第九話 魔法を使ってみよう


「魔力感知」とは、周囲の魔素を認識するスキルである。


 ここで一つ疑問。魔力はラノベでもお馴染みだったので、なんとなく理解出来る。だが、魔素って一体何ぞや?


《魔素とは何か。その議題について遥か古の時代より研究され続けておりますが、現代でも未だ謎に包まれている物質です》


 サポートAIさんによると、魔素が何なのかは判っていないらしい。ただ、魔素についていくつか判明していることもあるそうだ。


 一つは、魔物に関して。淀んだ魔素が寄り集まる事によって、魔物が発生するらしい。中には、自然発生ではなく、繁殖行動によって増える魔物もいるようだけど。


 もう一つは、物質を変質させる特性があること。長期間、濃い魔素に晒された物質はその性質を変質させるらしい。例えば、鉱物とか。最も有名なのは魔鉄と呼ばれる鉱物。魔素の濃い地域で採掘されるそうで、武器や防具、その他幅広く活用されているらしい。高純度の魔鉄は魔鋼と呼ばれ、金と同じ価値があるとか。


 最後に、魔法に関して。魔法を行使するにあたって、自身が有する魔素を呼び水とし、周囲の魔素を操って、魔法を行使するメカニズムだそうだ。

 魔素がエネルギー源であり、魔力が魔素を操る力と解釈出来そう。


 因みに、魔物は有する魔素エネルギー量が枯渇すると、死滅するそうだ。大きな視点で見れば、吸血鬼ヴァンパイアも魔に連なる存在な為、魔素が枯渇すれば死ぬらしい。不死者のイメージがあったけれど、そんなことは無いみたい。


 それはともかく。では早速、「魔力感知」の習得を始めようか。


《まずは、魔力で体内の魔素を動かしてみましょう》


 えっと……それは無茶じゃないかな、サポートAIさん? まず魔力が判らないんだけど。


《完璧にサポートしますので問題ありません。集中して下さい》


 あ、はい。取り敢えず目を瞑って集中、集中……。体内で魔素が循環するイメージで……。

 お? 何か体内で動いている気がするぞ。もしかしてこれが魔素か?


 なるほど。この操る力が魔力で、動かしているのが魔素か。聞くよりも、実際にやってみるとより深く理解出来る。


《お見事です。現在動かしている魔素と、周囲に漂っている魔素との違いがお判りになられますか?》


 周囲に漂っている魔素……。確かに違いが判るぞ。魔素が漂って、流れたり、動いたり……。

 と、その時。脳内アナウンスが鳴り響く。


《エクストラスキル「魔力感知」を習得しました》


 と同時に、俺の脳内を膨大な情報が埋め尽くす――寸前で、サポートAIさんが介入してくれた。


《おめでとうございます、マスター。エクストラスキル「魔力感知」の運用はお任せ下さい》


 二重の意味でありがとう、サポートAIさん。もし、あのまま介入してくれなかったから、膨大な情報によって、頭が破裂していたかもしれなかったし。一瞬感じた頭痛が、その悲惨な結末を感じさせるのだ。本当にナイスタイミングだ、グッジョブ。


 さて。「魔力感知」を習得したことによって、何が変わったのかと言えば、めちゃくちゃ変わった。

 まず、膨大な情報――一つ一つの小さな魔素を押し動かす、光波や音波――の全てを把握し、認識出来る情報へと変換――サポートAIさんが――する。

 すると、全方位三六〇度死角なしで視えるのだ。俺の後頭部も、洞窟の曲りくねった先も、岩の裏側も、そこに意識さえ向ければ認識することが出来るようになった。

 これは戦闘中でも大いに活躍してくれそうだ。何せ死角が無くなるのだから。


《ただし、魔素の存在しない特別な空間では「魔力感知」は発動しません》


 あー、なるほど。確かに言われてみればそうだ。便利な分、その効力が失われた瞬間の動揺に気を付けとかないとな。


 さて。「魔力感知」は無事に習得出来た。次は何をすればいい?


