第一〇話 いざ、外の世界へ


 それはそれは。とても言葉では言い表すことの出来ない苦難に満ちた日々であった。


 初日。俺はサポートAIさんの無慈悲な指示によって、陽の光を浴びて悶絶し、「自己治癒」による回復を待って、その後もう一度陽の光を浴びるという一連の行動を、精魂尽き果てるまで繰り返した。

 既に初日から挫けそうになってしまったが、それからの日々もしっかりとサポートAIさんの指示に従った。


 それは何故か。偏にこの異世界を見て回りたいから、という一心だった。


 まぁ、時々サポートAIさんに泣きついて、訓練を中止してもらった日もあったけどね。俺には激痛を楽しむような偏狭な趣味は持ち合わせていないので。


 その苦労もあってか、あの日から約三か月。とうとう俺は陽の光を克服したのである。ステータスでもしっかりと「日光脆弱」の文字が消えているのを確認した。

 俺がどれだけ頑張ったか……。耐性スキル「痛覚無効」を獲得したことで判って貰えるだろう。無効だよ、無効? ホント頑張ったな、俺。


 あ、因みに耐性スキル「銀鉱物脆弱」もステータスから消えた。勿論、偶然消えた訳じゃない。

 俺がサポートAIさんに泣きついて、訓練を中止してもらった日の事。突然サポートAIさんが、《それでは「銀鉱物脆弱」もついでに克服しておきましょう》なんて言い出したんだ。


 あれは今思い出しても戦慄ものだわ。鬼畜過ぎて、マジ震えたもん。

 サポートAIさんの指示に従い、鉤爪を使って銀鉱物を掘り出した後、その銀鉱物を素手で持つのだ。勿論、焼けるような痛みがして堪ったものじゃない。泣きそうになりながらも頑張ったよ、俺は……。


 余談としてだが、鉤爪を伸ばせることを知った俺は、この鉤爪を有効活用するべく、格闘術の訓練も行った。決して、脆弱スキル克服プログラムから逃げる為じゃないよ? 必要だと思ったからだよ?


 とは言え、鉤爪を使用した格闘術は、未だ成果をあげられていない。それは俺が武術の達人とかじゃなく、平々凡々の現代人だった為に、武術について何も判っていないからである。

 こんなことになるなら、薫が通っていた護身術教室に俺も通うべきだったな。今更だけど。


 また、この三か月、ただ陽の光を克服する訓練ばかりだった訳じゃない。この洞窟を一から攻略もしてみたのだ。

 その成果としては、かなりの宝物を獲得出来た。因みに、ずっとただの洞窟だと思っていたけれど、実はここ、ダンジョンだったらしい。サポートAIさんに教えられて、初めて知ったわ。

 言われてみれば、洞窟にしては複雑だし、そもそもめちゃくちゃ広い。強力な魔物も棲みついているしな。


 ダンジョンと言えば、やっぱり宝物だろう。サポートAIさんに掛かれば、隠された洞窟内の宝物の場所なんて簡単に発見することが出来た。

 カッコいい長剣から、ちょっと不気味な鎧まで、色んな宝を発見。だけれど、全部大人用で、俺には使えないものばかりだったけど。むぅ、残念だ。

 あとは、この世界で流通しているであろう金貨や銀貨、貴重な金属、さらには魔導具と呼ばれるアイテムも手に入れた。


 魔導具。なんと甘美な響きだろうか。男の子なら一度は憧れるのではないだろうか。

 そんな魔導具の一部をご紹介。まずは、小さな火が灯る魔導具。……うん、ライターじゃん。


 お次は、魔力を込めれば無限に水が湧く水筒。おぉこれは凄い! そう思ったのは俺と同じ絶望を味わうことだろう。その絶望とは……とにかくめちゃくちゃ水が不味いのだ。我慢出来なくはないけど……進んで飲みたいとは思わない。農業用だと思われる。

