第21話
「…あのねぇ、栞で楽しまないでくれる?ああ見えて繊細だし、傷つきやすいんだからね?ていうか、ああやって泣いたり怒ったりすると私が大変なんだから勘弁してよ」
「楽しくなかったの?あいつ面白いくらい怒ってんのに瑞希にはぶりっこしてたじゃん。瑞希にぶりっこする意味が分からないけどとんだ二重人格で笑える」
「私は頭が痛かったよ…。もう少し言い方をどうにかできないの?」
「は?本当の事言って何が悪いの?」
レナはもう鼻で笑っていた。
栞もよくなかったけど元はレナの言い方にある。
「レナ?思った事は言ってもいいけど仕事で接してるならもっと相手を尊重しないとダメなんだよ?」
「アイツ以外にメイクは腐るほどいるのに?一々気なんか使ってたら疲れるから。そんな代わりがいるやつどうでもいいでしょ」
「メイクをしてくれる人はいるかもしれないけど信用をおける人は少ないでしょ?栞はあんなんでも仕事はちゃんとやるしレナが嫌いだからって雑にやったりもしないしレナを考えて仕事するからちょっとだけ優しくしてよ?」
私は頼むように言った。
栞のあの様子を一言で表せば嫌いだろう。だけど栞は嫌いだろうがなんだろうが仕事に対しては真面目なのでちゃんとやる。だから美穂も仲が悪いのに頼んでいる訳で栞はレナが嫌いだろうがちゃんと考えてやってはいるはずだ。
レナは魔女のように怪しく笑った。
「見返りは?私は利益がない事はしたくないの。優しくしてほしいならなんか出してくれる?」
一方的な要求には頭が痛くなる。まるで
「栞は一応信用のおけるメイクとして見返りになるでしょ?」
「私はあんたから欲しいの。ないならやらない」
「レナ……わがまま言わないの。そうやって妥協してかないと仕事なんかうまくできないんだよ?」
「だからなに?あんな嫌いなやつ相手にするんだから見返りはたっぷり貰わないと私は嫌だから」
レナはやはり引く気はなかった。
この妥協をしない譲らない姿勢もどうにか直してかないと私の身の危険に繋がる。
私はどうしたもんか考えていたら春子さんが料理を持ってやって来た。
「ほら、できたわよ。瑞希ちゃんは麻婆豆腐好き?今日は麻婆豆腐とローストビーフのサラダとスープにしたんだけど」
「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます。美味しそうですね」
テーブルに並べてくれた料理はそれはそれは美味しそうだった。
「良かったわー。レナちゃんも食べなさいね?」
「うん。ありがとう春子さん」
「いいのよ。私片付けするから二人で仲良く食べなさい」
レナは珍しくお礼を言って春子さんはまたキッチンに戻って行った。私はそれにちょっと驚いた。二人の雰囲気的に長い関係そうだけどレナは春子さんには素直な感じがする。その証拠にレナは珍しく嬉しそうに作って貰ったご飯をつまんだ。
「瑞希は食べる?」
「…あぁ、うん。食べる。私分けるよ」
意外な一面もあるレナに笑いながら私は取り分けてあげた。そして私も頂いたが普通に美味しかった。レナはしっかりご飯を食べていて普通に食べる時もあるんだと内心感心した。春子さんは凄い影響力のある人のようだ。
「それで、見返りは?」
美味しく食べていたらレナは怪しく微笑んだ。
無表情が多いレナが微笑むと魅力的に見えるが私は今ただ要求を押し付けられている。こちらもただで飲む気はない。
「……見返りを用意したら喧嘩しないようにできるの?」
「それはあいつ次第でしょ?ぶつからないようにはしてやるけど文句言わなきゃいいんでしょ?」
「本当にできるんだよね?」
「私はね。だって我慢だってできてたでしょ?殴ってやりたかったけど」
それは確かにそうだった。
レナが我慢をできたのは進歩だ。私はそれを考えるとレナの進歩のためにも渋々受け入れた。
「……次はなにしたいの?」
「ふふふ。そうだなぁ…………あいつの前でまたキスでもしてやりたいけど……」
「それは絶対やめて。それ意外にして。本当に大変だったんだからね私」
「そう。じゃあ、…………次は切るんじゃなくて刺したい。どう?深くは刺さないから」
美しく笑われても普通に嫌だった。切るのも嫌だけど刺されるのなんか身の危険そのものだ。というか刺された事ないし、私は危ないので深く聞いてみた。
「どこに刺したいの?」
「死なないようなとこ?」
「本当に深く刺さない?」
「その時に私の言う事を聞けばね?」
つまりまた首にナイフを突きつけて脅迫しながらやるようだ。まぁ、レナの事だからそんなできないような事は言わないし私がちゃんと従えば済む。
身を削るにしてはちょっと嫌だけど皆のためにもやろう。
「分かった。じゃあ、約束するから守ってよレナ」
「交渉成立。楽しみにしてる」
「うん………。私は楽しくないけど揉め事が減るんだったらいいよ」
こういう時ばかりレナは嬉しそうにする。
