第七話 聖霊の寵愛


 ふぅとひと息吐く。

 何だかよく判らない内に、俺は進化したみたいだ。おや? お? おぉ⁉


「腕がある⁉ って、喋れる⁉」


 ホワッツ⁉ 何々、なんなの⁉ 一体どうなってんの⁉


『おめでとうございます、クラウ。無事に進化を果たしたようですね』


 困惑している俺を余所に、のほほんと祝福を述べるディーネ。


「え? 進化?」


 進化しちゃったの、俺? 


『ええ。ステータスも変わっていると思いますよ』


 ステータスも変わっている? いやいや、それよりもどんな姿になったのか物凄く気になるんですけど!


『ステータスよりも、どんな姿になっているのかの方が気になるみたいですね、クラウは』

「それは勿論!」

『うふふ。それでしたら、向こうの泉で確認してみてはどうかしら?』


 向こうの泉? あ、あれか!

 ディーネの視線を追って、神々しい泉を発見。すぐさま俺はその泉へと向かった。

 ほとりに手を付き、泉を覗き込む。


「おぉ……おぉぉぉ!」


 感動して言葉にならない。まるでオットセイのような鳴き声になってしまったが、気にしている暇はないのだ!


 まるで雪原のように白く美しい銀髪は長く。パッチリとした大きいまん丸の瞳は、赤と緑のオッドアイであり。小さな口からは鋭い牙がちょこんと生えている。

 そして何より幼い。大体五、六歳くらいか。目鼻立ちが整った容貌は幼さを感じさせるものの完璧な美形で、何となくディーネに似ている気がしないでもない。

 果たして、俺は一体どんな種族へと進化したのだろうか。まぁ多分アレだとは思うけど。


 そう言えば、ディーネも言っていたな。ステータスも変わっているはずだと。

 ということで、ステータスオープンだ! カモン!


名前:クラウディート

種族:吸血鬼ヴァンパイア(始祖)

年齢:0歳

称号:邪神に呪われし者・ディーネに愛されし者(NEW)

加護:ディーネの加護(弱)(NEW)

技能:ユニークスキル『圧制者』(引斥力操作(NEW)・空間認識(NEW))

          『支援者』(サポートAI・解析鑑定・思考加速・並列演算・

詠唱破棄・森羅万象)(NEW)

 エクストラスキル「立体高速飛行」「血液操作」(NEW)「状態変化:霧」(NEW)

         「眷属強化」(NEW)「業血」(NEW)「闇視」(NEW)

    スキル「気配察知」「隠形」「使い魔召喚」(NEW)「怪力」(NEW)

 魔法:「死属性魔法」(NEW)

 耐性:「光属性脆弱」(NEW)「聖属性脆弱」(NEW)「日光脆弱」(NEW)

「銀鉱物脆弱」(NEW)「闇属性無効」(NEW)「死属性無効」(NEW)

呪い:「勇者スキル取得不可」「勇者覚醒不可」「下級魔物転生」


 わぁーお! なんと言うことでしょう。凄まじく変わっておりますな。

 一つ一つ見ていきたいが……流石に多すぎだな。めんどくせぇー。


《では、ワタシが代わりに説明致しましょうか?》


 は? え? 何、今の? 脳裡に謎の声が聞こえたんだけ――


《これは失礼しました。ワタシはユニークスキル『支援者』に含まれている能力、サポートAIです。マスターであるクラウディート様の異世界ライフをサポートさせて頂きます》


 ――って、やっぱり聞こえたぁ! 空耳じゃなかったのね。

 よく判らないけど、新たに獲得したユニークスキル『支援者』に内蔵されている権能の一つが、この脳裡に響く声の主――サポートAIさんらしい。主に俺の異世界生活をサポートしてくれる権能らしいが……全く意味不明だ、うん。


