第9話
そして翌日、何かが床に落ちた音で目が覚めた。
時計を確認してみると朝の九時だけどレナがなんか落としたのだろうか。私はすぐに起き上がるとリビングの方に向かった。だけどレナの姿はなかった。
「…レナ?」
ソファにはいたんだろう形跡はあるけど毛布しかない。それに声をかけても反応がない。こっちから音が聞こえたはずなのに…。玄関の方かもしれないと思ってそっちに向かおうとしたらキッチンでレナが床に手をついていた。そして床には水が入ったペットボトルが転がっていた。
「レナ!どうしたの?!大丈夫?!」
私は一瞬血の気が引いた。まためまいが起きているのかもしれない。肩を抱くようにレナの体を支えるもレナは頭を押さえながら動かなかった。
「揺らさないで……」
「うん…。ごめん。大丈夫レナ?気持ち悪い?」
「…………別に」
レナは無表情だけどなんだか辛そうだった。何とかしてやりたいがどうしたらいいのか分からない。私は焦りながら思いついた事を聞いた。
「レナ薬は?持ってきてあげようか?」
「………さっき飲んだ」
「そっか……じゃあ……」
「もうすぐ引いてくるから待ってて……」
「……うん……」
レナは私に一瞬視線を向けると目を閉じた。めまいなんかした事がない私はレナがどんな気持ちか分からないがレナの肩を抱いて手を握りながら揺らさないようにおとなしくしていた。本当に引くのだろうか?レナには普通なのかもしれないが私は心配でたまらなかった。
「瑞希」
そうして、レナは私を呼んだ。
「ん?なに?」
「……そんなに心配されるとウザい」
「うん。でも、心配だから。ごめんねレナ」
「…………」
レナは何も言わなかった。でも、私を一瞬見るとレナは私が握っていた手を握り返してきた。それがレナなりに私に気を使ってくれたのを理解して私はいくらか安心して握り返した。たまには人に気を使えるみたいで嬉しく思う。いつも優しくないし自分勝手なのに私はちょっと笑ってしまった。
それから少し待っているとレナは落ち着いてきたのか壁に手をついて立ち上がろうとした。さっきよりましな顔をしている。
「レナ大丈夫?」
「……ちょっと手を貸してくれる?」
「うん」
私はレナの体を支えながら立ち上がらせると不安定な足取りのレナをソファに連れて行った。
レナはソファにすぐに横になるが不安はまだある。私はレナのすぐそばに座るとまたレナの手を握った。
「レナ寒くない?なんか飲む?」
「ウザいって言ってんでしょ。もう平気だから」
「うん。でも、なんかあったら言って?なんでもしてあげるから」
「…………」
レナは不快そうだったが私が握った手は振り払わなかった。今も威圧的だがレナは前よりも私を受け入れてくれている。だけど心配が減る訳じゃない。私はレナが水が飲みたくなったらすぐ飲めるようにさっき床に転がっていたペットボトルを拾いに行く事にした。
「どこ行くの?」
しかし手を離そうとしてすぐにレナに手を引かれた。
「ペットボトルの水持ってこようと思って」
「そんなのいい……」
「でも、あった方がいいから」
「だからいらないって私が言ってるでしょ」
「うん……」
レナに威圧的に言われて仕方なく座り直す。レナが言うならいいけれど何かしないとならないような使命感に囚われる。私は黙ってレナの様子を伺っているとレナは私を無表情でじっと見つめた。
「なんでそんな顔するの?私あんたに嫌な事しかしてないけど」
話しかけてきたレナは自覚はあったみたいでちょっと笑ってしまった。レナはよく見ているだけあった。
「友達だからだよ。レナの事はもう受け入れてるからレナになんかされてもしょうがないって思ってるし」
「よく思われたいから?」
「違うよ。レナは断れないような事言ってくるけど人としては好きだからだと思う。レナはただの大きい子供だから」
「…………うざ」
鼻で笑ってきたレナに私も笑った。
レナは素直じゃないし一方的だけど歩み寄ればそれなりに話は通じる。噛み合わない時の方が多いけどレナは子供のような一面がよく見える。今みたいに聞いてくる所とかは憎めないようなところだ。たぶん、素直なところはあるんだろう。
「じゃあ、すぐ怒らないようになれば?あと待つ事も覚えないといつまでも子供だよ?」
「私は待てないの。それにイラつくのは止められないし」
「はいはい。じゃあ、一緒に直してこう?こないだも待てたから大丈夫だよ」
「無理」
いつものような事を言ったレナはそのまま目をつぶった。私はそんなレナを笑いながら見守った。
レナはそれからしばらく動かなかった。
めまいがすると平衡感覚がおかしくなる感覚に陥って目が回るらしいが倒れていた時より悪そうには見えなかったので私は時おり話ながらレナのそばにいた。
そしてレナがようやく起き出したのは昼頃だった。
レナは特に何も言わなかったけど体を起こすとソファに凭れていつも通りだった。
