第12話




その日からレナとはよく会うようになった。

私が様子を見に行っているのが大きいけどレナも来てとだけ連絡してくるか勝手に来るようになって距離は近づいた気がする。でも、あの日私は切ってもいいと言ってしまったから切られたりキスしろと言ったりいろいろやられている。これに関しては困るけど言ってもやめないから仕方なく受け入れている。もうレナといるなら受け入れるしかないだろうし、体調悪くなさそうならいいのかななんて思ってしまっていて私はレナに甘いのかもしれない。


レナはあれから私の前で具合が悪そうにしないけど私はレナの体調をよく聞いている。体調が改善する方向に向けばいいがこればっかりはレナの問題でもある。

レナにとってのストレスがなんなのか定かではないので私はレナのそばにいるくらいしかできないのだ。

たぶん聞いてもレナは答えなさそうだし。



そうやってレナと過ごす日々が当たり前になってきたある日、拓哉から連絡が来た。

四人でご飯を食べる日がやってきたのだ。

私はいいよとは言ったけどもレナが話しては困る事を言わないかちょっと心配だった。前にキスしてたら美穂が来て危なかったしレナは気まぐれだから何をするか予測できない。あれは正直私とレナの秘密にしたい。遊んでるにしたって度が過ぎるもの。しかもレナは女優だ。


皆でご飯を食べる日程が決まってから私はレナに釘を刺しておこうと思った。予め言って頷かせれば約束は守るから大丈夫だと思うし、言わないより言った方が絶対いいに決まっている。レナは何を考えているか分からないもん。そうと決まれば早速行動に移そうと思ったその日の仕事終わり、職場から出るとレナは調度車でやってきていた。

外車のロールスロイスなんて乗ってるのはレナだけだからすぐに分かった私はクラクションを鳴らされて近付いた。


「ねぇ、行きたいところあるから来て」


そうして窓を開けて言ったのがそれである。

レナは基本来てと言う事が多いがどこに行くかは見当がつかない。またあんな死ぬ思いしないよなと思いながら分かったと返事をすると私はいそいそと車に乗った。


「それで…………どこに行くの?」


私は一応聞いておいた。意味不明な事か言わないかのどっちかだけどレナは珍しく答えた。


「フォー食べに行く」


「フォー?フォー好きなの?」


「別に。食べたくなっただけ。一人じゃ食べきれないし残すからあんたにあげようと思って」


「あっそう……」


レナは本当にあんまり食べないから驚いたけど今日の私は残飯係のようだ。さすがレナだが少しは食べる気になったのは良い事だ。よかったと思いながら私はさっき考えていた事を思い出した。


「レナそれよりさ、もうすぐ美穂とかとご飯食べ行くじゃん?その時私達の事聞かれたら変な事言わないでよ?」


「は?なに言ってんの?」


「だから、ナイフで切ってるとかキスしてるとか言わないでよって話だよ。美穂は一応マネージャーだし、まずいでしょ?」


「あぁ、それ。まぁいいけど」


無表情だけど分かってくれてほっとする。すんなり聞いてくれたのにレナは突然笑った。


「あ、じゃあ、聞いてあげるから今日泊まって?それで遊ばせてくれたら話さない」


やっぱりレナはそうだよねと落胆した私は渋々頷いた。これは嫌がったら大変な事になりそうだ。


「………うん。いいけど、あんまり切らないでね?痛いから」


「さぁ、どうだろう?」


「……それよりどこにあるの?フォーのお店は」


私は雲行きが怪しくなってきたので話を流す事にした。たぶん気の済むまでいろいろやられるけどあれを話されるよりましだ。


「もうすぐ。駐車場ないから近くのパーキングに停める」


「そっか。楽しみだね」


「切る方が愉しいでしょ?」


「いや、愉しくないから。私痛いし」


「知ってる。それが愉しいからやめられないの分からない?」


レナの愉しみ方は意味不明である。おかしそうに言われても私は一生同意なんかできないだろう。


「分かる訳ないでしょ」


「そう。分からない方が愉しいから安心した」


「………そうですか」


おかしくないと思うのに笑われて居たたまれない。レナはそれからパーキングに車を停めると一緒に隠れ家的なお店に向かった。穴場なんじゃないかなと思うお店に入ると個室に案内される。私達はそれから料理を注文して食事をした。


しかし、レナはお目当てのフォーをほとんど食べずに私に寄越してラッシーを飲んでいた。あとつまみを少し食べたけどラッシーが目当てだったのかラッシーは二杯飲んでいた。


「レナラッシー好きなの?」


私はレナが残したフォーを食べながらラッシーを飲むレナに聞いた。レナは無表情だがどうでもよさそうに答えた。


「別に」


「ふーん。レナはハマってる食べ物とかないの?」


「ない」


「じゃあ、好きな飲み物は?」


「ないけど」


レナは特に表情も作らないから本当なんだろう。今日は気が変わったから来たのかもしれない。本当に関心ないんだなと思っていたら思い出したようにレナは言った。


「あ、でも春子さんのはなんでも好き」


「春子さん?」


レナが他人を名前で呼んで話すなんて意外過ぎて誰なのか気になった。が、それはすぐに分かった。


「家政婦の人」


「へぇ~。料理も作ってくれるんだね」


「私は作らないからね。手が汚れるし」


「………そんな理由なの?」


レナは自炊をしないと思っていたけど理由には驚いた。作んなくてもお金がある人だから問題ない人だけど手が汚れるって料理に限った話じゃないと思うんだけどレナは普通に答えた。


