第3話




「ムカついたのは分かったけどだからって刺さないでしょ?なに考えてんの?」


「は?先に絡まれたんだから刺してもいいでしょ。正当防衛になるし、下手に出てたらあのゴミは引き下がらなかっただろうし」


「あのねぇ…?断ればいいだけだし何かあれば警察に言えばいいの。レナが通報されるかもしれないよあんな事してたら」


「そしたら演技したらいいでしょ。皆信じるから」


レナは全く分かっていなかった。ていうか、考え方がまるっきり違って共感なんかゼロだった。レナを説得するには相当な時間がかかるようだ。


「…それでも本当にやめて。あんな事してたらレナいつか刺されるよ?」


「刺されたら刺し返すに決まってんでしょ。ただでやられる私じゃない」


「レナ…………」


私は何にも噛み合わないレナに頭が痛くなりそうだった。これじゃ確かに友達はできないだろう。レナはどうやって生きてきたのか疑いたくなる。

私はため息をつきながらレナの隣に座るとレナはナイフを見ながら嬉しそうに言った。


「綺麗。買っといて正解だった」


「次からは出さないでよそれ」


「いや。それよりせっかく切れるチャンスだったのにあんたのせいで台無し。どうしてくれんの?」


レナはナイフから私に視線を向ける。もう不機嫌そうだけどどうしたもこうしたもない。


「それは切るものだけど人を切る物じゃないでしょ」


「あれはゴミだったのに……。ねぇ、あんたで試し切りさせて?ちょっとでいいから。これ私の新しいコレクションなの」


「え?ちょっとレナ……?」


レナは突然ナイフを私の首に当ててきてゾッとした。

レナの事だから思いっきり切るかもしれなくて気が気じゃない。というか試し切りなんて普通しない。

私は言い様のない恐怖を感じていたらレナは口角を上げて笑った。


「ふふふ。そのまま動かないで?」


「レナ?本当にちょっとだからね?深く切らないでよ危ないから…」


「静かにして。あんたが動くと手が滑りそう」


「…うん……」


レナはそれから笑いながら私の首をほんの少し切った。私はその僅かな痛みに思わず顔を歪めた。痛いけど傷は浅い。でも、血が出たのが分かる。本当に切るなんて何を考えてるんだ…。レナはナイフをしまうと私に顔を寄せてきた。


「ねぇ、どうしたのその顔?」


そして愉快そうに言われる。急に近くに来たからどぎまぎするがレナは私の頬を触りながら顔をじっくり見ているようだった。


「痛かった?」


「そりゃ、ちょっと痛いよ」


「そう。あんた瑞希だっけ?」


「うん……そうだけど」


急に名前を読んできたレナはまたしても驚くような事を言い出した。


「瑞希はいくらで買える?」


「は?なに言ってんの?」


「だから、いくらで買えるか聞いてんの。私のコレクションと同じくらい気に入ったから持っておきたいから」


「…………レナどうしたの?私で試し切りしたいならフルーツとかにしてよ本当に」


レナの感覚はおかしくて付いていけない。私は試し切り候補になってしまったのだろうか…。レナはまたしても私の気持ちを無視してきた。


「それでいくら?」


「いや、だから私は物じゃないし買えないよ?」


「は?一般の社会人なら五百万くらいでもいいでしょ?ダメなの?もっと出してもいいけど」


「…あのさ、それよりよく分からないけどレナは私で何したいの?」


「持って愉しみたい」


「…そう………」


私は無言になってしまった。レナは金銭感覚も楽しむも狂っている。よって私達は全く合わないという事になるだろうがレナは当たり前みたいに言ってくるから言葉に詰まる。全部が全部意味分からないよレナ。説明が説明じゃないよ。

私は動じないレナに言った。美穂が言っていたとことん話し合えばどうにかなるのを信じたい。


「じゃあ、友達にならない?それならいいんじゃないかな?」


「そんなくだらないのいらないんだけど」


「え……でも、人は買うもんじゃないじゃん?」


「金で買えない物なんかないでしょ?」


「え、んー………そうかもしれないけど、まずは友達にならない?友達って結構楽しいよ?」


レナは金に物を言わせてきたのだろうが苦し紛れに言ってみる。するとレナは元々近かった顔を寄せて突然首を舐めてきた。さっきレナが切った所を舐められて少し痛みもあって驚く。レナはいったいどうしたんだ。レナは嬉しそうに聞いてきた。


「瑞希痛い?」


「うん……。少し。レナどうしたの?」


「痛そうな顔するから愉しくて。ねぇ、私の言う事聞かないと刺すから言う事聞いてくれる?」


「え?………うん………内容によるけど……」


レナは笑いながらしまったと思っていたナイフを首に当ててきたから私は頷いてしまった。さっき本当に切ってきたから恐怖を感じる。レナは冗談を言わない。


「これから私が呼んだ時に来て?刺したくなるくらい気に入ったから」


「…でも、仕事とか、予定あったら来れないよ?」


「じゃあ、終わったら来て?必ず。来なかったら瑞希の家に火でもつけてあげる。ふふふ、そしたら炭になっちゃうんじゃない瑞希?笑える」


「…うん。分かったよ。必ず行く」


脅しじゃなくて本当に思っている事だと思うから頷いた。本人は遊び感覚だろうが私には身の危険だ。分かり合うのはまだ不可能だがレナは今度こそナイフを鞄にしまうと私の手を握ってきた。


