第997話 渡米した男 7
(前回からの続き)
こうしてオレたち夫婦の米国生活は順調に進んでいたが、徐々に日本への帰国を意識するようになった。
妻はどう思っていたのかは知らない。
が、オレ自身が持っていたのは、やはり日本への望郷の念だ。
研究室にいる分には快適だった。
メンバーの全員が日本人と同様に礼儀正しく時間も約束も守る人達ばかりだ。
教育レベルの高さは言うまでもない。
でも、ひとたび病院からストリートに出ると
「平均的アメリカ人は平均的日本人に比べたら
これは渡米前に留学経験者から聞かされていた
くだらない事にエネルギーを費やす日々には疲れてしまう。
もう1つ。
研究で成果をあげるよりも、脳外科医として手術の腕を磨きたい、それがオレの願いだった。
そもそも画像支援手術を研究テーマにしていたのも、少しでも良い手術をするためだ。
そんなわけでオレは帰国を決意する。
ボスたちには引き留められたが、結局は「お前の人生だからな」とあっさりしたものだった。
いつの間にか、こういう距離感に慣れてしまっている自分に驚く。
日本では何かと他人に干渉される事が多かったのだけど。
米国での最後の1ヶ月は、それまでの人生で最も苦しく最も楽しかった3年間の締めくくりになった。
レンタカーを借りて夫婦で回ったのはイエローストーン国立公園やグランドティートン国立公園、ラスベガスなど。
美しい大自然も、
そして3年ぶりの日本への帰国。
街にはゴミひとつ落ちておらず、周囲を警戒しながら歩く必要もない。
何と言っても食べ物が
洋食も中華も寿司もお茶漬けも。
あらゆるジャンルの
こんな国は世界広しといえども日本だけだろう。
日本をオワコンだと文句を言う人がいたら、1度でいいから外国で暮らしてみろ、と言いたい。
オレに言わせれば、現代日本は国ガチャも時代ガチャも大当たりだ。
そんな日本がいつまでも素晴らしい国で有り続けられるよう、皆で力を合わせて頑張るのがオレたちの使命じゃないか!
とはいえ、せっかくの帰国もいいことばかりではなかった。
当時の脳外科医にとって、勤務環境が過酷すぎた事は
あまりにも昼も夜も働いていたので、ふと目が覚めたときに自分が
真夜中に医局のソファの上で目を覚ましたりとか、帰宅時の電車の中で居眠りしていたら病院に呼び戻されてUターンしたりとか。
働きすぎて身体を
正直なところ、まともな労働環境に守られている現在の研修医やレジデントが
帰国してから、あっという間に年月が
振り返ってみれば、若さだけで乗り切った米国生活だったと思う。
もちろん嫌な事も沢山あった。
でも、「この野郎!」と思うことが10回あったとしても、なぜか助けてくれるアメリカ人が現れる。
そうすると「この国もまだまだ捨てたもんじゃないぜ」と気を取り直して、また頑張ることができた。
とはいえ、「もう1度やれ」と言われても到底できる気がしない。
そんな米国生活だった。
自分にとって最大の収穫は、見聞を拡げ、多くの友人知人ができた、ということだと思う。
若い人たちには是非とも異国で暮らす機会を持って欲しいと思う。
旅行だけでは分からないことが沢山ある。
何と言っても日本という国の素晴らしさが
(「渡米した男」シリーズ 完)
※ 読者の皆様
この「診察室のトホホホホ」も、あと4話を残すのみとなりました。目標の1001話に達したところで完結する予定です。いま少しお付き合いいただければ幸いです。
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