 ここまでクソな魔導具しか無かったけど、最後に紹介する魔導具は、それらとは一線を画す素晴らしい魔導具だ。


 それは、魔法袋――マジックバックである。定番中の定番であるアイテムだ。異世界転生には必須ともいえるアイテムを俺は見つけてしまったのである。

 ただ……容量が、な。そのう……大体浴室くらいしか無いのだ。十分と言えば十分なんだけど……手に入れた宝物を全部収納出来ないんだ……。

 ここは心を鬼にして、取捨選択しなければ! と決意した俺。だったのだが……。


《魔法袋を解析しました。その結果、「空間収納」を獲得。ユニークスキル『圧制者』に統合されました》


 サポートAIさんにその決意は木っ端微塵に砕かれたのである。まぁ泣く泣く捨てることにならなくて結果オーライだけどね。

 そして無用な長物に成り下がる魔法袋。何せ新しく獲得した「空間収納」には、無限とも思える程の収納量があったのだ。全ての宝物を収納しても、その使用容量はたった二パーセント。魔法袋よ……哀れなり……。


 まぁそんなことがあった三か月。長いようで短かった洞窟生活も終わりを告げ。

遂に今日、俺はこの洞窟から外の世界へと旅立つのだ。


 陽の光が差し込む出口を前に、ふぅと一つ深呼吸。そして、俺は一歩踏み出した。

 外に出ると、燦燦と降り注ぐ陽の光が俺の全身を暖かく包み込む。


「……おっしゃぁぁぁあ! 痛くない! 痛くないぞぉぉおおお!」


 思わず歓喜の声を上げる俺。火で炙られるような激痛は感じない。成功だ。


《おめでとうございます、マスター》


 ありがとう、サポートAIさん。貴方のおかげで俺は外に出られました。……この言い方だと、ずっと引きこもりだった奴みたいだけど。


 すぅーっと、深く息を吸う。鼻孔を擽る新鮮な空気に、草木の淡い香り。

 見渡してみれば、そこは木々が生い茂る深い森林だった。一体、ここは何処だろう?


《現在地は、大陸中央部に位置する魔境――通称〝魔の大森林〟だと推測されます》


 魔境? 魔の大森林? めちゃくちゃ物騒だな、おい。

 詳しく訊くと、魔境とは、魔素が溜まりやすい地域のことで、強力な魔物が多く棲む危険地帯とのこと。そして魔の大森林は、大陸中央部に存在する最大規模を誇る魔境のことを表す通称だとか。並みの戦士では、決して立ち入る事なかれと人の世界では言われているのだとか。

 え? もしかして、俺って今めちゃくちゃ危険……?


《問題ありません。強力な魔物が生息しておりますが、マスターの敵ではありません》


 いやいやいや。俺ってば、平々凡々な男だよ? サポートAIさんって、何故か俺を過大評価しているんだよな。

 清々しい門出に、ちょっぴり暗雲が立ち込めたが、まぁ気にすることは無いさ。ヤバくなった時は、その時の俺が考えればいいこと。うん、そう思えば気持ちが晴れやかになったわ。

 未来の俺よ、頑張ってくれ、と考えつつ鬱蒼と茂った森を歩いていく。


 気持ちがいい。マイナスイオンでも出ているのかな。頬に当たるそよ風も清らかで何とも心地よい。


 これのどこが魔境なのだろう。ピクニックに最適な場所じゃないか。

 もしかして噂が噂を呼んで、誇張表現されてしまった類じゃないかな。今のところ、魔物どころか動物さえ全く見掛けないし。〝知死〟もシンと静まり返って反応は無いしな。

 お? あれは何だ? 果物っぽいけど……サポートAIさん、あれって食べられる?


《可能です。アプルの実と呼ばれ、とても瑞々しく、シャキっとした歯触りが特徴の果実です》


 アプルの実か。見た目りんごみたいだし、聞いた感じもそれっぽい。なら実・食!


「うんまぁぁい!」


 シャキっとした歯ごたえ。さっぱりとしつつも程よい甘さの果汁が舌を楽しませる。

 ホント美味いなぁ。というか、まともな食事って初めてじゃないか? この異世界に転生してから。


 今までの食生活を思い出してみる……主食――魔物の血液、以上。


 思わず項垂れてしまう。なんて酷い食生活なんだ……。

 これも全てあのクソ邪神が悪い。蝙蝠なんていう下級魔物に転生させたアイツが悪いんだ!

 これでまた一つ、あの邪神をぶん殴る理由が出来た。食べ物の恨みは酷いぞ!


 そんな決意を新たにしていると、――ザワザワッ。と草の騒めきが聞こえてきた。

 ん? 何だ? 何かいるのか?