「つまんないゴミかと思ったけど瑞希は違うんだね?久々にいい物見つけた」


「……そうですか」


「あ、瑞希は欲しい物ある?言う事聞く代わりに私も何かしてあげる。なにかないとやる気にならないでしょ?」


「……そんなないけど」


「ないの?あぁ、そうだ。じゃあ、くだらない友達になってあげる。友達友達うるさいから。それでいい?」


「うん。なんでもいいよ」


勝手に決まったそれはもはやどうでもよくて特に何も効力を発揮しないものだが頷いた。

どうせ何を言ってもレナがしたい事は変わらない。

それから形だけ友達になって帰ろうと言い出したレナを改めてタクシー乗り場まで送ってやった。

レナは終始機嫌良さそうに帰って行ったが連絡先を交換したし、私は本当に呼び出される運命にあるのだろう。

連絡が頻繁に来たらどうしようとヒヤヒヤしたがそれよりも後日美穂からとても謝られてお礼を言われた。



美穂はレナはずっと失礼だったよね?と謝ってきて私は一応友達になれたと言ったらすごい喜びながらお礼を言われた。ごめんとありがとうをこれまた信じられないくらい言われてちょっと驚いたがレナは特に美穂に何も言ってないらしくてナイフの事は知らなかった。私から一応話そうか悩んだがレナの事だから何をするか分からない。キレさせたら手に終えなさそうだし私は美穂に黙っておく事にした。

きっとあの異常さは美穂も知っているだろうがあの感覚はどうにかしないとレナは後々なにか起こしそうで怖い。本人に悪気がないのが一番厄介だった。

それに私は試し切り要因になってしまっているし、これから何をされるのか分かったもんじゃない。

レナは予測不能だ。



一回会っただけでレナの人間性をそれなりに理解した私にレナは一週間経っても連絡を寄越さなかった。

これには安心していたものの不安もあった。

気まぐれか、はたまた何かを企んでいてもおかしくないがレナがこのまま何もしてこないとは思えない。

私はそれとなく美穂に連絡してみようかなと思っていたある日、仕事から家に帰ったら玄関にヒールの高い靴が置いてあった。


これはもしかしてと思って明かりがついている自分の部屋に入って行くと居間にはレナがいた。

レナは部屋にいるのにサングラスをかけたまま私のベッドに腰掛けてこないだとはまた違った綺麗なナイフを眺めていた。


「………レナ来てたんだ」


私は驚いたけど自然に受け入れていた。

我が物顔でいるけどレナならこのくらいしても不思議じゃない。普通じゃないから。レナは私に目もくれずに言った。


「ねぇ、また切らせて?今日は違うやつ持ってきたから」


「痛いからやだよ。フルーツとかにして」


「じゃあ………今日は鎖骨を切りたい」


「………レナ話聞いてる?」


レナは相変わらず人の気持ちは完全無視である。

私は荷物を置いてどうしたもんかと考えているとレナはやっと私に顔を向けてきた。


「今日はこないだのお礼と切るお礼も持ってきたからあげる」


「え?」


突然お礼とか言い出したレナは自分の鞄から銀行の紙袋を出して投げてきた。見るからに厚いそれは結構入っていそうで驚く。レナはどういうつもりなんだ。


「レナこれ…」


「買えないからとりあえず五十万にした。買えるんだったらもっと持ってくるけどまだ買えないの?」


「………いや、あの、買うとか……あの、あれはそんなに本気だったの?」


「本気?本気も何も買いたい物があったらいくらか聞くでしょ普通」


「うん………。そうだけどさ…………」


またしても噛み合っていなくて苦笑いしてしまう。レナの常識はぶっ飛んでいるようだ。私は物のように思われているようだが買う買わないの話ではない。


「レナこないだ一応友達になったんだから友達でいいじゃん。それにお金もいらないよ。お金が欲しかった訳じゃないし」


とりあえずお金を返すとレナは不信そうに聞いてきた。


「なんで?」


「なんでって友達の友達を紹介されただけだし………お金は絡まないでしょ普通」


「金の関係の方が私は楽でいいんだけど」


「え?………んー、でも、貰えないよお金は。レナといるのは仕事じゃないし、レナもそうじゃないの?」


「私は欲しいから来て金出してるだけだけど」


「それは、……まぁ、分かったけど……そうじゃなくてさぁ……」


なんか噛み合いそうだけど噛み合わない話にどう言おうか悩む。私が悩んでいたらレナが聞いてきた。


「友達だったら切ってもいいの?」


「え?いや、ダメだよ。普通人は切らないよレナ」


「普通じゃなくていいから切りたいんだけど」


「………なんでそんなに切りたいの?」


「愉しいから」


「…そう………」


なに言ってんの発言を普通にするレナに私は言葉を失った。本当にどうしたらいいんだろう。愉しいからって切らないだろ普通。この子は本当に変わっている。私は頭を押さえながらレナに言った。

レナとはとことん話し合わないと通じあえない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る