第10話
「ねぇ、それより今日も楽しませて瑞希?瑞希が来ないから退屈で死にそうだったから」
「…………自分で呼ぶって言ってたじゃん。呼ばれたら行ったよ?一応。それよりなにするの?」
「なにすると思う?考えて瑞希。ヒントは……ジェットコースター?」
「………そう」
愉快そうなレナにヒントを出されても分かるはずがなかった。ドライブに行くのにジェットコースターって………なんだいったい。機嫌が良さそうに車を運転するレナに言い知れない不安を感じていたら人気のない海まで来ていた。時間的にも遅いから海沿いを走る車はほぼなくて暗い。レナがいったいどこに向かっているのか分からない私は鼻唄を歌っていたレナにまた聞いた。
「それでどこに行くのレナ?」
「天国の手前」
「…………それでどこなの?」
意味の分かんない事ばかり言うレナにもはや呆れているとレナはいきなりアクセルを強く踏んだ。
「しっかり前見てて?快感だから」
「ちょっとレナ?!そんなスピード出したら危ないよ?!」
「だからなに?天国の手前に行くんだからスピード出さないと行けないでしょ?」
笑うレナは街灯も何もない一本道で百キロ以上スピードを出した。物凄い音を出しながらそのまま真っ直ぐ向かうがその先には立ち入り禁止の看板が立っていて金網でできた扉がある。その先は工場か何かなのだろうがこのまま行ったらぶつかるのにレナは百二十キロ以上出しながら私に顔を向けた。レナは普通に笑っていた。
「瑞希」
「レナそれよりぶつかるからスピード下げてよ?本当にぶつかるよ?!」
「瑞希は私の事好き?」
レナはこんな時にまた意味の分からない事ばかり言う。もうすぐぶつかるかもしれないのにスピードも下げないし本当に死ぬかもしれない状況に私は命の危険を感じながらも言った。
「好きだから本当に止めてレナ!!本当に危ないから!!レナ!!」
「ふふふふ……」
聞いたくせにおかしそうに笑うレナは突然急ブレーキをかけた。体が反動で前のめりになるがなんとか耐えながら間近に見える看板に目をつぶる。本当にぶつかると思ったが、車は看板の目の前で止まっていた。どうやら命からがら助かったようだ。心底安心してため息をつくとレナは大きな声で笑い出した。
「ふふふふ、はっはっはっは………本当に愉しいんだけど。ぞくぞくしちゃう。楽しかった瑞希?天国の手前は」
「…………愉しい訳ないでしょ?死ぬかもしれないとこだったよ?」
「死ぬ訳ないでしょ?瑞希は私が自分の手で直接殺すもん。ふふふふ、びびっちゃって本当に愉しい。怖かった?」
感情に温度差があるのは前からだけどレナは本当に愉しそうだった。天国の手前なんて言ってるけどこれは地獄の手前だ。こんな死ぬかもしれない恐怖を味わったのは初めてで今さら気づいたが若干冷や汗もかいていた。
「…レナ、冗談もいい加減にしてよ?あと少しでも遅かったら本当に危なかったんだからね?」
「だから死なないから。それより怖かった?」
「怖かったに決まってんでしょ…。もう本当にやめてよレナ。次やったら本当に怒るからね?」
「そう。じゃあ、キスして?そしたらやらないから」
「…………レナ」
こんな事をしてもいつも通りのレナに頭が痛い。
手に終えないのは今に始まった事ではないが今回みたいな事を後々されていたら私の寿命が縮まる。ていうか、レナはやる事が普通じゃない。こんなの誰が予測できただろうか。
「しないの?それじゃあ、またやりたいって事?いつでも私はやってあげるけど。快感だし」
「………やるよ。やるから絶対やらないでよ?約束だからね?」
「勿論。じゃあ、早くして?瑞希ちゃんとやらなかったら舌噛みちぎるからからね?」
「……うん」
笑顔のレナは美しくて絵になるくらいだと思うが言っている事に嫌な緊張をする。こないだみたいに噛まれたら痛いし、レナは冗談で言ってほしい事を本気で言う。
私はこちらを愉しそうに見つめるレナに顔を寄せてキスをした。勿論一回だけでなんか終わらないそれは何回もしながら舌を絡める。自分から積極的にしているとレナは吐息を漏らしながら言った。
「はぁっ……んっ、みずき、さっきの……本当?」
「……どれ?」
唇を離せばレナは目と鼻の先で私の頬を冷たい手で触れてきた。レナの刺すような、それでいて美しい綺麗な目に見つめられるのに緊張する。レナの容姿は女の私も緊張させる。レナは低い声で囁いた。
「好きだって。あんな事してもまだ好き?」
「まぁ、友達だもん」
「そう」
「でも、あんまりさっきみたいな事してると怒るよ?」
「それでも嫌わないんでしょ?」
確信を持ったように言われてちょっと煮え切らない気分になる。たしかに嫌わないだろうがレナはこうして私の好感度も試しているのだろうか?
