第5話



美穂が教えてくれた話だとでかいマンションの二十四階に住んでいて家には家政婦の人が来ているから綺麗らしい。朝方はめまいがあるからレナと同じように昼過ぎに行きなと言われたがレナはどんな生活をしているのだろうか。

私は翌日起きてから部屋の掃除をして昨日渡されたままの現金を持って昼過ぎにレナの家に向かった。


レナからは連絡すらないがレナの家の近くまで来ると本当にでかい高層マンションのエントランスに入る。私は鍵は持っているが一応美穂に教えてもらった部屋番号を押した。

するとすぐにレナは出た。


「なに?鍵渡したでしょ」


「あ、レナ?いや、いきなり行ったら……」


会話の途中で切られた私は少し悲しくなったがレナはオートロックを開けてくれたので中に入ってエレベーターに乗った。そしてすぐに二十四階に着くと私はレナの部屋に向かってインターフォンを押そうとしたが貰った鍵でドアを開ける事にした。レナにキレられそうだからこうするけどちょっと緊張する。

私はドアを開けて中に入った。


「レナ?瑞希だけど………入るよ?お邪魔します…」


出迎えもないのはレナらしいが私は綺麗な廊下を歩いて居間に向かった。この家は一人暮らし用ではなさそうだがレナは一人で暮らしているのだろうか?私は何個かある扉を見ながら廊下の先の扉を開けたら驚いた。

居間はほぼガラス張りでとても広いが高級そうな革のソファとテーブルくらいしかなくてテーブルには美穂が言った通りナイフが何本か置いてあった。ここはとても綺麗だけどレナの部屋は何と言うか生活感がない。キッチンも使ってなさそうだしこの部屋はまずテレビがない。娯楽に感じる物が何一つない。レナは何をして過ごしているのだろうか。私は見当たらないレナを呼んでみた。


「レナ?いないの?」


明かりは着いているがレナはどこか行ったのだろうか。私はどうしようかと思っていたら後ろから急に抱きつかれた。急な重みに驚いて振り向こうとしたら顔を覗き込まれて衝撃を受けた。


「ねぇ、今日は切ってもいい?私のナイフ全部綺麗にしといたから」


サングラスをしていないレナは悪役のように笑っているが妖美で惹かれるものがある。レナには何となくカリスマ性があるとは思っていたが最初から感じていたのはこれだったのだ。


「え……え…西玲香だよね?」


「は?あんた今さら気づいたの?」


「え、だってあんなでかいサングラスしてたら気づかないよ」


「めんどくさいからね。あれないと砂鉄みたいに寄ってくるから」


私を抱き締めるのをやめたレナは最近活動休止を発表した女優の西玲香だった。体調不良による休止を発表した西玲香は喋っているだけで色っぽいと人気の女優だ。大きいが鋭い目が魅力的でクールであまり笑わないのがミステリアスなのも人気の理由だが声が低くてスタイルがいいのも相俟って雰囲気がとにかく色っぽいとも言われている。だからか、彼女は悪役や謎の綺麗な女性として定番で売れていた。だけどあの人気女優の正体がこれとは驚愕の他ない。


