第20話
その後まだ満足してなさそうな栞の機嫌を取りながら私は栞の家に泊まる事にした。
栞はそれからずっと私にベッタリで離れなくて動けなかったがもう拗ねたりしなくなっていたので良しとする。それに泣いてたから今日は甘やかしてやるつもりだ。
そうして風呂に入って栞のベッドで抱きついてきた栞を抱き締めていたら栞は甘えたように言った。
「瑞希」
「ん?なあに?」
「キスして?しおキスしたい」
「だめ。もう終わりって言ったでしょ?」
キスは栞の機嫌が悪くなったり悲しんでいる時にするものだ。あれが日常になってしまったらさすがに困る。栞は顔を寄せてきたが私は唇を押さえるように栞の口に手をやった。これはちゃんと止めないとやる気だ。
「栞?だめって言ってるでしょ?」
「でも、したい」
「だめ。そんなに我が儘言うと私帰っちゃうよ?」
「それはだめ」
「じゃあ、そういう事言わないの」
「………うん」
栞の扱いは誰よりも知っている。高校生の時から一緒だし、私の隣には絶対栞がいた。栞の口にやっていた手で頬を触りながら顔を撫でると栞は機嫌が良さそうに笑った。
「栞は可愛いね。今は好きな人とかいないの?」
「しおは瑞希だけだよ?本当に好きなのは瑞希だけ」
「モテるくせに何言ってんの?」
「本当だもん。彼氏は都合がいいから作ってるだけだし。ねぇ、それより瑞希は?」
栞は言わなくても言い寄られるから私には分からない基準があるんだろう。高校の時なんか気付けば告白されまくってただけあるなと思いながら私は答えた。
「私はいないよ。欲しいとも思わないし、今が楽だから一人が好きかなぁ」
「瑞希は一人じゃないよ?しおがいるもん」
「うん、そうだね。じゃあ、栞いるからいいや」
「うん!瑞希はしおだけね?」
栞は昔から私を自分の物のように独占したがる。
私に彼氏がいても嫉妬して機嫌が悪くなるし酷い時は彼氏と遊ぶと言ってもついて来たりした。そして彼氏を目の敵にしたり私の友達を目の敵にしたり……思い出すとキリがないけど栞にはそれだけ好かれていると言う事だ良く言えば。
「はいはい」
「瑞希しお以外といっぱい仲良くしちゃダメだからね?しお嫉妬しちゃうから」
「うん。分かったよ。今もご飯行ったりすんのは美穂とか栞だし、私はそんなに友達いないから大丈夫だよ」
「でも、あいつと仲良いんでしょ?瑞希結構好きって言ってた」
「レナ?まぁ、レナは……うん。ほっとけないから」
またむくれそうだなと察知した私は空気を良くしようと栞に笑いかけた。
「でも、栞は凄い好きだよ?会うと抱き締めたくなっちゃうし、栞が笑うと私も嬉しくなっちゃうし」
「うん!それしおも!しおも同じ!」
「ちょっと栞?危ないでしょ?」
栞は嬉しそうに勢いをつけて抱き付いてきたから倒れそうになるのを片手で支えた。栞は高校の時からずっと変わらない。容姿は可愛らしくて綺麗なのに中身は子供でとても幼い。あの頃から成長したのは外見くらいだろう。でも、それも栞の魅力だと思う。そこも可愛らしいから。
「瑞希ちゃんと抱き締めて?」
「話し聞いてるの栞?」
催促する栞を仕方なく抱き締めながら言う。栞にもう乗り掛かられているが受け入れてしまう私は甘い。
「聞いてる!次から気を付けるよしお」
「もう、本当だからね?」
「うん。瑞希?」
「ん?」
「呼んだだけ」
嬉しそうな栞にそうと言いながら背中を撫でてやる。
久々に会ったから嬉しいんだろう。今日はとにかくいろいろあったけど大惨事は免れた。明日はレナの要望を聞かないとだけどレナは大丈夫だろうか。
私はふとレナが気になって携帯に手を伸ばした。レナからは連絡は来ていないが一応心配だから連絡しておこう。
「瑞希誰?」
しかし、それにすぐに気付いた栞は目ざとく聞いてきた。私は名前を出したくなかったから曖昧に答えた。
「友達」
「だれ?教えて?」
「……レナだよ」
「またあいつ?………なんだって?」
さっきまで機嫌が良かったのに栞はむっとした顔をする。私は宥めるように背中を軽く叩いた。
「私が連絡するの。体調は平気?って」
「………あいつ元気そうだったじゃん」
「普段はね?でも、レナはめまい持ちだから悪い時といい時があるの」
「……あいつばっかり」
「レナばっかりじゃないじゃん。今は栞といるよ?」
「しおといても瑞希あいつの事考えてるもん」
そうじゃないんだけど栞のこの独占欲は手に終えない。私はさっさとレナに連絡をして携帯を手放すと栞に向き直った。そして今回は逆手に取る事にした。
このままでは堂々巡りだ。どうにかしないと。
「そんなに私が信用できないの?高校の時からずっと一緒なのに栞は私が栞を好きなの信じられないんだ?なんか悲しいなぁ~」
「違うよ?そうじゃないけど………」
「でも、そうじゃないの?栞今日怒ってばっかりだし、私が説明しても怒って信じないしさ…」
私はあからさまに悲し気な顔をしてみた。
私がこういう顔をすると栞は焦り出すから効く筈だ。案の定すぐに栞は困ったような顔をして焦りながら謝ってきた。
