第22話
「すぐ分からなくてもいいじゃん」
「いや。瑞希が意味分からなさすぎて知りたい」
「うーん………。でも、すぐ分かるもんじゃないんだよ本当に」
不満そうに言われても時間がいる。
レナは眉間にシワを寄せた。
「そもそもどうやって伝えるの?」
「言葉で。今までそうやってきたでしょ?」
「じゃあ、早く教えて」
「だからすぐ分かる話じゃないの。一緒にいて接していけば分かるから焦らないの」
「……ムカつく」
ムカつかれてしまっても私は苦笑いするしかなかった。子供なレナを相手にするのは大変だけど可愛げもある。私は子供にでもするように優しく頭を撫でてやった。
「そうやってすぐ怒らないの。分かるようになるから大丈夫だよ」
「子供扱いしないでくれる?」
「子供な癖に。そこも好きだけどね」
不機嫌なのはいつもなので私は起き上がると首の手当てでもしようと思ったがレナに逆に捕まってしまった。
起き上がった私にレナは抱き付いてきたのだ。そしてさっきと変わって笑顔で私を見てくる。私は不安を感じた。
「レナ……?ちょっと離してくれる?」
「子供の私に照れてたのは誰?キスまでしたくせに私は子供なの?」
「レナ……。それとこれとは話が別でしょ?」
「どう別なの?あんなキスしたくせに」
「…それはレナがしろって言ったんじゃん」
そんな話をされても困るだけだった。
しかも掘り返されたくないのにさすがレナだ。レナは魅了するかのように笑みを作ると軽くキスをしてきた。
「ねぇ、キスして?私が好きならできるでしょ?」
「……レナ?そういう…」
「私に伝えてくれるんでしょ?だったらキスくらいしてくれないと話なんか聞かないけどいいの?」
また上手い事逆手に取ってきたレナに言いくるめられているのを感じる。私で楽しむのはやめてほしいくらい綺麗な笑顔を見せられて私は頷いてしまった。
「…分かったよ」
「本当に分かってるの?私が言わないとキスしないのも直さないとまたあいつの前でキスするけど」
「…なんでよ?」
「ムカつくから」
当たり前のように言った理由はただの独りよがりな気持ちだった。ムカつくなんて………そういう関係でもないし話でもないんだけど私は仕方ないので受け入れた。レナは普通ではないのだ。
「そうですか……じゃあ、私からもするから絶対やんないでよ?」
「本当にやったらね?」
私を試すようにレナは首に腕を回すとにっこり笑った。これはちゃんとやらないと絶対やるだろう。ていうかこれで私を脅してきそうだ。
私は自分からキスをするとレナを抱き締めながら深く口付けた。キスに関してはよくないけどやらないと切られる可能性があるから少し緊張感がある。
少し長く舌を絡めてから唇を離すとレナは妖美に笑った。
「はぁ………ふふふ、最初よりはマシなキスができるようになったんじゃない?」
「だって怒ってきたじゃん」
「楽しくなかったら怒るでしょ?バカなの?」
「うん………。まぁ、なんでもいいけどさ」
「そう。………あ、だったらもっと楽しい事しない?」
不安になるような事をレナは楽しそうに言ってきた。
なんにも想像はできないが良くない事のような気がする。
「…なにするの?」
「あいつの前で今みたいに抱き付いたり手を繋ぐなんてどう?また怒りだして飛び出していくんじゃない?」
「やめてそれは。栞で楽しまないでって言ってるでしょ?」
「だってあんなドラマのワンシーンみたいなのリアルじゃ滅多に見れないから見たいでしょ?あいつウザいけどあんな面白いと思わなかったから」
レナの次のターゲットは栞になったようだ。もう栞をあれだけで理解したのだろうが私をエサにして楽しみたいのだろう。キスは絶対ダメだけど抱き付いたり手を繋いだりでもしたら栞はあの時みたいに怒り出すに違いない。レナは嘲笑いながら言った。
「しかもいつも男に媚び売っててキモかったのにあんたにも媚び売ってるし。あれはなんで?」
「栞は私の前だといつもああだよ」
「キモ。しおは悪くない!だっけ?本当に笑える。あんたの子供なの?あれ」
「私の子供な訳ないでしょ?栞は幼いの」
「そう。じゃあ、目の前で瑞希とセックスでもしたらどうなるんだろう?楽しくなる未来しか見えなくない瑞希?」
私とは全く違う事を思うレナに同意を求められても頷けるはずがなかった。そんな事したら喧嘩では済まないだろう。
「楽しくならないからね絶対……」
「そう?意見が合わなくて残念。まぁ、でも、だったら別の方法でもっと嫌がらせしてやればいいか…」
「嫌がらせしたらダメだよ?可哀想だし私が大変になるからやめて。やるんなら私だけにして。レナに関しては皆大変な思いしてるんだからね?」
嫌がらせする前提で話が進んでいるのに驚くが私が止めないと栞だけでなく私や美穂が大変な思いをする。レナは皆の気持ちなんか無視だけど被害は最小限にしたい。レナは怪しく笑って顔を寄せてきた。
「いや。キスは我慢してあげるけど楽しい事はやめられないの。私といたら分かったでしょ?」