「他にある?私は汚れるのが嫌いなの」


「そう」


次元が違うレナの感覚は分からないのでもうそういう事にしておく。これ以上聞いたらびっくり発言を言いかねないもの。

その後ご飯を食べ終わると店を出て私はお礼を言った。レナは付き合わせたからとお金を払ってくれたのだ。


「レナありがとね?おいしかったよ」


「お礼は後で返して?愉しみにしてるから」


「……うん。嫌だけどね…」


綺麗に笑って言われてやっぱお金払えば良かったなんて思っても後の祭りだ。こりゃなんかヤバイのではと思いながら歩きだしたレナの隣に並ぶと声をかけられた。


「お姉さん可愛いねぇ?これからどこ行くの?」


横から声をかけてきたチャラチャラしたナンパ野郎にあの日を思い出す。この流れはまずいと思って我先に口を開こうとしたら男はレナを見て驚いていた。今日は車だったからサングラスをしてないからバレたのだろう。男は興奮したように言った。


「あれ、もしかして西玲香?あの今休養してる西玲香だよね?え、絶対そうじゃん!やべ~、嬉しい。あの、休養してんのってやっぱメンタルやられたんですか?最近そういうの多いじゃないですか~。しかも西玲香って親も…」


そこで無表情だったレナの顔色が変わる。それは怒っているのが目に見えた。

レナが拳を振り上げようとしたから私は急いで手を掴んで止めた。凄い力だった。


「レナ…!」


睨んできたレナが何かしでかさないように私は強く手を掴みながら早口に言った。


「すいません。人違いなので失礼します。行こうレナ」


「あ、ちょっと…!」


「あんまりしつこいと警察呼ぶのでやめてください」


私は足早にレナの車まで向かった。あの男はついてこなかったけどレナはとても怒っていた。


「なんで止めたの?あんなやつ突き飛ばすくらいしてやらないと気が済まない」


「そんな事しちゃだめでしょ」


「なんで?アイツ本当にムカつく……!」


レナは戻ろうとしたが私は止めた。ここで行かせたらあの日みたいになってしまう。


「レナ!!やめて!」


「……じゃあ、離して!」


「ダメ。もういいから帰ろう?」


「………」


納得なんかしてないし怒っているのは伝わるがレナは私が手を引くとついてきてくれた。こんなに怒るのは初めてだけど相当気に触ったんだろう。レナは帰ってからもずっと怒っていてイライラしているようだった。

今日はいつもの遊びをするような雰囲気ではない。

いったいどうしたんだろう。あの男は失礼だったけどそれだけじゃない気がする。


「レナ、いつまで怒ってるの?あんなの今に始まった事じゃないでしょ?」


私はいつものソファに凭れているレナに聞いていた。


「分かってるけどイライラするの」


レナの苛立ちは見るからに分かるが抑えられていない。私はレナが落ち着くように隣に座ると握りしめている手を握った。


「なに?」


するとすぐに睨まれたがレナの肩を軽く叩く。もっと落ち着かせないと。



「まずは落ち着いたら?そんなに怒ったって仕方ないでしょ?もう終わった事なんだから」


「……無理」


「でも、怒ると疲れるでしょ?だからまず落ち着くの。冷静に考えたらなんで怒ってるのかなって思えるし、そんな怒ってたらなにも手につかないよ?それに、ムカつく事考えるより楽しい事考えた方が時間が有意義じゃない?」


「……だからってイライラすんのは止まんないから」


「一緒に落ち着けば大丈夫だよ。身体の力抜いて、私の手握ってみて?大丈夫だから」


レナは怒りを自分で制御できないから手も出るしあの日のようないき過ぎた行動をする。だけど、今日のように私が止めればレナは止まってはくれるので手の打ちようがない話ではない。私は気に入らなさそうなレナに笑いながら肩を軽く叩いていると拳を握りしめていたレナに手を握られる。ちょっとは落ち着いたのか手を握り返しながらしばらくくっついていたらレナは私に凭れてきた。


どうやらうまくいったようだ。


「もう少し我慢する事を覚えたら?ああやってすぐ怒らないの」


ようやく落ち着いたレナに話しかける。何にも言わずに怒ってたけど言葉を出させた方が心の負担は減る。

レナはさっきよりは冷静に話した。


「仕事以外で我慢なんかしたくないから」


「…じゃあ、怒る前にちょっと冷静になったら?怒ったらまずは深呼吸してみるとか。そういうちょっとした事でもだいぶ変わるよ?」


「……くだらない。自分でやってれば」


「そうですか。じゃあ、また私が止めてあげるよ」


仕事では一応我慢できているようで意外だがレナは一回で言う事を聞かないので地道にやって行こうと思う。ちゃんと今落ち着けてるからきっと大丈夫なはずだ。

レナはそれから私に聞いてきた。


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