第25話



「レナ?大丈夫だよ?大丈夫」


レナは下を向いたまま泣いているようだった。

いったい何をそんなに怖がっているのか分からないがレナをどうにか落ち着けてあげたい。私は肩を擦りながらレナが強く握ってきた手を繋ぎながら優しくレナの手を擦った。


「ちゃんと守ってあげるから大丈夫だよ。誰にもレナを傷つけさせないから。私が守ってあげるから大丈夫」


落ち着けるように私は優しく話しかけた。

レナは静かに泣いているから私は体を寄せた。


「泣かないでレナ?大丈夫だよ?今はレナと私しかいないし、誰か入ってきたら私が倒してあげるから」


「………」


「大丈夫だよレナ?だから泣き止んで?泣かなくて大丈夫だから」


そうやって話しかけながら私はレナの肩を擦っていたらレナはふいに顔をあげた。泣いていても綺麗なレナは普段よりも弱く感じる。私はそんなレナを見ていたら胸が苦しかった。レナはいつも自分勝手で傲慢で人の意見なんか無視だけどそうやって自分を守ってるんだろう。


誰にも踏み入れられたくないから人の気持ちを無視してる。聞き入れたら踏み込まれて自分が守れないかもしれないから怖いんだ。

だからある意味レナは不器用なんだと思う。私はこちらに視線を向けるレナに笑いかけながら涙を拭ってあげた。私は怖がられたくないし、できたら守ってあげたかった。


「レナ?泣かないで?大丈夫だよ。大丈夫だから」


「……瑞希」


「ん?」


「………」


レナは問いかけても何も言わなかった。でも、私にすがるように強く抱き付いてきた。何も言わないけど私に頼ってくれたのが私は嬉しくて抱き返した。きっと自分でも頼ってるなんて分かっていないだろうがこれから少しずつ教えてあげよう。レナはもっと頼って生きた方がいい。


「レナ?大丈夫だよ。大丈夫。レナは私が守ってあげるからね」


私はまたレナが安心できるように声をかけた。

レナの心は今とても不安定だから優しく背中を撫でながらそのままでいた。

そうやってレナが落ち着くのを待ってから泣き止んだレナをソファに横にしてあげた。まだ夜中だし、寝たにしては数時間だ。だけどレナは寝る様子なんてなかった。レナはぼーっとどこかを見つめていた。


「……レナ?私起きてるから寝ていいよ?」


私はレナのすぐ近くに座りながら頭を撫でた。レナが怖がらなくていいようにレナの様子を見ておきたい。レナはずっと何も言わなかったけど小さく呟いた。


「瑞希には見えないし聞こえないのにどうやって守るの?」


「んー、レナを落ち着かせて守るよ。落ち着いたら見えないし聞こえないでしょ?」


「…………私の気持ちなんか分からないでしょ」


「全部は分からないけど見てたら何となくは伝わるよ?辛いのも怖いのも何となく分かる。だからどうにかしてあげたくなるし、ちょっと私も辛くなる」


理由なんか何も分からないけどレナがどう感じているかは一目瞭然だった。レナは何も言わずにいるから私は顔を寄せて軽くキスをした。好きでいるのを伝えたかった。


「好きだよ」


「意味分かんない」


「いつか分かるよ。私レナの事大好きだからきっと分かるよ」


「…………」


レナがもっと自分に余裕が持てるようになって嫌なことが減ればきっと分かるはずだ。今のレナは何かでいっぱいいっぱいだと思うからまずは重荷になる物を私が持ってあげようと思っている。私は子供のようなレナにまたキスをした。何度か啄んで顔を離そうとするとレナが手を伸ばしてきたから握ってあげた。表情はないけど触れたいのだろう。レナは私を見つめながら聞いてきた。


「…なんでそんなに私が好きなの?」


「んー、たぶん不器用なところが私と似てるから好きなんだと思う。本当は不器用で怖がりで傷つきやすいけど強く生きようとしてる感じが惹かれるの。レナみたいに自分をしっかり持って生きるのって難しいし大変だもん」


「私は瑞希と似てない」


「そうかな?私も悩んだり泣いたりするよ?嫌だなって思って苦しくなる時もあるし。だからレナを見てると共感するんだと思う。それでもレナは何も言わないから助けたくなるの」


私はレナが私を今後嫌いになっても別によかった。レナに何も思われなくてもいいし、私を利用してもよかった。だけどこのままなのが私は一番嫌だった。一人でこんなに苦しませたくなかった。レナに嫌な思いをさせるのが私にはとても苦痛だった。


「もっと言っていいんだよ?苦しいとか辛いとか怖いって言っていいんだよ?それが弱いとか情けないなんて思わないもん。だって生きてたらそんな思いいくらでもするでしょ?仕事でも私生活でも。……でも、それでも言いにくいとか思うなら私を利用しようと思ってみてもいいよ?」


「どういう事?」


「辛かったりしないように都合よく使っていいよって事。私はレナについて誰にも言わないしレナが求める事に応えてレナを助けてあげるけどレナはそれに対して何か思ったりお礼をしたりしなくていいの。ただ自分のために利用して…」


