第13話




「なんであの時止めたの?いつも止めるのはなんで?」


「ダメだからだよ。怒ったからって暴力して人を傷つけちゃダメなの」


「あれはゴミだった。ゴミと人は違う」


「んー……。確かにゴミかもしれないけど物理的に何かしちゃダメなんだよ?命の危険が迫った時はやってもいいけど普段はダメ。暴力をするのはよくないんだよ?それこそゴミがやる事だよ。ゴミと一緒じゃ嫌でしょ?」


レナは私の行動の意味や言っている意味を理解してくれているのかは定かではないができるだけレナが分かるように話した。


「じゃあ、ゴミが手を出すまで待てって事?」


「いや、待つとかそんな話じゃないよ。言葉を使えって事。分かりあわなくてもいいから言葉で解決するの。手は最終手段。危ない時だけ。分かった?」


「……そうしたら私に特になる訳?」


「特って考えると難しいけど、そんな人に怒っても無駄な気力を使うだけだから楽にはなる…かな。あとは人として品位を保てるからゴミと一緒にならないかな」


レナの考え方からすればゴミと同等は嫌だろうからこう言っていた。レナは頷かないだろうなと思っていたらまたしても予測不能な返答をした。


「そう。じゃあ、言葉でいいのめして掃除しろって事。ゴミに触れるのは癪だし、ゴミを触っても汚れるから無駄に手を汚さないように言葉だけで済ませれば臭い匂いも嗅がなくて済むんでしょ?」


「うーん…………まぁ、それに近いと言えば近いかなぁ………」


「そう。ならそうしてあげる。でも、あんな臭いゴミ殺したくなるから我慢できないかもしれない……あ、そうだ。じゃあ、我慢できたらごほうびちょうだい瑞希?」


そうして不穏な事を美しい笑顔で言い出したレナに不安になる。レナの笑顔は綺麗だけど不信感すらも感じるのはなぜだろう。私は一応聞いてあげた。


「なに欲しいの?」


「その首が欲しい。それであんたを金で買いたい」


「それは無理だよ。前から言ってるでしょ」


「知ってる。だから首輪をつけたい。首輪ならいいでしょ?」


「…………どういう意味?」


また私には分からない事を言い出すものだ。冗談なのか本気なのかも分からないレナは私の耳にキスをして囁いた。


「首を一周切りたいって事。そしたら綺麗な首輪になるでしょ?瑞希も可愛くなる」


「………レナは私を殺す気?」


「まさか。殺すならもっと苦しめるに決まってるでしょ?苦しめて殺さないと愉しくないもの。それで、ダメなの?ダメだったら我慢なんかしないけどどうする瑞希?」


「…………」


レナが突きつける条件はいつも私に不利である。私はなにも特はしないし、レナも普通なら特をしない。だけど私で楽しむような顔をするレナの楽しみは普通ではないのだ。レナは誘うように私を見つめた。


「ねぇ、嫌なの瑞希?嫌なら耳を切り刻むのはどう?切り落としても愉しそうだけど……選ばせてあげる」


「どれも選びたくないよ私は」


「じゃあ、今まで通りでいいの?意見してきたくせに」


「………レナ?」


「なに?可愛い顔して。その可愛い目にナイフでも刺してあげようか?もっと可愛くなるんじゃない?」


どうしようか悩んでも首輪が一番安全だった。それにレナが我慢できるようになった方が皆のためだ。私には選ぶ余地など最初からないのだ。


「首輪にするから他はやめてよ?」


「そう。分かった。じゃあ、我慢できるように努力してあげる」


「うん……。レナちゃんと我慢するんだよ?」


「できたらね?まぁ、首輪をつけられるならする気にはなるけど。愉しみ…」


私の首にキスをしてきたレナに不安が増す。

我慢できるようになればいいけど、この条件じゃなぁ………。レナなら絶対やるけど普通に嫌だよ私は。

でも、レナのすぐキレる癖は直さないとトラブルの元だ。


レナは機嫌良さそうに鼻唄を歌いながら繋いでいた手を引いた。


「瑞希?」


「ん?」


「私、今日のお礼まだ貰ってない」


「え…………深く切らないでよ?」


忘れていたそれに落胆した気分になる。私はあれからレナにナイフで切られているからいろんな所に切り傷があるので猫を飼っている事にして誤魔化している。この誤魔化しにはちょっと無理があるけど今日はどこを切るのやら。レナは笑顔で顔を寄せてきた。


「それより気分が変わったからキスして?もっと近くで瑞希を見たい」


「……うん」


「じゃあ、こっちに身体向けて?」


「うん……」


キスとなると噛まれかねない。本気で噛んでくるから気を付けないとだけど今回は大丈夫だろうか……。私は言われた通りレナの方に身体を向けるとレナは首に腕を回してきた。私も軽くレナの腰に腕を回すと自分からキスをした。以前のように首を絞められたりするのも考えられるので積極的に舌を絡める。しかしキスをしてすぐに首の後ろの方でレナに爪を立てられて爪が皮膚に突き刺さる。

