第四話 十数日の成果


「ピピィ(くらえぇ)!」


 ドサッと倒れる狼に似た魔物。何度目かの勝利だ。順調順調。

 目覚める前にさっさと吸血。ちゅーちゅー、んまぁーい。


 あの漁夫の利作戦決行日から早くも十数日経った。

 その間、俺が何をしていたのかと言えば、精力的にコソコソと活動してきた。そう、精力的にコソコソとだ。


 格段に性能が向上した「超音波操作」を用いて索敵。魔物を発見すれば、その魔物の死角――主に背後が多いかな――から慎重に接近して超音波攻撃による奇襲。その魔物が昏倒した後、目覚める前に吸血してパワーアップ。


 卑怯と罵るなかれ。試行錯誤した結果、最も効率的な作戦が奇襲作戦だったのさ。

 一応、正面切っての戦闘も試してみた。その結果は惨敗。命からがら逃げ出すことになってしまったのである。


 あれはマジで失敗だった。あの時はなんか気分が高揚して、今なら何が相手でも倒せる! なんてちょっとハイだったんだよ。


「吸血」スキルは、血を吸う事でパワーアップ――経験値を得ることが出来る。魔物を倒さなくてもね。ただその副作用とまでは言わないかもしれないが、血に酔ってしまうのだ。その結果、正面切っての戦闘なんて暴挙に出てしまったのである。


 そんなことがあったから「吸血」した後は、暫く冷静になるように気持ちを抑え、コントロールに努めた。その甲斐あってか、「異常状態耐性」なんてスキルを取得。「吸血」後の昂揚感は覚えるものの、我を忘れることはなくなり、慎重に行動出来るようになった。


「ピピピピピィ(ごちそうさまでした)」


 けふっ。やっぱりこの狼の魔物が一番美味しいな、うん。

 この十数日で色々な魔物を強襲してみた。この狼の魔物から転生後最初に出会ったムカデの魔物まで、ホント色々と。


 今まで出会った魔物は、狼の魔物、蛇の魔物、ムカデの魔物、ネズミの魔物の四種。


 この中で一番楽に昏倒させられるのは、ネズミの魔物だ。体長一メートルはありそうな大きいネズミだが、最も警戒心が弱い。正面にいるのに気付かれないこともしばしば。

 ただ、このネズミの魔物の血は、めちゃくちゃ不味いのだ。好んで吸血したいとは思わない獲物である。


 蛇の魔物に関しては、最初に吸血した後から今に至るまで、一度も吸血出来ていない。

 何故なら警戒心が強過ぎて、すぐ見つかるのだ。この視界不良の暗闇の中、何故かいつもちょっと近付くだけすぐに見つかってしまう。

 何故だろうと考えたとき、ふと思い出した。蛇って温度センサー搭載されていたなぁと。そりゃすぐ見つかってしまうわ、と愕然としたものである。


 ムカデの魔物は……ちょっと苦手意識があって、ね……。索敵次第、なるべく避けるようにしている。そもそも蟲の血なんて飲みたくないしな、うん。


 そして狼の魔物。コイツが、結果的には狙う獲物としては最適だ。

 嗅覚が優れている為、見つかってしまう事もしばしばあるが、そんな時は身体を地面に擦り付けて、土の臭いを纏えば無問題。

 土臭いのを我慢さえすれば、楽に狩れる獲物だ。ネズミの魔物よりも格段に美味しい血だしね。


 今まで吸血した中で、一番美味だったのは蛇の魔物の血だ。あれから一度も吸血出来ていないけれど、忘れられない程の美味だった。

 これまでの事から推測すると、多分、魔物の強さによって血の味が良くなる傾向のようだ。それに得られる経験値も多いみたいだし。


 魔物の強さとしては、ネズミ<狼≦蛇<ムカデの順で強いみたい。狼の魔物と蛇の魔物は僅差だったが、蛇の魔物とムカデの魔物の戦闘を見た際、ちょっと呆気に取られたもんな。

 蛇の魔物が喰らいつこうとしても、その牙はムカデの魔物の外骨格に阻まれ刺さらず。尻尾による打撃にも平然としているムカデの魔物だった。そして、攻撃を全て受けきってから、蛇の魔物に巻き付き圧殺。


 圧倒的な強者感を醸し出すムカデの魔物に、俺は顎が外れるかと思う程愕然としてしまったもん。こんな奴に追い掛け回されてしまったのかと、ガクブルものだった。


 このように魔物の情報を収集することに努めた十数日間。さらに同時進行して、この洞窟のマッピングも進めている。進めているものの、未だ出口は発見出来ていない。かなり広いのだ、この洞窟。

 魔物の分布図から出口が判りそうなものだが……これがまたバラバラなんだよね……。一体いつになれば外に出られることやら。


 さて、成果は以上――ということは勿論ない。もう一つある。

 それはステータスだ。「吸血」によって経験値を得られることが判った俺は、只管「吸血」を行い、経験値を得て来た。その成果がこちら。


名前:――

種族:バット

年齢:0歳

称号:邪神に呪われし者

技能:「吸血」「超音波操作」(NEW)「音響衝撃波ソニックブーム」(NEW)「気配察知」(NEW)