 とにかく、今はちょっと食傷気味だ。色々あり過ぎたし、スキルの説明は後にして欲しい。


《了解しました、マスター》


 マスター、か。ちょっと柄じゃないけど……多分改めるように言っても聞かない気がするのは何故なんだろうか。


 一先ず色々な事を棚に上げて、ディーネの元に戻る。ずっと待たせたままじゃあ悪いからね。


「ただいま、ディーネ」

『おかえりなさい、クラウ。色々変わっていたでしょう?』

「うん、まぁね」


 思わず苦笑してしまうのは許して欲しいかな。


「それにしても本当に変わったよな、俺」


 まじまじと自分の身体を見下ろす。肌は玉のように白く滑らかで、ほっそりとした体つきはかなり幼い――って、裸じゃん⁉ プラプラしてんじゃん⁉

 流石に俺には露出癖は無い。美女を前にして全裸で堂々とする剛毅さも持ち合わせていない。


「えっと、何か着るものはないかな?」


 前世とは比べ物にならない大きさの息子――どっちに方にかは想像にお任せする――を隠し、ディーネに訊ねた。


『ごめんなさい。ここには貴方が着られそうな物はありませんわ。草を編むのはどうでしょう?』


 草を編む……なんという原始的な解決方法か。まぁそれしかないか。

 とりあえず、いい感じの草を見繕ってみたものの、肝心の編み方が判らない。どうすりゃりいいんだ、これ?


《マスター、サポートは必要でしょうか?》


 おぉ! サポートAIさん、貴方が神だったのか!


《否定します。ワタシは神ではありません。サポートを開始。ナビゲートに従って、作成して下さい》


 おふ。何かちょっぴり機嫌を損ねたみたいだ。平坦な音声が何だか冷たく感じるぜ……。


 サポートAIさんの指示に従ってテキパキと草を編んでいく。

 出来上がったのは、少し大きめなトランクスっぽい形状の草ズボンだ。草を編んで出来たとは思えない履き心地。全然チクチクしないぞ。


『……提案したのは私なのだけれど、出来るとは思っていませんでした』


 出来上がった物を見て、ディーネが驚いている。って、出来ると思ってなかったんかぁーい! まぁ俺も思ってなかったけど。


「実は――」


 新しく獲得したユニークスキル『支援者』の権能を説明していく。するとディーネは途端に納得顔になった。


『なるほど。私の祝福がそのような形に収まりましたか』

「祝福?」

『ええ。貴方がこの世界で苦労せずに済むよう願い、祝福を授けました。どのような形になるのかは私にも判りませんでしたが、私の血と交わったことでスキルとして発現したのでしょう』


 なるほど。そういった経緯を経て、サポートAIさんは誕生したってわけか。


「もしかして、この姿がディーネに似ているのも吸血したから?」

『そうでしょうね。血液とは言え、私の一部だった物。情報子を読み取って、似た姿になったのでしょう』


 情報子? 遺伝子みたいなものかな? それならよく似ているのも判る気がする。……女の子にならなくてホント良かった。


『魔法の適正はどうでしたか? ちゃんと生命属性の適正を得られましたか?』

「え? 魔法⁉ 俺、魔法が使えるようになったのか⁉」

『え、えぇ。私は生命属性を司る聖霊ですので。得られる適正は生命属性のはずですわ』


 前のめりになった俺に、若干戸惑いながらもディーネはそう続けた。


 魔法。それは前世の世界には無かった想像上の産物。ラノベ愛好家としては、魔法と聞いて黙ってはいられないのだ。

 生命属性か。回復系だろうか。僧侶になるしかないな。……何故か頭に浮かんだのは、聖女の姿だったけれど、気のせいに違いない、うん。


 とにかくステータスを確認――あれ? 生命属性なんて何処にも記載されていないぞ?