「レナ……」
「ちょっと?小言は飽きたからもうやめてくれる?もっと楽しませてくれないとあいつにも瑞希にもいろいろしちゃいそう。どうする瑞希?」
私の意見を無視するのは変わらないがこれは本気だから対応はしないとダメだ。私はやはり変わらないなと思いながらまたレナにキスをして機嫌を取った。
レナは栞の悪口を言う割に栞に似ている。
その日はキスをしてレナと話ながらレナの様子を見ていた。その間特に調子が悪そうには見えなかったので夕方まで一緒にいて美穂に連絡してから家に帰った。
そうして翌日。問題はすぐにやってきた。
仕事に向かって普通に帰ってきた私は今日は何を食べようかなと考えながら玄関の鍵を開けたら靴が二足あったのにげんなりした。見れば誰か分かるその靴に昨日の今日で最悪だなとしか思えない。
私が靴を脱いでいたら玄関にまずは一人やってきた。
「瑞希!お帰り!今日しお驚かそうと思って勝手に来ちゃった。ごめんね?怒ってない?」
「あぁ、別にいいよ。平気」
「よかった。しお瑞希に会いたくてしょうがなかったんだ」
「会ったばっかりじゃん。でも、来てくれてありがとう」
いつもの可愛らしい笑顔と話し方は変わらないが怒っている可能性があるのは栞だ。私はとりあえず笑顔を作りながら部屋に向かうとベッドに我が物顔で横になっているレナを見つけた。予定を合わせるはずがない二人がいるのは偶然だろう。最悪な巡り合わせだ。レナはテレビを見ながら私にチラッと視線を向けた。
「やっと来た。あんたいつまで仕事してんの?」
「今日はちょっと延びただけだよ。レナは遊びに来たの?」
「あいつがお土産渡して来いって。それ」
顎で示してきたそれは机の上に置いてあった。
袋に入っているそれは大阪のお土産のお菓子のようだ。今日は美穂の差し金で来たようだが一応お礼は言った。
「美味しそうじゃん。ありがとうレナ」
「別に私が買ったんじゃないから。しかも行きたくなかったのにあいつがうるさいから来ただけだし」
めんどくさそうに言ったレナに後からついてきた栞が低い声で言った。
「じゃあ、さっさと帰れよ。マジウザいんだけど」
「私より後から勝手に来たくせに文句言える立場な訳?それに親友の顔見るために待ってたんだけどなんか悪いの?」
「はぁ?ふざけたこと…」
「もう、ちょっとやめて。栞そんな事言わないの」
もう喧嘩が勃発しそうになったので私は栞が何か言う前に口出しした。レナはもう楽しもうとしているようだが栞の敵対心めらめらな感じをどうにかしないと。
栞は気に入らなさそうに目を逸らした。
「だって本当にウザいんだもん」
「だからって言わないの。もう少し仲良くできないの?」
「できない。こいつウザいんだもん。しお嫌い」
「栞?レナとは仕事でも会うんだからそんな嫌わないの。嫌ったって疲れるだけなんだからやめな?」
「…………」
栞は気に入らなさそうにそっぽを向いてしまった。こりゃまた機嫌取りに追われそうだ。私は目を合わせようとしない栞の顔を見ながらとりあえず頭を撫でて栞のためにお茶を入れようとお湯を沸かした。
「栞はいつものでいい?」
「………」
「レナはなんか飲む?」
「いらない」
「そう」
レナはまだいそうだが栞は帰らないだろうからまずはお茶だ。今日は黙っちゃったから長引きそうだなぁ、とまるで他人事のように思いながらキッチンに立っていたら後ろから抱き付かれた。驚いて顔を向けるとレナがそれはそれは楽しそうに笑っていてやめてほしかった。なにか悪い事が起きる前兆のようだった。
「瑞希またドライブに行かない?今度は…」
「お前瑞希から離れろ。殺すぞ」
そしてまたしても栞は低い声でキレていた。
いつもの栞はどこに行ったのか、顔からも怒りを感じるくらいぶちギレている。正直私に矛先は向いてないけど恐怖を感じるのにレナは涼しい顔で笑っていた。
「は?私達仲良しなんだから別にいいでしょ?あんたに関係ないじゃん」
「は?瑞希は私の友達だから。てめぇのじゃねんだよ」
「別に私のなんて言ってないけど。あぁ、また僻んでるって事?そんなに羨ましいの?」
「はぁ?おまえいい加減に…」
「ちょっと!?レナも栞もそこら辺にしてよ?」
空気の悪さを感じた私は強めに言った。
手はまだ出してないけど今にも出しそうで怖い。
私の言葉で一瞬栞はこちらに視線を向けたけどまたそっぽを向いてしまった。だけどレナは楽しそうに笑いながら言った。
「瑞希私達が羨ましいんだって。どうする?一緒にドライブに連れていく?私は二人が良かったけど…」
「レナ?注意したの忘れたの?ちょっと離れてくれる?」
「次は私に説教するの?つまんない」
レナはあっさり離れたがまたなんか企んでそうに笑っている。読めないレナには不安を感じるが私はレナに向き直った。
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