「立体飛行」「弱視」「隠身」(NEW)

呪い:「勇者スキル取得不可」「勇者覚醒不可」「下級魔物転生」


 まず注目すべきところは種族だろう。レッサーバットからバットへと種族進化したのだ。

 進化した時は焦ったね。だっていつものように「吸血」したら、突然全身が光り出すんだもん。こんな暗闇の中で光り輝くなんて見つけてくれと言わんばかりの自殺行為。

 まぁその時は、運よく他の魔物に見つかる事はなかったけど、ホント焦った。今ではいい思い出だ。


 とまぁ、そんなハプニングがありつつも、バットに種族進化を果たしたわけだが……まぁレッサーが取れただけといえばそれだけ。約十センチの体長が倍の二十センチになったことくらいしか変化は無い。飛行速度が若干上がったかな? という感じだ。


 進化による変化はちょっと期待外れだったが、そんなことよりも重要なことがある。

 それは、憎き邪神にかけられた呪いの一つである「下級魔物転生」。その呪いがあったとしても、上位種に進化出来たってことだ。

 まぁバットが全魔物の中で上位の存在ではないとは思う。まだ下級の範囲だろう。だけれどもこうは考えられないだろうか。


 この呪いは、下級魔物に転生する呪いで、下級魔物から進化を阻害する呪いではないってことに。


 実際、俺は進化したのだ。この推測はあながち間違ってはいないのではなかろうか。

 ということはよぉ? このまま進化を続け、中級、そして上級魔物へとランクアップできる可能性があるってことじゃないか。

 フフフ、希望はある。時間はかかるだろうが、いつか絶対に上位種へと至り、邪神をぶっ飛ばしてやるぜ!


 まぁ今は無理だから、調子に乗らないように気を付けよう。まだまだ弱いしね。無茶は禁物。慎重慎重に。


 それはともかく。この十数日間で、俺は新たなスキルをいくつか取得した。

 まずは「音響衝撃波ソニックブーム」。初の攻撃系スキルだ。超音波に指向性を持たせ、更には全方位に放たれる音波を収束させることにより可能となった攻撃手段だ。

 この「音響衝撃波ソニックブーム」がスキルとなってからは、格段に操作性及び威力が向上し、ネズミの魔物であれば瞬殺することが可能になった。


 試しに使ってみた時に、ネズミの魔物が拉げて臓腑が飛び散った時は、流石にビビったけどね。それにしてもグロかった……。

 ネズミの魔物と比べるとかなり苦労はするものの、狼の魔物さえ殴殺(?)することが可能。「音響衝撃波ソニックブーム」、回避、「音響衝撃波ソニックブーム」、回避と時間は掛かるけどね。

 今は発動速度の向上及び連射性を高めることを念頭に置いて訓練を積んでいるところだ。


 次に「気配察知」スキル。読んで字の如く、気配を察知出来るスキルである。「超音波操作」を行使して索敵を続けている内に取得したスキルである。

 このスキルによって、格段に不意打ちを受ける回数が減った。ソナー探知出来ない場面――戦闘時など――に、かなり重宝しているスキルだ。


 最後に「隠身」。主な作戦が奇襲だったこともあり、隠れ潜むことが常だった。その為取得したと思われるスキルだ。

「隠身」スキル使用時には、俺の気配がかなり薄くなるようで、魔物に見つかることはほぼなくなった。あぁ、蛇の魔物は例外です。アイツの温度センサーからは「隠身」を以てしても逃げられないのです。


 とまぁ、十数日の成果としてはまずまずじゃないだろうか。この調子で順調にいけば、この洞窟から出る時には、圧倒的強者に成っている事だろう、ぐふふふ。

 おっと、少し調子に乗っていたみたいだ、自重自重。


 さて。食事も済んだことだし、訓練でもやる――ん?

 その時、ソナー探知で今までにない感覚が。今まで狭い洞窟の通路しか探知出来なかったのに、不意に広がる感覚を覚えたのだった。

 もしかして出口か⁉ と一瞬期待したが、どうやら違う様子。ちょっとガッカリだ。


 期待していたものとは違う様だが、今までにない反応だ。次第に気になってくる。

 ちょっとした好奇心が芽生え、それに突き動かされた俺は、「隠身」スキルを使用し、慎重にその場所へ向かう。


 かなり広いな。それに……これは何だ? いつもと反射の仕方が違う。不規則にゆらゆらと……もしかして水? 地底湖か?