「えっと……無い、んだけど……」

『え? そ、そんなはずはありませんわ! 見間違いじゃない――ですのね……』


 何度も確認したが、やっぱり生命属性の記載は無い。力なく首を横に振る俺。


「残念ながら生命属性は無いみたい。だけど――」


 それになぁーんか不吉な文字が見えるんだよね。生命属性とは対極にあるっぽいのが。


「――死属性魔法は覚えられたみたい」

『死属性ですって⁉』


 目を見開き、驚愕を顕わにするディーネ。そんなバカな⁉ と言わんばかりの表情だが、俺には頷くことしか出来ない。


『本当ですのね……まさか死属性とは……』


 あぁ、やっぱりディーネにとって死属性とは嫌悪するものなのか。嫌だなぁ……折角仲良くなれたのに嫌われるのは……。


 シュンと落ち込む俺に気付いたディーネは、慌てて口を開いた。


『ごめんなさい。少し驚いてしまって。別に死属性を嫌っている訳じゃありませんの』

「そうなの?」

『ええ。生命と死は対極に存在する概念ではありますが、両者は密接に関わっています。生が無ければ死は存在しない。その反対に死が無ければ生は生まれないのですわ』


 確かに言われてみればそうだな。ディーネが言いたいのは、所謂輪廻転生ってやつなのかも。無神論者だったから、ちゃんとした理解は出来ていないけれど。


《解説します。輪廻転生とは、インドのバラモン教の考えから来て、仏教へと伝わった――》


 いや、いいです。解説は求めていません。

 というか、何で知ってんの⁉ インドとか仏教とか、この世界にもあるの⁉


《いいえ。この世界には存在しない概念及び宗教です。マスターの記憶領域を解析した結果、情報を得ました》


 えー……。俺の記憶を解析って。え? 待って。もしかして俺の記憶は読み取り放題なの⁉


《肯定します。例えば、マスターの部屋、引き出しの二番――》


 ストォーーーーップ! 禁止、記憶を解析するのは禁止だ!


《しかし、マスターの記憶領域に存在する情報は、この世界に存在しない情報です。その価値は計り知れないものがあります。また、マスターをサポートするに当たって必要な行動と判断致しました》


 確かに、俺の記憶の価値は計り知れないだろう。この世界でも通用するかは判らないけど。通用する場合、凄まじい可能性が秘められているはずだ。はずだけども、俺の秘められし記憶プライベートは覗かないで欲しいです。


《……善処します》


 それ、政治家が言質を取られないよう言い逃れするやつ! 責任逃れの方便じゃないか!


《……》


 あぁ……もはや反応すらしなくなってしまった……。


『その、大丈夫かしら? すごく落ち込んでいるみたいだけど』


 四つん這いになって項垂れる俺に、心配そうな声が降ってきた。

 いかん、いかん。サポートAIさんを止めるのは後にしよう。


(《マスターの記憶領域の解析は、既に終えていますが……》)