「そんなのいや」


レナははっきり拒否してきたのに驚く。自分の欲のために私を買おうとしていたのにレナは思ってもなかった事を言い出した。


「瑞希をそうやって利用するなんて私はいや。瑞希は分かんない事ばっかり言うけどたまにふとした時に分かる時があって、その時になんであんな風に言ってたのかすんなり理解できて瑞希が言ってた通りの事が沢山あった」


「なにいきなり?自己啓発本でも読んだの?」


レナに歩み寄った結果はもう本人が実感している。私は素直に嬉しく感じた。これはつまりレナも歩み寄ってくれたと言う事だ。


「違う。最初は興味本位だったのに瑞希に影響されてるだけ」


「そっか。そんなに影響感じたの?」


「感じてない。ただ、瑞希といると自分がぶれる感じがする」


「どんな風に?」


レナはいろいろ学んでいるようだった。私みたいに接する人がいなかったから余計なんだろう。レナは考えるように言った。


「私は自分より大事なものなんてないと思ってる。世の中のやつらは友達が大事とか恋人が大事なんて言ってるけど自分より大事だなんて思った事がない。だって自分を一番大事にできるのは自分だもの。他人はそこまでお世話なんかしてくれない。それを利用してくるやつだっているのに。でも、瑞希はそうじゃない。自分よりも他人を大事にしてる。自分よりもいつも誰かを気にしてる。それで私が考えもしない事をして笑ってるから………よく分からない気持ちになる」


「そっか。レナにはそう見えるのか…。私も自分を大事にはしてるけど好きだと自分より大事にしたくなるんだよ。それがレナには強く見えてるんじゃないかな?でも、そんなに考えてたんだね。いい事だよそれは」


レナの言い分はよく分かった。だから強く見えるけど弱く見えるんだ。レナは自分を大切にする事はよく理解できている。それでも自分と違う人から学ぼうとしてる。私は嬉しくて笑いながらレナの頭を撫でていたらレナは不信そうに言った。


「…なんで誉めるの?」


「偉いから。前は受け入れようとすらしなかったけど今はちゃんと考えるようになってる。それってすごいいい事だよ?」


「……ウザい」


「ふふふ。ウザくて結構。偉いねレナ」


レナは気に入らなさそうに顔を逸らしてしまったがなんとも言えない顔をする。ちょっと照れているんだろう。私はそのまま頭を撫でていたらレナは眠ってしまったようだ。

安心したんだろうレナをそれから少し様子を伺っていたがぐっすり眠っていたので私はレナを守るように抱き締めて眠った。


レナはその日から少し距離が近くなった。

たぶん私を受け入れる範囲が広がって許してくれているのだろう。レナは前からちょっと距離感がおかしかったけどそばにいる事が増えたし一緒に寝るようになった。

これは私が心配だから泊まりの日は一緒に寝ようと言い出したんだけど私が言わなくてもレナは寝ないの?と聞いてくるようになってきたのでもう定着しつつある。

レナは何かを怖がったりはしてないけど私はまだまだ心配だった。


朝方はまだめまいがしていて横になっているしレナのストレスは無くなってはいない。

美穂もレナの様子は見ているがあの鏡の件もあるし私はレナの家に通うようになっていた。



でも、それをよく思わない人が一人いる。

当然栞はレナの話題を出すだけで不機嫌だった。



「瑞希また泊まりに行くの?」


「うん。ちょっと心配だからいてあげたくて」


「………あっそう」


「………うん…」


今日も遊びに来た栞は機嫌が悪かった。

約束したからレナの悪口は言わなくなったけど普通にムッとしている。もうこれに関しては苦笑いだけど今日はどうしようか……。私は明るく話しかけた。


「栞今度また栞の家に泊まりに行ってもいい?」


「……いいけど、瑞希あいつとばっかりお泊まりしてるじゃん。しおは旅行も行きたいのに……」


「……うん………ごめんね。でも、栞との時間も作るよ?私も行きたいもん」


「……あいつとばっかり仲良くしてるくせに」


栞はあれから私がレナを心配してレナの家に通うからよく今みたいに怒っている。栞とも遊んでるしお泊まりもしてるけどレナが気にくわない栞はレナとお泊まりするだけでこれだ。栞の嫉妬深さはどうにもならない。


「そんなんじゃないけど……あ、ちょっと電話出てもいい?」


「いいよ…」


携帯が震えたと思ったら美穂からの着信だった。

レナに何かあったのだろうか。私はすぐに電話に出た。


「もしもし?」


「あ、瑞希?もしよかったら何だけどこれからレナの家来れない?春子さんが料理作ってくれてさ、友達と食べなって沢山作ってくれたの」


「え、そうなんだ。行きたいけど……ちょっと待って?」


「うん!」


急な誘いだが今日は土曜日。休みではあるけど栞がいる。栞に目を向けると栞はすかさず聞いてきた。


「誰?」


「美穂。レナの家の家政婦の人が料理いっぱい作ったから来ないかって」


栞はさっきより不満そうな顔をした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る