「それよりどこ切っていい?私は鎖骨切りたい」


レナは家族で使うようなソファの真ん中に座ると私に顔を向けた。レナについては本当に驚いたが私はそれより心配をした。


「ていうか、体調平気なの?具合悪くない?」


「平気だけど。立ちくらみくらいでなに言ってんの?」


サングラスでは表情が分からなかったけどレナは全く笑わないし目力があるのに無表情で怖い。しかし、そんな事で負けてられない。


「なに言ってんのじゃないよ!めまいしてたんでしょ?何で言わないの?昨日本当に大丈夫だったの?」


「……あいつに言ったの?」


そうして即墓穴を掘ったのに気づいた。心配で言っちゃったけど最悪だよ。私は睨んでくるレナに気まずく思いながら言った。


「あ、うん…。言ったって言うか心配で……聞いたよ。ごめんね?」


「言うなって言ったでしょ。どうりで昨日からうるさく連絡してくると思ったら……」


サングラスがないからレナの表情がはっきり分かって辛い。綺麗だけど無表情でイライラしているだろうから余計怖い。謝ろうとしたらレナは突然笑った。


「あぁ、じゃあ、このお詫びに私にまた切らせて?深く切らないからいいでしょ?あんた約束破ったし」


「……他にないの?」


「ない。切らせないなら………指切り落とすなんてどう?血がいっぱい出て愉しそう」


一応聞いたけどもっと最悪な回答をもらった私は仕方ないので受け入れる事にした。嫌だけど嫌だと言ってもレナが相手では分が悪過ぎる。


「……切っていいよじゃあ。指切り落とすのはなしね」


「そう。話が早くて安心した。頭にウジ虫はいないみたいね?」


「うん、そうだね……」


「ねぇ、瑞希?」


「ん?なに?」


本人は愉快そうに言ったが嫌みを言っているつもりはないのだろう。レナは笑顔だった。


「売る気になった?いくら?」


レナはまだ私を買う気のようだ。私はため息を着きながら鞄から昨日貰った現金を取り出した。


「売らないよ。あとこれは返すから」


「なんで?」


「なんでって、なんでもだよ。とにかく私はこれから先も買えないから。友達として付き合っていこうよ?ね?」


「………あんたは自分をいくらで設定してるわけ?」


「レナ?そういう話じゃないの」


「意味分かんない」


レナは気に入らなさそうに言ったが現金を受けとるとソファの端に投げた。金に頓着してなさそうなレナは持ち前の低い声で言った。


「買いたい物が買えないなんてなかったらムカつく。金でダメなら何がいい訳?」


「だから友達じゃダメなの?って言ってるじゃん」


「いや。自由にできないし、私は持って愉しみたいって言ってるでしょ」


「………あのねぇ、レナ……。人はそうやって扱えないんだよ」


レナが弄びたいのは非常によく分かるが相手は人である。しかも普通の一般人。レナは無表情で答えた。


「意味分かんない」


「だから、物みたいに扱えないの。レナは物みたいに扱われたら嫌でしょ?」


「仕事してたら物みたいに扱われるでしょ。それと一緒なのに」


「仕事じゃなくてプライベートの話でしょ?プライベートで私がレナを物みたいに扱ったらやじゃない?」


「そんな事したら蹴り飛ばすけど」


「………うん。だから人にしちゃダメって言ってるの。意味分かった?」


「……うざ……」


レナは私を一睨みするとテーブルにあったナイフを手に取った。もう興味はナイフに行ってしまったようだが分かりあえなかったみたいだ。もう少しだと思ったんだけどレナはやはり一筋縄ではいかない。私はため息を着きながらソファに座るとレナはナイフを眺めながら呟いた。


「あんたは何に興味がある訳?」


唐突な質問に今はあなたで頭が痛いよと思うも私は無難に答えた。


「んー…………特に。私趣味とかないんだよね」


「知ってる。勤め先は大手の事務で、二十七歳。彼氏なしで休みの日は家にいる事が多いけどくだらない友達はそれなりにいて最近はご飯を食べに行くだけでしょ」


「え、美穂から聞いたの?」


「欲しかったから金で調べた」


「あぁ、そう…………」


私の家に勝手に来て入っていたのはそれのようだ。私は調べられていたようだがプライバシーの侵害もいいとこである。言っても無駄だが。レナはそれから少し黙って思い付いたように言った。


「あぁ、じゃあ、男でも作らせてあげようか?ちょうどいいのがいるけど」


「え?いや、いいよ。今が楽過ぎて欲しいと思ってない。彼氏いるとうるさい友達がいるから」


「じゃあ、何が欲しいの?」


「んー……欲しい物とかないかなぁ……。だいたい買えるし、買っちゃったしなぁ………」


それなりに自分で生活を充実させた結果欲しい物はなくなった。ある程度生きているとできない事はなくなる。レナは大きくため息をつくと私にやっと視線を向けた。


「じゃあ、私に付き合って。暇でしょ?私は瑞希で楽しみたいから」


我が道を行くレナにまたかと思う私はもうレナを受け入れているのだろう。私はとりあえず聞いてみた。


「………それは楽しむって言うか試し切りでしょ?」


「違うけど」


「でも、切りたいんでしょ?私の事」


「愉しいから当たり前でしょ」


「…………そう」


どうしよう。私は眉間にシワを寄せながら悩んだ。

レナはこの件に関して譲る気がない。そんなに味を占めたのだろうか。どう言っても引き下がらなさそうなレナに私は悩みに悩んでいたらレナがおもむろに近くに寄って来た。そして笑いながらナイフを首に突きつけられた。レナは本当に遊んでいるかのように笑うがひんやりするそれは刃物であるのを実感できて少し怖く感じる。


「それより約束。シャツのボタン外して?」


「うん………」


鎖骨を切りたいんだろうレナのために見えやすいようにボタンを外す。ここは従わないと何をされるか分からない。レナは機嫌よさそうに言った。


「ワクワクしちゃう。私から目を逸らさないで瑞希?逸らしたら太もも刺すから」


「うん。分かったけど………強く切らないでよ?」


「じゃあ、ちゃんと見てて?」


「うん……」


顔に手を添えられてレナと近い距離で見つめあう。レナの手は冷たくて私はますます緊張した。レナが言う通りにしないと私は身の危険が増す。私は生唾を飲みながら嬉しそうに私を見るレナから目を逸らさなかった。


「動いたら違うとこも切るからね」


「うん……」


怖い。深く切られたら痛いだろうし、死ぬ可能性も考えられる。私は制止しながらレナを見つめているとレナは首から鎖骨にナイフを移動させた。そしてひんやりと冷たい感触がまた肌に伝わる。

私は恐怖に駆られながらレナを見ていたらレナは目線をナイフに移して私の鎖骨に添って切っていった。

こうやって自分を切った事はないが我慢できるくらいの小さな痛みを感じる。

レナは私の様子を愉しそうに見ながらナイフに私の血をつけると私にキスができるくらい顔を寄せてきた。そして本当に嬉しそうに笑うレナはまるで誘惑するかのようにあり得ない事を囁いた。



「ねぇ、私瑞希の事殺したい」


レナの言葉は私を戸惑わせるだけだった。


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