私は痛みに顔を歪めながらレナとのキスを止めようとしたがレナが首に強く抱きついてくるのでそのままレナを呼んだ。


「んっ……はぁ、レナ?いたいよ…」


「だから?……なんで痛いか……考えて?」


爪が食い込んで痛いのに止めてくれないレナはキスを止めると私の唇を舐めてきた。雰囲気だけでも色っぽいのに魅惑的なそれにちょっと緊張する。レナは私をじっと見つめた。


「ねぇ、もっと愉しませてくれないとつまんないんだけど。瑞希は唇も噛まれたいの?」


「じゃあ、どうしたらいいの?」


「分かるでしょ?どうしたらいいかなんて」


このままだとたぶん舌も唇も噛まれる。だけど笑うだけで答えてくれないレナに困ってしまう。積極的にはやっているがレナを乱すくらいやれという事だろうか?こうやって言ってくるという事は足りないという事でもある。


私は考えるよりも行動に出た。今よりも痛い目にあうのはごめんだ。私はすぐそばにいるレナに強引にキスをした。腰をしっかりと抱いて片手をレナの頭に伸ばす。

そしてもっと深くキスが出きるように頭を抑えながら舌をレナの口の奥まで入れる。レナの舌に絡ませながらレナとキスをしていたらレナは爪を立てるのをやめてくれた。


「はぁっ、瑞希……」


「……なに?」


「んっ……もっと」


「うん……」


恋愛関係でもないのに私達は求めあうようにキスをした。レナに対してそういう気持ちはないけど私はキスまでしているからレナを放っておけないのだろうか。レナは普段とは打って変わって甘い声を漏らす。

そして首に強く抱きついてくるから私は内心緊張しながらも、それがすがるかのように感じられて離せなかった。

これを遊びのようにレナはやっているけど温もりを求めているかのようにも感じるのだ。



「んっ、レナ、もういい?」


私はようやく唇を離して尋ねた。

長らくしていたが私達は付き合ってないしそこまでしてしまってはよくない。レナは悩ましいくらい色っぽく笑った。


「もう終わり?」


「……うん、もうダメ」


なんだか気恥ずかしくてレナの表情が見ていられなくなって目を逸らす。

ぶっとんだ性格なのに笑うだけで魅力的なのはなぜだろう。見ていると流されてしまいそうで困る。レナは私の変化にすぐに気づいて顔を覗き込んできた。


「なに照れてるの?あんなキスしてきたくせに」


「……別にそういう訳じゃないよ」


「私に勘違いした男は皆そういう顔してたけど?ふふふ、チビのアリのくせに。よく顔をみせて?」


「ちょっと、レナ…!」


レナは私の顔を両手で逃げられないように抑えてきた。こんな顔をレナに見られては弱みを握られるだけだ。最悪な展開に熱を感じながらレナに視線を向けるとレナはとても愉しそうだった。


「ふふふ、私にときめいた?」


「違います」


「そう。じゃあ、触りたくなった?それとももっとキスしたい?」


「………レナ。いい加減にして」


「強がっちゃって。瑞希なら触るのもキスするのも許すのに何をそんなに流されないようにしてるの?もしかしてむっつり?」


なにか言うだけ楽しませて不利になる。

レナは心底面白そうに笑うとやっと私を離してくれた。


「ごめんね瑞希?そんな顔すると思わなかったから」


「悪いと思ってないでしょ?」


「もちろん。今日はこれでおしまいにしてあげるけど明日もキスして?さっきみたいなすごいやつ」


「……はいはい」


レナに笑われると癪だがバレるような反応をした自分も悪い。その後からかわれながらもレナはまた毛布を持ってソファで寝ると急に言い出したからベッドに移動しようとしたらレナが一緒に寝る?と言ってきたので断った。一緒に寝るものならからかわれて恥ずかしい思いをするだけだもの。


だからレナの寝室のベッドで寝たのに、私は一緒に寝なかったのこの後後悔した。




事が起きたのは夜中だった。

深夜2時頃、私は怒鳴り声と何か叩く音で目が覚めた。

目が覚めた時一瞬何だか分からなかったけど身体を起こすとレナが怒鳴っているのが聞こえる。

これはただ事ではないと思った。誰に怒鳴っているのか分からないけど部屋に響く怒鳴り声はとても怒っているのが分かる。私は寝室を出るとリビングの方に向かうもレナはいなかった。それでも怒鳴り声は聞こえていた。


「いい加減にしろ!!消えろ!!ふざけんな!!」


それはやはりレナの声で叫びながらドンドンと何かを叩くような音が聞こえる。

これはいったいなんだ?誰かいるのか?レナがこんなに怒鳴るなんて今までなかった。

廊下の方から聞こえるそれに不信感と恐怖を感じる。

私はそれでも何かを叩く音に導かれるように歩みを進めた。


そうして廊下に続く扉を開けるとさっきよりもはっきりと何かを叩く音とレナの息遣いが聞こえる。それは明かりが漏れた洗面所から聞こえた。レナは洗面所で何をしているんだ。


言い知れない不安を感じながらゆっくりと洗面所の扉を開けるとレナは血だらけの手で洗面所の割れた鏡を叩いていた。


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