第29話
顔色はあまりよくない。
さっきまでは元気そうだったのに、今日はもう帰った方が良さそうだ。
「…病院とか行かなくて平気なの?」
レナの様子に普段はとても仲の悪い栞が眉間にシワを寄せながら聞いてきた。栞は怒っているのに口を挟むとは思わなかった。
「定期的に行ってるから平気だよ。あんまり酷いと私が連れてくけどそこまで今日は酷くなさそうだし。レナ吐き気は?」
「……ない」
美穂は慣れているようにレナを見ながらレナの背中を擦った。酷くなさそうだと言っても具合が悪いのは確かだ。私は帰ろうかと提案しようとしたら意外にも栞から言い出した。
「じゃあ、今日はもう帰ろう。それなりに遊んだし……私が車まで連れて行く」
「え?……うん、じゃあ、私荷物持つよ」
「レナ行くぞ」
栞はレナに対してぶっきらぼうに話すくせに優しく立ち上がらせて支えて歩き出した。
「栞どうしたんだろう…」
そんな栞を見て美穂は本当に驚いていた。
「あんなにレナの事嫌ってたのに優しくするなんて」
「二人とも本当に似てるね」
「え?どこがよ?」
驚く美穂の気持ちは充分に分かるが私は笑ってしまっていた。二人は本当に素直じゃない。
「似てるじゃん。普段は自分本意だけどなんだかんだ優しいところ。最近は栞もレナもちゃんと気を使えるようになったよね」
「あぁ、それはそうかも。正反対だと思ってたけど意外にね。仲良しって訳じゃないけど」
「うん。でも、仲良くなくてもあれだけ気を使えるようになったらもう言うことないよ」
私達は先を歩いて行ってしまった栞とレナを微笑ましく思えた。朝から言い合ってたくせに大人のようなところも見せるとは。美穂と荷物を持って二人を追いかけながら車に向かう。栞とレナはお互いになにも話さなかったけど私には中むつまじく見えてしまって不謹慎にも嬉しい気分になった。
その後栞は車内でもレナを心配しているようだった。
自ら横に座ってレナを横にさせながら気にしている様子はさながら姉妹のようだった。
あんなに嫌がって嫌い嫌いと言っていた栞はどこへやらと言った感じだがレナの自宅についたら栞は特に何も言わずに帰ってしまった。
レナは遊園地にいた時よりも体調は悪そうにないが一応横にさせとく。
「今日私心配だから泊まってこうかな」
私は美穂に言った。美穂は仕事が忙しいだろうしレナを一人にしておけない。
「本当?明日の仕事早いから助かるよ。あ、じゃあ、レナが体調悪くなった時の薬だけ多めにおいとくから飲ませてあげてくれる?」
「うん。わかった。それより美穂今日は運転疲れたでしょ?レナは見とくから帰りな」
「うん。ありがと。悪いけど頼むわ」
美穂はレナの薬の説明だけして帰って行った。
今日は歩いたし運転も全部してもらったから疲れただろう。美穂には感謝しかないがそれよりレナだ。
私はソファに横になっているレナのそばに座ると手を軽く握りながら顔を覗き込んだ。
「レナ平気?今日は泊まってくから何かあったら言ってよ?」
顔色はそんなに悪くないが手はいつもよりも冷たく感じる。レナは特に反応も見せず無視してきたが私がもう少し声をかけようとした時にぽつりと言った。
「ねぇ」
「ん?」
「私が殺したいって言ったの覚えてる?」
「え?うん……まぁ、覚えてるけど」
いきなりなんの話をしようとしているのだ。
レナが出してきた話題は以前から言っていた事だった。レナは特に表情を作ることなく言った。
「殺したら幸せになると思う?」
「え……どういう意味?」
「そのままだけど。人を殺したら幸せになると思う?」
レナの意図は全く読み取れなかった。
どういう事なんだろう。いつものようにからかっている感じではないが私は思ったままに言った。
「ならないんじゃないかな。その時のことはずっと覚えてることになるし…、よくないことだよ?」
「じゃあ、人を殺して自分も死んだらどうなると思う?」
「それは……分からないよ。死んだあとのことなんか誰も分からないよ。死ぬ寸前まで何か考えたりすることはできるけど…」
「そう」
不可解な質問に答えてもレナは表情がなかった。
何を考えているか分からないレナはしばらく黙ってからまた突拍子もない事を言った。
「やっぱり殺してもいい?分からないままでいるのは嫌なの」
「……どういうこと?」
それは本気そうだった。レナは目線だけ私に向けると淡々と話した。