 手遅れな気がしないでもないが、気にしないでおこう。


「ごめん。ディーネに嫌われるんじゃないかと不安になっちゃってさ」


 咄嗟に言い繕うと、ディーネは『もう! 嫌いになるわけありませんわ』と頬を赤らめた。可愛い……。


 ちょっと気恥ずかしい雰囲気が流れつつも、それからしばらくディーネと様々な話をした。

 特に、この世界に伝わる創世神話が興味深く、思わずへぇーと感心したものだ。

 その創世神話がこちら。


〝何も存在しない虚無には、力だけが満ちている。

 その力が寄り集まり、最初の大いなる聖霊――時の大聖霊が生まれた。

 ただ力が満ちているだけだった虚無に、時という概念が生じた。

 幾万幾億の時が過ぎ、時の大聖霊が生まれた時に失った力が、再び虚無に満ちた頃、

 またしても力が寄り集まって大いなる聖霊が、それも二柱も生まれる。

 その二柱は、相反する理を司る創造と破壊の聖霊であった。

 二柱の聖霊は、互いに新たな聖霊を生み出す。

 創造の聖霊は、光の聖霊を。

 破壊の聖霊は、闇の聖霊を生み出した。

 世界が誕生した瞬間であった。

 そして世界は、動き出す。

 動き出した世界は、めぐる、めぐる、めぐる……。

 生と死、光と闇を繰り返しながら。

 そんな中、空・地・水・火・風という五柱の聖霊が生まれ、不安定だった世界は、

 相互に干渉し合い、やがて安定していく。

 世界に光が満ち、闇に覆われて、新たな生命が誕生し、消えていく。

 いつか終わりを迎えるその時まで。

 世界は、回る、廻る、巡る……〟


 これが大いなる聖霊と創世の神話だ。この世界では聖霊イコール神様って感じらしい。

 そして、大いなる聖霊から派生した精霊が、この星の管理を任されているとのこと。そう語ってくれた時のディーネは、ちょっと誇らしげだった。


 果たして、生命属性を司る精霊・・のディーネが封印されたままでいいのだろうか。いや、良くないはずだ。そんなものは考えるまでもない。

 ただ、今の俺には封印のことについて触れられない、触れてはいけない気がしているのだ。


 それがどうしてなのかは判らない。ただ判るのは俺にはそれを知る資格がないってことだけ。

 どうなれば資格を得たことになるのか。そんなもの判らん。判らないけれど、もっと力を付けようと思う。そしていつの日にかきっと、この忌々しい封印を解くと心に決めた。


 そんな決意を胸に秘め、俺は和やかにディーネと楽しく色んな話をしていた。

 楽しい時間。時に笑ったり。時にからかったり。時に拗ねてみせたり……。

 本当に楽しい時間だった。この世界に転生してから、初めて充実した時間だった。

 誰かと会話するのも半年ぶりだ。やっぱり精神的に参ってしまっていたのかも。ずっと孤独だったし。


 心に活力を与えてくれるディーネとの楽しいひと時。そんな楽しい時間は、唐突に終わりを迎える。


 話している途中、不意にディーネが小さく欠伸をしたのに俺は気付いた。

 もしかして俺の話は退屈だったのかも、と心配したが、どうやら違うらしい。


 ディーネは申し訳なさそうに眉を顰めながら言う。


『ごめんなさい、クラウ。本当に楽しい時間だったけれど、そろそろ眠りにつかなくてはいけない時間のようですわ』


 眠り……精霊も寝るんだと能天気に考えてしまった俺。そんな俺にサポートAIさんが説明する。


《聖霊が睡眠を必要としている訳ではありません。本来のディーネ様の御力があれば、睡眠等不要です》


 え? じゃあ一体どうして?


《ディーネ様が本来有する力とは比べ物にならない程、消耗及び弱体化している故です。未だ御身を苛む杭と鎖が、ディーネ様の御力が回復することを阻害しており、存在の維持を保つ為に、長時間の睡眠を必要としているのでしょう》


 ガツンと頭を殴られたかの衝撃が俺を襲う。

 存在の維持……つまり、本来必要としていない睡眠を行わなければならない程、危険な状態だってことだ。

 そんな状態なのに、なんで俺なんかに力をくれたんだよ……。


『あらあら。もしかして〝さぽーとえーあい〟さんが説明してしまったのかしら? 禁止事項に指定していたはずなのだけれど』

《ディーネ様が指定した禁止事項に、ディーネ様の状態を秘匿する項目はありませんでしたので》

『もうっ。この子ったら、融通が利かないところは変わらないままなのね』

《正確な情報を提示するのが、ワタシの使命ですので》

『硬い、硬すぎじゃありませんこと?』

《ディーネ様が緩すぎるのです》


 ぽかーんとする俺。耳から聞こえるディーネの声と、脳裡に響くサポートAIさんの掛け合いに、先程の後悔がどっかに飛んで行って、思わず呆然としてしまう。


「えっと……お二人はお知り合いで?」

『あら。実は《禁止事項に指定されていますので、お答え出来ません》――あら? そうだったかしら?』


 ディーネの声を遮ったサポートAIさんから、絶対なる拒絶の意思を感じた。どうしても教えてくれないらしい。

 もう何がなんだか……。あれ? 何の話をしていたんだっけ?


 あ、そうそう。ディーネの状態を聞き、そんな状態の中、力を貰ってしまったことを後悔していたんだっけ。

 ディーネ達の軽快な掛け合いに、何だか有耶無耶にされた気分。いや、これが狙いか?