私を切りたいとかキスしろとか強要はしてこなかったレナの食事のお世話をしながらレナが心配なので私は様子を見ながら話しかけていた。
レナはご飯は相変わらず食べる気ゼロで私をうざがっていたがしつこくして食べさせた。レナは基本嫌がるけどしつこくされるのがたぶん本当に嫌みたいでしつこく行けば渋々頷いてくれる。
ご飯を食べてからもレナは調子が悪そうではなかったので私は安心して家に帰れた。
帰り際レナはまた呼ぶと笑顔で言っていたがまた弄ばれるのかと呆れた。でも、レナの事は心配だから呼ばれたら行くだろう。自分の人の良さに私は内心笑っていた。
それから私は仕事をしながら友達と飲みに出掛けていた。レナは連絡をしてくる事はないし私は時おり体調は大丈夫か聞いてみたが普通と返ってきたので大丈夫なのだろう。私が深く聞いたところでレナはきっと答えない。
「瑞希ちゃんはなに飲む?」
そうして今日は職場の飲み会に来ていた。春の歓迎会と言う形なので参加せざるを得なかったが職場のこういうのはちょっとめんどくさい。まぁ、美味しいご飯が食べれるからいいかと私は先輩にビールをお願いした。
そして乾杯をして適当に話ながらご飯を食べる。
新しく入ってきた子達にも気を使いながらお酒を飲んで少ししたら先輩に呼ばれた。
「ねぇ、瑞希ちゃん」
「はい。どうかしました?」
「なんか、店員の人が呼んでる。入り口の方に来てほしいって」
「え?はぁ、分かりました」
誰かうちの職場の人なら分かるけどなんで店員なんだろうと思ってとりあえず言われた通りに入り口まで行くと納得した。あんなでかいサングラスをして立ってるだけで威圧的な人はレナしかいない。レナは腕を組みながら入り口に立っていていろんな人の目を引いていた。
「瑞希」
「レナ………。なにしに来たの?」
「連絡しても返事がないから。待てないって言ってるでしょ」
「でも、私は今職場の飲み会なんだけど……」
「だから?」
いつも通りのレナは自分の予定でここまでやって来たみたいだった。まさかここまで来るなんて……。どうやって私の居場所を特定したのか知りたくもないがこりゃどうしたものか。言っても帰らなさそうなのは目に見えていた。
「ドライブに付き合って?付き合わないんだったら私も飲み会に参加する。サングラス外してあんたの隣にいたら騒ぎになるんじゃない?」
「……ちょっと待ってて。適当に抜けてくるから」
「少ししか待たないからね」
「分かったよ」
職場の飲み会はそれなりの時間いたしそこまで大事じゃないから良いだろう。それにレナは言った事を本当にやるやつだ。ここで無理とか言ったら私が折れるより大惨事だろう。私はそそくさと戻ると先輩に適当に嘘をついて抜けてきた。
荷物を持ってすぐにレナの所に戻ったのにレナは不機嫌そうだった。
「少しって言ったでしょ?」
「早く戻ってきたじゃん」
「は?早くないんだけど」
「もう、ごめんねレナ」
機嫌が悪いレナにとりあえず謝るとレナはため息をついて歩きだしたのでレナの後に続いた。
そして少し歩くとパーキングまで来てレナは車の鍵をボタンで開けた。レナの車は黒光りしたロールスロイスだった。
「待ってて」
「うん……」
こんな高級車見た事も乗った事もない私は驚きながらいそいそと助手席に座った。
レナこんないい車乗ってんのか、私が軽自動車に乗ってるなんて知ったらレナに嘲笑われそうだ。いつも嘲笑われてるけど。
ちょっと待っていたらレナは車の料金を払って戻ってきた。そして珍しくサングラスを取るとレナは私に聞いてきた。
「どこに行きたい?」
「え、どこでもいいけど」
「それでどこ?」
「んー…………レナが行きたいとこ」
「そう」
どこに行くかは定かではないがレナはいろいろと急な人なので気にしない。海外とかまでは行かないと思うから大丈夫だろうし……たぶん。レナは車を発進させるも意外に運転は丁寧で安全だった。もっと荒いのかと思ったのにその違いに驚いていたらレナが話しかけてきた。
「ねぇ、なんで来ないの?」
「それはレナの家にってこと?」
「そうだけど。鍵あげたでしょ?」
「いや、勝手に行くなんて悪いし……」
レナは呼ぶとは言っていたが私が自発的に来いと言う事だったのだろうか。だとしても勝手に行くのは気が引けるしレナに何をされるか分からない。レナは無表情だったのに美しく笑った。
「なんで?キスまでしたんだから別に悪くないでしょ?」
「……キスしても悪いよ」
「じゃあ、セックスする?」
「しないよ。なんでそうなんの?」
「欲しいから。やっぱり首を切り落として部屋においとくのが一番いいかもね」
「一番よくないよ」
普通に話してくるけど普通じゃない内容に否定をした。レナが否定しているのを聞いているといいがこんなんじゃ今日も私は何か強要をされそうな気がする。それは避けたいけど避けたいと思って避けられる相手じゃない。
レナはまだ笑っていた。
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