「私の母親だったあの女が言ってたの。殺してあげるって。こんな世界で生きてたら幸せじゃなくなるから死んだ方がいいって。私を殺して、私を殺したあとに自分も死ねば一緒に幸せになれるからって。もう不幸になることはないって」
「……そんなこと、本気で信じてるの?」
私は衝撃を隠せなかった。喉が乾くような感覚に言葉を出すのが精一杯だった。レナは遊び目的じゃなかったのだ。それにレナの親は自殺したけどレナもその時殺そうとしたのだろう。私は血の気が引く思いだった。
「あいつのことなんか信じたくないけど、試してないのはそれしかないの」
「……」
「あの女と一緒に死ななかったから私はずっと嫌な思いをして生きてる。あいつが頭から離れなくて、声が聞こえて……嫌なの。あいつが勝手に死んだくせに、私が悪い事をしたみたいに思えて嫌なの」
「お母さんは……レナが幸せになると思ってレナを殺そうとしたの?」
言うだけで緊張した。そうだと言われるのが怖かった。でも、レナの心を知りたくて聞いていた。レナはなんとも思ってないように答えた。
「そうだけど、私はトイレに逃げた。父親はいないし、あいつは病気でおかしかったから。でも、あいつは寝室のクローゼットで死んでた。さんざん喚きながら首吊って。だから、自分だけ幸せになったんじゃない?」
「……だから私を殺したいって言ってたの?」
自分の心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。レナのいままでの不可解な行動は幸せを求めていたのだ。レナはずっと苦しみから解放されたかったんだ。レナは急に上半身を起こすと私にキスをして美しく笑った。
「幸せになりたいって思うのは当たり前の事でしょ?」
「……」
「あんたは思わないの?幸せになりたいって」
吐息がかかるくらい近くにいるレナの言葉に何も言えなかった。幸せの形は人それぞれだけどレナのそばにいてレナを知ってレナを見ていた私はそれはおかしいと言えなかった。だって私がそれを否定したら私は……。
「ねぇ、私が好きなんでしょ?だったら私を幸せにしてくれない?私が嫌な思いをしないように私を幸せにして?あんた自身を使って」
「……レナ……?ちょっと、いっ…!!」
レナの迫力に思わずレナから距離を取ろうとしたら近くのテーブルにいつも置いてあるナイフで思い切り太股を刺された。
鋭い痛みに顔が歪む。太股からは血が溢れ出ていた。
「ふっ、あんたもやっぱり一緒じゃん?そこら辺のゴミと。私を守るだの好きだの言ったくせに、もうそんな気持ちなんかないでしょ?」
レナは私の恐怖を読み取ったように言った。確かに恐怖を感じて怖じけづいたがもう距離を取るつもりなんかなかった。そんな風に言われたくなかったのだ。私は違う。私はナイフを握ったままのレナの手に自分の手を重ねて握った。ちゃんと証明しないとダメだ。
「あるよ。あれは嘘じゃないもん。私は本当にレナが好きだよ」
「どうだか。私よりも自分の方が好きでしょ?正直に言ったら?」
レナは表情がないけれど怒っているように感じる。私を見つめる目には怒りを感じた。
「レナが好きだよ。私といたから私のこと分かるでしょ?私は自分よりも他人だし、レナなら尚更だよ」
「これでも?」
レナは私を試すように私の太股に刺さっているナイフを更に深く刺してきた。増した痛みに私はレナの手を強く握った。普通に考えたら止めないといけないのは分かっている。この状況がおかしいのも理解している。でも、私は否定しない。私はレナを否定する気は毛頭ない。
「うん…。好きだよ。嫌いにならないよ」
「このまま殺したいって言っても?」
「うん……」
「どうして?」
どうしてなんて言われて耐え難い痛みを感じるのに私は笑ってしまって、逆に聞いてしまった。あんなに言っていたのにレナにはまだ伝わらない。
「分かんないの?」
「分かってたら聞いてない」
「そうだね…。レナ?ナイフから手離してくれない?別に逃げるとかじゃないから」
「……」
レナは何も言わないけど素直にナイフから手を離してくれた。私はそれにお礼を言ってから思い切りナイフを太股から引き抜くとレナに笑いかけてから自分の腹にナイフを突き刺した。
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