願いします!


《承知しました。個体名スフィアのステータスを表示します》


名前:スフィア

種族:ブラッティ・スライム

称号:――

加護:クラウディートの血族

技能:エクストラスキル「液体操作」「サイズ変更」「形態変化」「高速再生」

   スキル「捕食」「胃袋」「怪力」

 魔法:――

 耐性:「物理攻撃耐性」「痛覚無効」「病気無効」


《以上が、個体名スフィアのステータスになります》


 えっと……強くね? え? マジで言っている?


《マジです》


 お、おぉ……。俺は、なんかとんでもない奴を生み出してしまったのかもしれない。


「きゅーきゅー(どうしたの、主)?」

「い、いや、何でもないさ。強くなったな、スフィア」

「きゅーきゅー(主のおかげー)」


 ……まぁいっか。こんなに可愛いんだし、強い事に越したことは無いんだから。

 ピョンっと掌に乗って来るスフィアを愛でていると、そんなことはどうでもよくなっていた。俺って案外チョロい?


《チョロいです》


 おい、そこ! 答えは求めてないから!


 とにかく進化したことで強くなったスフィアの戦闘能力を確認してみることにした。

 何処かに手頃な魔物は居ないかなぁーっときょろきょろと探し回っていると。


 ――ギチチチィ。


 耳障りな鳴き声が聞こえて来た。


「お、いいタイミングだ。ラッキー」


 鳴き声が聞こえた方へ向かうと、そこにはアリの魔物が、キョロキョロと何かを探している所に遭遇した。


《解析しました。種族名ジャイアントアーミーアントです》


 俺の背丈を優に超えるであろう目算二メートル程の巨大なアリの魔物――ジャイアントアーミーアント。黒光りする外骨格がとても硬そうである。


「蟲系の魔物は、どいつも硬くて嫌なんだよなぁ。どうする、スフィア? いけるか?」

「きゅーきゅー(だいじょうぶー)」


 おぉ、何とも頼りになる返しだこと。スフィアの数十倍も巨大な相手に全く物怖じしていない。


「よし! なら頑張って来い!」

「きゅーきゅー(まかせて)!」


 俺のエールを受けて、スフィアは勢いよく飛び出した。そう、飛び出したんだ。跳んだのではなく、本当に空を飛んでいるのだ。

 えぇ、飛んだ⁉ つーか、スフィアの背中(?)から蝙蝠のような羽が生えたんだが⁉


《エクストラスキル「形態変化」による変身でしょう。しかしながら飛行系スキルを有していない為、滑空しか出来ないようですが》


 驚く俺に、いつもながら冷静な声音で解説するサポートAIさん。

 サポートAIさんが解説してくれたように、スフィアは羽を必死に羽ばたかせているものの、飛行している訳では無さそうだ。滑空して、スッと地面に着陸した。


 スフィアに反応したのか、ギョロッと振り返るジャイアントアーミーアント。だが、会敵したのが小さなスライムだった為か、その表情には侮りが見受けられる。ふんと嘲笑うかのように、牙を軽く鳴らした。


 ムカッ。アイツ、今スフィアの事を笑ったよな? 絶対、絶対笑ったよな? 許すまじ……。


《マスター……》


 サポートAIさんが何だか呆れている様子だが、気にならない。スフィアの事を嗤ったあの蟲野郎は殲滅すべき邪悪だ!


《マスターが動いては、個体名スフィアの能力の確認が出来ませんが? それにやる気を出している個体名スフィアの邪魔をするべきではないと進言致します》


 ぐぬぬぬ。確かにそうだ。俺がサクッとヤッてしまっては、スフィアのやる気に水を差すことになってしまう。ぐぬぬぬ……ここは我慢か。


(《マスターは、いつから親バカになったのでしょうか……》)


 スフィアが動きを見せたことによって、サポートAIさんの独り言を聞き逃す俺であった。


「きゅーきゅー(おまえ、くうぞ)」


 自身の弾力性を活かして跳び上がったスフィア。まさか体当たり? と思ったのは俺だけではないはず。しかし、スフィアがそんな単純な攻撃をするはずがなかった。


「きゅーきゅー(くらえ)!」


 跳び上がったスフィアが吼えると、一瞬にしてその体積が増し、ジャイアントアーミーアントを覆い尽くす程の巨体に。


《エクストラスキル「サイズ変更」により、体積を増やしたのでしょう》


 なるほど。体積も自由自在って訳か。


 覆い被せられたジャイアントアーミーアントもただでやられはしない。その鋭利な牙を振るい、張り付いたスフィアを喰い破ろうと藻掻く。


 食い千切られるスフィア。思わず悲鳴を上げる俺。


「ぎゃぁー⁉ スフィア⁉」

《問題ありません、マスター。個体名スフィアには「物理攻撃耐性」、「痛覚無効」という耐性スキルを保持しており、又、「高速再生」も所持しております。その為、個体名スフィアはダメージを回復済みです》


 慌てて加勢しようとした俺に、待ったを掛けるサポートAIさん。その解説を聞く限り、スフィアには全く問題が無いらしい。ふぅ、良かった。

 俺が胸を撫で下ろしていると、「ギャァァアアア」と痛烈な悲鳴が耳朶を叩いた。


「あれは……惨いな」


 そんな言葉が思わず口を付く。それも仕方がないと思う。だって、生きたまま喰われているんだから。

 粘性の増したスフィアが張り付いた個所から、徐々に身体を溶かされて、喰われていくジャイアントアーミーアント。

 強固な防御力を誇る外骨格は既に無く、ちょっとグロい内部組織がスフィアの身体を通して視られる。

 捕食者と被捕食者の関係だ。もはや戦いとは呼べない。


 最後まで足掻き続けたジャイアントアーミーアントであったが、スフィアを振り払うことは出来ず……。


「きゅー(ごちそうさまー)」


 けふっと息を吐くスフィアに美味しく召し上がられたのだった。


「きゅーきゅー(どうだった、主ー)?」

「お、おう。すごく強くなったな、うん!」


 ぴょんぴょんと跳ねるようにやって来るスフィアに、俺は若干頬が引き攣りながらも褒め称えた。


《……色々と誤魔化しましたね?》


 ひゅーひゅー、何のことか判らないなぁ。


《……はぁ》


 呆れたため息が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう、うん。


 とにかく、スフィアが最弱の魔物であるスライムから大きく逸脱し、めちゃくちゃ強くなったことはよく判った。……戦闘風景は凄惨とも呼べる代物だったけれど。


「きゅー(やった)! きゅーきゅー(主のために、もっとつよくなるー)!」


 もっと強くなる、か……。もう既に十分じゃね? 

 強くなると決意するスフィア。どうか強くはなっても、可愛さだけは失われないよう願わずにはいられない俺であった。

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