『ふふふ。そうですわ。後悔なんてなさらないで下さい。私はクラウの力になりたかったのですから』


 そう……だよな。ディーネにはディーネの思いがあったんだ。それを蔑ろにしていい訳じゃない。


「ありがとう、ディーネ」


 素直に言葉が出た。そうだよ、後悔なんて後ろ向きな言葉じゃなく。相応しいのは、ありがとうの言葉だ。満足げに微笑むディーネを見て、それを更に実感する。


「それじゃ、俺はそろそろ行くことにするよ」


 これ以上、俺がディーネの負担になるわけにはいかない。俺は別れの言葉を口にした。


 さよならは言わない。だって悲しくなるから。


 名残惜しい気持ちを抑えて、俺は踵を返す。

 そんな俺の背にディーネの言葉が掛けられる。


『ええ、お気を付けて、クラウ。この世界を楽しんで来て下さい』

「もちろん!」


 俺は振り返り、目一杯の笑顔でそう答えたのだった。


◇◇◇


 遠ざかっていくクラウディート。

 その小さな背中を見送るディーネは思う。今日は驚くことが多い日だったと。


 ディーネが封印されているこの場所は、何人たりとも訪れることが出来ない聖域である。自然豊かな風景が広がっているものの、生物は一切いない。何処にでも偏在している精霊さえも。

 そのような聖域だからこそ、ディーネは驚いた。ふと何者かの存在を感じたのを。


 微睡から目を覚ますと、大きなコウモリがまるで幼き迷子かのようにきょろきょろと辺りを見回しているのを見つけた。

 何人たりとも足を踏み入れる事なき聖域に突然現れた魔物。驚きのあまり、思わず声を掛けてしまった。『大きなコウモリさんですね』と。


 その魔物との話は、驚きの連続であった。転生者だったこと。その身に強力な呪詛が掛けられていること。そして何より、その魔物に懐かしさを感じることだ。


 それ故か、ディーネはその魔物の力になりたいと強く思い、力を振り絞って〝クラウディート〟という名と自身の祝福を授けた。


 まさか自身が〝ディーネ〟の名をもらうとは思ってもみなかったが。そして、その〝ディーネ〟という名がしっかりと魂に刻まれた事にさらに驚愕。それ以上に嬉しさを覚えていたのだけれど。


 未だ完全回復に至らない状態での祝福。せめて生命属性の適正くらいは備わるだろうと考えていたディーネだったが、その予想は意外な形で裏切られた。


 死属性。アンデットなど不死者に宿る魔力であり、生命属性とは対となる属性だ。


 まさか自分が司る属性の反属性が備わるとは思ってもみず、大いに驚き、取り乱してしまった。あれは失敗だったと、今にして羞恥心に悶えそうになる。


 もう一つの予想外は、託されていたあの子までもが、その魔物に付いて行ったことだ。

 あの子もディーネと同じ懐かしさを覚えたからだろう。もし封印されていなければ、ディーネも付いて行ったかもしれないと、今になって思う。


 その魔物――クラウディートとのお話は、とても楽しく。無味乾燥とした日々に彩を加えてくれた。


 もっとお話をしたい。もっとクラウと一緒にいたい。


 長い年月封印され続け、凍ってしまった感情が優しく溶かされ、溢れ出していく。

 この瞬間が永遠に続いて欲しい。そう希うほどにクラウディートとのひと時は楽しい時間だった。


 滅多にしない我儘を発揮して、ギリギリまで粘ってみたものの、力を消費し過ぎたのだろう活動限界に近付いていた。


 渋々、別れを告げるディーネ。寂しいと感じたのはいつ以来だろうかと思いながら。


 遠ざかる小さな背中に、ディーネは呟くように言った。


『これから様々な困難や苦難が訪れるでしょう。でもきっと貴方なら乗り越えられると、私――ディーネは信じています』


 その小さな人影が消えるまで。ディーネは、目に焼き付けるかのように真っ直ぐ見詰め続けたのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る