第999話 千本ノックを要求する女 2
(前回からの続き)
それから
やってみると分かるが、千本ノックは受ける方も大変だが、する方も大変だ。
妻の準備したプレゼンは40分ほどの長さになった。
長くなるのはいつもの事なので、そこから
削れば削るほどプレゼンはシャープになっていく。
「ここの部分は『医療情報部の協力を得て日本で最初のオンライン・インシデント・レポート・システムを作りました』と言った方が〇〇教授からの清き1票がチャリーンと入るんじゃないかな」
「そうね」
「ここの部分。『公衆衛生学教室の推挙を得てハーバード公衆衛生大学院に留学しました』と言うべきだろう。そうしたら✕✕教授からの1票をいただきだぞ」
「普通に応募して入ったんだけど」
「持ち上げておいたらいいじゃん、推薦状も書いてもらっているわけだから」
「じゃあ、そうするわ」
少しずつ40分から20分に削っていく作業を行う。
何しろ夜中になっても休憩なんか取らせてもらえない。
オレたちは寝不足の目をこすりながら準備したが、プレゼンの方はどんどんシャープになっていった。
さながら試合に向けたプロボクサーの減量のようなものだろうか。
そして教授選当日を迎える。
部長室で待機していた妻のところに教務担当者が呼びに来た。
「あの、先生。候補者には
「あら、知らなかったわ。何しろ初めての事なので」
「そうですよね。もう皆さんお揃いです」
そう言われて慌てて行った教授会。
すでにピーンと張りつめた空気のもと全教授が待っていた。
バタバタと行くことにはなったが、妻はすでにスライドプロジェクターとマイクを会議室に準備していた。
どんな講演会でも2系統のシステムを用意しておき、万が一にも「出来ませんでした」ということのないようにしているのが彼女のスタイルだ。
いざ本番。
妻のプレゼンは冴えに冴えたそうだ。
新しい分野を切り
畑違いの基礎系教授に対しても十分にアピールするものだった。
20分の発表を終えた瞬間、万雷の拍手が……鳴らなかった。
それが教授選という場であった、ただそれだけの理由で、だそうだ。
結果はともかく力を出し切った妻は午後の発表を待った。
オレの同級生でもある選考委員長から連絡があったのは夕方になってからだ。
「丸居先生は厳正なる選考の結果、本学医学部医学科教授として
投票結果は49対2だったそうだ。
「それでも2票は非承認だったわけね」
「いやいや、満票なんて事は普通は起こらんだろう。おめでとう!」
妻が教授に選出されたという噂はあっという間に拡がった。
妻は上機嫌で出歩いていたが、オレは1週間くらい体調が悪かった。
連日連夜の練習で昼でも眠かったのだ。
今となってはずいぶん昔の事になってしまったけど、「白い巨塔」で
(「千本ノックを要求する女」シリーズ 完)
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