《次は、体内の魔素をまとめ、体外へと放出してみましょう》


 了解。指示に従って、体内の魔素をまとめる。

 ある程度のまとまりになったとこで、右掌を前へ。そこからまとめた魔素を放出すると。


「うわ、何か出たっ⁉」


 右掌から放出される魔素の塊。淡い光を伴った球体が放たれ、洞窟の壁面を削る。


《初の魔法行使、おめでとうございます、マスター。》


 え? 今のが魔法なの⁉


《肯定します。今マスターが放たれたのは、無属性魔法〝魔力弾〟です》


 ほぇー。今の変な球体が無属性魔法〝魔力弾〟なのか。

 うん。なんか想像よりも遥かに簡単に魔法が使えて、ちょっと困惑気味の俺だ。

 それでも徐々にサポートAIさんの祝福が浸透してきて、段々テンションが上がってきた。


「〝魔力弾〟ッ!」


 今度は口に出しながら魔法を発動。先程よりもずっと大きな魔力弾が放たれ、凄まじい爆音を響かせた。

 わぉ⁉ 威力が上がった⁉


《魔力が向上した為に、先程よりも威力が増しました》


 そうか。魔力の使い方に慣れてきたから、威力が増したのか。これも要練習だな。


「無属性魔法」は使う事が出来た。ならお次は「死属性魔法」だろう。

 とりあえず、魔力弾の属性を死属性に変換してみよう。どうやって変換するのか判らないが、魔法はイメージが大事(と思う)。


 死属性に変換……死属性に変換……。

 イメージを強く持って、魔力を放出してみると。


「黒――うわぁッ⁉」


 黒い魔力が迸り、そして制御しきれず、霧散させてしまった。

 失敗だ。無属性とは比べ物にならない程、魔力操作能力が必要だな。


 それから何度も、何度も。放出しては霧散し、放出しては霧散しを繰り返す。

 サポートAIさんのアドバイスを基に、只管に訓練に励む。


「うん! 何とか制御出来たッ!」


 そしてとうとう制御に成功。死属性の魔力弾が掌の上に浮かぶ。

 その魔力弾は、死属性特有の色彩なのか、無属性とは違って、真っ黒な魔力弾であった。


 さて、威力の方はどうだろう。試しに壁へと放ってみる。

 ん? 衝撃音がしない? 衝突の直前で霧散してしまったか?

 無属性の魔力弾とは違い、衝撃音が無かった。失敗したかなと思いつつ、壁面を調べてみると。


「これは……抉られている?」


「無属性魔法」の魔力弾では、壁面が削れているのに対し、「死属性魔法」の黒い魔力弾では、壁面が抉り取られているような跡が残っていた。まるで黒い魔力弾に喰われてしまったかのように。


《死属性とは、正しく〝死〟に関する属性です。その死属性魔力によって生成された魔力弾が、壁面を抉り取ったかのような跡を残したのは、物質的な死――存在の消滅を意味しており、またそれが現れた結果、そのような跡が残ったのではないか、と推測されます》


 なるほど。洞窟の壁に生を見出すなら、存在の消滅が所謂〝死〟だな。

 まぁ詳しいことは判らないし、教えられても覚えられないけど。どんな効果を持っているのか、それが判れば十分だ。

 とりあえず、「死属性魔法」の発動は出来た。後はこれを改良するだけ。


 それから俺は、サポートAIさんと二人三脚で、「死属性魔法」の開発を続けていくのであった。



「グギャァァアアアー……」

「……」


 練習用の的とされた魔物の断末魔が、悲しく洞窟内に響く。

 たった今、俺が屠ったのは、憎き魔物――ムカデの魔物ことアーマーセンティピードだ。

 コイツは、あの地底湖にいたドレイク――アークレイクサーペントを除けば、この洞窟内で一番の強敵だ。

 コイツの厄介な所は、第一にその防御力。兎に角固く、体力もあって中々倒れず、滅茶苦茶しぶといのである。

 ユニークスキル『圧制者』であっても、中々苦労する相手。それが呆気なく倒せたことに、俺は少しの間茫然としてしまった。


 危険な魔物が蔓延るそんな場所で、呆けていていいのか? とご指摘頂きそうだが、それは問題ない。解決済みである。

 サポートAIさんとの共同作業による「死属性魔法」開発事業によって、新たな魔法を編み出した。その名も〝知死ちし〟だ。この新魔法は、迫り来る危険を事前に察知出来る魔法であり、危険感知の様な役割をしてくれる。とても重宝している魔法だ。

 とまぁ、そんな現実逃避はここまでにして。目の前の現実を直視しますかね。


 アーマーセンティピードの額に開く小さな穴。その穴は死属性魔法〝死弾〟によるものだ。

 死属性魔法〝死弾〟。この魔法は、収束が曖昧だった黒い魔力弾を、限界まで凝縮して放つ魔法だ。大きさは何と人差し指程。形状もライフル弾を参考にした形となっており、並みの動体視力では視認出来ない速度で放たれる。……まぁ俺は視えるけど。


「ぽっかり開いちゃっているなぁ。それにしてもたった一発とは……」


 今までの苦労は何だったんだと文句を言いたい。良き好敵手だったムカデさんを返して欲しいわ。


《この先にアーマーセンティピードの群れがありますが、如何致しますか?》


 ……サポートAIさん。そういう意味で言ったんじゃないのよ、俺は。

 まぁやるけど。集団戦も経験しておきたいところだし。たった一発の〝死弾〟でアーマーセンティピードが倒せるなら、危険は無いだろうしね。ただ、集団戦の経験を積めるのかがちょっと心配だけど。