「……次はなにしたいの?」
「知らない方が愉しいのに知りたいの?」
「……危ないから知ってたいよ私は」
「ふふふ、そう。でも教えない。売ってくれるんだったら教えてあげるけど」
「レナ……」
反論しようとしたらキスをされた。レナは機嫌がよさそうだった。
「それより次はどこ行きたい?」
「……安全なところ。あ、ちょっと待って……」
ふと携帯がパンツのポケットで震えた。こんな時間に誰だろう。携帯を確認すると相手は美穂だった。私はレナに断ってすぐさま電話に出た。
「もしもし?」
「あ、もしもし瑞希?こんな時間にごめんけどレナ知らない?」
「え、一緒にいるけど」
何かあったかのような口ぶりにレナに視線を向けるとレナはウザそうに顔を歪める。これはつまりなんか起こしてから来たんだろう。美穂はでかい声で言った。
「えっ!?じゃあ、連れ帰ってきてくれない?!あいつ最近体調悪すぎて病院連れて行こうと思ったんだけど逃げやがってさ!!頼むお願い!!レナの家で待ってるから!!」
「あぁ、うん……。どうにかしてみるよ」
「ごめんね瑞希~。あいつ電話がん無視だからさぁ、瑞希だけが頼りなの。私何時間でも待ってるからよろしくね」
「うん。分かったよ」
それから電話を切ると私が口を開くよりも先にレナが言った。
「私は帰らないからね。あいつウザいし」
「でも、体調よくないんでしょ?今も具合悪いの?」
「今は平気。だけど帰りたくない」
レナは心底嫌そうだった。口ぶりからも態度からも伝わるが体調が悪いならダメだ。連絡しても普通と言っていたし私を呼ばなかったのは体調が悪かったからみたいだけど、それなら自分から様子を見に行けば良かった。レナは本当に何も言わない。私はとりあえず聞いてみる事にした。
「帰ろうよ?病院が嫌なの?」
「全部嫌。全部嫌い」
「……でも、具合悪くなるよ?別に薬に頼ったからって悪くないでしょ?薬飲まないで倒れたりする方が心配だよ」
「だからなに?……私は嫌なの。あいつみたいになりたくない」
「あいつって誰の事?」
ここで指すあいつが美穂じゃない事は分かった。でも、あいつが誰を指しているかは検討もつかない。
レナは不快そうに言った。
「私が一番嫌いな女。都合が悪くなると逃げるようなクズ。そんなやつと一緒になんかなりたくない。あいつも頭がイカれてて薬を山ほど飲んでた」
「だからって薬を飲んだら一緒になるの?レナは都合が悪くなったら逃げるの?」
「そんな事しない。逃げるなんてみっともない事する訳ないでしょ」
はっきり言うレナはそれでも納得してないように続けた。
「でも、実際は同じような事してる。薬に逃げて仕事からも逃げて……あいつと一緒。胸糞悪い」
「そういう解釈もあるかもしれないけどレナは逃げてないでしょ?レナは体調が悪いから薬に頼って仕事を休んでるだけじゃん。私はレナが逃げてるようには思わないよ?生きてたら疲れるし考えすぎて悩む事もあるのにそれで体調が悪くなったからって逃げるになるの?」
レナは逃げる事や頼る事をとても険悪しているように思える。レナが嫌いなあいつがやっていたからだろうが私にはレナが逃げているようには見えないし、レナは逃げると言うよりまだ無理して戦っているように見える。それはレナのプライドが許さないからだろう。
レナは珍しく感情的に声を荒げた。
「だって……!ずっと、よくならない……!!ずっとめまいがして、気持ち悪くて………あいつは逃げていなくなったのに…私はずっと変わらない!ストレスだなんだって…病気に理由をつけられて、私はずっと逃げてるようにしか感じなかった。逃げるなんてしたくないのに……!本当にムカつく……!」
「レナは逃げてないよ?いつも弱音も何も言わないじゃん。逃げたくないからでしょ?逃げてたらもうそういうのは言ってるよ」
私を見て黙ったレナは顔をしかめて目を逸らした。
たぶん譲れないくらいレナには大事な事のようだがそれでもそうやって無理してほしくなかった私は言っていた。このままじゃレナはいつか本当に壊れてしまいそうで嫌だった。
「だから、一人で頑張ってると疲れるから私も付き合ってあげる。友達だから辛かったらそばにいるし、話しも聞いてあげるしなんでも付き合ってあげる。一人でなんでもかんでも頑張る必要ないんだからさ、レナは頼ってみる事をしてみたら?頼るのは逃げる事じゃないもん」
「………そんなの、いや」
「じゃあ、私が勝手に頑張るよ。レナが頑張ってるの放っておけないからレナが頑張るなら私もレナが頑張れるように頑張る。だからいつでも頼っていいからね?いつでも助けてあげる」
「…………くだらない」
否定されてしまったが多少は受け入れてくれたようには感じる。素直じゃないから一回言えば済むような人じゃないけど今はこれでいいだろう。レナを気にかけてあげればレナも何か変わってくるかもしれない。
レナは停めていた車を走らせながら言った。
「もう帰る」
気に食わなさそうだけど少しは私を受け入れてくれているようだ。私は思わず笑ってしまった。
「そっ。美穂も心配してたからよかった。早く帰ろう」
「なに笑ってんの?」
「別に?」
ウザそうな顔をするレナに私は嬉しくなっていた。
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