 広い空間に差し掛かり、万が一の為にもう一度ソナー探知を行う。うん、魔物の反応は無し。大丈夫そう。息を殺して中を覗き込む。


 そこは広い空間に出来た地底湖だった。予想通り、あの感覚は地底湖の水が反射した感覚だったようだ。

 おぉー、絶景絶景。地底湖って初めて見たけど、ちょっと感動。

 静謐な空間に、煌めく地底湖。その風景に思わず感嘆してしまう俺。


 ふと気付く。地底湖の中央に見慣れない青白く輝く球体があった。

 見れば見るほど、見入ってしまう神聖な青き輝き――ッ⁉


 不意にドクンと大きく打ち鳴る心臓。そして、湧き上がる焦燥感と深い悲しみ。


 な、なんだっ⁉ この胸を焦がすような深い悲しみはッ⁉ 行かなくちゃ! 早くあそこまで行かなくちゃ!

 その衝動に突き動かされるように、俺はその青く輝く球体に向かって直進する。


 辿り着くまであと少しと迫った瞬間――「気配察知」スキルに反応が!

 咄嗟に身を翻し、俺は回避行動を取る。俺の身体を掠めるようにナニカが通り過ぎて行った。


 あっぶねぇ……少しでも回避行動が遅れたら、直撃しているところだった……。

 間一髪。バクバクと激しい鼓動を意識的に無視しつつ、とにかく距離を取る。


「グガガガァァアア!」


 咆哮を上げるのは……蜥蜴のような魔物だった。

 いや、蜥蜴じゃない! あれはドレイクだ!


 直感的に悟る。あの魔物は強いと。


 地底湖から飛び上がったドレイクは、縦長の瞳に憤怒の炎を宿し、それ以上近付くことは許さないと語っているかのようだった。


 強敵だ。ムカデの魔物の比じゃない圧力を感じる。

 到底今の俺が勝てる相手じゃない。それは判っている。判っているんだ。だけど……。


「――(音響衝撃波ソニックブーム)ッ!」


 この湧き上がる謎の焦燥感に押され、俺は迎撃を選択した。


「ガァッ!」


 なにッ⁉ 相殺しただと⁉

 目を見開き、俺は驚愕する。なんと俺が放った「音響衝撃波ソニックブーム」を、ドレイクは短く咆哮を上げることで相殺したのだ。


 驚愕に硬直する俺の隙を見逃さず、ドレイクが攻勢に出た。


「グガァァア!」


 ドレイクが叫声を発すると同時に、なんと地底湖の水の一部が球体として浮き上がり、俺に襲い掛かってくる。


 魔法ッ⁉ と更に驚愕するものの、チッと舌打ちを零し、寸でのところで俺は回避に成功する。


「グガァァァ! グガァアア!」


 水球の乱れ撃ち。一撃でも直撃すれば戦闘不能に陥るだろう攻撃を、立体的に飛行することで辛うじて回避していく俺。

 持ってて良かった「立体飛行」。自分のスキルに感謝しながら、只管回避していく。が、ドレイクの攻撃は留まる事を知らないようだ。


 水球では効果が低いとみたのか、ドレイクは突如として身を逸らした。その様子はまるでブレスの前兆のようで――。


「ガァァァアアア!」


 放たれるは、やはり水の吐息ブレス。水球とは比べ物にならない速度だ。


 だが、咄嗟にドレイクから距離を取っていたことが幸いして直撃は免れた。そう、直撃は。


「――ピッ(クッ)⁉」


 直撃は免れたものの、微かに羽を掠めてしまった。

 掠めただけなのにも関わらず、身を貫く激痛が走る。更に羽をやられたことで、上手く態勢が制御出来ず、激しく地面に墜落してしまう。


 激痛に一瞬意識が飛んだ。追撃は――クソッ⁉

 致命的な隙をドレイクが見逃してくれるはずもなく、眼前に迫る水球。


 直撃はマズイッ! 動けぇぇええ!

 力を振り絞って後退。直後、俺が数瞬前まで居た場所に水球が着弾すると、轟音を響かせて爆発。


「ピィィィィイイ(ぐわぁぁぁああ)」


 爆風に煽られ、悲鳴を上げながら吹っ飛ぶ俺。

 激しく地面に激突すると、二転三転して止まった。


 身体中がボロボロだ。ピクリとも動かない。あと一発でも喰らえば……死ぬなぁ……。

 死を直感しているのに、何故か平穏な感情。なんだろう……感情が凪のようだ。


 不思議な境地に至りつつ、霞む瞳でドレイクの方を見やる。


 あれ? 追撃して来ない?

 ドレイクは倒れ伏した俺をジッと見詰めた後、そのまま追撃することも無く、いそいそと地底湖の中へと潜っていく。


 見逃された……のか? いや、そうじゃない。多分、瀕死だから放っておいても死ぬだろうと考えたのかも。

 ふぅ~……一安心。かなりの重傷だけど、死ぬほどじゃない。少し休んで動けるようになれば、魔物を探して吸血しよう。吸血すると回復するみたいだしな。


 それにしても……あのドレイクは一体何だったのだろう。それにあの青く輝く球体は……あれを見つけてから……何かおかしく……なったん……だよ……な……。


 そんな思考を置き去りにして、俺の意識を失ったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る