 音が聞こえる方へと顔を向けると、そこにはプルプルと震える水色の塊が。


「スライムだぁあああ!」


 そんな驚声にビクッと一層震えが大きくなるスライム。まるで怯えているかのようだ。

 だが、そんなことは気にならない。気にしている余裕はない。

 だって、スライムだよ? ファンタジーの定番中の定番。そして最弱の代名詞スライムさんだよ! うわぁ、すげぇー……。

 目をキラキラさせて、初めて目にする生スライムさんをまじまじと見つめる俺。感動だ。


 最近のラノベでは、どこぞのスライムが最強格になってしまっている物もあるけれど、やっぱりスライムと言えば、某有名ゲームの最初に戦う敵の印象が強い。

 そう、そうなんだ。最初の敵はスライムと相場が決まっている。なのに、なのにだ! 何故、俺の最初の敵がアーマーセンティピードというムカデの魔物なんだよ! 理不尽が過ぎるだろ!


 またしても邪神に憤りを感じるが、ふぅと深呼吸。この怒りはいずれ本人――本神?――にぶつけるとして。今は目の前のスライムさんだ。

 ブルブルと震えてはいるものの、どうやら逃げ出す素振りは見受けられない。はっ⁉ もしやこの異世界ではスライムは強者なのか⁉


《……マスターの強力な妖気オーラを受けて、動けないだけかと》


 ……なんかゴメンね、スライムさん。

 まぁ〝知死〟にも何の反応も無かったから、強いはずもないんだけどね。


 ということで、やっとこ異世界転生のチュートリアル開始だ! まずはスライムを相手に戦闘経験を……戦闘経験を……今更必要か?


《必要ありません》


 ですよねぇ。今更スライムを相手に、何の経験を得られるって言うのか。

 サクッと倒して、先に進もう。ジャキンッと鉤爪を伸ばす。


 ――ブルブルブルブルブルゥゥ!


「……」


 え? 何だかめちゃくちゃ怯えているんだけど。コレ、倒すの? 何だか異様に罪悪感が湧くんだけど……。

 低周波マッサージの如く、微振動を繰り返すスライムさんと、暫くの間見詰め合う。


「はぁー……」


 伸ばした鉤爪を戻した俺は、深い溜息を吐く。

 やめだ、やめ。なんか可哀想だし、見逃そう。倒しても何のメリットも無いしな。罪悪感が湧く分だけデメリットだわ。


「見逃してやるから、どっかに行きな」


 しっしっと追い払うように手を振った。だが、当のスライムは逃げ出しそうにない。

 あ、そうか。俺の妖気オーラを感じて動けないんだったか。


「じゃあ、またな」


 魔の大森林と呼ばれる大魔境で、弱いスライムが生きていけるのかは判らないけど、そう別れを告げ、俺は踵を返した。

 いや、案外生き延びられるかも? 弱すぎて他の魔物の眼中に入らない可能性はあるな。まぁもう会うことは無いだろうけどね。


 俺の目的は外の世界を見て回ることだ。ならまずは、この魔の大森林から脱出しなくてはならない。

 なので、スライムさんに関わっている暇は無いのだ。そう、暇は無い……んだけれど。

 ふと振り返ってみると、なんとスライムさんが付いてくるではありませんか。


「……一緒に行きたいのか?」


 そう訊ねると、プルプルと震えるスライムさん。うん、何を言っているのか判らん。俺にはスライムの感情を理解する特異な特技は持ち合わせていないのだ。

 ただまぁ……何となく『いくッ』って言っているのは判る。勘違いでなければ、だけど。


 屈んで手を差し伸べてみると、スライムさんはピョンッと勢いよく俺の掌の上に乗った。

 幼児体型である俺の小さな片手にすっぽりと収まるスライムさん。少しひんやりとしていて、とにかくプニプニと柔らかい。こうしてみると、何だか可愛い奴じゃないか。

 それに旅は道連れ、世は情けって言うしな。仕方がない、連れて行くか。


「よろしくな、スライム」

「ぷるぷる!」


 こうして俺は初めての仲間を得るのであった。


《……マスター、ワタシを忘れてはいませんか?》


 ……勿論忘れてないデスヨ?



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