「瑞希ごめんね?しお瑞希が信じられないんじゃないよ?ただ、久々に会ったらあいつと仲良さげだったから嫉妬してイライラして悲しくなって……だからごめんね?しおが悪かったから」
「でも、友達になったのは気に入らないんでしょ?」
「それは、だって、瑞希はしおのだもん……。でも、いいよ?あいつと友達なのはムカつくけど瑞希が友達でいたいならあんまり嫉妬しないようにするから……」
「本当にできる?栞昔から私に友達できると怒るじゃん。その友達にも怒るし」
栞は私が美穂と拓哉以外の話をすると怒る。あからさまに不機嫌になって自分より好きか聞いてきたりする。まぁ、子供だから仕方ないとこはあるけどそろそろこれも直していかないとあんな喧嘩をされてはたまったもんじゃない。栞はしょぼくれていた。
「しおは瑞希の事大好きだからどうしてもやなんだもん……。瑞希が取られたらしお困る……」
「取られる話じゃないでしょ?私栞とずっと一緒にいるつもりだよ?」
「うん……」
栞の不安は考えなくてもいいものだが栞の独占欲と嫉妬深さから考えると難しいのだろう。私は少し考えて栞が安心できるような提案をした。本当はよくないけど。
「じゃあ、これから栞に私が好きっていっぱい言うよ。あと、たまにキスしよっか?それなら栞は不安じゃなくなるでしょ?」
私達は女同士だし付き合ってもいないが私が妥協していかないと栞が変わるのは無理だろう。栞は自分に彼氏がいても私への独占欲と嫉妬深さは変わらないから。栞は私の提案に表情を明るくした。
「それ、本当?」
「うん。でも、その代わり栞はあんまり怒ったりしないように努力するんだよ?できる?」
「うん!しおそれならできる!むしろ嬉しい!」
「モテるくせに全く。じゃあ、約束だからね?」
「うん!」
納得してくれた栞はぎゅっと抱き付いてきたので私は笑って抱き締め返した。栞はこうやって言い聞かせればちゃんとやるから大丈夫だろう。
もうこれで不機嫌になる率は下がるが後はどうレナと折り合いをつけていくかだった。
今回の件に関してはどっちも良くない。
だが、レナのあの何でも言ってしまうのをどうにかしないと栞は怒りまくるだろう。ていうか、栞じゃなくてもキレる人はキレるだろう。レナは尊重する事ができていないから。これは今後の課題だ。明日にでもレナに言ってみるか。レナに言ってみてどうにかなりそうだったら栞にも話そう。
そうすればあんな喧嘩はしなくなる………と思いたい。
美穂にも言われてるし、あれは美穂じゃどうにもできないだろうから私がどうにかしよう。
私はそう心に決めて栞と眠りにつくと次の日にレナの家に向かった。
約束したから栞は寂しそうだったけど普通に送り出してくれたが私の足取りは重い。レナは昨日した連絡を無視しているし、私はこれからご褒美に切られる。
話さないといけない事が沢山あるのにまずは痛い思いをしなければならないなんて………。
私はレナのマンションに着くとエレベーターに乗ってレナの部屋に向かった。丁度昼くらいだからめまいはしてないと思うが大丈夫だろうか。
そうして玄関の扉を開けて中に入ると見慣れない靴を見つけた。黒いスニーカーなんてレナは履かないが誰か来ているのだろうか?靴のサイズ的に女性そうだが美穂は今大阪だし……。
私は珍しく思いながら部屋に入るとレナがいつもいるソファに向かった。
「レナ?あ、どうも…」
「あら、あなたレナちゃんのお友達?」
レナはソファに座っていたがキッチンに知らない人がいた。上品で綺麗な格好をした茶色のパーマが印象的な小柄な年配の女性だった。普通に料理を作っているが全く知らない人で私は驚きながら答えた。
「はぁ、一応そうです」
「レナちゃんお友達ができたのねぇ。良かったじゃない。友達はいないって言ってたから心配してたのよ。あなた名前は?」
「えっと、瑞希です」
「そう、瑞希ちゃんなのね。あなた好きな食べ物はある?今日はレナちゃんのご飯を作りに来てるのよ。いつも私のお任せでいいって言うから悩んじゃって」
「え、えっと………」
いきなり聞かれて悩んでいたらレナが口を挟んできた。
「春子さん、いつも通りでいいから」
「でも、折角瑞希ちゃんも来たのよ?好きなもの食べさせてあげたいじゃない」
「瑞希は何でも食べるから平気」
「あらそうなの?レナちゃんはいろいろあるんだけどあなたは好き嫌いないの?」
「え、まぁ、ないです」
「じゃあ、レナちゃんと待ってて?もうすぐできるから」
「はぁ……」
なんだか話が進んだので私はレナがいるソファに座った。この家は本当にいろんな人が来る。私はレナに尋ねた。
「レナあの人って?」
「家政婦の人。春子さんには昔からずっと頼んでるの」
「あ、そうなんだ」
「それよりしおはどうだった?泣いてた?」
レナは楽しそうに聞いてきて私は本当に呆れていた。
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