だけど美穂も悩みが減るだろうし、栞とはうまくやってほしい。私は嫌な事が増えてはぁ、と内心ため息をついていたらまた春子さんがやって来た。
「レナちゃん作った料理はまたタッパーに入れといたから食べるのよ?」
「うん。ありがとう春子さん」
「いいのよ。今日はこないだできなかった掃除もできたしまた来るわね?瑞希ちゃん次はなにか食べたいのあったら言ってね?作るから」
「あぁ、はい。ありがとうございます」
春子さんはそれじゃあねと言って颯爽と出て行ってしまった。春子さんは定期的にやって来ているようだがよくレナと長い事付き合っている。どう思ってるんだろうなと思っていたらレナはテーブルにあったコレクションのナイフを取った。
「じゃあ、ご褒美貰える瑞希?」
「…痛いから深く切らないでよ?」
「分かってる。こっちに来て?」
レナに促されて私はレナのすぐそばに座った。これから首を一周切るなんて……最悪だ。
レナは私の肩に手をおくと美しく笑いながらナイフを首に当ててきた。
「ふふふ。興奮しちゃう……。私から目を逸らさないで瑞希」
「うん……」
レナの言う事に今は従わないと大変な思いをする。私は美しく笑うレナを見つめていたらレナは首を切り出した。継続する痛みは眉間にシワが寄るが動かずにレナを見つめているとレナはナイフをもちかえながら首を一周切った。首と私を交互に見ながらレナは間近に顔を寄せる。
「綺麗な首輪。痛かった?」
「うん」
「そう。じゃあ、私が嫌になった?」
「嫌にはならないよ」
「ふーん」
なんの確認なのか分からないがレナは機嫌が良さそうだった。レナは私の表情を楽しむようにじろじろ見ると切った首に触れてきた。傷口に触られると痛みがあるのは当然でまた顔を歪めるとレナは笑った。
「ふふふ。笑えるからその顔やめて瑞希」
「痛いから無理だよ」
「そう。じゃあ、舐めてあげる」
「レナ?」
レナは犬が舐めるかのように私の首を舐め出した。
それはさっきと同じような痛みがある。
レナは舐めながら聞いてきた。
「ねぇ、痛い?」
「うん。それなりに」
「ふふふ。やっぱり殺したくなっちゃう」
「ちょっと、レナ?」
嬉しそうに囁いて体をソファに押し倒される。
レナは上に乗っかって私を上から笑顔で見てきた。それでますます動けなくなる。次に何をしたいのか予想がつかないレナは私の首を絞めるかのように両手で触ってきた。
「ねぇ、このまま殺したいって言ったら嫌?」
「それは、嫌だよ」
「じゃあ、どうしたら良くなる?」
「良くなるならないの話じゃないよ」
「どうして?人はいつか死ぬのに」
楽しんでいるかのようにレナは言葉にする。
殺したいのは本気なのかどうか分からないがレナの質問には答えた。
「いつか死ぬのは確かだけど、レナが私を殺したらレナは犯罪者になるんだよ?それは嫌なの私は」
「どうして?」
「好きだからだよ。レナが好きだから嫌なの」
「あんたの好きって意味分かんない。何が好きなの私の。顔?体型?」
レナにとって人の気持ちなんか特に分からない事だろう。考える前からレナは愛情なんか知ろうともしていない。でも、そんなレナにも私は愛情が沸いていた。知らないから人として欠けているような部分があって危うくて手を差し伸べたくなる。レナには人として弱い部分がよく見えるから埋めてあげたくなるのだ。
「私は全部好きだよ。外見も中身も」
「どういう意味?」
私の首から手を離したレナは訝しげに私に顔を寄せてきた。私はなるべく愛情が伝わるようにレナの背中に腕を回した。触れるだけでもレナはとてもか弱く感じる。
「ありのままのレナが好きって事。我が儘で人の気持ちなんか無視だけど言えば我慢もできるしそれなりに話も聞くじゃん。そういうとこが私はなんか憎めなくて好きだなって思うよ」
「嫌がらせしても?」
「うん。嫌がらせも許せるくらい好きだよ。レナはちょっと考え方が違うだけで知らない事が多いんだなって思うだけだから」
「………意味分かんない」
やっぱりまだレナには分からなかった。でも、こうやって伝えていけばいつか分かってはくれると思う。私はレナに笑いかけて背中を撫でた。
「そのうち分かるよ。私が伝えてあげるから」
「どうだか」
「大丈夫。一緒にいるから」
レナは鼻で笑っていたが私は信じている。
私が笑っているとレナは興醒めしたかのように息をついて私の横に寝転がった。
「なんでいつも意味分かんない事言うの?瑞希は面白いけど理解できない。すぐに分かるには脳みそを見てみるかセックスでもすればいいの?」
「気持ちとか人と人との事は経験して分かる事だからすぐには分からないよ。それに脳みそ見るのもセックスするのもダメ」
「私はすぐ分かりたいの」
レナは気になってはいるようだった。
これもレナが変わってきている証だがすぐに分かるなんて無理だろう。私は頭を悩ませた。
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