 そんな俺の予感は見事的中し、サクッとアーマーセンティピードの群れを殲滅した俺は、出口を目指して歩く。

 そう、いよいよ俺はこの洞窟を出ることにしたのだ。

 約半年もの長き間、住み付いた洞窟。もはや愛着さえ……別にないな、うん。暗いし、ジメジメしているし、危険な魔物が棲みついているし、いい思い出もないしな。


《この先、暫く直進です。その後、交差路を右折して下さい》


 サポートAIさんがカーナビの如く、親切に出口までの経路を案内してくれる。

 長く苦しい洞窟生活に終止符を打つ時が近付いてくる。一体この先、何が俺を待っているのだろうか。ワクワクが止まらない。


 勿論、不安もある。何せ人型とは言え、俺は魔物だ。それも吸血鬼ヴァンパイアである。大手を振って、道を歩くことも出来ないかもしれない。


 それでも、やっぱりワクワクする方が強い。何せ、あんなにも夢中になったラノベにある異世界なんだ。どうして興奮せずにいられるだろうか。


《その交差路を左折。暫く直進した後、出口付近です》


 何⁉ ここを曲がれば、もうすぐ出口だと⁉


 期待に胸をときめかせていた俺は、そんなサポートAIさんの案内を聞いて、自然と歩くスピードが速くなり、次第に駆け足になっていく。


《しかし、マスター――、――――》


 サポートAIさんが何か言っているが、全く頭に入って来ない。今の俺には、外に出ることしか考えられ――見えたッ⁉


 洞窟の出口に差し込む、柔らかな陽の光。まるでそれが光輝かんばかりの未来を示しているようで……。


《マス――、――――さい》


 自然と浮かぶ笑み。早くなる鼓動。自然と力が入る脚。

 はぁはぁと息を切らし、いつの間にか俺は走っていた。目指す先は、ただ一つ――外の世界へ!


《マスター、止まって下さいッ!》


 サポートAIさんの強烈な警告を聞きながらも、俺は飛び込むように陽の光へ駆け込む。……駆け込んでしまったのだ。


「がががぁぁぁああ!」


 途端に上がる苦悶の声。それは俺の口から出た悲鳴だった。

 一体何が⁉ この全身が火で炙られているかのような痛みは⁉


《マスター⁉ 早く、洞窟の中へ戻って下さいッ!》


 訳が分からずとも、この全身を苛む激痛から逃れるべく、俺はサポートAIさんの指示通りに洞窟内へと飛び込んだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 息も絶え絶え。炙られるような激痛は引いたものの、未だジクジクとした痛みが尾を引く。

 全身が熱を持ったかのように熱い。ひんやりとした洞窟の地面が妙に気持ちいい。


「一体、何、が起きた、んだ?」


 本当に何が起きたのか、全く判らない。もしかして出口付近で待ち伏せした何者かによる襲撃だったのか?


《いいえ、違います。何者かによる襲撃ではありません》


 じゃあ、何故?


《お忘れですか? マスターが「日光脆弱」というスキルをお持ちである事を》


 えっと、「日光脆弱」? そんなスキルあったっけ?

 ステータスを確認してみると、耐性の欄にしっかりと「日光脆弱」と書かれていた。更には「銀鉱物脆弱」に「光属性脆弱」、「聖属性脆弱」までもが存在してあった。


 あぁー、確か耐性系は、さっと流し読み程度しかしてなかった。ちゃんと確認しておけば、こんなことにはならなかったのに……。

 つーか、サポートAIさんの声さえ意識外なんて……どんだけ興奮していたんだよ、俺……。

 そう言えば、〝知死〟に反応が無――ありゃ? いつの間にか魔法が解けているじゃん。これはやっちゃったな……。


 先程の興奮が嘘のように霧散し、更には大きく期待していただけあって、その反動による落胆も大きい。要するに、めちゃくちゃへこむ。


 スキル「自己治癒」のおかげか、だいぶ痛みが引いて来た。それでも俺は地面に倒れ伏したまま、動けずにいた。

 だって、念願だったんだよ? この洞窟を出て、外の世界を旅するのが。

 それが「日光脆弱」によって、日中の行動は不可能になったんだ。活動時間が半減したし、それに寝静まった街を見て回っても何も楽しくないじゃん。あーあー……。


 俺は駄々を捏ねる幼子のように、衣服が汚れるのも無視して、ゴロゴロと地面を転がる。


 余談だか、俺が今着ている衣服は、狼の魔物――ハイグレイウルフから取った毛皮から作成した物。無論、俺に服飾技能は無い。精々家庭科実習でエプロンを作ったくらいだ。その為、毛皮を巻いたような蛮族じみた格好である。


 かなり落ち込み、すっかり無気力になってしまった俺。そんな俺に救いの手が差し伸べられる。


《……マスター。かなりの時間と努力を必要としますが、「日光脆弱」スキルを克服する方法があります》


 え⁉ マジですか⁉

 目を見開く俺は、驚きのあまり飛び跳ねるように起き上がった。


《何より痛く苦しい時間となりますが……それでも実行しますか?》


 サポートAIさんがそう念押しするが、俺の気持ちは決まっている。


「やる! どんなことでも!」


 拳を突き上げ、そう決意表明する俺。


《承知しました。では、「日光脆弱」スキル克服プログラムを開始します》

そんな俺に無慈悲とも言える指示が与えられる。

《マスター、もう一度、陽の下へ出て下さい。そしてすぐに帰還して下さい》


 ……え、マジ?

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